小話 十八話 従者ライル
どうしてこんなことになった。
久々に乗った馬車、いや初めて乗った高級な馬車の中、頭を抱え込みたくなる状況だが必死に我慢して座っている。
じんわりと温い空気、背に張り付く冷や汗、目の前には恐ろしい顔をしたファース辺境伯、隣には頭から布を被りながらもご機嫌な旦那。
俺は旦那の唯一の護衛としてここに居る。目的地は帝都。
一体何日この雰囲気を我慢しなきゃならんのよ。
事の発端は交易の話し合い後に旦那が皇帝に礼を言いに行くと言い出したことだ。
皇帝なんてそんな会おうと思って会えるものじゃない、それに行くってどうやってとか、色々と思うところはある。
それに相手さんも、それは大変なことになりますね、と言っておきながら何故か許可を出した。訳が分からない。
次の話は旦那の護衛だ。さすがにぞろぞろと引き連れるわけにはいかない。しかも他に迷惑がかからないようお忍びのつもりらしい。そんなわけで魔族は駄目、皇帝と会うのだからある程度の礼節が必要となり、アリスの姐さんやイフリーナも候補から外れ、イフリーナの保護者のセルミナも外れる。スズリの嬢ちゃんはやることがありダンジョンを離れられず、トドンのおっさんは論外。
残るは? 俺だけだ。畜生め。
そんなわけでムスタングまでは護衛らしく馬車の外で周囲を警戒しながら付いていく。ちなみにヘルベート姉妹の兄であるフルーンも一緒だった。というのも馬車は最大六人まで乗れるのだが、旦那が乗るので窮屈には出来ないと一人下されたのだ。それで馬車の中には旦那と執事のじいさん、文官二人で四名、外には護衛で俺とフルーンの二人。
この辺りまでは良かったんだ。
ムスタングに着けば文官や執事のじいさんが降り、フルーンも政を教わるとやらで執事のじいさんに連れて行かれた。そして代わりにやって来たのがファース辺境伯。フルーンはファース辺境伯が貴族会議に出席する間、ファース辺境伯の代わりに仕事をするらしい。貴族様のお仕事の代理とか、俺だったら逃げる。
そして問題はここから、ファース辺境伯が乗り、他に誰が来るのかと思えばなし。表向き護衛は俺と旦那になった。普通はもっと付くだろう、と思ったが帝都に行くまでの通らなければならない貴族領があり、そことの問題であまり多くの人を割けない。しかも今回は身元不明の護衛とあって余計に数を増やせないとか。
つい聞いちまったよ。
「一体どこと厄介なことになってるんッスか」
「アルキー公爵領だよ。地理的に帝都に向かいにはアルキー公爵領を通らなければならなくてね」
旦那はどこだ、とばかりに首を傾げている。そりゃそうだ、俺だって知らな、……もしかして。
「アルキー王国?」
「ほう、良く知っている。帝国に併呑される前はアルキー王国。前の戦乱で、帝国に降伏し、アルキーの王は公爵に格下げ、領地も縮小。一部はファース辺境伯領に組み込まれている」
「ライルを連れて来て正解だったな。帝国の事すら知っていたとは。しかしその所為でファース辺境伯とアルキー公爵は仲が悪いと?」
いや、旦那? たまたま知っていただけッスよ? 俺は商家の出で兄貴が話のタネになるって歴史を教わっているのを横目で見ていただけッスから。
そんな内容で話に割り込めるはずもなく、ただあんまり頼られなければ良いな、と思いながら話の流れを見守る。
「ノブナガ殿言う通りそれもありますが、最大の理由は別にありまして。実はアルキー王国と帝国は一度矛を交えておりまして、その時帝国が圧勝し、その時に前線の指揮を執っていたのが我が父で、降伏勧告も父が使者として出向いております。こういってはあれですが、アルキー王国にとって父は死神のような存在でしたから」
しかもそのまま話を聞いていけば、その頃の国王が現在の公爵であり、そろそろ退くべき年齢ところを、ファース憎しの一心で現役を続けているとか。
まあ、気持ちが分からなくはないッスけどね。多分帝国の考えとしてもアルキーが暴走した際にファースを当てるために隣接させているんじゃないかと思う。
ってことは、ファース辺境伯は北にはアルキー公爵、西には首領悪鬼、東には国家群、南には旦那がいる。
何という重責。俺だったら絶対に逃げる。
「その所為で色々と嫌がらせが酷くて、護衛を多く連れていれば、我が領を通るのがそんなに不安か、と文句言い。
帝都に真っ直ぐ向かうだけならアルキー領の街を一つ通れば済むのですが、我が領を通っておきながら顔を出さないとは何事か、と言われるので遠回りながらも公爵家のある公都アルで挨拶をしないといけません。居ないんですけどね、アルキー公爵も貴族会議に出席するわけで、いつも早く出発しているので。ただ顔を出さないとうるさいので。
そんなわけで、大変窮屈と思いますが公都アルではあまり表にはでないように。……いえ、入ったら公都を見て回っていてくれませんか? その間に挨拶を済ませておきますので。こういってはあれですが、ノブナガ殿にも見せたくないくらい心の醜い人たちが居る場所でして、公爵家は。公都アルだけでしたら旧王都でもあるので栄えて、また珍しい物もたくさんあると思います」
多分、本当に見せたくないくらい醜い輩がいるんだろうな。王国の貴族と同じような人なのだろう。あれは、人の醜いとか汚いを集めたような生き物だからなあ。
そいつらからすれば明確な目上以外は格下扱いだ。言えば聞く人形のようなものとしか考えていない。旦那のような魔王と言う自分の分類の外のものは何でも自分以下扱いだ。
旦那に失礼なことを言えば折角友好的な関係も終わるかもしれない。旦那が怒るってのはあんまり想像できないが、ランの姐さんを筆頭に族長たちが怒り狂うのは容易に想像できる。
なんだかファース辺境伯が可哀想に思えてくる。アルキー公爵の相手をしつつ、旦那に目が向かないようにしないとならない。だからと言って旦那を放置して良いわけでもなく、右の機嫌取りつつ左も気にしないとならないのか。
昔は貴族様になりたいと思ったことはあるが、こんなのは死んでもごめんだ。心労でいつか死ぬぜ。
貴族として尊敬できる人に会ったのはハウスター辺境伯以来だ。あの人と違って顔は怖いが同じ苦労人だ。手伝えることは出来るだけ協力しよう。
といっても、俺に出来るのは旦那を暇にさせないよう、かつ面倒が起きないように誘導するしか出来ないが。
アルキー公爵領、公都アル。さすがに旧王都とだけあって城壁が高い。しかも所々に文様が刻まれ、門に芸術は必要なのかと思ってしまう。
その門を潜り中に入ればそこには、何とも言えない街並みがあった。
門で見たように文様が多く刻まれているのかと思えばそんなことはなく、活気もアンダルやムスタングに劣る。街並みも古いといえば古いが歴史を感じさせるものではなく。
「まるで二週くらい流行に遅れたような街だな」
そう、最先端でもなければ歴史を感じさせる古さもない中途半端な街だ。
「はっは、変わることが出来なかった場所、と考えれば正しいと思います。それではすみませんが私はこれからアルキー公爵邸に向かいますので、あまり時間はかからないと思いますので、しばらく見て回った後に門の前で待機してくださると助かります」
「分かった、門の前で拾ってくれるのだな。迷子にならないように気を付けよう。その辺りはライルに期待しよう」
「了解ッス。『地図作成』は良く使ってましたので、街くらいなら簡単に頭に入るッス」
そう言って俺と旦那は馬車から降り、ファース辺境伯を見送る。多分向こうは面倒なんだろうな。あの怖い顔が若干めんどくさそうにしていた。
準備は良いか? と旦那が聞いてきたので頷く。『地図作成』に準備は必要ない、ただ道を覚えるだけなのだ。それを正確に、精密に出来るのが『地図作成』。それにここに戻るだけならいくつでも方法はある。所持している職業の数なら誰にも負けない自信があるからな。どれも初級止まりだけど。最近木工職人も得たし。
っと、少し目を離した隙に旦那は俺のことなどお構いなしに先に進んでいた。頭から布を被っているので分かりやすい。周りが奇異な目で見ているのに気付かないのだろうか。あれなら見失うことはないだろう。
もし見失ってもいざとなれば『追跡』がある。とはいえ見失わないのが一番。とっとと追いかけないと。
「ほほう、御老体。良い物を売っているな」
「ほう、分かるか。って変な奴じゃな。まあ良い、これはわしが新開発した――」
旦那は建物を見て、店を覗き、食べ物を探し、ついには露店にまで手を出し始めた。
本当に魔王なのか怪しくなってくる。ただ観光でもしている人族にしか見えない。
しかし、怪しい露店を選んだものだ。人通りが少ない寂れた路地で怪しげな真っ黒な粉を売っているだけの露店だ。詐欺だとしても馬鹿でも騙されないような物だ。
「儂はな、錬金術師じゃからな。夢じゃった、魔力を帯びない媒体を作るのが」
「ほうほう、素晴らしいな。で、これで全部なのか? いくらになるんだ?」
旦那絶対話を聞いてない、っていうか買おうとしている!?
「だ、旦那! 何買おうとしてるんッスか! こんな炭みたいなもの」
「炭じゃと! 何にも分かっとらんな小僧! これはな、魔力を帯びない魔力媒体なんじゃぞ。分かるか、魔力を帯びておらんのじゃ! つまり技能無しでも作れる、錬金術師ではなくても作れる優秀な魔力媒体なんじゃぞ!」
「ハッ! そんな高価な物をなんでこんな路地でひっそりと売っているんだよ爺。大体なそんなものが現れればお抱えの錬金術師共が路頭に迷っているわ。というかそんな大発明話にならん方がおかしいわ!」
ぐぬぬ、と爺は歯が砕けんばかりに歯ぎしりするが言葉は返ってこない。言い返せないのだ、つまり悪質な詐欺だ。
旦那もこれで分かっただろう、と思えば未だに黒い粉に目を奪われていた。
「いや、旦那詐欺ッスよ。適当なこと言って法外な額を要求するやつッス」
「詐欺じゃないわ! ……ただ、火属性の一部の魔法にしか作用しないだけなんじゃ」
ほら詐欺だ。その一部っていうのが、一握りの人族しか到達できない上級魔法だったりするんだ。だから買っても確認できない、嘘じゃないって奴だ。
「じゃ、じゃがな! 効果は中々じゃぞ! 火の回りが良くなったり小さな爆発が起きたりと、普通の魔力媒体では得られない効果がじゃな――」
はいはい、分かったからもう黙。
「良し分かった。全部くれ、これで足りるか?」
そう言って取り出したのは金の入った袋をどんと爺の目の前に置く。それってスリとか対策で半分に分けた袋の一つッスよね? つまりダンジョンの全財産の半分になる。
さすがにそれは! と思い止めようとしたが爺が袋を取る方が早かった。
「……研究費を取り戻すくらいは出来るか。……あー、この額じゃ全部はっ!」
袋の中身を素早く確認し何らかの計算を終えると、爺はまだいけると踏んだのか額を釣り上げようとしたが、残念ながら旦那の方が上だった。
いつの間にか被っていた布を脱ぎ俺か描いた屈強な男の姿に変わっていた。そしてその巨体で爺を見下ろしながらゆっくりと、重みのある声で。
「足らんのか?」
「いえ、足ります。あ、家の方にもありますのでどうぞ」
あっさりと折れた。この人族がいつの間に現れたなど疑問にも思わない様子で、近くの家から小さく袋詰めされた黒い粉を旦那の前に並べ、旦那が全て魔法の袋に入れ立ち去るまでずっと頭を下げ目を合わせようともしなかった。
多分、命の危機を感じたのだろう。俺でも事情を知らなかったらそうする。
「優しい御老体でよかった」
それは旦那なりの冗談なのだろうか。元の姿に戻り頭から布を被り直しながら言った言葉だが、俺には判断できなかった。
それから旦那は来る時よりも上機嫌。門の前でファース辺境伯が来るのを待っている間も嬉しそうに魔法の袋を確認していた。
一体何なのか、聞いてみれば。
「火薬だよ」
全く知らない言葉で返された。
まあ、旦那の機嫌が良いならそれで良いか。




