小話 十三話 ある斥候職
時系列的にはノブナガが国家群にまだいるころになります。
剣聖がノブナガに挑み討伐できずに帰って来た話はハウスター領では広まっていません。剣聖が個人的に行って帰って来ただけなので。
嫌な依頼を受けちまったなあ。
あるパーティーの背中を追いかけながら溜め息を吐く。
依頼主は冒険者ギルドと王国からだった。報酬は珍しく高く斥候一人のみと言うこれまた珍しいものだった。まさに俺の為の依頼とも言えた。
だから一も二もなく依頼に飛びついた。
依頼内容はオワの大森林の調査。実際は数か月前にハウスター騎士団を撃退した魔王の調査だろう。この時に依頼を受けたことを後悔した。魔王の調査など死にに行くようなものだ。
しかし依頼内容の詳細に聞くと俺自身の死ぬ可能性が低いことと、後味の悪い依頼を引いたことに分かった。
実は若手の冒険者パーティー用に同じようなオワの大森林の調査依頼を出してある。俺の依頼はそのパーティーの後ろをこそこそと後をつけること。護衛ではない、尾行だ。
もしこれが単に冒険者パーティーを尾行するだけなら何ら問題ない、それであの大金を得られるなら万々歳だ。
出来れば、この万々歳で終わらせてほしいものだ。
調査を始めてしばらくは特に代わり映えもなく、尾行しつつもオワの大森林を調査する楽な日々が続いた。
騎士団との戦闘で深手でも負ったのか、それとも縄張り意識が低い魔王なのか、俺は勿論前に居るパーティーにも魔族の襲撃はなく森と街を行き来する。
このまま何事もなく終われればいいのだが、、何を血迷ったのかパーティーはオワの大森林のさらに奥に行こうとしている。自殺行為だ、この辺りに魔物も魔族もいないことで良い気にでもなったのか。若いからと言って生き急ぎ過ぎだ。
出来ることなら殴ってでも止めに行きたい。魔物や魔族が周辺から姿を消すのは魔王が誕生した際の特徴の一つだ。魔物は食べ、魔族は従えるためだ。つまり周囲に魔物も魔族もいないということは魔王が存在する証。
教えてやりたいが俺の依頼上彼らとの接触は禁止されている。彼らに俺の存在を知られるのは問題だからだ。
「あーあ、馬鹿が」
どうやら奥に行くことを決めたようだ。俺は彼らから出来る限り離れて尾行する。
ほんの数分後、景色こそ変わりはしない物の雰囲気が一変。張りつめ、森が緊迫したかのように静かになった。
木々に上り視界を広げる。どうやらあのパーティーは森の雰囲気に気づかず元気よく前進中。
それからすぐに奥から黒く細長い生き物がやってきた。最初は蛇かと思ったが、だとすればあまりに大きく早すぎた。
その正体はすぐに分かった。軍犬だ。
軍犬が一列になり、まるで一つの生き物のように走っていたのだ。
群犬は集団で動き、軍犬が居れば統率能力も高くなり相応の連携も可能になる。しかし、ここまでではない。
動員されている魔族が全て軍犬だとしても、ここまでの連携はとれるはずがない。
この裏には魔王が居るはずだ。もしかしたらここの魔王は群犬の魔王なのかもしれない。
どうやら異常を察知したのか彼らは騒ぎ出したがもう遅い、今更動き出しても軍犬の足からは逃れられない。
鎧袖一触、軍犬の突撃を受けてあのパーティーは全滅する。そうなると確信していたが。
互いが視認できる寸前で軍犬が弧を描くように軌道を変えた。ぐるりとパーティーを囲むように動き、そこで俺はようやく気付いた。
軍犬は軍犬でありつつ巨大な蛇でもあるのだ。
じわりじわりと円を描きつつ接近する様は、蛇が獲物にとぐろを巻き絞め殺すのに似ていた。
その中心に居るパーティーに逃げ場はない。出来るのは互いに背中を合わせて方陣を組んで軍犬の攻撃に備えるしかない。備えた所で道連れを少し増やす程度の意味しかないが。
拙い動きでパーティーが背を合わせている間にも軍犬共は焦ることなく円を縮め、ついに高速で動く何重にもなる円陣を完成。間合いから二歩ほど離れた所で円の縮小を止め隙を窺い始める。
パーティの動きは基礎こそできているもののまだまだ甘い、それに比べて軍犬の動きは何と洗練されていることか。だからこそ違和感がある。
あれほどの手練れなら僅かな犠牲を覚悟し突撃すればあのパーティー程度一撃で粉砕できたはずだ。何故それをしないのか? 何故こんな精神の持久性に持ち込んだのか。
精神の持久力でも勝てるからだろうか。確かに勝てるだろうが無駄に時間をかけすぎるだけなのではないか……むっ!
「うわああ!」
恐怖に耐えかねたのか、パーティーの一人が奇声を上げて方陣から飛び出し軍犬に斬りかかる。無駄だ、高速で周囲を走る軍犬に狙いを付けられるわけがない。後続もその剣から僅かにそれて走れば良い。いや、持ち手を攻撃してしまえばいい。
こうして一人、また一人と恐怖に和えられなかった者から落ちていく狩場、かと思いきや。
二歩目、恐怖に屈したものが方陣から抜け出した二歩目に軍犬共の動きは変わった。
綺麗だった円陣に切れ目が生じ、飛び出した者がいたはずの方陣の穴に飛び込んだ。
如何に守りに優れた方陣でも中に入られてしまえば意味はなく、あっという間に方陣は食い破られた。
瞬く間だった。一人の失敗が全体を殺す結果になった。気づけば軍犬は誰一人として怪我すらしていない。僅かな犠牲すら必要としなかった。
何と恐ろしい。あの軍犬だけではない。その背後に隠れる魔王が恐ろしかった。彼らがきちんと依頼を果たした以上俺は絶対にこの情報を持ち帰らなければならない。
あのパーティーの真の役割は敵戦力に遭遇した際の脅威度を調べる為の囮だ。どのように戦い、どのような種族がいるのか。あわよくば魔王と遭遇しその能力の一片でも分かればと言う、捨て駒のような役割。
当然彼らは知らなかった。ただの割の凄く良い調査依頼だと思っていたはずだ。
僅かながら情報は手に入った。軍犬を多数従えている、非常に優れた連携をする、群犬の魔王の可能性。
幾ら離れていても気づかれれば今度はこちらの身が危ない。早々にその場から退散しようとしたとき。
「……嘘だろ」
戦闘、いや蹂躙が終わった軍犬の下に蜥蜴隊長が現れ何やら話し合っている。残念ながら敵対しているようには見えない。
獲物の取り合いもせず和やかに話しているところを見れば分かってしまう。両種族とも魔王の配下なのだろう。
冗談じゃない! 連携に優れた軍犬だけではなく戦闘能力の高い蜥蜴隊長すら従えているとは、何の魔王だというのだ!
新たな情報と大きな疑問を持って早々にその場を後にする。後味の悪い依頼だと分かっていたが、別の意味でここまで嫌な依頼になるとは。
ギルドに戻れば情報を全部吐いた上で、もう一つ付け加えてやる。
防備を全力で固めるべきだ。あれが攻勢に出ればハウスター辺境伯領に甚大な被害が出るだろう。
本当なら壊滅すると言ってやりたいがな。そうすると貴族を侮辱したことで捕まっちまう。
この依頼が終わればどうするか、オワの大森林の魔王が討たれるまで王都方面に逃げよていようか。幸い報酬はたんまりもらえるからな。
次回は剣聖のお話。




