暴走の兆し
続きです、よろしくお願いいたします。
「ほぉ、ほぉ、もう一つのお話とな? 何じゃね?」
――ペシペシペッシと、ファルメル様はお皿……じゃないや、頭の天辺を叩きながらフィーに話を促してくれた……。
「はい、ありがとうございます……。――お話と言うのは、『スクト』に迫りつつあると言う、『暴走』についてですわ?」
「――ふむ……?」
フィーから『暴走』と言う言葉が出た途端、ファルメル様はジロリと、立ったままのマロアさん達を睨み付けた。――さっきの拳骨見た後だから……、正直、こっちまでビクッてなっちゃうよね……?
ファルメル様は、マロアさん達を暫く睨み付けていたけど、もう一回「ふむ?」と頷くと、ペチペチッと、お皿を叩いてから、フィーに向き直って、そして――。
「それは……、どうして……かのぅ?」
――フィーに向かって、そう尋ねた。フィーは、そのファルメル様の視線を、逸らさずにしっかりと見据えると、静かに答える……。
「――勿論……、友好国である『スクト』のお力になる為……ですわ」
フィーは、『アルティ』の王城で、ジェネロ様に告げた時と同じで、「『スクト』を助けたい」と、そう言った。――そう言って……くれた。
何と言うか……、自分の事を好きだって言ってくれる子が、優しい人だったら、とても嬉しい気持ちになるよね。
「………………ふむぅ……」
――ファルメル様は、どう受け取ったんだろう……? もしかして、フィーの裏を訝しんでるのかな……? それとも、自国の状況を他国のお姫様に話す事に抵抗があるのかな? ――あ、もしかしたら……。
「――声っ」
「あ痛っ! ――エスケェ……、痛いよ?」
「うるさい……、全く……、他国の王族の前で、恥ずかしげも無く……」
――あ、もしかして、また声出てました……?
会議室の中を見渡してみると、顔を真っ赤にして恥ずかしげに俯くフィーと、同じく顔を真っ赤にして怒るエスケ、気まずそうなオルディとシーヴァ君、苦笑いのニムちゃん、指を咥えて羨ましげなマロアさんと、何故かバラちゃん、ダーラさんは笑いを堪えてて、ヒウさんは何か納得した様に頷いている。
そして、ファルメル様は……。
「――ほぉ、ほぉ……、これはまた、青いのぉ……」
何だか、ニコニコ顔でフィーを見ていた。
「――申し訳ないのぅ? 少しばかり、疑っておったのが半分、もう半分は、我が国の問題に、フィリア姫殿下や、そちらのタケル殿と言うたか? 君らを巻き込むのに抵抗があってのぉ……」
どうやら、疑い半分、遠慮半分だったらしい……。――でも、ファルメル様は、フィーが本気で「『スクト』を助けたい」って思っている事を分かってくれたらしくて、それからポツポツと、この国に迫っている『暴走』について、分かっている事を話し始めてくれた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――思えば……、最初に現れたのは、何の変哲もない、数匹の『ラビ・ルピテス』じゃった……」
――そこからの、ファルメル様が話してくれた情報によると……。
最初に発見されたのは、数匹の『兎型』ルピテスと、その『召喚紋』だったらしい。
――僕が以前、ニムちゃんと挑戦した討伐実習みたいに、『巨大紋』で囲まれたりしていない限りは、『兎型』は群れでもそんなに脅威では無いらしくって、大抵の場合、討伐実習みたいに『記章』の練習に使ったり、もしくは、『召喚紋』をそのままにしておいて、『兎型』の肉を定期的に入手したりするらしい……。
「そんな訳で、通常通りにちまちまと対処しておったんじゃが……」
――しかし、何時の間にか状況が変わっていたらしい……。
最初、『兎型』だけだった筈のルピテスが、気が付いてみれば、『羊型』、『猿型』等と言った、ちょっと一般国民じゃ対処が難しいルピテスまで現れ始めたらしい……。
それでも、何とか『スクト兵団』で対処して、「お肉一杯♪」って状況で、軽くお祭り騒ぎだったらしいんだけど……。
「――儂等は、民とは違い、焦り始めておったんじゃ……」
――『羊型』も、何とか『スクト兵団』で対処可能なのは可能らしいんだけど、『猿型』……、特に、群れを成し始めた『猿型』は、『犬型』に勝るとも劣らない程の脅威になるとの事で、肉に喜ぶ国民を他所に、『スクト兵団』や、報告を受けた『スクト首脳陣』は、必死で『召喚紋』を探し始めたんだって……。
「――あれ? でも、『犬型』って、確かに強かったけど、対処できない程じゃなかった気がする……?」
――だって、確かニムちゃんと、シーヴァ君、それと、マロアさん達で対処できる位だったよね?
「――イタクラ君、それは違うよ……」
「違う……?」
確認の意味を込めて、シーヴァ君を見てみると、シーヴァ君は苦笑いしながら、首を横に振っていた。――そして、再確認の意味を込めて、今度はニムちゃんを見てみると……。
「あんな~? 『犬型』は本当やったら、数十頭から数百頭単位で群れるルピテスなんよ~。――あん時の『犬型』は、精々十から三十頭位やったやんか~? しかも、『群れのリーダー』が発生しちょらんかったごたるけん、本格的な群れや無いけんな~?」
――思わず生唾飲み込んじゃった……。アレ……、群れ扱いとは言い難かったんだ……。僕、今、ドヤ顔してなかったよね? 恥ずかしい……。
「ついでに言うなら、群れるタイプのルピテスは『統率者』が存在するか否か、そして、その『統率者』……『頭』の強さによって、脅威度が跳ね上がりますね……」
オルディはそう言うと、僕の顔をジィッと睨んで来てる……。はい、分かります……、無茶するなって事だよね?
僕が「分かってるよ」って意味を込めて、オルディに見せつける様に頷くと、オルディもまた、「分かればよろしい」と言いたげにコクリと頷いた。
「――まぁ、そう言う事じゃの? では、続きを話しても宜しいかの?」
「あ、す、すいません……、お願いします……」
ファルメル様は、「ほぉ、ほぉ」と微笑むと、続きを話し始めてくれた。
――どうやら、ファルメル様達の危惧した通りに、『兎型』や、『羊型』、『猿型』を纏めているらしき、『頭』の存在が確認されてしまったらしい……。
「――そんなっ……、複数種類のルピテスを纏める『頭』が本当に存在するだなんて……? ――それならまだ、複数種類の『頭』が同時発生したと言われた方が真実味がありますわっ?」
フィーは、ファルメル様に食って掛かりそうな勢いで、「信じられませんわ」って驚いていた。――珍しいの?
「儂等も、最初は信じられんかった……、しかし、『奴』は確かに存在し、今も何処かにある筈の『召喚紋』を守っておる……。恐らくは、群れが増えるのを待っておるのじゃろう……」
――正直、僕にはあの本能の塊みたいなルピテスに、そんな『徴兵』みたいな事をする知恵があるとは思えないんだけど……。
でも、ファルメル様の悔しそうな、何とも言えない表情を見ると、それがどうやら真実みたいで……、僕も、フィーも、エスケも……、その場に居る皆が、暫くの間、言葉を出せずにいたんだ……。
そして、今回の『暴走』って言うのは、どうやら、そうやって増えた『群れ』が、一気に人里に……一番近い『スクト』に狙いを付けて襲ってくるだろうって言う事らしい。
「――その……『頭』はどの様な? ある程度の知恵があるのならば、やはり『猿型』でしょうか……?」
――やがて、漸く落ち着きを取り戻したらしいフィーが、『頭』について、自分の予測も含めながら、ファルメル様に尋ねると、ファルメル様は、プルプルと首を横に振って、フィーの予測を否定してから、口を開いた……。
「あ奴は……、『羊型』じゃ」
「「「――馬鹿なっ、有り得ない!」」」
思わずと言った勢いで、オルディと、シーヴァ君、そして、エスケが同時に叫んで立ち上がる。――ファルメル様は、そんな三人の顔を見つめると――。
「当然、只の『羊型』では無い……、あ奴の体毛は『緑色』じゃった……」
――ファルメル様の言葉に、会議室の空気が再び張り詰める。ファルメル様は、そのまま、ゆっくりと僕達の顔を見渡すと、静かにため息を吐いて、告げる……。
「――そう、あ奴は……『風紋羊』じゃ……」
――『風紋羊』……。それが、どう言うルピテスなのかは、僕には分から無い……。分から無いんだけど……。
バラちゃんと、『風紋羊』が何かを知らない僕以外、皆の顔色がサァッと血の気が引いていく音が聞こえてくるかの様に青くなっていく様子から、ともかく、やばいんだな……って事だけは感じられたんだ……。




