スクトへ……
続きです、よろしくお願いいたします。
「――ふぅ……」
まだ慣れて無いせいか……、すぐ発動って感じに出来ない僕は、深呼吸して、静かに、深く、自分の中に潜っていく――。
「――『コンスタント・シールド』!」
――カシャンッ!
何かが切り替わる感じがして、僕の目の前に中央に一つ、その周囲に八つ……。――計九つの『三つ巴』を持つ紋章、『九曜巴』が現れる……。
「………………」
静かな演習場に、誰かの息を呑む音が響く――。
「――来いっ! 『コンスタント・ヴィントス・クヨウトモエ』!」
――次の瞬間、僕の両手指先から手首の少し先までを、バチバチと黒い雷が包み込む。
「「――綺麗……」」
あ、今のは……フィーと、ニムちゃんかな?
黒い雷は、そのまま両手の周りに、輪っかになってグルグルと回っていたけれど、やがて、キュッと……、紐を結ぶようにその輪を締めていく――。
「アレが……」
――そして、左に鞆、右に弓懸……、どちらも、先程の雷同様に黒く、鈍い輝きを放ちながら、僕の手を包んでいた……。
僕は、そのまま、演習場の木人に狙いを定めると、両脚を肩幅程に開き、内側に向けて螺旋を描く様なイメージで力を込める。そして、へその下に意識を集中させつつ、樽を包み込む様な形を取った両腕を、ヘソの下から、頭の上まで打ち起こしていく――。
「――ふぅ……」
――頭の上から、徐々に弓を引く動作を取り、僕の右腕と左腕が、ほぼ水平になった時、僕は唱える……。
「『ディニッシム・ヴィントス・サギッタ』!」
すると、左手の鞆から薄っすらと、黒い雷が弓の形状を取って出現し、その直後、僕の右手親指の付け根辺りから、左手親指の付け根にかけて、緑色の『風矢』が現れた――。
「――すぅ……」
ギリギリギリと、弓を引き絞っていくと、『風矢』の矢尻を中心に『クヨウトモエ』が現れる――。
そして、『クヨウトモエ』は、激しく回転を始め――。
「――シッ!」
――僕の右手から、弦が離れる様な感触がしたかと思うと……、『クヨウトモエ』を構成する、中心以外の八つの『三つ巴』から……、大量の『風矢』が、木人を目指して飛んで行く。
その後には、欠片すら残らなかった木人と、大きく穴の開いた演習場に、皆言葉を失っているみたいだった……。――うん……、アレ……、修繕費って、誰が出すの……?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――ほっほっ♪ 中々に見ものじゃったのぉ……」
僕がお披露目を終えて、セチェ爺の元に飛び付くと、セチェ爺は長い眉毛を撫でながら、愉快そうに笑ってくれた。
落ち着いた感じのセチェ爺だけど、その鼻息は荒くて、かなり興奮しているんだろうなってのが分かる……。ノムスさんも後ろで笑いを堪えてるし……。
何にしても、セチェ爺に喜んで貰えたならいっか……。
「――タケル殿……」
――と、僕とセチェ爺が談笑していると、後ろからジェネロ様を中心とした、何だか「偉いよ?」って感じの人達がやって来た……。もしかして……、修繕費の件ですか……?
「――タケル様……、修繕費は大丈夫ですわ……?」
あ、そうなんだ……って、良く見れば後ろの方に、フィー、エスケ、オルディ、ドミナ様がいる……。ニムちゃんと、スェバさんは……観覧席のままだ……。
「えっと……、修繕費でないなら?」
どうにも、フィーやエスケの表情を見る限り、そんなに悪い話では無さそうなんだけど……、何か、「偉いよ?」って感じの人達が怖い……。いや、本当……に、血走った目なんだけど……?
「タケル殿、改めて言おう……、此度の『スクト』訪問……、フィーを、娘をよろしく頼む……」
「え? はい……、それは勿論なんですけど……、何でそんな当然の事を改めて?」
「ん? 『当然』か……、ウム……、その言葉が聞きたかったのかもしれんな……」
「?」
ジェネロ様はそう言うと、「偉いよ?」達を引き連れて去って行ってしまった……。
「う~ん?」
――誰か、コンニャクを下さい……、ジェネロ様が何を言いたいのかが、サッパリ分かりません……。
「ほっほっ……」
そして、胸を張って笑うセチェ爺に後で聞いてみたら、やっぱり、このお披露目はセチェ爺と……、ジェネロ様が仕組んだらしくて……、その目的は未だに僕の貴族入りを渋る貴族達を納得させる為のモノだったらしい……。
どうやら、さっきの僕の「当然」は、「当たり前に守れますよ? だって、こんなに強力な『紋章』持ってますから♪」と、取られてしまったらしい……。――それ……、まるで僕が脅したみたいになってない……? って言うか……。
「――それ……、最初に言ってよ……」
「ん? 言うとらんかったかのぉ?」
セチェ爺はそう笑っていたけど……。
「お前……、言ったら何か失敗するだろ?」
「タケル様は、本番はお強いのですが……、お披露目的なモノは……」
――エスケとフィーが、そう言ってセチェ爺の言葉を補ってくれた……。
「――言われても出来たよっ! ――きっと……」
「んふふ~♪ そうやんな~? タケル君はやればでくるかも知れん子やけんな~?」
そして、僕はニムちゃんに慰められ……ながら? 皆と一緒に演習場を離れて、三日後の出発に備えた準備に取り掛かり始めた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これ……馬車?」
「はい、最新式の『導結界紋』を導入した、『馬車』ですわ?」
今、僕の前には、車輪の無い馬車? の様な何かが存在している……。
車輪の代わりに何だか見慣れない『紋章』があるから……まあ、何かそんなんだろうなってのは分かる。御者台らしき所に、丸い文字盤みたいなのがあって、そこに何だか、街道の地図が浮かんでいるから、『紋章』を使った『カーナビ』みたいなモノかな? ってのも分かるんだけど……。
「これ……、馬?」
――一つ、おかしな……、街中どころか、王城に居ちゃいけないモノが見えるんだけど……?
「はい、『馬』ですわ?」
――いや……? いやいやいやっ! これ、馬じゃないよね? 『馬型』のルピテス……だよね? だって……、目付き悪いもんっ! 頭の上に羽生えてるしっ! 馬の優しげな目じゃないもんっ! 絶対、二、三人殺してる眼だよ?
「ル、ルピ……「『馬』ですわ?」……うん……うん……」
どうやら、フィーは必死で思い込もうとしているみたいだった……、だって、絶対に『馬』と目を合わそうとしないんだもん……。
「さ……、ささ……、タケル様? は、早く参りましょう?」
「う、うん……」
早くその場から離れたいのか、フィーは僕の腕を掴んでグイグイと引っ張る。――当たってる……。ここ暫く……、むさ苦しかったからなぁ……。
「――? どうしましたの? タケル様……」
「ん? い、いやいや、何でもないよ?」
――アレから早くも三日……、出発の日を迎えていた。
僕達……と言うか、僕はほぼ隔離状態で、セチェ爺や、ノムスさん、スェバさん、果てはジェネロ様や、「お偉いさん!」の指導を受けて、旅の仕方や、道中気を付ける事、戦闘での立ち回りなんかを勉強させられていた……。うん……、むさかった……。
そして、漸く解放……と言うか、時間切れのお蔭で、こうやって、フィーに今回の旅で使う道具や、同行する人なんかを紹介して貰っていた。
「おや? タケル殿……、準備は出来ましたか?」
「あ、オルディ……ってまた、凄い格好だね?」
僕とフィーを見つけたオルディは、にこやかに駆け寄って来たんだけど、その格好は、全身真紅の鎧に包まれていて、そのスレンダーな体型だと……、兜被ったら正直、おと――。
「――タケル殿?」
「い、いえっ、何でも無いよ?」
――どうやら、ここからは、笑顔で僕を睨んで来るオルディに案内役が代わり、僕とフィーはその後に付いていく事になる様だった……。
「……」
「…………」
「………………」
――はい、本当……、反省してるんで……、数歩ごとに振り替えて睨むの……止めて?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――じゃあ、マロアさん達は?」
「はい、客車……という名目の軟禁状態で搬送となりますね」
オルディに、マロアさん達の様子を聞いてみると、やはり、彼女達も同行するらしい。――但し、軽犯罪者扱いに近い感じで……。
まあ、仕方ないっちゃ、仕方ないけど……、何となく後ろめたいのは何でだろう?
「さて、これで大体回りましたね……、後は、アックス卿達を待つだけですが……、丁度いらっしゃいましたね?」
「ん?」
「あら? どうやら、皆さんお揃いみたいですわね……」
どうやら、フィーはこちらに向かって来る集団の中に、ニムちゃんや、バラちゃんを見つけたらしくて、にこやかに手を振っている。――あ、二人も手を振り返してる……。
「――そう言えば、バラちゃんはお咎めなしで良いの?」
まあ、個人的にも無しで良いと思ってるんだけど……、良く「お偉いさん?」達が許したよね……。
「あ……、それですが……」
ん? 何だか、オルディが言い辛そうにフィーを見ている。――もしかして、フィーの口添えかな? と、思ってたら――。
「――お母様が陥落致しましたの……」
――どうやら、バラちゃん……、遂にドミナ様の心まで奪っていったそうです……。――何だろう……、その内、この国、バラちゃんに乗っ取られるんじゃない?
「――まぁ……害はねぇだろ……」
「そうですね……、多少……、騙され易すぎて……ハラハラ致しますが……」
「――おぁっ? って、スェバさんに、ノムスさんか……」
僕が密かに、そんな心配をしていると、何時の間に来たのか、スェバさんとノムスさんが、僕達の背後でそんな事を呟いていた。
どうやら、今回同行する『火紋隊』に挨拶していたらしい。――二人は、王城で何やらやる事があるらしくて、同行できないから『よろしく』言っておいたとの事だった。
「――不安だぁ……」
「――ハッ、坊主……、俺や、ノムスさんは、足場固めは出来ても、そっから先の心構えまでは責任持てねぇんだ……、そろそろ独り立ちしろよ?」
「我々は、我々で……しっかりと動いていますからご安心を、タケル様……」
――スェバさんはニヤリと笑いながら、僕の頭をガシガシと撫で回して去って行き、ノムスさんは、スェバさんに乱された髪を整えてくれて、ペコリとお辞儀すると、やっぱり王城の中に去って行ってしまった……。
「ふふ……、タケル様、わたくし達も期待していますわ?」
「――正念場……ですよ? タケル殿……」
フィーも、オルディも、この旅が終わった後に訪れる……筈の転機を、心待ちにしているみたいだった……。
「正念場……か……」
そして、僕がそんな事を呟いていると――。
「そうじゃろうなぁ……」
「――っ! セチェ爺っ?」
「あら? 神官長?」
――入れ替わる様に、セチェ爺がやって来た。セチェ爺は、僕とフィー、そしてオルディが驚く様子を見て、舌をぺろりとだす。そして――。
「ほっほっ……、儂も少しやる事があるでの? 餞別だけ持って来たんじゃ……」
そう言うと、セチェ爺は僕の手の平に、白い腕輪を持たせてくれた。
「これは……?」
「ちぃと、『弓紋』使いのモンに『貸し』があってのう? ちょちょちょぉっと作って貰ったんじゃ。タケ坊の『定紋武器化』は、強力じゃが、まだまだ訓練が必要じゃからのぅ……、暫くは訓練しつつ、実戦ではコレと通常の『武器化』を使うと良いじゃろう」
どうやら、この腕輪には『弓紋』が刻まれているらしく、回数制限はあるものの、『紋章力』を込めれば、その込め具合によって形状、引きの強さが違う『弓』が出て来るらしい……。
「――びっくりしました……、コレ……、お高いんでしょう?」
――しかもこれ……、フィーも驚くほどの高級品らしい……。――これを作って貰える『貸し』って、何さ……?
「まぁ、タダ同然じゃ……、そんな事よりほれっ! この爺に見せとくれ?」
「う、うん……、じゃあ………………どうするの?」
「――タケル殿……」
「――タケル様……」
――あ、止めて? その視線……、ちょっと辛い……。
その後、僕はセチェ爺に使い方を聞いて、改めて動作テストを開始する――。
「――『起動』!」
指示された様に、鍵となる『詠唱』に『紋章力』を乗せてみる――。
――腕輪は淡く光りながら、その形を変えていき、やがて、僕の『定紋武器化』の弓と色違いの様な、白地に金色の蔓が巻き付いた模様の弓になった。
「ほっほっ♪ どうやら、問題無い様じゃの?」
こうして、僕はセチェ爺からこの白い『腕輪』を貰って、その後直ぐに、『馬車』に乗り込んで――。
「――姫様っ! お気を付けくださいっ! 『オヴェス・ルピテス』の群れですッ!」
――出発一時間後、例の『羊型ルピテス』と戦う事になったんだ……。
因みに、お肉美味しかったです。




