小話 十五話 スズリの受難
「はい、そのようにお願いします。はい、毎日です。魔王様からの指示ですので。これをすれば現在のおおまかな消費量、生産量が数字で出せますので。これからの為だと思ってください。では失礼します」
魔王ノブナガのダンジョンに連れてこられて数日、ダンジョンの構造や魔王の配下、いや私にとっては同僚か、それぞれに個別に挨拶しつつ役割を聞いて全体の動きを掴め、ようやく私も自らの役割の為に動けるようになった。
色々と任されてしまったが一先ず優先順位をつけることから始める。
最優先で取り掛かるのはそれぞれの個体数の調査。人数を数えるだけの簡単さと言うのもあるが、一度で終わるというのも重要だ。言語や計算を教えるのは一度では無理。
それとついでに行うのがそれぞれの種族がどのような資材を使い、どの程度消費しているのか。また生産量なども知りたい。これはノブナガから指示されたわけではないが、帝国との交易で重要になってくる。それの補佐をさせられることを確定している以上少しでも情報が欲しい。
よって言語や計算、通貨の説明は後回しにする。それに同じ補佐になるはずの女郎蜘蛛のランが計算や言語をそれなりに出来ていると聞くので急ぐ必要もない。
それに話によればアリスと言う女性剣士がどちらの言語も使え、現在トドンと一緒に水んでいるライルとランに教えていると言うので、しばらくそちらに任せておきたい。
……あれ? 今何か見落としていたような? 何だろう、思いつかない。
次は群犬の長であるシバに会いたかったが残念ながら外に出て今いなかった。群犬の役割は見回りと狩り。朝早くから出て行くため、いの一番にここに来なければならなかった。
ただその代わりに珍しいものに出会えた。
「少し前に生まれた群犬だ」
生まれたばかりの小さな群犬だ。もう少し成長しないと狩りなどにも同行しないため人族が小さな群犬を見る機会は滅多にない。私は初めて見る。
群犬の妊娠期間は三、四か月。生まれてすぐに走り回れ、成長も早いの滅多に見られない理由だろう。
それが今、目の前で軍犬に遊んでとばかりに飛び付いていた。
どうも私のことを警戒しているのか一切近づいて来ないのは残念でならない。
「もう良いだろう。戻らせてもらう」
そんな私に対する当て付けのように軍犬は、懐いている群犬の子供を引き剥がすと元の居場所に戻ろうとする。
軍犬の言いたいことは分かる。彼らの役割は魔王の伝令役として玉座の間の前で待機すること。
では今何故ここに居るのかというと魔王が名持ちの魔族と人族に招集をかけたのだ。まあ、全員揃ってからと言う条件なのでシバなど外に出ている魔族が戻ってから向かえばいいのだが。
その伝令のために軍犬はダンジョン内を走り、最後に居場所が分かっていなかった私の下へ来た。
丁度良かったので、群犬について色々と尋ねていた。どれだけの人員がいるのかも、狩りの平均的な成果も何もわからないと返され困っていたところに群犬の子供だ。
今までの疲れを忘れさせてくれるような可愛らしさだった。なのにそれを置いて帰ろうとするとは。
何とかしてあげたい。見てみなさいあの群犬の子供の顔を。可愛い! 違う、そうじゃない。
「この子の誕生を魔王様にお知らせしました? このダンジョンで生まれた初の魔族なのでしょう? 私は魔王様にダンジョン内の魔族の個体数の確認を任されています。おそらく食料の消費、戦力などを知りたいからでしょう。また各種族の生態にも興味があるのかもしれません。ならば、一度魔王様にお見せしておいた方がよろしいのでは?」
「む、そうなのか? しかし勝手に判断は出来ない、族長に話さないと無理だ。私が直接魔王様にお伺いしても良いが、後で族長に何と言われるか。教えてくれたことは感謝する」
そう言って軍犬は走り去ってしまった。ドワーフの私では追いつけない速さで。
そして取り残された群犬の子供は寂しそうに一鳴きすると軍犬が走り去った方をずっと向いている。
……少しくらいなら、良いよね?
「……スズリ、だったか? 何をしているんだ?」
「ハッ!」
少し、ほんの少し群犬の子供と遊んでいただけなのに日が暮れようとしている! いつの間に……。
慌てて周りを確認すれば、そこには狩りから帰って来たのか汚れた姿の軍犬たちの姿が。そして先頭には族長のシバが居た。
「ええっと、お邪魔しております、シバさん。今までこの子供の――」
「ああ、話は聞いている。魔王様に一度お見せした方が良い、と言うことだったな。子供一人にお時間を頂くのも、と考えたがお前の言う通りでもある。それに魔王様に呼ばれているので姿を見せるだけなら丁度良いかもしれん。ただ、わざわざ見ていなくても逃げないと思うぞ?」
勘違いしている? 真面目にそうに手を顎に当てているし多分そうだ。
ならここはそれに乗り、早々に去ろう。
「ええ、余計なお世話でしたかね。それでは私もそろそろ戻りませんと」
「何を言っている? 魔王様の下に向かうに決まっているだろう。名持ちと人族が呼ばれているのだろう? お前も当然入っているわ」
ひょいと首根っこを掴まれ持ち上げられる。逃れたいが暴れて爪が刺さったらと思うと身動きが取れない。
「あ、あの皆さん揃ってと言うことでは?」
「狩りに出ていた俺が戻った。全員居るに決まっているだろう」
……でしたね。
ああ、もしドワーフとしてまともなら皮膚が硬いから爪が刺さる心配も、体重も見た目の倍近くあるので簡単に持ち運ばれることはなかったはずなのに。
そのまま私はシバに捕ま玉座の間まで運ばれることになった。
私が運び込まれると玉座の間にシバを除いた全員が集まっていた。
それぞれ族長の他に、名を貰えた蜥蜴隊長のエナ、女郎蜘蛛のイチ、大粘液生物のセキ。
そしてこのダンジョンに住む数少ない人族、おそらくダンジョン内で最も腕の立つアリスと細々と様々なことをしているライル、詳しい事情は知らないが何故か居るイフリーナとセルミナの魔法使い姉妹、そして元鍛冶長のトドン。私を含めて六人だけだが、そもそもダンジョンに人族が住んでいるのがおかしいのだ。普通に考えれば敵同士なのだから。
そんな普通ではないことを平然と実践している魔王が、何故か居ない。
このダンジョン内で一番偉いのだ、他者を待たせるのは当然ではあるが、あの魔王は妙に律儀とでもいうのか、人を待たせるような性格ではない。国家群から脱出する中で人となり、いや魔王となりは何となく理解している。
あれは礼儀には礼儀で返してくる。いきなり大量の仕事で人を使い潰そうとする魔王でもあるが。
ふとカイの表情が何かを誇るように綻んでいることに気づいた。何かあったのだろうか?
この集まりに関係があるのかも、と多い聞こうと近寄ったところで、魔王が玉座の間にある部屋の一室から出てきた。
「おお、来たな。喜べ、今日はこれを食っていいぞ」
大量の芋が入った籠を持って。……あれは、モイか?
ごつごつとした円形の植物。栄養の少ない土地でも栽培出来るため、大陸のあちこちで採れる一般的な芋のモイだ。私もタダラ鉱国に居た頃に栽培できないか実験したが、失敗した苦い記憶のある食物。皮が剥かれ蒸したのか湯気が出ているが多分同じものだ。
あれが何故?
「実はな、カイの畑で採れた初の収穫物だ。名はええっとモイらしいぞ? 自給自足への第一歩。適当に蒸しただけだが食えるだろう。種芋の分は除いてあるというし、好きなだけ食べて良いぞ」
机も全員が座る椅子もない玉座の間、魔王の持つ籠から取れとばかりに突き出してくるが、それに対する反応は二つ。
見たことのない食物に不思議そうな顔をして受け取る魔族たち。
食べ飽きたとばかりに嫌な顔をする人族。
どこでも採れるということは安価、安価ならば誰もが口にしたことがあり、それは基本お金に困っている時に食べることが多い。つまりあまり良い記憶の残らない食物でもある。
まあ私は嫌いじゃないですけど。苦い記憶があるだけで嫌いではない。むしろ食べる機会があまりなかったので少し食べたいとも思える。
人族は慣れた様子で頬張り、ヴィとセキは熱さを感じさせずそのまま取り込んだ。他の魔族は蒸したての熱さに戸惑いながらも何とか口に運んでいる。
私も一口。
ほくほくと中まで熱く噛めばすぐに砕ける触感。水が欲しいが残念ながらここに水はない。
全員に行き届いたのを見届けて魔王も籠の中から一つ取り出し食べる。
「あっつ! ほっふ、悪くはないがせめて塩は欲しいな。探せばあるか? 次は用意しておこう。あー熱い」
多分、好印象? 顔色から察せないが周りの人族の雰囲気に比べればモイを食べている様子は悪くはなさそうだ。カイも安堵した様子。
一つ食べ終えると魔王は満足した様子で頷き、モイの入った籠をランに預けるとまた部屋の一室に戻ってしまう。
もしかして招集はこれで終わり? それともあまりに熱くて水でも取りに行ったのか。
まあ、今はどっちでも良い。もう一つ貰っておこう。
……ランさん、しゃがんで下さい。私じゃ届きません。
しばらくすると魔王はまた籠を持って現れた。新たな収穫物だろうか。
籠の中にあるのは緑の実。あれは解毒効果のあるキヨの実だ。水分量が多くユゥラ樹林国が栽培に成功したことで有名でもある。そういえばオワの大森林でも自然に生えている物だった。
「熱いだろう。冷やしてあるからこれも一緒に食えば火傷はしないだろう」
「……キヨの実と一緒に?」
「ほう、キヨの実と言うのか。覚えておこう」
まさか水の代わりにキヨの実を持ち出してきた? 気が利いていると思うがそれで本当に良いのだろうか?
とりあえず私も頂く。今までずっと熱かった口の中が一瞬で冷えていく。それとすごく美味しい。申し訳ないがモイよりもずっと。
主役だったはずのモイが引き立て役になり、誰もがキヨの実に手を伸ばす。うん、消費量が段違いだ。
そんなことを魔王は気にした様子もなく、モイを食べ続け四つほどで満足したのか、ついに手が止まった。
他の方々も満足したのか手が止まっている。止まっていないのは人族の中でも大食漢で知られるドワーフであるトドンと私、それと胃袋と言うものがあるのか知らないがヴィとセキが黙々と取り込んでいた。
食べれるときに食べる。それがタダラ鉱国の鉄則、とトドンに聞きました。なので食べておきます。決して味は悪くないのに人族の皆さんは何が気に入らないのか。
「良く食うな。トドンはもう大丈夫なのか? この間は干からびていたが」
一瞬食べ過ぎの注意かと思ったがそうではないらしい。機嫌も良さそうだし。トドンがどう答えるのかと思い見るが、どうやら食べ過ぎて返事も出来ない様子。仕方がない。
「もう大丈夫です。この間干からびていたお酒が切れていましたので」
私が代わりに答えるとトドンは任せました、とばかりにまた食べ始めた。ああ、私のモイが。
「ふむ、酒が切れるとドワーフは干からびるのか?」
「はい、ですがそれは長期間飲まなかった場合です。最初のうちは肌が少し荒れる程度ですので」
「栄養不足のようなものなのか? ふむ、定期的に酒を仕入れなければならないのか。どの程度必要になる?」
酒はドワーフにとって命の水。しかしそれ以上に嗜好品という面も強い。必要最低限飲んで終わり、というドワーフは居ない。当然酒の話に慣れば即座に食いつく。
実際トドンは酒の仕入れの話になった途端、手を止め口の中もモイを大急ぎで飲み込もうとしている。
しかし私に全部任せて食べていたのだ。好きにはさせない。
「一日コップ一杯分が最低限の量です。それだけ飲めば体調に影響はありません。ああ、でも前に飲んだ酒が上物だったので、しばらくは酒がなくても大丈夫だと思います」
「お前の分も必要だろう?」
「私はドワーフの中でも特別なのでお酒がなくても大丈夫なんです」
そうなのかと頷く魔王。後ろではトドンがこの世の終わりのような表情をしていた。そもそもドワーフと言う種族は飲み過ぎる。誰かが管理しないと。
「まあ酒は辺境伯と話をしないとな。交易についてはまだ細かく決まっていないからな」
魔王の呟くような言葉に、反応した者が居た。シバだ。
「魔王様、報告すべきことがございました」
ピンときた。あの子供の群犬のことだ。今も玉座の間のすぐ外で待たせてある。何故今なのかは分からないけど。
「本日、辺境伯の使いの者がオワの大森林と帝国の境に現れまして、交易について話し合いをすべく担当の者が来るのでダンジョンまで護衛を頼みたいとのことでした」
「それは大事。シバに護衛を任す、がそれでは群犬の負担が大きいか。リン、お前の方から人員を出せるか? そうか、なら出してくれ。蜥蜴人の足では明日の護衛は無理だろうから、シバに任す。それ以降はリンが引き継ぐように」
はい、とシバとリンは揃って頭を下げる。そうか、ついに帝国と交易の話を、私の仕事が余計に増えるって違う! 話すことはそれじゃないはず!
今にでも行動に移りそうなシバを捕まえる。
「それだけじゃないですよね! 群犬の子供の件も忘れないで下さい!」
「おお、忘れていた。すまん、助かる」
忘れないでください、あんな可愛い子供の群犬を!
忘れる前に報告を、とシバを向かわせようとしたが、それよりも早く魔王がカイを呼んでしまい話に行くことが出来なくなった。
まあ向こうの要件が終わった後に向かわせれば良いかと思ったが。
「見事だカイ。お前のおかげで完全な自給自足の第一歩が踏み出せた。この功績の対価として何か褒美をやりたいが何か希望はあるか?」
「それでは、不躾ながら名を頂けないでしょうか? 未だワイの実の栽培すらままならぬ身ですが、私と共に畑を耕した者の誰かに与えたく」
「はっは、分かった。今度連れてい来るがいい、名を与えよう」
何やら盛り上がりお祝い的な雰囲気に。シバはあそこに行けと、とこちらに視線を送ってくるが答えは決まっている。行け!
本当に大丈夫なのかと訝しげにこちらを見てくるので、両手で押し出して強制的に向かわせてやる。
「ご報告し忘れていたことがありましたので失礼します。魔王様が国家群に居られる間に群犬の子供が生まれました。魔王様にお時間を取っていただく訳にもいかないので、この場にてご報告を」
「おお、そうなのか。それはめでたい。今度見に行くとしよう」
「ありがとうございます。丁度外で待たせておりますので呼びます」
話はうまく進んでいる様子。呼ぶ、と聞こえたので私は玉座の間の外にいる群犬の子供を呼び込み、監視していた軍犬に礼を言って玉座の間に戻る。
群犬の子供も最初は暗闇から明るい場所へ興味津々で飛び込んでくれたが、中に居る初めて見る魔族と人に驚き硬直。そしてこともあろうことか恐怖の余り魔王の前を素通りしてシバに飛びついてしまった。
それは、さすがに……。シバも今にも頭を下げそうな――。
「ま、魔王様申し訳ありま――」
「随分と元気な奴だな。モイでも食べるか? どうしたシバ何かあったのか?」
どうやら当人である魔王はあまり気にしていない様子。子供だからだろうか? いやそもそもそんなことを気にする魔王ではなかった気がする。
シバに抱かれている群犬の子供にモイを与える魔王。穏やかな雰囲気が流れて。
「しかし妊娠の報告を聞いてからあまり日が経ってないように思えるが。数か月で生まれるのか?」
「はい、二、三か月で一から五体ぐらい産みます。今回は若い雌で出産が初めてだったようで、それなりに経験を積めば産む数などは調整出来ると聞いています。豚人や小悪鬼も同じだったかと」
そうなのか、と聞けばカイとヒデが揃って頷く。私もそう記憶している。出産数の調整が出来るのは聞いたことがないが。
しかしそんな話題の裏で、明らかに先程とは雰囲気が違う者がいる。
女郎蜘蛛のランとイチだ。
「リン、蜥蜴人はどうなんだ?」
「群犬たちは違い、卵を産みます。ただあまり詳しくは知らず、エナどうなんだ?」
この話を女性のエナに振る? 正しいけど大勢の前で振るのは――。
「一度の多くても三つまでです。数の調整が出来るとは聞いたことがありません。産卵から二か月ほどで孵ります。他に何か気になる点はありますか?」
あれ? 全然気にした様子もなくきびきびと答えた。価値観の違いの所為かな。
「いやそれで十分だ。それではラン――ん!」
どうやら魔王も気づいたようだ。ランもイチも先程までとは気迫が違う。もはや何かの禁忌に触れてしまったのではないかと思うほどに。
「はい魔王様! 私たち蜘蛛人は女性しかいない個体ですので他種族と交わる必要があります。しかし、逆に言えばどの種族とも交わえば孕めるということです。更に一度に産卵する数は五個から最大五十まで。当然産卵数の調整も可能です!」
「わ、分かった。それでは全員当分は自粛するように。まだ食料問題は解決していないのでな」
「当分! かしこまりました魔王様!」
何故か婚期を逃しそうな女性の執念に近い何かを見た気がする。魔王も気圧されていた様子だし。
「魔王様、粘液生物はね~」
「ヴィにはかなり前に聞いただろう。忘れたのか?」
「そうだった~。これ全部食べて良い~?」
「ああ、良いぞ」
後は特に報告もなく、モイもキヨの実もなくなりその場は解散となった。
その後、ライルとトドンと共に家に帰る途中ヒデがやってきて。
「これが一日に作った数の分、こっちが一日の木の消費分。これは……なんだったか。そうだ、貰った動物の骨の数だ。同じ数の石が入ってるから」
そう言ってごろごろと石がたくさん入った袋を渡してきた。これは何?
「え、あの、数字で教えて頂ければ」
「数字?」
首を傾げるヒデを前に何故か私は魔王からの言葉を思い出した。
計算を教えてくれ、それはつまり数字も教えていないということ。足すことも引くことも、そして文字も知らない。
だからヒデは同じ数の石を用意して持ってきた。つまりこの途方もない数を数えろと?
「………………ありがとうございます」
決めた。まずは全員に数字と計算を教える。何かを並行して進めるのはその後だ。




