反省室の願い
続きです、よろしくお願いいたします。
「…………………………」
眩く輝く反省室の中、ガラスみたいな『硝結界紋』を挟んで、僕、フィー、エスケの三人と、マロアさん、ヒウさん、ダーラさんの三人、三対三で睨み合っている。
「――来たか……」
「フ……フフ……、本当に……、やっと……ですね……」
「駄目だ……、ごめんなさい、姫様、アヴェ様……、自分、漏る……漏っちゃう……」
三人はそれぞれ、椅子に同じ様な光の鎖で縛られているが、ただ一人、ダーラさんだけはその足元に桶が置かれており、マロアさんを挟んだヒウさんはともかくとして、隣に座るマロアさんは汗をダラッダラに流している。
「――大丈夫で「「大丈夫じゃないから、早くしましょうっ!」」……はい……」
僕が声を掛けようとしたら、マロアさんとダーラさんが、声を被せて来た。――どうやら、限界が近いみたい……。
「――コホンッ……、それなら、お話を聞かせて頂きましょうか?」
「それでは、アックス家のピグエスケ……、立ち会わせて頂きます」
――おぉ……、友達の畏まった姿って、何か新鮮でむず痒いよね……。
「――痛っ!」
と、僕が小さく拍手していると、エスケが僕のつま先を思いっ切り踏ん付けて来た。――その顔……と言うか、口を見ると……「お・ま・え・も・つ・づ・け」? つまり……?
「えっと……、イタクラ家のタケル……、立ち会います?」
――こう言う事……?
「――コホンッ! ではまず……、何故、わたくしの婚約者である、タケル様を襲ったのですか?」
お、正解らしい。フィーは、小さく咳払いすると、マロアさんの目を見て――と言うか、睨み付けて尋ねた。
フィーからの問い掛けを、マロアさんは反芻する様に、目を閉じ、何度か首肯して聞いていたが、やがて、ゆっくりと目を開けると――。
「――何かの誤解では……? 簡易遠征の事でしたら、あたくし、確かに妨害行為の一環として、タケル様方と交戦致しましたが……、襲ったとは心外でございます……まぁ、多少はやり過ぎたかと思いますが……」
――ぬっけぬっけと、言ってのけたっ! おぉ……、テンパった末に襲ってきたあの時とは、大間違いだ……。もしかして、ここ数日、反省室の中で考えてたのかな?
「しかし……、貴女が放った刺客は、全てを白状致しましたが……? ――ねぇ? アックス卿?」
「――はい、確か……「彼のxxは美味しかったぜ? ゲヘへ、お前も頂いちまえよ」と騙されたとか?」
――えぇ……? 確かに、バラちゃんなら尋問とかしなくても、その辺、自覚無しに自白しそうだけどさぁ……、よりにもよって、そんな事言ったの?
「マロアさん……」
「え? な、何です、その顔っ! もしかして、本当にあたくしが、そんな下品な物言いをしたと思ってるんですか?」
「え? だって……、僕、マロアさんの事、良く知らないし……」
それに、スェバさんがその可能性があるって言ってたし……。
「ち、違いますよ? あたくしは、単純に「タケル=イタクラを本国に連れ去りなさい」としか言ってませ「姫っ!」――ハッ!」
「――クッ……、見事な連携だ……」
――うん? どういう事?
「――タケル……、良い仕事だ……」
「タケル様……、古典的で単純な引っかけですわ……?」
あ、そう言う事ね……、うん、分かってた、僕、分かってたよ?
「――はぁ……、姫様、腹芸向いて……ないんスから……、もう、さっさかゲロっちゃいましょうよ……? 自分、限界……ほんっと近いんで、頼んますよ……」
「――ダーラっ!」
「ムググ……」
――お国柄……なのかな? マロアさんも、結構、分かり易い人みたいだけど……。どっちにしても、僕に出来る事はただ一つ……、フィーとエスケの応援だけだっ!
「タケル様? フィーは、応援だけでも満足ですわよ?」
「――その辺は期待していないから、気にするな……」
「――あれ?」
何でばれたんだろう? ――もしかして、そんな『紋章』とかあったりするの?
「――分かりました……、では、正直に全てをお話致します……」
さてさて……、本当かどうかの保証はないみたいだけど……、コレで一歩前進するの……かな?
「では、改めまして……、何故、タケル様を襲ったのですか?」
「――切欠は、あの子……バラからの報告です」
――どうやら、バラちゃんは例のニムちゃんと行った討伐実習を、偶然見ていたらしく……、そのまま、マロアさんに報告したらしい……。
「曰く、「今まで見た事無い強力な『紋章』であった」と……、まぁ、あの子の報告は要領を得なかったのですが……」
そこで、僕が『只の武術化使い』なだけでなく、他にも何かある――と考えたマロアさん……の護衛、ヒウさんは、その後も数日間、バラちゃんとダーラさんを使って、探りを入れ様としていたらしい。――まぁ、ノムスさんや、スェバさんのお蔭で決定的な事は分から無かったらしいけど……。
「――ならば、『子種』だけでも……と、某が、姫に進言した……」
――おぉ?
「はい……、ですから最初、あの子には「搾り取って、持ち帰る様に」とだけ、伝えたのです……」
――あれ………………? それ、結局はスェバさんの言った通りじゃない?
何だか、背中に嫌な汗が流れる。――もし、あそこでスェバさんが助けてくれてなかったら………………。
「うふふ……、駄目ですよ? タケル様……」
「は、はいっ!」
怖い……、フィーが怖い……、助けて、エスケっ! ――と、隣に立つエスケに救けを求めてみるけど……。
「――スマン……」
顔を逸らされてしまった……。――ふ、ふふふ……、大丈夫、大丈夫だっ! 僕は無罪、無実、無傷? だっ!
「――コホンッ! それで? やはり、目的は『戦力』ですか?」
気を取り直したフィーが、マロアさんに尋ねると、マロアさんはコクリと頷く。
「そうです……、タケル様御自身、もしくはその『子種』があれば……、あたくしの国『スクト』は、周辺の国や、近年増えつつあるルピテスの脅威に対抗する事が出来ます。――本来ならば、あたくしとしても、この様な乱暴な手を使うつもりは無かったのです……。コッソリ『搾り取った子種』を、祖国の女中辺りに仕込みつつ、あたくし自身はゆっくりと、タケル様と親交を深めて、あたくしか、バラ辺りに『うっかり仕込んで』頂こうかと思っていたのですが……」
そこまで話すと、マロアさんは息継ぎする様にため息を吐き、その視線をスイッと天井に向ける。
――それにしても……、『うっかり』って……、微笑んではいるけど、フィーの全身から、何だかどす黒いモノが吹き出している様な気がする……。
「――ボキュは正解だったのかもしれんな……」
「――っ!」
エスケ、そんな、まるで僕が『不正解』みたいな視線と言い方は止してくれ……、フィーの笑顔が凄い怖いんだってっ!
「――でも……、そんな時に『スクト』から知らせが来て……、ルピテスの発生件数がここ数日で爆発的に跳ね上がって……、もしかしたら、一月、もしくは二月で、ルピテスの『暴走』が起こる可能性が高いらしく……」
どうやら、祖国の危機が迫っている事に焦って、『搾って持ち帰る』から、『搾って(本体ごと)持ち帰る』に方針転換したらしく、それが以前のバラちゃんの襲撃であるらしい。
――そこから先は、簡易遠征であった事……らしくって、マロアさんは、テンパりにテンパった結果、「もう、ここで何とかして連れ帰っちゃえっ!」と考えたみたい。
全て? を話し終えたマロアさんは、暫くの間は、まるで崖の上に立った人みたいにスッキリした顔をして天井を見つめていたが、やがて、その唇をキュッと結ぶと、椅子に縛られたまま、フィーに向かって頭だけを下げる。
「――こんな事を言える立場でないのは分かっています……でも、どうか……、あたくしの、あたくし達の国『スクト』を助けて頂けないでしょうか?」
それまで、全身からどす黒いモノを漂わせていたフィーは、真摯な、多分……、本音のマロアさんを見て、徐々にその雰囲気を元のフィーに戻していく。
そして――。
「――分かりました……、この件は、わたくし、フィリア=シンソが責任を持って、父王――ジェネロ=アルティ=シンソに伝えさせて頂きますわ? どうか、ご安心を……」
――フィーは、そう言って微笑むと、「急ぎますわよ?」と言って、僕とエスケを急かして反省室を後にする。
こうして、マロアさんの祖国『スクト』は――。
「あぁ……、終わっちまったぁ……」
「――ダーラ……」
「いやぁぁぁぁっ!」
――彼女達の尊厳と引き換えに、希望を掴んだんだと…………思う。




