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小話 十二話 皇帝の帰還

 豪勢な飾りも、煌びやかな光もない。ただ年季を重ねた物だけが存在し、厳かな空間を作り上げている。

 そこは皇帝の、俺の執務室だ。

 何代も前から皇帝を支えてきた家具や仕事道具。使えなくなった物こそ交換しているが、半分以上は俺よりも歳を重ねているだろう。

 そのためか独特な雰囲気や持ち、ここにいる時が最も落ち着く。

 椅子に座り一息吐いてから呼び鈴を鳴らす。


「主席宮廷魔導士を呼べ」


 どうせ放っておいてもこちらの帰りを知り数時間後には書類の山を持ってくるだろうが、今は早く会って話したいことがあるので早急に来させる。

 後書類の山は止めて欲しい。今回は視察で疲れた。いや、視察ではないな。

 視察はいつも通りに終わった。侯爵、公爵は表立って独立しようとする動きは見えず、裏の方もあまり変わっていない様子。こうして睨みを利かせた以上数か月は行動を自粛するだろうから問題はない。

 問題はファース辺境伯の所で出会ったあの魔王。顔は子供でも描けそうな簡単なハニワ顔だったのに、中身は複雑怪奇。今まで見聞きした魔王を遥かに凌ぐ化け物ような魔王だった。

 もしあの一件がなければこの疲労も半分ほどに収まっていたはずだろう。


「陛下、マンドです」


「入れ」


 もうやって来たのか。よほど待っていたと見える。

 入って来たのは子供ほどの身長の小さな老人。その身を包む主席魔導士だけが着ることの真紅のローブを、こいつの為に特注で作った話は良く聞く。

 マンドが扉を開けた時手ぶらだったのを見て最初は勝利を確信したが、その後ろに控える弟子が大量の書類を持っているのを見てすぐに負けを悟った。

 捨ててこいそんなもの。


「お久しゅうございます陛下。何やらファース辺境伯の所に長居していたようで」


 俺がいない間の執務は全て主席宮廷魔導士、マドンが請け負うことになっている。つまりこれは嫌味だ。

 しかしこの程度あの執事に比べればなんと優しいことか。まるで普通に労わっているかのように聞こえる。


「厄介な一件があってな。それは後に話すとしよう。これを見て欲しいのだが、お前達、書類はそこに置いて戻っていいぞ」


 暗にマンドの弟子程度に見せられないと告げ、弟子たちを執務室から追い出す。

 出て行ったのを確認して取り出したのは一枚の紙。ちょっとした政の草案だ。


「失礼して……。ふむ、なるほど。カンリョウ? というのは聞いたことがないですが中々に面白いですな。そして」


 わざとマンドは一泊置き。


「反乱が起きますな」


 俺が最も懸念し、そして期待してくれることを言ってくれる。

 その言葉を俺が求めていたことをマンドも分かっているのか、俺の反応を見てニヤリと笑うと紙を返した。


「これでよろしいですかな?」


「まさか。反乱が起きるであろう理由も聞こう」


 そう重要なのはそこだ。もし俺の考える理由と違うのなら話が変わってくるが、同じなら楽しい話になる。

 俺の思いを知ってか知らずか、マンドは返した紙をもう一度手に取り。


「そうですな。例えば現体制では政は貴族の仕事であり、その時の家の勢いで貴族内の権限が変わりますが、これでは職務はきちんと区切られ権限も明確にせねばなりません。その時の時流によって変わらないので、貴族からすれば融通が利かないということになります。

しかしこれはただの不満点。最大の理由はこの構造、貴族を必要としていないことですかな? 陛下ならこれを採用すればいずれ貴族の権限、もしくは貴族そのものを縮小するのではないかと思われるでしょうな」


 それはいつか家が断絶するかもしれないという恐怖、貴族からすれば絶対に避けたい可能性。

 もし俺が公爵や侯爵と友好的な関係であれば可能性はあっただろうが、視察と言う名の監視をしている通り良いわけがない。この案を出せば拒絶は必然であり、強行すれば反乱が起きる。俺と同じ予想だろう。


「それでも強行しますかな?」


 非常に魅力的な提案をしてくれる。世界で最も美味い毒のようなもの。惹かれるが手は出さない。そもそも答えは知っているだろう。


「問題が解決してくればな」


 別に反乱が起きるのは別に問題はない。それだけならばむしろ起きて欲しいくらいだ。先の戦争で引き入れるしかなかった負の遺産、この手で斬れるというなら反乱程度許容できる範囲だ。

 問題は他にある。


「反乱の隙を付け込むであろう国家群、西の山脈の首領悪鬼(ドン・オーガ)、後継者問題。……ああ、オワの大森林の魔王もありましたな」


 別の我が国だけと言うわけではないが、問題が多いのも事実。特に後継者問題は答えのない難問であり、最後のは薬にも毒にもありえる危険な案件。


「しかしそんな陛下に朗報です。まだ裏は取れておりませんが、国家群が戦争を始めました」


 ピクリと俺の中で何かが動く。国家群? そうだ、ノブナガが軍事演習などと言って気にかけていた。もしや、それか?


「何が起こった?」


「おや、もしやすでにこの情報は得られておりましたか? どこが、ではなく何がをお聞きになるとは。陛下の仰られる通り、事の発端は国家群の中心カルネア公国。ここで大公殺害が起きました。

容疑者は先日、と言っても情報の伝達に時間がかかりますので半月程前でしょうか? タダラ鉱国と婚姻を結び嫁いできたスズリ姫。晩に殴り潰して最後には首を絞めて殺したとか。それに弟大公は激怒、すぐにスズリ姫を捕まえようとしたがすでに逃げられた後。となればその怒りが向かう先はタダラ鉱国。しかしタダラ鉱国はスズリノ独断として無関係を主張。謝罪賠償一切なし。それに弟大公は、自らの娘の暗殺者にし我が兄を殺した卑劣な国、と非難し軍を起こしました。どちらが勝つかは続報をお待ちください」


マンドは何やら楽しげに報告するが俺はどうしても解せない。これがノブナガのやったことなのだろうか?

他国から嫁いできた娘が夫を殺すなどありえない。国同士の関係に亀裂を入れるようなことであり、その娘も捕まっていないの所が気になる。しかしこれがノブナガの策なのだろうか。これならばこちらに軍事演習を頼む理由がない。

結果としてはノブナガにとって良い方向に向いているのだ、と無理やり自分を納得させる。


「それで陛下、ファース辺境伯の下に長く滞在しておられたそうですが何があったのでしょうか? フルーンの姿もないようですし」


「む? そうか話をしていなかった。どこから話そうか……。そうだな、バンも呼んでおいた方が良いな。誰かある。近衛団長にあれを調理して持ってくるように言え。あれと言えば分かるはずだ」


 細かく分けて話すのも面倒だ。用意できるだけして一気に話すとしよう。

 マンドにしばらく時間がかかると伝え、その間は政務を行うことになった。

 確認だけでこれだけの山が。……長く空けすぎたか。




「陛下、バンです。お呼びとのことで参りましたが、出来れば私に厨房へ入らねばならぬようなことをさせるのはお止め下さい」


「仕方あるまい。まだそれの存在を教えるには早いのだ」


 確認の最中にバンが茹でたトツトツを皿に乗せて入って来た。まあ、近衛団長ともあろう者が入ってきたら料理人どもは驚くだろうな。

 それにトツトツの調理法は来月の貴族会議まで隠さなければ。食料問題に対する俺の功績になるし、ノブナガについてもその場で話そうと思っている。


「ほほう? バン殿、それは何ですかな?」


「これはトツトツを割り中の実を茹でたものでして。マンド殿お一つどうぞ」


 ついでに俺も皿から一つ頂く。すでに半分に切っている辺り気が利いているが、何か断面があの時と違うような。


「……固い。バン、茹でる時間が短いんじゃないか?」


「そうですかな? 味は悪くないと思いますが。まあ確かに固いのかもしれません」


 え? とバンは慌ててトツトツを口に放り込み苦い顔をする。


「あ、あの時は実物を食べただけで、茹でた時間などは知りませんでしたから」


 苦しい言い訳だ。確かに明確な時間は教えられていないし、料理人の目もあったのですぐに切り上げたかったのだろう。しかしあの執事の動きを予測すればおおまかな時間は見当が付く。料理人の目が気にならない程度の肝は欲しいな近衛団長。


「それで陛下、こんなものまで用意して予定になかったファース辺境伯の所への滞在理由を説明していただけるので?」


「ああ、説明しよう。実に簡単だ。魔王に会って来た」


 その直後マンドは口を開けたまま硬直し、ポロポロと中身が落ちてくる。汚いやつだ。

 確認するかのようにマンドはバンに顔を向け、頷くとわなわなと震え始め。


「な、何をしておられるのですか陛下! 首領悪鬼(ドン・オーガ)にダンジョンに出向くとは!」


「勘違いしているな。そっちじゃない。オワの大森林魔王ノブナガの方だ」


 はあ、とマンドは一瞬納得しかけるもすぐに正気に戻りやはり怒る。


「そういう問題ではありません! いくら新しい魔王では脅威であることには変わりなく、バン殿がいるからと言って安心できるものでは! ハッ、もしやフルーンは」


「何か勘違いしているようだから言っておくが、ノブナガとは敵対していない。むしろ交易をすることになりなったので友好的と言えるだろう。ちなみに先程のカンリョウセイやトツトツの料理法やそのノブナガに教わったものだ。意味は分かるな?」


 激怒していた顔が、怪訝、呆然とコロコロ変わり、最後には魔術研究中に見せる真剣な表情になった。理解できたということだろう。ノブナガは。


「理性、いや知能のある魔王であると?」


「それも並の人以上にな。あれで誕生したてと言うのだから恐ろしい」


 魔王なんてものはそこまで知性のある生き物ではない。長生きすれば別かもしれないが、そこまで知性溢れる魔王はいない。人族を襲い、魔族を隷属させ、支配域を広げようとする。これが魔王の基本であり普通だ。

 しかしノブナガは全くの真逆。人族と関係を求め、魔族との間柄は見る限り友好、支配域も広げようとする意志は見えない。そして何より知恵がある。


 あれがもし普通の魔王であったなら、今頃この大陸は魔王の手に落ちている。

 あのカンリョウセイがそうだ。利があるように見えてその奥にあるのは毒。そんな手段を使われたら人族の勝ち目などなくなる。人族が未だに魔王を討伐できるのは知恵と文明で勝っているからだ。


「危険としか言えませんな。すぐに討伐を?」


「はっは! 確実に勝てると言えるのか? 俺は首領悪鬼(ドン・オーガ)より、双子の魔王より、王国に潜むと言われる二体の魔王よりも、オワの大森林魔王ノブナガが恐ろしいと感じているぞ? 折角友好的に慣れたのに敵対すると? どのようなダンジョンかも、配下の数も、ノブナガの種族も分からんのに? それに先程も言ったが、我々は問題が解決しない限り動き出すことは出来んのだ」


 少し衝撃的過ぎたか? この程度で混乱するとは、そのような悪手を聞いてくるとは一度休ませた方が良いかもしれん。

 バンにも戦いたいか? と聞けば、命令ならばと言いつつも極力戦闘は避けたい様子。まあ、あの不気味さはその目で見なければ分かるまい。


「そうですな、失礼しました。しかしこちらから陛下に伝える政務がただでさえ多いというのに、陛下からお聞きせねばならぬことも多いとは、来月の貴族会議の準備もあるというのに」


 やることが多くて大変だな。そのほとんどは俺も同じなのだが。

 バンもこの苦労に加えてやろうと視線を送れば首を振る。しかし残念、手が足りない今お前も加わるのは確実だ。


「この機会にフルーンも加えて政治を教えてやりたいですが、あやつはまだ戻ってきておりません。どこに?」


「ああ、俺も同じ考えでな。あいつに政治を教えてやろうと思ってな。俺の友の所へ行かせるためにファース辺境伯の所に置いてきた」


「ほう。それはありがたいですが、それはいったい誰ですかな?」


「今話に出ただろう。オワの大森林魔王ノブナガだ。これから交易をするための準備に参加させた。まあ、向こうもしばらくは忙しいから貴族会議ギリギリになるだろうな」


 はっはっは、と笑う俺とは対照的にマンドは驚きを通り過ぎて何も言えず、バンは何とも言えぬ表情でマンドを見つめていた。


これからはしばらくは小話になります。

小話が多すぎてゲシュタルト崩壊するかもしれません。

私はしました。

小話って何だっけ?

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