酒宴と禿と
続きです、よろしくお願いいたします。
「どなたか早く……、タケル様をっ!」
「――姫様っ、まずは……これを」
――うぅ……、体中がだるくて動かないし、視界がぼやけて……真っ赤だ。何これぇ……、おなかが空いて、さみしいよぉ……。
「タケル殿……、これを口に……」
「あぁ……、あめ玉?」
口の中一杯に、甘味が広がっていく……。――あ、何か、少しだけ視界がクリアになって来たかも……。
――『風紋羊』を何とか倒した僕たちは、ボロボロで、怪我人多数ではあるけれど、死亡者だけは出さずに済んだんだ……。
けど、ちょっとだけ、むちゃをしてしまった僕は、その場に倒れ込んじゃって、情けない事におなかをキュルキュルキュルキュルキュル……と鳴らしながら、フィーと、オルディに介抱されています……。
「クッ……、助けてもらった以上、文句は言えんが……、余り皆に心配かけるなよ?」
「あ、エスケ……、ハハハ……、ごめん、後、心配してくれて、ありが――むぐ?」
フィーに膝枕してもらいながら、僕がコロコロとあめ玉を転がしていると、エスケが、物凄い微妙な、あきれたものか、感謝してものか、怒ったものかと言う、複雑な表情をしながら、僕の口にもう一個、あめ玉を押し込んで来た。
「それでもなめていろ……、後始末はボキュや、『火紋隊』、『スクト兵団』に任せておけ」
「もごごご?」
さすがに、あめ玉が二つも入っていると、何もしゃべられないんだけど、取り敢えず、「いいの?」って意味を込めて、エスケの顔を見てみる。
すると、エスケは、コックリとうなずいてどっかに行っちゃった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
うーん、あれから、随分時間がたって、大分、気分が治ってきたけど……、何か手伝おうかな……?
――と、ちょっとだけ上体を持ち上げてみると……。
「駄目ですわよ? ――タケル様、もう少し、お休みくださいな?」
「そうで~? 『紋章力』の使い過ぎは、怖いんやけんな~?」
「もごごっ」
フィーに頭を押さえられて、もう一回、膝枕行き……、ついでに、口にフィーと、ニムちゃん、二人分のあめ玉を詰め込まれちゃった……。
――って言うか、どうして皆、あめ玉を詰め込んで来るの? さすがに、胸焼けがしてくるんだけど?
「あら? ――そのお顔は、これを渡される意味が、全く分からないって感じですか?」
「――もご」
クスクスとほほ笑むフィーに、肯定の意味を込めて、コクリとうなずいてみる。
すると、フィーはもう一個、あめ玉を取り出して――
「はい、もう一つ」
――と、うれしそうに、詰め込んで来た。うん……、無理、これ以上は、無理……。
「あんね~? ――『紋章力』を使い過ぎるっち、おなかがしんけん空いちから、汗をしんけんようけかいて、しんけん不安になりよったりしち、下手したらそのまんま、死んでしまうんや~。で、どげんしてか、そうなりよった時は、甘いものを食べると、回復するんよ~」
ニムちゃんは、そう言うと、もう一つ、あめ玉を放り込んで来る。――あれぇ?
「あ、私もっ、私も!」
「もぼ? もごぼ?」
「あはは……、じゃあ、俺も一つ」
――バラちゃんに続いて、シーヴァ君まで? ねぇ……、もしかして、皆、ちょっと怒ってる?
「うふふ……、タケル様? わたくしたちは、全く、全然、怒ってなどいませんわ? ――えぇ……、決して」
「もぉご? もごごっ」
その後、僕は、頬っぺたをぱんぱんに膨らませていたんだけど……。
「おっ? 何っすか、自分も一つ!」
「あら、じゃあ、あたくしも」
そんな僕を面白がった、ダーラさん、マロアさんに、あめ玉を放り込まれて、合計八つのあめ玉を消化するまで、フィーの膝枕から逃げる事が許されなかった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あぁ……、正に、天国と地獄だったよ……」
「これに懲りたら、むちゃは控えるんだな……」
「――エスケに言われたくはないよっ!」
――無事に、膝枕から抜け出す許可をもらった僕は、現在、『スクト王城』内の、宴会場みたいな所に居ます。
そこで、隣の席に座っているエスケと、互いのむちゃをからかい合って、『暴走』解決の祝宴準備が完了するのを待っているんだけど。
「――正直な話……、かなり胸焼けがするんだよね」
「――ふ……」
そして、そんな感じの、たわいないやり取りをしていると、僕たちの前に、次々と、とても豪勢な食事が運び込まれてきた。
「タケル様、アックス卿、そろそろ始まりますわよ?」
「ん、了解」
「――姫様、ごあいさつは?」
「ファルメル陛下から、一言あるそうですわ?」
さてさて、あいさつが終わるまでに、この胸焼けが治っていると……、うれしいなぁ……。
――それから少しして、皆の前に食事が運び込まれると、お誕生日席のファルメル様が、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
そして、ファルメル様は、僕たちの顔を、しっかり確かめる様に見渡すと、感無量って感じで、静かに語り始めた――
「皆の者……、今日は、よくぞ……、よくぞ頑張ってくれた。――こうして、無事に祝いの宴を張る事が出来るのも、明日の朝日を迎えられるのも、全て……、全て皆の活躍のおかげじゃ! 今日は、たっぷりと食い、飲み、楽しんでくれ! ――乾杯!」
「「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」」
――そして、静まり返っていた宴会場は、その瞬間から、明るい声に包まれ始めた……。
「――イタクラ殿……」
「――小僧、いや、イタクラ殿……」
「あ、リウさん……、それと、ヒウさん、お疲れさまです」
乾杯から少しして、リウさんと、ヒウさん、アヴェ兄弟が、僕たちの所にやって来た。
「――この度は、本当に……、助かった」
「――遅くなったが、簡易遠征から、ここまでの非礼……、誠に申し訳ない……」
リウさんは、ヒウさんの頭をグイッと押さえ付けながら……、ヒウさんは、それに逆らう事無く、僕と、シーヴァ君、そしてニムちゃんに向かって頭を下げた。
「い、いえいえ、僕はもう、気にしていませんし」
「――俺も、いい勉強になりましたし」
「ウチも、特に気にしちょらんし~?」
――今思えば、あれは、ものすごく勉強になったし、そんなに、長い間、気にする事じゃないよね?
「「――感謝する……」」
僕たちが気にしていないって言う事を分かってくれたのか、アヴェ兄弟は、ニヒルに笑うと、もう一回頭を下げて、他の人の所へ向かって行った。
そして、そのタイミングを狙っていたのか、続いてマロアさんと、ダーラさんがやって来た。――もしかして、順番待ちとかしていますか……?
「――皆様、この度は……、本当にありがとうございます……」
「いやあ、マジで助かったっスよ?」
マロアさんは、少しだけ、目に涙を浮かべながら、うれしそうに、ペコリと頭を下げて来た。――そして、ダーラさんは、「あっはっは」と笑いながら……って言うか、顔が赤いんだけど、酔ってる?
「うふふ……、わたくしとしては、タケル様がご無事なら、それで満足ですわ?」
「あら? ――襲撃と非礼に関しては、謝罪しますが、『種』を諦めたわけではありませんよ?」
――どうしようか? フィーと、マロアさんが笑い合っているんだけど、すごい怖い……。
「さ、さあ……、自分は、ちょっと用事があるんで、失礼するっス」
「――え? ちょっと、ダーラさんっ? このままにして行くつもりですか?」
「あははっ! 頑張って!」
あれ? ――気が付けば、エスケも、オルディも何処かに行ってる……。もしかして、僕、逃げ遅れた……?
「「うふふふふふふ――」」
さて、この状況、僕に逃げ道は――
「タケル、タケル、このお肉、おいしいよ?」
――と、辺りを見渡していると、バラちゃんが、何やら良い匂いのするお肉を持って来てくれた。
――バラちゃん、君は見捨てないでくれるんだね?
「ん? 何?」
まあ、単純にフィーと、マロアさんの不穏な空気に気が付いていないだけなんだろうけど……。
――せっかくなので、バラちゃんに勧められるままに、お肉を口に運んでみる。
「――っ! おいしい!」
「だよね!」
何これ……、今まで食べた中だと、一番おいしいかもしれない……。
――気になって、配膳してくれたメイドさんに聞いてみると、どうやら、これが『風紋羊』から採れるお肉って事らしい。
何と言う事だろう……、あの緑色が、こんなにおいしくなるだなんて……、とても信じられないよ……。
「ふぉふぉ……、お気に召したかの?」
「あ、ファルメル様」
僕が、バラちゃんと一緒になって、お肉に熱中していると、ファルメル様が、とても愉快なモノを見る様に、近付いて来た。
どうやら、『風紋羊』について、いろいろ報告したい事がある様で、今回の『風紋羊』討伐の立役者である、僕とエスケと話に来たらしい。
ファルメル様によると、『風紋羊』は、退治されて干からびた後、その毛に関しては、消失したらしいんだけど、肉と、骨に付いては無事に採取できたんだって。
――で、肉はおいしいって言う事は、身を持って体験できたんだけど、問題は骨の扱いらしい。
『風紋羊』の骨は、とても『紋章力』の通りが良いらしくって、これを元にして『導結界紋』みたいな、各種『結界紋』を利用した道具が出来るんだと……。
しかも、これ程質の良い素材は、めったに出回らないらしくって、さぞ良い値段が付くだろうって事だ。
「――へぇ……、そうなんだぁ……」
「ふぉふぉ……、ひとごとの様に言うておるが、これの所有権は、タケル殿と、アックス卿、お主ら二人にあるのじゃぞ?」
――おぉ……、何と、『風紋羊』の体力を一番削ったエスケと、僕にその素材の所有権があるみたいで、ファルメル様は、その処遇を聞きに来たんだってさ……。
正直、僕としては、皆で仲良く分けたら良いんじゃないかな、と思うんだけど……。
「――ふむ、しかし、それでは、ともに戦った皆が……」
「そうだよね……」
――ふぅ……、良かった、エスケも僕と同じ意見らしいね。なら、いっその事、売り払ったお金を、皆で分けるとか?
「ふぉふぉ、それは良い案じゃ……、ならば、ぜひ『スクト』に買い取らせていただけんかの?」
ファルメル様が言うには、『スクト』では、質の良い『結界紋』系統の道具が手に入り難いらしくて、ぜひとも買い取りたいって事らしい。
――さて、どうしようか? と、思って、エスケや、フィーの顔を見ると……。
「良いんじゃないか?」
「――わたくしも、よろしいと思います」
わりとあっさりと許可が下りちゃった……。
「――どうせ、帰国したら貴族の仲間入りをするんだ、そうなると、屋敷の購入や、使用人への給金など、今まで国から出ていたモノを、自分で調達しなければならない……、素材として持つより、換金した方が良いだろう……」
「ん~……? それだと、僕のメリットが大きすぎない? エスケや、皆の報酬は?」
「――それは、お給金として、ちゃんと『アルティ』から出ますわ? この素材に関しては、完全に臨時収入ですもの、立役者であるタケル様と、アックス卿の間で合意が成されれば、それで問題はございませんわ?」
「――ボキュは、タケルと彼女の、養子縁組後の安定した生活が重要だからな、タケルの所持金が増えれば良し……だ」
――ふむ……、なら、買い取ってもらった方が良いかな?
「じゃあ、売ります」
「ふぉっ? あっさりじゃの? ――まあ、助かるが……」
そして、数分とたたない内に、売買成立して、僕たちは歓談に戻った――はずなんだけど……。
「――ここ、どこ?」
――気が付いたら、僕は知らない場所に居た。
何で、いつ、こんな所に?
辺りを見渡してみると、僕の視界に映り込んで来るのは、オレンジ色の山と、真っ赤に染まった川、そして――
「えっ、何で? ――また? 今度は、どうやって来んしたの?」
――掘りごたつで、足をプラプラと揺らす、おせんべいをくわえた、ミニ十二単の少女だった……。
思ったより長くなったのでに分割します。申し訳ありません。




