第七十九話 安らぎのひと時
カルネア公国に向かうのに一カ月、帰りはスズリが力を貸してくれたので半月程。
二カ月ぶりにオワの大森林に帰って来た。
旅行と言うほど周りを見て回ったわけでもなければ、工作と言うほど大それたことをしたわけじゃない。倉庫に虫を撒いただけだしな。
そしてダインジョンはどうなったのかと言えば。
「「「お帰りなさいませ、魔王様!」」」
物凄く帰りをお待ちしていたらしい。出迎えは魔族の配下全員だ。
頭を下げて列を成し、玉座の間までは届かないだろうがまっすぐに伸びていた。
あまりの出迎えにただいま、と言いながら手を振り列の中を進むことしかできない。背後にいるスズリは怖がって俺の背中を掴むが、こちらも余裕はないので手助けしてやることは出来ない。
「お帰りなさいませ、魔王様。国家群は如何でしたか?」
「ああ、特に見る物はなかったな。工作は上手くいっただろうし、当分は安全だ」
列の終わりが見えてくればそこにいるのは各族長、皆が俺に話しかけたそうにしているが、最初に話しかけてきたのは不在の間ダンジョンを任せて置いたランだった。
「さすがは魔王様、それでこれか……ん? 魔王様、その後ろにいる少女は」
「これか? これは国家群で拾って来たスズリだ。良い拾い物をしたと思っている、スズリ挨拶を」
「え? あ、はい。初めましてスズリと申します」
おずおずと頭を下げるスズリを長たちは珍しそうな顔で見ている。……ああ、そうか。
「スズリ、魔族語を覚えるならここにはいないが……、何でいないんだ? まあいい、アリスと言う女剣士に教わると」
「扱えますし、今も魔族語で挨拶させて頂きましたよ?」
え? 扱えるの? 人族なのに? 変な奴だ。
「……もしかして間違っておりましたか? 本で学んだことなのでもしかしたら違うのかもしれませんが」
すまない、俺は技能で話しているから人語と魔族語の聞き分けもできない。でも何を話しているのかは分かったということは技能が働いたということだから。
「挨拶を受けたら返すのが礼儀だぞ?」
「し、失礼しました。スズリさん、私はランと申します」
他の長もランに続いて挨拶する。どうやらスズリの挨拶はちゃんと伝わっていたようだ。しかし魔族語まで使えるのか。多才だな。
「それで魔王様、この者はどうされますか?」
「頭がかなり優秀だからその辺りで使おうと思っている。とりあえずは同種族のトドンに任せようと思ったのだが、トドンはどこだ?」
スズリと面識があるらしいので任せようと思ったのだが、トドンまでいない。というか人族一人も来てないとは。ライルくらいは機嫌取りに来ると思っていたが。
どうしたのかと思えば何か言いづらそうに視線をそらし、最後にヒデに視線が集中した。
「確かあの人族とヒデは建築に関して色々と交流がありましたよね? 私どもでは詳細には知りませんがヒデならご存知かと」
自分は無関係とランの言葉に頷く配下。その中ヒデだけは裏切られたと驚き助けを求めるように周囲を見るが、誰もが顔をそらし助けは得られないと判断してか諦めたように肩を落とす。
「えー、魔王様。あれは少々説明が難しいのでご足労願ってもよろしいでしょうか?」
別に構わないが、何か面倒でも起きたのだろうか?
長を残して配下を解散させ作業に戻ってもらう。後で見て回ると伝えると皆やる気を出した様子でそれぞれの場所に戻って行った。
連れてこられたのは前に地均しをしていたところだった。そこにはすでに小さいながらも一つの丸太小屋と作りかけが二つほど建ててあった。
二か月でこれほどとは、随分と速い。
「あれ、旦那。帰って来たんッスか。お疲れ様ッス。お? そっちのちんちくりんは?」
その丸太小屋から足音を察知したのかライルが出てきた。特に変わりなく元気そうな様子で姿を見せた。
「ちんちく……!」
「これはスズリだ? お前の新しい仲間だな。トドンの様子を見に来たのだが?」
長ばかりの中で見たことのないスズリに気になったようなので軽く紹介して、トドンについて聞けばライルもまた視線を泳がせる。
一体トドンに何があったのか。
「え~、それなら中に入ってもらった方が早いと思うッス」
長たちは外で待機し、中に案内されればそこにいたのは骨と皮だけになり痩せ細ったトドンが横たわっていた。
あのずんぐりむっくりだったトドンが、細木のようにヒョロヒョロになっている。
「な、何をしたんだ!? 飯を食わせなかったのか!」
「い、いや食ってたんッスよ。人一倍食ってたのに段々と痩せ細って。このダンジョンの力で怪我とかは治るんで多分病気でもないんじゃないかと思ったんッスけど……」
ダンジョンの力は俺自身良く分かっていない。一晩寝れば怪我が治るが、病気なども癒してくれるかと言えば分からない。
適当に魔法薬でも飲ませるかと悩むが効くかどうかも分からないし、どうしようかと悩んで。
「あ、鍛冶長。魔王様、鍛冶長を攫って?」
「攫ってなどいない。雇っただけだ。しかし鍛冶はしたくないと言うので建築をさせていたのだが、もしや木材に問題があったのか」
ひょっこりとスズリが顔を出して痩せ細ったトドンを前に平然としている。顔見知りならもう少し慌てた反応をすると思うのだが。
「これは病気などではありませんよ。魔王様、カルネア公国から盗んだ中にお酒ありましたよね? それを取り出して頂いてもよろしいですか?」
……酒? おそらく倉庫から頂いた中に入っていたのだろうがあったかな?
魔法の袋をひっくり返し、どばどばと食糧が流れる中にあるかと目を凝らして確認していると。
瓶と思われるものが出てきた瞬間、どこからか手が伸びてきて瞬時にそれを奪い取った。
そいてコキュコキュと中身を飲み干す音。
「プッハー! 美味い!」
見ればそこには先程までミイラ寸前で横たわっていたトドンが居た。心なしか先程に比べて肉が付いてきたような。
あまりの出来事に呆然としたのが悪かったのか、魔法袋を傾けたままだったので食糧はどんどん流れ、中に酒も当然混じり、蘇ったトドンは酒だけを瞬時に見分けて取ると瞬く間に瓶を空にして新たな獲物を見つけていった。
気づけば食糧も半分ほどが流れ、トドンも以前と同じずんぐりむっくりな体系に戻っていた。
「美味いっ! 酒最高。上物ばかりで感謝を……。姫? 姫―!」
蘇ったトドンは自由奔放で、安酒のように飲み干した上物の酒について俺に感謝するのかと思いきや、スズリを見つけて涙ながらに飛びつき抱きしめる。
しかしこの瓶は酒だったのか。てっきり果実系の飲料だと思ったのに。
ライルと共に食糧を魔法袋に戻す中、隣では感動の再開と熱い抱擁が行われ。
「酒臭い!」
強烈な拒絶で幕が下りた。
スズリの繰り出した双手突きは見事に決まり、トドンが吹き飛び心身共に深手を負ったのか再び蘇ることはなかった。
「あー、良いのか? 感動の再開ではないのか?」
「再会できたのは嬉しいですが、あれはちょっと……」
哀れトドン、安らかに眠れ。
ライルと一緒に手を合わせておく。
それからは長にせがまれスズリと共に各種族を見て回ることに。後で見に行くとは言ったが、長旅で疲れていたので明日の予定だったのに。
まあスズリの顔見せるためと思えば……すぐに終わらせよう。
ヒデの所は建築についてはトドンの指示の下で順調に進んでいる。ただトドンが酒不足で痩せ細ったため中断を余儀なく、ただ大本は何となく理解できていたのかライルと共に建築。作りかけがそれらしい。
また製作については上手く進んでおらず、トドンの知恵を借りようとしたがその前に口も聞けない体になってしまったため断念。まあこれからはトドンも復活したし、スズリもいるので進展が見込まれるだろう。
シバはなんと警戒中に入って来た王国の冒険者を一組殲滅に成功。武器や武具を献上された。石切り場は見つかっておらず一度中断している西の探索を行いたいとのこと。さすがにシバ達だけでは危ないので俺も同行する羽目になった。西に行くのは当分先にしよう。
カイはついに野菜を収穫した。ジャガイモのようなゴツゴツとした野菜だ。しかも近いうちに他の野菜も収穫できるとのこと。カルネア公国から食糧を頂いてきたし、当分食料に困ることはないと思われる。
嬉しさの余り名を与えると約束したのは失敗だったかもしれない。
リンは特に変わりなく訓練の日々。ただ他の種族が成果を示している中これと言った成果がない所為か戦闘を求めているとか。シバと共に同行することで落ち着いてもらおう。
ランは九九を完全に覚え置き土産の割り算も何とか出来るようになった。更に蜘蛛人も着色料をいくつも見つけ原色ばかりではあるが色のある服を作れるようになった。どうやら丸太小屋建築にも蜘蛛人の糸を出しているようで楽しそうではあるが忙しいようだ。
ヴィは変わりない日々を送っていた。ただ数が増えていたような……。いや外から来ていないというし気のせいだろう。
「複数の魔族を配下にしているのですね」
「それぞれの種族に長所短所があるのだ。一種族だけを配下にする愚をする理由がない」
久々の玉座の間。特に変わりなく、輝きを放っている。私室にはアリス、イフリーナ、セルミナがいるのは分かっている。
ランの話では丸太小屋が出来上がるのを見てから私室に逃げ込む時間が増えたようだ。新たな住まいを見て今のうちに私室を楽しんでいるのだろう、あれが出来上がったら追い出せるので今は放っておいてやる。
「そしてお前の長所短所も分かっているので、任せたいことがある。良いか?」
「保護してもらっている身。断ることなど致しません」
魔法の袋から『ダンジョンを造ろう』に食糧を流し込みながら従順な態度のスズリに安心して頷く。断られたらどうしようかと思ったよ。
食糧を全て『ダンジョンを造ろう』に入れたら、今度は大量の紙とペンを取り出してスズリに渡す。
紙とペンが必要なことを任されると分かったのか、スズリは素直に受け取った。
……受け取ったな?
「それではお前に任すことだがまず顔を覚えてもらわねばならんので、全種族の個体数を調査してくれ。ああ、名持ちは別にまとめてくれ。もし調査中に何か助言を求められたら最大限協力してやってくれ。
更に現在アリスに任せている人語と魔族語を教えるのをお前に任せると共に人員を増やそうと思う。とりあえず名持ち全員に人語を、トドンとセルミナにも魔族語を覚えてもらわないと。魔族にはついでに計算を教えてくれ。近いうちに通貨について教えないといけないからな。計算ができないと教えにくい。
まだやってもらうことはあるぞ。帝国と近いうちに交易を行うのだが補佐を頼む。同じくランも補佐に入るだろうが戦力ではなくお前が教えることになるだろうな。
他にもあるのだが、今はとりあえずこれくらいにしておこう。慣れてきたらドンドン増やしていこうと思うから頼んだぞ」
「……え?」
「いや、スズリが来てくれて助かった。どうも魔族は頭の使い方を知らないので教えるのが大変でな。人族も戦闘能力は高いが頭がなあ。セルミナにはイフリーナを見てもらわないとならんし、ライルは色々と器用ではあるが魔族語がまだなので任せられなかった。来てくれて感謝するよ」
「……あの」
「ちなみにトイレはあの扉だから好きに使うといい。あの扉は大浴場となっている。大浴場は魔族と時間が被らないように入るといい。住む場所はトドンと同じで良いな? トドンの面倒を見てやってくれ。ああ、そうだトドンもそろそろ目が覚めたころだろう。今度はまともな再会をして来るといい。ほら」
「え、あの!」
何も言わせてなるものかと、親切を押し付けてスズリを玉座の間から追い出す。
最後に扉を閉めて、一人になり最高の気分で大浴場に向かう。
面倒だった仕事は全てスズリに押し付けることができた。さすがに資材の消費量などはさすがに後に回すことにしたが、いずれやらせればいい。
これでスズリ並と言わずもそれなりにランが成長すればダンジョンは俺に頼らずとも回るようになる。
カイの報告でここの自給自足への第一歩を踏み出している。後は石切り場さえ見つかれば……。
これからは国家群も当分は静かになり安全だ。帝国との交易もスズリのおかげで楽が出来そうではあるし。
夢の引き籠り生活が徐々に近づき、いつの日か必ずと願い。
久々の柔らかいベッドで眠りについた。




