戦闘訓練その一
続きです、よろしくお願いいたします。
※2014/11/13:ルビ振り等若干修正。
「タケル……、君は少し戦闘訓練をする必要があるんじゃないか?」
――寮の夕飯後、僕に見せつける様に謎肉を平らげたエスケは、ナプキンでその口を拭いながらそう言った。
「え? 授業でやってるでしょ?」
エスケの手によって空になった皿に、どことなく哀愁を感じて、僕がそう返すと、エスケは眉に皺を寄せ、無言で首を振る。
「――違う、授業でやっているのは、あくまでも実技……、授業に沿ったおさらい以上の意味は、余り無い、ボキュが言っているのは、対人、対ルピテスを見据えた『実戦』を想定した訓練の事だ」
「あ、あ~、そっちね……」
エスケが言うには――。
「コンソラミーニからも聞いたが……、君はどうやら、どの『紋章』を使うかの判断、そして何より詠唱速度が、圧倒的に下手くそっ! だ、そうだ」
「うっ! ――ニムちゃん……、そんな事を……」
女の子からの「下手くそ」って、何かダメージデカいよね……。――多分、エスケのニヤニヤからすると、ワザとそう感じる様に言ったんだろうけど……。
「――と言う訳で、流石に姫様の婚約者にして、ボキュの義父になる予定の君を、そうそう他所の国に攫われる訳にはいかない……、君はまだ、『紋章術』を使える様になっただけだ、そこから急に一流の『術士』になれとは言わないし、言えない……、だが、せめて、誰かが助けに来るまで時間を稼ぐ事位は出来る様になって貰う!」
――こうして、エスケ主導による『タケル育成計画』なる物が発動された……らしい……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――エスケに謎肉を奪われて、スェバさんとフィーによる、謎の『お写紋』取引が行われた後の、最初の休日……。
僕は、エスケ、フィー、オルディ、スェバさん、ノムスさん達五人に囲まれている。ニムちゃんとシーヴァ君は、バラちゃんの当番だとかで忙しいらしい……。――何だろう、その当番、凄い気になる……。
そして、それはともかくとして――。
「――イグニス、アクア、ヴィントス、ソルマ、フラーマ、イチェ、テンペスタ、テレモートス、インジェンス、オビジェ、クヨウトモエ、サギッタ、コンスタント、デニャっシム「ストップ」」
――僕は今、何をして……、いや、何をさせられているんだろうか……?
「ダメだダメだっ! 遅えし、言えてねえっ! ――もう一度だっ!」
「は、はいっ! イグニス、アクア、ヴィントス、ショルマ「ストォップ」………………うぅ……」
現在、僕達は学校の許可を貰い、演習場で特訓中です……。
そして、僕は先程からスェバさん指導の元、『高速詠唱訓練』と言う名の羞恥プレイの真っ只中にいます……。――って言うか、これ、早口言葉だよね……?
「ん? その面……、坊主、今「只の早口言葉じゃね?」とか考えたろ?」
「え? いえ……、決してそんな……」
「いや、分かる……、分かるぜ? 俺も……、坊ちゃんも、最初はそう思ってたさぁ……、だがな、坊主? 『紋章術』てぇのは、結局のところ、『どれだけ早く詠唱できるか』に掛かってんだよ……、そいつぁ、対人でも、対ルピテスでも一緒だ……」
――鞆音ちゃん……、どうやら『紋章術』の極意は『早口言葉』だそうです……。もし、鞆音ちゃんもこっちに来てたら多分、僕より鞆音ちゃんの方が強くなってかもしれないね……。
と、言う訳で、僕は再び『通紋』や、『替紋』、『定紋』の詠唱が書かれた紙に目を通す。そして、思いっ切り息を吸い込んで――。
「イグニス、アクア、ヴィントス、ソルマ、フラーマ、イチェ、テンペスタ、テレモートス、インジェンス、オビジェ、クヨウトモエ、サギッチャ「何て茶だよっ!」…………うぅ……」
打ちひしがれて、その場に崩れ落ちる僕の肩を、ノムスさんが、ポンと優しく叩き、そして――。
「タケル様……、今は訓練の時でございます……、単に叫び連ねるのではなく、まずは言い易い『切り方』と『アクセント』を意識して、慣れたらその間隔を狭めていっては如何でしょう……?」
「――ノムスさん……、分かりました……、やってみますっ! ――イギュ「やり直しっ!」………………はい……」
――僕の『早口道』は、こうして、スタートを切ったっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「宜しいですか、タケル様……? わたくしが発動する『通紋』に合わせて、効果的な『紋章』を発動させてくださいませ……」
フィーが人差し指を立ててそう言うと、スェバさんが僕に向けてコクリと頷く。そして、「始めるぞ?」と言う声と共に、まずはスェバさんが――。
「『マウリス・テレモートス・アージェント』……、『テレモートス・オーア』……」
僕とフィーの間に、紫色の球が浮かび、キィンッと高い音を出し始めると、やがて、その高い音以外が聞こえなくなって来る。
――どうやら、相手の詠唱を聞かずに、『紋章』の色だけで判断して対応しろって言う事らしい……。
「………………!」
僕が、この無音の趣旨を理解すると同時、フィーの手元に青い『紋章』が現れる。
「えっと……、青だから……『水紋』だろ? って事は……、えっと……『火紋』は違う……、あっ、『ヴィントス・アージェント』、『ヴィントス・――オァァァッ?」
――次の瞬間、僕の顔面は水の球によって包まれていた……息がぁっ!
「――ぷはぁ……はぁ……はぁ……」
「ん~……、もしかしてだが……、坊主……、お前、『紋章』同士の相性について……、覚えてねぇのか?」
――スェバさんは、訝しげに僕を見ながら、そう尋ねて来る。
「――いえ、知ってはいるんですけど……、ちょっと、パニックになってしまって……」
「はぁ……、この訓練……、始めて本当に正解ですぜ? 坊ちゃん……」
「だろう……? タケルは……、本番には強いみたいだが……、その強さの大半がほぼ……運と、『紋章力』の強さによるものだからな……」
――うぐっ……、エスケがズバズバと、僕の気にしている事を突いて来る……、気が付けば、オルディも、ノムスさんも、そして、挙句の果てにはフィーまで……、頷いている。
「大丈夫だ……、ボキュもこうやって、スェバに鍛えられた……、まるで五年前のボキュを見ている様だぞ? タケル……」
「――五年前って……、それ……励ましなのかどうか分から無いよ……」
そして、僕は少し休憩を取らせて貰って、その間に『紋章』同士の相性について、おさらいする事にした……。
「えっと……、赤が『火紋』で、『火紋』を打ち消すのは……」
「『水紋』ですわ? タケル様」
「あ、フィー、それ位なら分かるよっ? って、近くない……?」
――気が付けば、フィーは僕の肩に自分の肩をピッタリとくっつけて、『紋章』一覧の『水紋』を指していた。
「まあまあ、そんな事は宜しいではないですの? ――ほら、わたくしが問題を出して上げますわよ? さ、その『水紋』を打ち消すのは何ですの……?」
「え? やっぱり、近い……よね?」
「さ、さあ……」
――鼻と鼻の間、僅か五センチ程……、どうやら、フィーとしても、今はこの辺りが限界っぽい……って言うか、僕はその数センチ前から既に頭がパンク状態です……。
「え、ええっと……『土紋』?」
「――チェ……正解……ですわ……」
舌打ちしたって事は、間違えたら更に近付くつもりだったのかな……? ――ちょっと、残念な様な、ホッとした様な……。
――うん、ともかく正解だ! うん……。
そして――。
「――青っ、『ソルマ・アージェント』、『ソルマ・オーア』! 続けて、『ソルマ・インアージェント』」
フィーが出した青い紋章から放たれた水球を、僕が出した茶色の紋章から放たれた土球が吸い込み、打ち消す。
「………………!」
「緑って事は、『イグニス・アージェント』、『イグニス・セーブル』!」
今度は、フィーが放った竜巻と、僕が放った火檻がぶつかり合い、僕の火檻が竜巻を飲み込み、大きくなる。
「――『イグニス・インアージェント』!」
そして、僕は再び『火紋』の『術化詠唱』を解除して、フィーの動きに注意する。
「……!」
「赤、『アクア・アージェント』、『アクア・トゥルボー』!」
フィーの火球が、僕が前に張り出した渦潮の壁に掻き消される――。
「――そこまでっ!」
――そして、渦潮が解除されると同時に、僕達の周囲に音が戻って来る。
「まぁ、そんなとこだろ……、因みに、もし次に『土紋』で来られたら、どうするつもりだった?」
「はい……、『風紋』で『土紋』を崩すつもりでしたっ!」
「――うしっ! 正解だ、まあ実戦だったら、『風紋』を利用して大きくした『火紋』をそのままぶつけたりするんだが……、訓練だったらこんなもんだろ……、後は『詠唱速度』があがりゃ、もう少し使える様になんだろ……」
そして、スェバさんは満足そうにニカッと笑うと、僕に水筒を手渡し――。
「坊ちゃん、今日の所は、こんなもんでしょう、次の模擬戦で終わりにしやしょうやっ!」
――と言って、エスケに手を振っていた………………模擬戦……?
「――よし、しっかり休めよ、タケルッ!」
「ふふ……、タケル殿……、お覚悟を……」
「これも家令としてのお務めとご理解ください……」
ポカンとする僕を置いてけぼりにして、エスケ、オルディ、ノムスさんが、嬉しそうに……、それはもう……、嬉しそうに手を振っている。
「タケル様っ! 格好いい所を期待していますね?」
「クックック……、頑張れよぉ、坊主?」
――鞆音ちゃん……、どうやら、今日は厄日決定らしいです……。
まずは、十万文字を目標に……。




