魔法使いのウェハースその3
お待たせしました。
「楽しい楽しい昼飯の時間だな、タク!」
4時限目が終了し、お昼休みを迎えていた。いつの世でもお昼ご飯は楽しみの一つとなっているらしい。 そして、お昼のパン争奪も変わらないらしい。授業が終わると我先にと駆け出す男子生徒が多数居る。
「タク、のんびりするなよ、パンが買えなくなっちまうぞ!?」
この急かす雄一の声を拓朗はあっさりと受け流す。
「悪い、俺は弁当があるから……」
弁当がある、この一言で雄一は一瞬硬直する……が、お昼である事を思い出してすぐに全力で走り出す。
「詳しい話を後で聞くからな~!」
やれやれとため息をつく拓朗。 面倒な追求が始まりそうだと1人、嫌そうな表情を浮かべてしまっていた。 だがそれ以上の面倒ごとが巻き起こることになる。
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「ああ、お前の家に客としてきてる人が作ってくれたのか」
一通りの説明が終わり、雄一がゆっくりと椅子に座った。クレアの音魔法で前日のお昼にあった大騒ぎは綺麗さっぱりと忘れ去られているので、もう一度説明しなければならなかったが……それぐらいの手間は仕方ないかと拓朗は考えて雄一に対し、出来るだけ丁寧に状況の説明をしたのだ。
「そういう訳でね、何でも居候させてもらっているのに何もしないのは心苦しいって事で、忙しい両親に変わって家事の一部をやってくれてるんだよ、このお弁当もその一つって事だな」
そういいつつ、拓朗はお弁当のふたを開けた。 いくつもの野菜や肉。しかも科学魔法が掛かっているようで肉は熱々、野菜は程よい冷たさを維持していた。だが肝心なのはそこではない。拓朗は大慌てでお弁当のふたを閉じた。ガチッという音と共に。 が、そんな行動は誰から見ても明らかに不自然であり、目の前に座っていた雄一がそれを見逃すはずもなかった。
「……タク、お前何やってる?」
「な、なんでもない」
雄一からジト目に近い視線を向けられて内心混乱している拓朗。 理由は実に単純。そぼろ肉でご飯の部分にしっかりとハートマークが書かれていたからだ。こんなものを他の人に見られたら非常に面倒なことになる……どうやってばれないように喰おうか……そう拓朗が考えていた所、そのお弁当箱の蓋ををひょいと開けた女生徒がいた。
「拓朗君がお弁当なんてめずらしーねー、中を拝見……」
「あ、こらタマ!?」
八雲 珠美、愛称タマ。 彼女が拓朗の押さえていた手をそーっとはずして、お弁当の箱を開けてしまったのだ。そうして晒されるハートマーク入りのお弁当。
「げ」
これは拓朗。
「て、てめっ……!?」
これは雄一。
「情熱的だねえ~」
これが珠美。
慌てて再び弁当箱の蓋を閉じる拓朗だが、雄一や珠美を始めとして、他の数人のクラスメイトにばっちりと中を見られてしまっていた。当然手遅れである。突然増えたひそひそ声が何よりの証拠だろう。
「タ~マ~……!!」
じろりと珠美を睨みつける拓朗。
「あ、うん、ご、ごめんね、まさか恋人からのお弁当なんて予想できなかったんだよ」
珠美がそう弁解するが、拓朗は頭を抱える。明らかに珠美の弁解は今の状況において、火に油を注ぐ言葉でしかない。 他人の色恋沙汰なんてネタはいつの時代でも最高のいじりネタであることは普遍らしく……もうひそひそではなくざわざわざわのレベルになっていた。この中で弁当を食うのにはかなりの勇気を必要とするが……拓朗は腹をくくった。
【空腹の地獄を耐えながら午後の授業を受けるよりはマシ!)
覚悟を決めた拓朗はお弁当の蓋を開けて、ご飯とそぼろ肉の一角を素早く食べることでハートマークの形を潰した。 そこからはゆっくり噛んで食べる。クレアの料理のレベルは相当高いらしく、から揚げからは鳥の肉汁がじわりじわりと湧いてきて食欲を増進させるし、野菜はみずみずしさが失われておらず、鳥やそぼろ肉で少々くどくなってきた口の中をさっぱりとさせてくれる。ご飯はまるで炊き立てのように温かく柔らかい。
(そういえば、小さい水筒も渡されていたな、お昼に空けてねと言われていたが……)
水筒を空け、中身を出してみるとその中身はコンソメスープだった。なぜかふやけずにいるクルトンが浮かんでいた。 そのコンソメスープの美味しそうな香りは教室にふんわりと漂い始め、多くのクラスメイトが無意識にのどを鳴らした。
(また手の込んだ一品を)
どうやって作ったのかは予想がつかないが、インスタントではないコンソメスープは作るのに数日がかりの手間が必要となることは知っている。 投入される肉や野菜の数も膨大であり、軽い気持ちで作れるスープではない。 恐る恐る飲んでみると、舌に肉や野菜の面影を僅かに残してすっとお腹に収まってゆく。このスープを作るのにどれだけ手間を掛けたのだろうか……。
(美味しい……としか言いようがない、高校生の昼飯にするにはあまりにもったいないのは嫌でも分かる)
だが残さない。普段おおらかなクレアが怒る少ないことの一つ、それは食べ物を粗末にすること。食べられない子もいるんだからねと、粗末に扱おうとした拓朗の父親を容赦なく怒っていた事がある。
気がつけば弁当箱はいつの間にか空になっており、コンソメスープも平らげていた。 そして気がつくと、雄一を始めとしたクラスメイト男子からの厳しい視線、女子からの興味津々の視線。
「タークー、色々聞きたい事が出来ちまったんだがな?」
それが拓朗には、死刑先行区を告げる死神の声のように聞こえた……。 余談ではあるが、あのコンソメスープの香りに魅せられた多数の生徒から、拓朗に俺達の分も一度でいいから持ってきて欲しいと頼まれることになる。
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「このバカクレア!」
「あ、たっくんおかえりんりん~♪」
学校で大恥&執拗な追求&近日中に視察団(という名の下心満載軍団)が来る事にまでなってしまい、頭痛を訴える頭を抱えつつ帰宅した拓朗、そしてその他苦労を予想の範囲内とばかりに軽く笑いながら出迎えるクレア。
「お昼は美味しかったかな? カナ?」
「文句がつけようにないほど美味しかったよちくしょう!」
空のお弁当箱と水筒をクレアに出す拓朗。軽く水洗いをしておいたので変なにおいはしない。
「そかそか♪ 私の愛も受け取ってもらえた様で何よりだね♪」
「その余計な事をしてくれなかったら普通に褒めてるのにな!」
あのハートマークはどうやってもごまかしようがなかった。 しかもとっさにハートマークが書かれている弁当の写真に取った人がいるらしく、もみ消しもかなわない事をお昼休み終わり1分前に知ってしまった……どうしてそういう事にだけ素早く動ける人がいるんだと、文句を運命に対して言いたくなって来ている拓朗。
「以前の記憶は消しちゃったからねえ、インパクトをもう一回与えてみました!」
笑顔で言い放つクレアの前で崩れ落ちる拓朗。 力なく、その内近くに学校のメンバーがクレアに会いたいということで来るという事を拓朗が伝えると……。
「おっけーおっけー。普段着でいいんだよね?」
とあっさり了承するクレア。 更に余計な事をしてくれそうだと暗雲漂う気分になる拓朗。平穏、普通という言葉は拓朗の辞書から逃亡してしまったらしい。
「うーん、やっぱりある程度色気があるほうがいいかな~?」
「頼む、変にそういうのを振りまこうとしないでくれ……」
だが、拓朗の近くにもう一つの平穏を木っ端微塵にする存在が近づいてきている事を、この時点では彼はまだ知らない。
人物紹介 クレア・フラッティ
活発な女性。 ヨーロッパの某国から脱走してきた。
脱走理由は拓朗に対して魔女の役目が飽きたと言っていたが、実際は
自分の「音」を兵器扱いされる事に疲れてしまい、国に対して愛想が尽きた
と言う言い方のほうが正しい。因みに裁縫などの話は事実。
脱走時は音による強力な催眠を非常に多くの人にかけてから脱走した。
いまだにその催眠から脱した物はごく一部。
下手すると催眠をかけられた者は死ぬまで解けない。
催眠内容は、『クレア・フラッティと言う人間は存在していなかった』。
そのため催眠をかけられた者でも生活は何の問題もなく行なえている。
国際指名手配犯として手配されているものの、無闇につつくとどうなるか
分からない人物と言うのが各国の認識でもあり、破壊活動を積極的にする
様子もないために見てみぬフリをされている。
また、音の催眠により彼女の美しい金髪は他人には茶髪に見えている。
彼女の本来の髪色である金髪を見れるのは一般人では拓朗のみ。
スリーサイズは96・59・87。
上半身は比較的色んな物を着るが下半身はジーンズばかり。
スカートはなんとなく落ち着かないと言う理由で着用しない。
ドレスは国の仕事上必要になったために着用した経験あり。
恋愛経験は……実は拓朗が初恋。国の男性は彼女の能力にばかり気にかけ、
恋愛に発展する事が一切無かった。