望遠
続きです、よろしくお願いいたします。
――どうしよう……?
「…………」
エスケが「何か来る」と言って、付近の森に様子を見に行って……速攻で戻って来たんだけど……。――エスケは何だか、不貞腐れた感じ……と言うか、気まずそうな感じ……と言うか……。
「――困った事になった……」
あっ、そうそう……、そんな感じで頭を抱えている。
「困ったって?」
「――盗賊……ですの?」
僕とフィーが問い掛けると、エスケは「えゃ……」と、珍しくハッキリしない様子で、モニョモニョしている。
「盗賊……は、盗賊なんだが……」
言い辛そうにしていたエスケが話してくれた情報によると、どうやら、盗賊が街道沿いの道に潜んでいるのは間違いないらしいんだけど、どうやら、付近の――多分、例のルピテス群から逃げて来たらしい人達を捕まえて、その人達を囮にして、別の獲物を狙っているらしい……。
「――よく、そこまでわかったね……?」
「まぁ、『火紋隊』も数人『定紋』持ちがいるからな」
――何だろう……『盗聴』……? いや、それは無いか……。まあ、どっちにしても、確かな情報らしい……。
「でも……、そうなると……」
「混戦になりよったら、盗賊やない人も危ないやんな~?」
「ああ……」
そして、シーヴァ君とニムちゃんが言う様に、エスケと『火紋隊』の皆さんは、どうやって一般人の安全を確保するかで頭を悩ませているらしくて、お蔭でさっきからずっと、何とも言えない表情を浮かべているって事らしい……。
「う~ん……、エスケ、捕まってる人達と、盗賊の位置関係って分かる?」
「ん? 大雑把になら分かるが……、流石に微細な所までは分からんぞ?」
「んじゃ、それで良いや……、皆で考えれば何か浮かぶかも」
エスケは、てっきり僕が妙案を持っているものだと勘違いしたらしくて、ガックリとしていた。――流石に短期間の学習でそこまでの応用力は無いよ? 鞆音ちゃんならともかく……。
――まあ、何にしても、まずは状況確認だよねっ?
「――そう……ですね、ここに一人……、もう一人がここ……、で、多分……、コイツが頭……だと思います……」
早速、エスケが言っていた『盗聴係(仮)』の人に、盗賊と人質の位置関係を教えて貰っているんだけど……。
「――これは……また……」
「罠とか考えちょらんのは良いんやけど……」
フィーとニムちゃんは揃って、口をモニョモニョさせている……。
どうやら、盗賊達は初っ端から人質を前面に押し出して来る気らしくって、一盗賊に付き、一人質って感じみたい……。
「――いっそのこと、マロアさん達に力借りてみるとか?」
「いや……、それだと、後々問題になりそうなんだよね……、一応、まだ来賓って感じだし……」
ああ……、お客様に戦闘なんてさせられませんって感じ? ――あれ、でも……バラちゃんは……?
「――バラちゃんは、もう、ウチらん国に帰化したけんな~?」
――あれ? そうなの? 何か……、飴玉に釣られたとか……?
そんな脱線をしかけていると、エスケが「はぁ……」とため息を吐く。そして――。
「一番良いのは……、全敵を同時に殺せれば早いんだが……」
――エスケはそう言うと、頭をガシガシと掻く……。――なるべくなら、それは避けたいんだよね……。
「――いけません……、その様な事をすれば、ルピテスが血や怨みの念を吸って、『スクト』だけでなく、『アルティ』までもが『暴走』の危機に陥ってしまいますわ……」
フィーは、そう言うと僕に向かって微笑む。――多分、僕の不安気な表情を見てそう言ってくれたんだろうけど……、ゴメン……、僕は、ただ単に人と戦うのが怖いだけなんだよ……って言うか、『暴走』って、そんな発生の仕方するんだ……。
――あれ? って事は……『スクト』って……?
「あ、そうだ……、イタクラ君の『矢』で狙えないかな?」
「――えっ? ご、ごめん、考え事してた……、何だって?」
僕が少しだけ、頑張って考え事してると、シーヴァ君が僕に向かって声を掛けて来た。――どうやら、僕の『矢』で、遠くから一気に狙えないかって事らしい。
「う~ん……、どうだろ? 流石に夜だし……、距離もあるし難しいかも……」
「ん? そうか……、よしっ! ちょっと待ってろっ!」
僕が首を横に振っていると、エスケが何かを思い出したらしく、『火紋隊』の人達が集まっている場所へと向かって行き、数分としない内に、今度は誰か……って言うかオルディを連れて戻って来た。
そして、そこから更に数分――。
「く、くすぐったい……」
「ちょっと、タケル殿っ! 少しジッとしていて下さいっ!」
――現在、僕はオルディに何やら化粧……じゃなかった……、瞼に『紋章』を描かれている最中です。
「ねぇ……、これ、何?」
「ああ、『風紋隊』とか、『矢化隊』、『弓化隊』なんかで使われる『遠視結界紋』だ、『火紋隊』は中距離大火力が売りの部隊だから、使い手が居なかったんだが、これがあれば、夜でも、遠距離でも見通せる……筈だ……」
ん~……、どうやら、望遠鏡とか、そんな奴の代わりらしい……。戦闘時は望遠鏡が嵩張るから、こっちの方が良く使われるんだと……。
そして、今、この『訪問団』の中では、オルディしか、描き方と言うか、『紋章』をしっかりと覚えている人がいないらしくて、慌ててエスケが呼んだらしい。
――と言う訳で、僕は瞼の上に何だか、『田』の字がごっちゃになった様な『紋章』を描かれています。
「――よし……、出来ましたよ? 生憎と、私の腕では、そこまで遠くは見えませんが……どうでしょう?」
「ちょっと待ってて……? ――『起動』……」
心配そうにボクの顔を覗き込んで来るオルディを手で制して、僕は『馬車』の屋根に上る。――そして、瞼の辺りに意識を集中させて、起動用の詠唱を呟く……。
「――おぉっ!」
凄いっ! てっきり、暗視スコープみたいな、緑色の世界を想像してたんだけど……。
「昼間と同じだ……」
眩しいって訳でも無くて、本当に昼間と同じ様にしか見えない……。そして――。
「――うん……、見える……」
森の中に、十人チョイ……? いや、もうちょっと少ないかな……? 何だか、髭ぼうぼうのおっさん達が、ブルブル震える人達を、昔見てたドラマの銀行強盗達みたいに抱えている。
「どうだ……タケル……いけそうか?」
「――これならいけそう……だけど、僕、『矢』は一本ずつしか出せないよ……?」
見える範囲では、捕まっている人は……やっぱり、盗賊と同数程だ……。
「一発当てても……、その隙に他の方が危険に晒されますわね……」
「ん~、好かんたらしいわ~……」
「タケル殿……、何とか同時に射れないか?」
フィー、ニムちゃん、オルディが、険しい顔をしている。――同時……かぁ……。
「――あ、そう言えば、『武器化』に『術化』の『接続待機』みたいな詠唱って無いの?」
それが出来たら、『矢』を量産出来そうなんだけど……。
「あ~……、出来る人はいるらしい……けど……、多分、それって、『定紋』持ちの誰かじゃなかったっけ?」
おぉ……、適当に言ったらやっぱりあるらしい……。――でも、シーヴァ君の口振りからすると、僕には……と言うよりか、その『定紋』持ち以外は使えないっぽい?
「あぁ……、『プジョー家』の『定紋』、『武器化』使いは代々そうだな……」
『プジョー家』? どっかで聞いた事あるけど……、どうやら、話の流れからすると、その『プジョー家』の『武器化』使い……、しかも『定紋』のみでの特典みたいなモノらしい……。
しかし、そうなると、いよいよ打つ手がないよね……。
「ん? タケルのはダメなの?」
――『馬車』内が、ちょっとした打ち止め感に包まれていると、どうやらうたた寝から覚めたらしい、バラちゃんが、そう言ってきた。
「ん? バラ……、タケルがダメなのはいつも通りだが……?」
「え? ちょ、ちょっとエスケ?」
何気なく毒を吐かないで? ――僕、結構、鳴く時は泣く男だよ?
「ん? タケルの、アレ、一杯だよ?」
「………………タケル様?」
「え? フィー……? 何で……そんな怖い顔してるの……?」
――どうしよう……、悪意の無いこの追い詰め方……。
「ん? うん、うん……、そうなんや? あ~、でくるかも知れんな~?」
じわじわと僕ににじり寄って来るフィーに、僕が後退っていると、その隙に……って訳じゃないけど、ニムちゃんがバラちゃんの言いたい事を、「ふんふん」と確認している。――ありがたいけど……、もう少し急いでくれない?
「クフフ……タケル様……、お覚悟を……」
「ちょっと待ってっ! もう少し……、もう少し!」
――と言う事で……。
「むぅ……、惜しかったですわ……」
危うく、何かが如何にかしそうだった(詳細が分から無いから尚怖い……)僕は、再び屋根の上に乗っかってます。
「――タケル……、まずは出来そうかどうかだけで良い」
「分かったぁっ! じゃあ、いくよ? ――『コンスタント・シールド』……」
「――イタクラ君……、出来れば無音で、且つ、相手を吹き飛ばせた方が良いから、属性は『嵐紋』が良いと思うよっ!」
「はいは~いっ! ――『コンスタント・テンペスタ・クヨウトモエ』!」
僕の両手が黒く覆われる――。右手に弓懸、左手に鞆……。うん……、ここまでは問題無い……。
「タ~ケル君~……、詠唱を途中まででとむると、狙いつくる時間位、でくるけんな~?」
「はーいっ! ――『ディニッシム・』――」
――おおっ! 本当に狙いが付けられる……。試してみるもんだね……。今、両手の親指付け根を結ぶ線上には、一本の『嵐矢』が現れていて、その矢尻を中心に『クヨウトモエ』が浮かんでいる……。
「ふと、思ったのですが……、その『装填』は……、『展開』の様に、数は指定出来ないのですか……?」
お、そう言えば試してなかったね……、流石オルディ……。
「――――――――――」
あれ? 声が出ない……。
「あ……、駄目でしたか……」
――どうやら、出来ないみたい……残念……。
「タケル様っ! 『遠視結界紋』をお使いになるのをお忘れですわっ!」
「あっ! ――『起動』!」
「――姫様っ!」
危ない危ない……、別の詠唱中でも……『起動』って、出来るんだ……って、思ってたら、何かエスケが「ギョッ」って顔をし……て……?
「えええええええっ? 何これ?」
目が熱い……って言うか……、何かさっきまで目の中にあった感じの『田』が、皆にも見える程に……宙に浮きあがっている。
そして、その『田』の中には、遠くにいるっぽい盗賊達がクッキリと映ってて……。
「――す、『スコゥプマ・エクスチィピオ』……?」
頭に浮かんで来る詠唱を呟くと、『田』の中に盗賊達と同じ数だけの『十』が浮かび上がる――。頭を意識すると、その『十』が頭に……、肩を意識すると『十』が肩に移動していく。
「これ……もしかして、ターゲットマーカー……?」
僕がふと呟いて、考えモードになっていると、視界の端でバラちゃんが、トコトコしているのが見えた。そして――。
「タケル……、射って良いよ!」
「あ、うん……、『テンペスタ・サギッタ』……」
――あれ? 何か、条件反射的に呟いたんだけど……、今、何か………………。
「ば……、馬鹿ああああああああああああああ!」
間違えたかな……? 何か……、エスケが物凄い叫んでるのだけは分かるん……だ……アレぇ……?




