少女との約束
続きです、よろしくお願いいたします。
「あのでありんすね? そんなに、頻繁に来られても、わっちも忙しいんでありんすよ? いつもいつも、タケちゃんのお世話はしていられんのでありんす」
「はぁ……、えっと、ごめんね?」
――おかっぱ頭に、ちょこんと小さなちょんまげ、ツルッツルのおでこは、思わずペチペチとたたいてみたくなる。
そんな、おかむろさんの少女が、今、僕の膝の上に座っていて。僕の顔を見上げながら、足をプラプラとゆらし、ぷんぷんに怒っている……。
この子の名前は、『キリちゃん』と言うらしい。
キリちゃんは、重ねた枚数の割には、そんなに重くはない、ミニ浴衣ならぬ、ミニ十二単をバッサバッサと振り乱し、再度、僕に抗議を始める――
「分かっていんすかぇ? わっちは、忙しいのでありんすぇ? 今日も、お片付けが、控えているのでありんす。――もう、タケちゃんは、まったくもう!」
「う、うん……、ごめんね?」
さっきから、僕は、謝ってばかりだ。
でも、僕は何となく、キリちゃんはそこまでは、怒ってはいないんだろうなぁ……と、思っている……、いや、確信している。
頬っぺたをプクッと膨らませつつも、キリちゃんのアンテナ……じゃないや、頭にぴょこんと生えたちょんまげは、ピコピコとうれしそうに、忙しなく動いているし……。さっきからパタパタと、楽しそうに動かしている足は、僕の膝に何度もぶつかっている。
そして、何より――
「もう、まったく、もう!」
――鼻歌まじりで、掘りごたつの上に、画用紙を広げたキリちゃんは、「きょうのすけじーる」と題したお絵かき帳に、「タケちゃんと、あそんであげた」と、音符付きで書いている。
まあ、それはともかく、どうして、こんな状況になっているのかと言うと――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「えっ、何で? ――また? 今度は、どうやって来んしたの?」
――掘りごたつで、テレビ画面を見ながら、おせんべいをかじっていたキリちゃんは、食べかすをポロポロとこぼしながら、僕の顔にくぎ付けになっていた……。
「えっと……、どこかで会ったかな? それと、ここ……どこか、知ってたら教えてくれない?」
「――えぇ……? 何で?」
――それは、「何で教えないといけないんだ?」って意味? それとも、さっきと同じで、「何で来たの?」って意味? 一体、どっちでしょうか?
僕が、それを確認しようと思って、口を開きかけると、キリちゃんは、かなり焦った様子で、テレビ画面をにらみ始めた。
そして、ガチャガチャと、テレビの横に付いたダイアルを回し始めたんだ。――どうでも良いけど、今時ダイアル式のテレビって……。
どっちにしても、僕は、あんまりテレビを見ないから、気にはしないけれど。
「ん~? めえめえは、倒してる? エスケちゃんも、今日は来ていない……むぅ。それでは~、何時でありんしょう?」
「ね、ねぇ?」
――子供とはいえ、そろそろ、ガン無視がつらくなって来ました……。ちょっとだけで良いから、僕に構ってくれないかな……?
「あっ、あった!」
僕の心が折れかけていたその時、キリちゃんはパァッと、顔をほころばせて、余りまくったそでをバスバスとたたき合わせて、はしゃぎ始めた。
「ね、ね、ここ、ここだよ? 見て見てっ!」
「え、え? 何?」
その場に立っていた僕は、キリちゃんに引っ張られて、掘りごたつに座らされてしまったんだ……。
そして、戸惑う僕に、キリちゃんは――
「あれ、あれを見てくんなまし!」
――テレビの画面を、指差した。
そこに、映っていたのは……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ほぉあ? なんじゃなんじゃ、タケリュどにょは、わしのしゃけが飲めんとにゃ?」
「い、いやいや、僕、未成年ですよ?」
僕が、テレビ画面の中にいる。――僕、テレビドラマとかに、デビューした覚え、全くのゼロなんですけど?
――テレビ画面の中の僕は、口を「ん~」っと、とがらせているファルメル様に、絡まれているみたいで、涙目になりながら、エスケに助けを求めている……。
「エプゥト……、もうすぐ……だぞぉ……」
しかし、エスケは何だか、ニヤニヤとしながら、夢の世界に旅立ってしまっている。
「フィ、フィーっ?」
「うふふ……、チャケルシャミャ? そのにょうな、ぎょりょうじんだけじゃなくて、わちゃくちにもぉ……」
フィーは、フィーで、真っ赤な顔で、ファルメル様をまねしているのか、「ん~」と口をとがらせている。
うん、何だろう、この無礼講にも程がある、混乱っぷり……。
ざっと、テレビ画面に見える範囲で、まともそうなのは――
「オルディさん……、少し、夜風に当たりませんか?」
「はぇ? で、でも……、姫様が……」
「――それは大丈夫……だと、思いますよ? だってほら、あんなにイタクラ君にくっついて……、とても幸せそうだ……」
――おぉぉぉ? 何これ、こんな面白そうな事、僕、見逃してたの? おぉ、オルディと、シーヴァ君が、バルコニーに……。
「って、ダメだ!」
子供は見ちゃいけませんっ!
「んぇ? 何ででありんすか? タケちゃんも、見たそうではないで、ありんすかぁ!」
「まだ、早い!」
――途中、そんなやり取りをしつつ、テレビ画面は、僕の様子を、再び映し出す。
「タケルく~ん、ウチもぉ、ん~っち、ん~っちしちょくれんと、いややに~!」
おぉぉぉ? 何と言う事でしょう……、ニムちゃんが僕の背中にムニッて……、何とは言わないけど、押しかかってる……。――どうして、僕は……、覚えていないんだろう……。
「二、ニムちゃん? あた、あたっ――」
画面の中の僕は、ソレに気が付いているらしく、あたふたしている。――あ、でも……。
「んんむ……」
どうやら、ニムちゃんも夢の中に旅立ってしまったらしい……。
――こうして、見渡してみると、過半数……、いや、ファルメル様、フィー以外、皆がもう、眠っているみたいだ……。
「ん~? まだでありんすかね~? 早送りは、いい所で停止ができないし……、何だかわっち、飽きてきんした~……」
プクッと頬っぺたを膨らましたキリちゃんは、探している場面が見つから無いらしくて、すねて、足をバタバタさせ始めた。――子供には退屈だよね……。
そんな時だった――
「んむぁ? なんじゃ、皆、酔いが足らんぞぁっ? ――『コンスタント・アージェント』ゥゥゥゥゥ、『インチンスゥマ・リクァレ・オーア』ァァァ?」
――ファルメル様が、何を考えているのか、突如、『紋章術』を展開して……。
「――ヒック……、チャヒェヒュヒャミャぁ……ミュゥ……」
「ぜひ、帰ったらま……た……ヴェ――」
「えっ? リ、リンニューマ卿? い、いっちゃひ……?」
「ふぉっふぉっふぉぉっ! 皆、お休みィぃぃ――」
「は? え、ちょっと、ファルメル様? これ、一体、どう言う――」
――ここで、テレビ画面がザアアって、砂嵐を流し始めて、やがて、ブッツリと、映像が途切れちゃったんだよね……。
「む……、むむむ……、何事かと思えば、お酒でありんすか!」
「え、酒……? もしかして、最後のファルメル様のアレ?」
「むぅ……、まったくもう、タケちゃんは、まったくもう! 少うし、ここに座りなんし!」
そして、お目当ての場面がそれだったらしく、キリちゃんは、ぷんぷんって感じで、頬っぺたを限界まで膨らませて、掘りごたつの席をバスバスとたたき始めた。
「いや、もう座ってるけど――」
「口応えは、許しんせん、こっこ、ここに座りなんし!」
――その場に立ち上がって、ぷんぷんと怒るキリちゃんに、僕は全く逆らう事が出来ず、おとなしくバスバスと指定された席に移る。
そこから、延々と――
「お酒を飲んでは駄目なんでありんすっ」
――とか……。
「あんまり、いろんな人に、デレデレしちゃ駄目でありんす」
――などと言った説教らしきモノをいただいて……。
「ふぅ、今日も頑張りんした。――なんで、わっちをねぎらうんでありんす」
と、僕の膝の上に乗っかり始めて――
「わっちも忙しいんでありんすから、あんまり、不用意にこちに来ては、いけんせんよ?」
「う、うん――」
――今に至ります。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでは~、そろそろ、お目覚めの時間みたいです……」
それから、何時間か、『お忙しい』キリちゃんのお仕事を手伝っていたんだけど……。
――どうやら、僕の体が目を覚まし掛けているらしくって、お別れの時間が迫っているって事らしい。
「うん、何か、ごめんね? 長居しちゃった……」
「ん……、た、たまになら、相手してあげてもいいでありんすよ? 少うし、お酒を飲むだけなら、許して上げんす」
「――はは……、そうだね。その時は、お世話になるよ」
「むむ……、なら、すけじーるを、調整してあげんす。しゅ、週一……、いや、月一でがま……、月一なら、何とかいたしんしょう」
――そう言うと、キリちゃんは、何枚も重ね着した、ミニ十二単のそでをバッサバッサと振り乱しながら、僕にとびっきりの笑顔を見せて、見送ってくれた……。
そして――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん……、あれ? 僕……?」
――すっごい頭が痛い……、何だっけ……? ファルメル様と、『風紋羊』から採れる素材に関して、売買契約を結んだ位までは覚えてるんだけど……。
そこから先が、何ともあやふやな感じだ……。
「――これは、駄目だね……、頭が痛くて、考えが全然まとまらないや……」
それから、朝ごはんの時に、皆と話したら、皆、途中から記憶がないらしくて、僕と同様に、真っ青な顔で、頭を押さえていた。
そして、不思議なことに、そんな……覚えのない、二日酔いっぽい頭痛で、ひどい目にあったって言うのに、僕は――
「少し、お酒に強くなろうかな……?」
――何となく、誰かが「まってる」って言って、手を振っているような気がして、なぜだか、月一位……、週一位は、スェバさんとか、ノムスさんの晩酌に付き合ってみようかなって思ったんだ……。




