風紋羊と決意
続きです、よろしくお願いいたします。
「ファルメル陛下……、それは間違いないんですの?」
――緊迫した空気の中で、フィーがファルメル様に尋ねる。
すると、ファルメル様は、コクリと頷いて、ヒウさんを手招きすると、何かをボショボショと囁き始めた……。そして、ヒウさんはそのまま、黙って何処かに行ってしまった。
「――少々待って頂こうかの? その間に……そうじゃな、どうやら、そちらのタケル殿は『風紋羊』についてご存知ない様子じゃ、一つ、儂の授業でも聞いて貰おうかの?」
そう言って、僕に向かってウィンクすると、ファルメル様は、『風紋羊』に付いて……、いや、『属性』を持つ、『ルピテス』に付いて……、教えてくれた。
――以前、僕とニムちゃんとで挑んだ討伐実習では、『巨大紋』に囲まれた『召喚紋』によって、『巨大紋・兎型・ルピテス』が現れたんだけど……。
「――『風紋羊』とは、『風紋』によって囲まれた『召喚紋』から生まれた『羊型』の『ルピテス』の事じゃ……」
どうやら、『風紋羊』とかの『属性』を持つ『ルピテス』は、その名が示す様に、『通紋』で囲まれた『召喚紋』から現れる『ルピテス』なんだってさ。
そして、『巨大紋・ルピテス』より、『通紋・ルピテス』が恐れられる一番の理由は、やはり、その『ルピテス』が、『紋章術』を使える事にあるらしい……。
例えば、『風紋羊』は、身体自体が風で出来ていて、『風紋』の術を使えるし、『火紋兎』であれば、火で出来た身体で、『火紋』の術が使えるって感じで……。
「――『巨大紋』にせよ、『通紋』にせよ……、『召喚紋』が他の『紋章』で囲まれる事など、滅多に無い事じゃがのう……」
――ほとほと困り果てたって感じで呟くと、ファルメル様は、大きなため息を吐いて、頭頂部のお皿を撫で回していた……。
そして、丁度、ファルメル様のお話が終わったタイミングで、会議室にカツカツって感じの靴音が響いて来て――。
「――失礼……」
「――お連れした……」
――ヒウさんが、何だかヒウさんに雰囲気の似た、モヒカンの男の人を連れて来たんだ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――それがしの兄、リウ=アヴェです……」
「――リウです……」
ヒウさんに紹介されたリウさんは、言葉少なにぺこりと頭を下げると、ファサッとトサカを揺らして、何かペラペラとした紙を、フィーに手渡した……。
「――どうぞ……」
「あら、拝見致しますわ………………、これはっ?」
フィーは、そのまま受け取った紙を暫く見つめていたけど、口元を手で隠しながら、何だか驚いているみたいだった。
「――それがしが目撃した、『風紋羊』の、『お写紋』です……」
――また出たっ、『お写紋』……、もしかしてと思ってたけど、やっぱり、『写真』みたいなモノ?
「ちょ、ちょっと、見ても良いですか?」
「――あら、タケル様? そうですわね……、実際にご覧になった方が宜しいかもしれませんわね……」
――フィーは、そう言うと、僕に『お写紋』を貸してくれた……けど……。
「ん? 何これ……、目の模様?」
「おっと……、そうか……、タケル、その『紋章』の中心に手を当て、『紋章力』を注ぐんだ……、ちょっとで良いからな?」
「えっと……、こう……かな? ――っ!」
ビックリした……、何か、頭の中に画像が浮かんで来る……。――これが、『お写紋』? おぉ……、凄い面白い……、ハッキリ見える。
「これが……?」
「――そう、『風紋羊』……」
――おっと、そうか……、メインはそっちだったっけ……。そうか、この緑色した気持ち悪い羊が、『風紋羊』か……。
僕はそのまま、他の人にも見せた方が良いかと思って、まずはエスケに『お写紋』用紙を手渡した……。
すると、エスケも険しい顔になって、オルディに、そして、オルディからシーヴァ君、シーヴァ君からニムちゃん、マロアさん、ダーラさん、バラちゃん、ヒウさんへと渡っていき、最終的にリウさんの元に帰っていく……。
「――信じたくはありませんが……、どうやら、真実の様ですわね……」
「――それがしが見た時は、身体の一部を切り離して『風玉』を作っていた……」
――手元に戻って来た『お写紋』を懐に仕舞いながら、リウさんはそう呟いていた。どうやら、そうやって身体を切り離して獲物にぶつけて狩りを行ったりしているらしい……。
『属性』を持った『ルピテス』に関しては、目撃例自体が少ないらしくて、退治するのに必要な情報が圧倒的に足りないんだって……。
「――奴は賢い……、だから、逃げる……」
そして、出くわした相手の能力が未知数の場合、呆気ない程素早く逃げる為、退治したという事例も少ないらしい……。
「しかし、それが……『群れ』の『頭』になったとすると……」
「当然……、『手足』を使って、周辺の『獲物』……この場合、『スクト国民』を探ろうとするでしょうね……」
エスケとオルディは、『お写紋』を見てからずっと険しい顔だ……。
「――実際、『風紋羊』の、『スクト』周辺における目撃報告が増えておるのじゃ……」
――しかも、その目撃報告が同じ場所であった事は少ないらしくて、場所を変えて、連れの『手足』を変えて、その様子は、まるで『スクト』や、『人間』の能力や、警備の様子、戦闘能力等を探っている様であったらしいんだと……。
「――そして、先日……、部下が殺られた……」
「えっ……?」
「――儂等とて、黙って襲撃を待つつもりは無かったんじゃが……、おおよその『群れ』と、『風紋羊』、そして、『召喚紋』の位置に見当を付けて偵察を放ったんじゃが……」
「――その全てが……襲われたらしいんです」
――どうやら、マロアさん宛の知らせには、その事が書かれていたらしくて、それを思い出したのか、マロアさんは、口を開いた後、表情を固く、暗く、沈み込ませていた……。
会議室に居るマロアさんや、ファルメル様達、『スクト』の人達は、お亡くなりになったと言う偵察隊の人と、この先出るかもしれない犠牲者に、皆、悔しそうに……、歯を食いしばっている……。
――やっぱり、何とか……助けになれないかな……?
「――フィー、エスケ……」
そんな思いを込めて、僕が二人の顔を見ると……。
「――し、失礼致します!」
「――騒々しい……、陛下とお客人の前だ……」
会議室に『スクト兵団』の人が駆けこんで来た……。
「も、申し訳ありませんっ、し、しかしっ!」
「良い……、話してみよ……」
ファルメル様がそう言うと、兵団の人はリウさんから『水紋』の水を受け取って、一気に飲み干して、口を開いた……。
「さ、先程……、監視塔の者より連絡があり……、『ルピテス』が……、大量の『ルピテス』が迫って来ていると!」
「何じゃと!」
「――本当か……?」
「はいっ、どうやら……『ルピテス』共は……、三層程の陣形らしきモノを組んでいるらしく……、その第一層が、今現在、王城前の田畑を荒らしているそうです……」
――どうやら、僕達がこれからどうするのか、『アルティ』に援軍を頼んだ方が良いのか……、考える暇も無いみたいで……、すぐそこに、『暴走』が迫っているみたいだった……。
「――数と、種類は……?」
リウさんも、『暴走』の気配をしっかりと感じているみたいで、兵団の人に確認を取り出している……。
「――はいっ、『猿型』が二十、『兎型』がおよそ三十、『羊型』が二十です。――そして、厄介な事に『猿型』は、『羊型』の背に乗って、何やら棒切れと、板切れを持って、武装しているらしい……との事です……」
――えっ? 『ルピテス』って……、武器持ったりするの?
「――通常はあり得ませんわ?」
「多分、『頭』の影響やんな~……」
どうやら、僕の声はまた漏れていたらしくて、フィーが唇をキュッと噛み締めて、ニムちゃんが珍しく険しい顔で、それぞれ危機感を感じている様な表情を浮かべていた……。
そして、そんな僕らに向けて、ファルメル様は、静かに語り始めた……。
「――申し訳ないのぅ? せめて、歓迎会でも開きたかったんじゃが、このザマじゃ……、せめて、国境沿いまではこのリウに送らせよう……」
それは……、つまり僕達に対して『逃げろ』って事なの……? ――でも……。
「――ファルメル陛下……、わたくしは、申しあげました筈ですわ? ――『スクト』のお力になる為に参りました……と」
――うん……、やっぱり、そう……だよねっ!
「し、しかしじゃの? ――事情を聴いて、準備して後に力添え頂くならまだしも……」
「――『情けは人の為ならず』……僕の故郷のことわざです……。どうか、手伝わせてください!」
ファルメル様の言葉を遮って、僕はフィーの隣に立つ。――そして、フィーの手をギュッと握りながら、そう呟いてみる。――何だっけ? 人を助けるって言う事は、いつか自分に返って来る親切に対する先払い……みたいな意味だっけ? うん、うろ覚えだけど、そう言う事にしておこう……、知ってる人いないし……。
「――ふぅ……、姫様の近衛としては、私も動かざるを得ませんね?」
――あ、そう言えば、僕もフィーの近衛として来てたんだっけ? うん、ジェネロ様……、貴方に頼まれた事、『フィーを頼む』……絶対に、成し遂げてみせます。
「ボキュは元々そのつもりだ……」
エスケは、僕やオルディに先を越されたのが悔しいのか、ちょっとだけ不機嫌そうに……。
「あ~、ウチもやるけんな~?」
ニムちゃんは、元気よく手を上げて……。
「えっと……、じゃあ俺も……?」
シーヴァ君は、何か流れで……?
「――モゴォッ!」
――バラちゃん、飴を舐め切ってからでも良いんだよ?
こんな感じで、何となく立候補するみたいに、僕達が自席から立ち上がっていくと、ファルメル様は、感極まった様な感じで、キュッキュッとお皿を撫で回した後、無言で僕達に頭を下げた……。
「すまぬ……、どうか、力を貸して下され……」
――こうして、僕達は当初の予定より、ちょっとだけ早まっちゃったけど、『スクト』の危機を何とかする為に、動き始めたんだ……。




