第七十八話 スズリの覚悟
質問がありましたのでこちらで答えさせていただきます。
1.ワリの実で育つ寄生虫が食糧の山の上で生存できるのか?
A 作中に書かれていますが、寄生虫は魔力を食べているので生存できません。ですが、魔王はそれを知るすべを持たずワリの実を住処にする寄生虫と認識しています。
2.食料の山、薬が箱に入っていたところから、袋なりの中でしょうから、寄生虫が中まで浸透できるのでしょうか?
A 描写不足です。申し訳ありません。箱が使われているのは魔法薬など高価で割れやすいものです。お偉いさん用、将校などの薬が入っています。雑兵などの薬はなく、持参です。下士官などは最低限の塗り薬などで袋に適当に詰め込んであります。
また食料などは安物の麻袋に入って詰まれております。破けはしませんが目が粗く寄生虫などは容易に入れます。
3.食料、加熱調理してから食べる物ばかりだと思われるのですが、過熱したら寄生虫は生存できないのでは?
A 食料については加熱が必要なものもあれば保存食もあります。というのも種族ごとに好みが異なり倉庫内ではきっちり分類わけされております。獣人は肉、エルフは草みたいな? 魔王は旅の最中保存食ばかり食べていたのでそれを基準に考えていました。なお加熱すれば寄生虫は死にます。
寄生虫、寄生虫うるさい話になってしまった。申し訳ありません。
おぞましい。魔王と言うのはあれほどなのか。あの変な顔に騙された。あれは私の知る中で最も恐ろしい魔王だ。
私は魔王に準備と偽り大公の部屋に戻る最中。ほとんど身一つで嫁いできたため支度など必要としない。
私はこれから、タダラ鉱国を、国家群を守るために悪事を働き悪名を被る。
魔王が食料の入った目の粗い麻袋の上に何かを巻いているのを私はこっそりと見ていた。気になった、魔王が盗みを働くだけの為に国に忍び込んだのか。
戦争を出来ないようにする、と言っていたがどうやるのか。
すぐに私は覗いていたことを後悔した。
魔王が撒いていたのが何かは分からない。腐敗したなにか。肥料なのかもしれない。
その中でもぞもぞと何かが動いているように見えた。月明かりに照らされていた部分だったので、魔王が遠ざかったのを確認してその場所に近づき、撒かれた何かを少しずつ掘り返し指先に着いた変なものを見つけた。
それは髪の毛ほどの黒く細長い何か。
髪の毛? と思ったが私の毛は明るい茶であり、魔王に至っては毛なんて生えていない。ではそれは何なのか。
チクリ、と指先に僅かな痛みを感じた。黒く細長い何かが私の入ろうとしていた。
その瞬間、それが何か理解し恐怖した。無我夢中で腕を振れば何かは飛んでいき麻袋の中に入って行った。
私はその事実に血の気は引き、ただただ恐ろしく倉庫の隅で震えた。
魔王の言葉は本当だった。戦争を出来なくする。それはそうだ、戦争どころの話ではなくなる。
あれは国を滅ぼせる。
災害寄生虫。寄生虫が進化した更にその先。三階位の魔物だ。
昔に魔物の図鑑で見たことがある。
寄生虫はオワの大森林の浅層に生息する。主に魔力を食し、そのためワリの実など魔力を有する果実に潜む。また人体などに入ると魔力を吸収しつつ微毒を放ち、いつでも体外に脱出できる状態を維持しようとする。
寄生虫が進化した毒寄生虫。魔力だけだった寄生虫に対して、魔力と魔素を食すようになった。そのため生物に寄生した場合、毒を放ち対象を死に至らしめ魔素を吸収。対象の死骸を漁りに来た生物に寄生して繰り返す。人族であれば十日ほどで死ぬ猛毒だ。
しかしこの一階位、二階位の魔物はさして驚異ではない。何故ならすでに薬は一般的に普及し、対処法は確立されている。
ただし、三階位である災害寄生虫は他の魔物とは異なり最重要魔物扱いであり、その危険度は魔王と同等と書かれてあった。
災害寄生虫は今までの寄生虫とは異なり、魔力、魔素などは食さず、雑食となっている。肉でも野菜でも潜み寄生する。そして恐ろしいのはその繁殖能力と行動範囲。腹が満たされれば雌雄を必要とせずいつでも産卵し、その髪の毛ほどの小さな身体ゆえ、寄生虫は常に産卵を続け寄生先を変えつつ移動する。
孵化した寄生虫は場所が悪ければ魔力を得られず、その場合は同じ場所で生まれた寄生虫を共食いし、非常に早い段階で毒寄生虫となる。
そうなれば国が総力を挙げて対処しなければならない。その国の食料全てに寄生虫の卵が付いている可能性があり、畑なども安全と言えなくなる。
もし放っておけば災害寄生虫は無限に産卵し、寄生虫を体外に排出する薬と解毒薬は枯渇する。そうなれば手のつけようがなくなる。
対処方法は寄生虫が潜んでいると思われる場所全てを焼き払うしかない。災害寄生虫は勿論。寄生虫や毒寄生虫が第二、第三の災害寄生虫にならないよう徹底しないとならない。
それほどまでに危険な魔物なのだ。それを魔王は食料庫にばら撒いた。もう黒く細長い災害寄生虫はどこにいるのか分からない。
この食料が寄生されていると知らず、運ばれたらどうなるのか。
道中で寄生虫の卵が落ち寄生虫が爆発的に増え、災害寄生虫はどこへ行ったかなど検討もつかなくなる。
そうなれば一つの物事を満足に決められない国家群は、寄生虫対策など打ち出せるわけもなく、決まるころには国家群全域に寄生虫が進出しているだろう。
そうなれば国家群は食糧難、薬難による内乱となり、王国や帝国が黙っているはずがない。
結果として魔王は、ほとんど労せず敵対しようとした国家群を滅ぼせる。
不思議なのはどうやって非常に危険な災害寄生虫を確保したのか。下手すれば自分の領域が滅びるような行為なのに。
それは魔王がしていた行動、持ち物を思い出せばすぐに分かった。
魔王ははるか昔の技術、蠱毒を用いたと考える。
昔に人工的に三階位の魔物を作ろうとしたときに発明された技術。狭い空間に魔物を詰め込み最後の一匹まで放置する。そうして残った一匹は二階位、もしくは三階位となっていた。
これには問題があり、どんな魔物が進化するのか分からない上、数か月ほど時間が必要になる。そもそも二階位か三階位は確定できず、大量の魔物を必要とする。更に人工的に進化させたとしても三階位は伊達ではなく、発明者の最期は進化した魔物に暴走され死んでいる。三階位の魔物を生み出す技術であっても操る技術ではない。
逆に言えば操るつもりがないならそれで構わない。同じ魔物を集め、過剰なまでに放り込めば問題点はなくなる。オワの大森林のの魔王ならそれが出来る。
つまり魔王は数か月前から国家群を練っていた? 国家群が王国からオワの大森林魔王を討伐に変えた時とほぼ同じと言うことになる。
勝てるわけがない。内輪で争っている国家群が、魔王直々に工作に動いているのに。
ではこのまま国家群は魔王の思い通りにさせるのか?
それは出来ない。何もせずにはいられなかった。
父親である王とはすでに親子の縁などないと思っている。戦士長については嫌いでは済まされないほど嫌悪している。
だが、タダラ鉱国については違う。鉱山と荒れた土地しかないがそこが好きだ。民はカルネア公国に嫁いだ今でも愛している。
それが魔王の策略で死ぬなんて、どんな手段を取ってでも阻止したかった。
たとえこの手を汚すことになってでも。
運よく衛兵に見つからずカルネア大公の寝室に戻った。
部屋に置かれているベッドの脇では今も大公が荒々しい鼻息で倒れて、いや寝ていた。
豪胆と言うべきなのか、阿呆と言うべきなのか。起きているときの姿を知っている以上、疑いようもなく後者であると分かっているので、私は覚悟を決める。
カルネア大公に近づき思いっきり首を絞める。
「……うぐっ、うぅ!」
寝ていたとはいえ、巨体であり死の窮地にあるカルネア大公の抵抗は強い。私の腕を掴んで必死に引き剥がそうとする。
それでも私の腕はカルネア大公の首から離れることはない。ドワーフの中でも小柄な私だが、そこらの人族に負けるような力ではない。何より、私の腕はタダラ鉱国の、国家群の未来がかかっている。
次第に抵抗する力も弱まり、最後には力を失い腕にくっつくだけになった。
「……ハァ、……ハァ」
死んだ、初めて人を殺した。腕を見れば必死の抵抗により爪で引っ掛かれたのか、皮膚がめくれ至る所から血が流れている。
どれだけ必死に抵抗していたのか、そして今はそれが一切ない。殺したという実感が一気に襲ってくる。
にじり寄るような不快な感覚。胃が逆流し、心が砕け、頭の中がかき回される。
吐きそうになるのを必死に抑え、私は飾られていた調度品の壺を持ち上げ、それを一気に振り下ろす。
ただ息を止めただけでは危ない。念のために凄惨に殺しておかないとならない。
「ヒック、ヒクッ」
床を真っ赤に染め上げるころには自然と泣いていた。理由は分からない、分かりたくもない。
それに泣いている暇もない。今度はペンと髪を探さないとならない。
私の目標は二つだ。
まずはカルネア公国からの脱出。
父の外交のための道具に、カルネア大公の玩具になるつもりはない。魔王はどうやら私に価値があると思ってくれている様子。前二人に比べればマシな待遇を受けられるだろう。
次にタダラ鉱国、ついでに国家群を救う。
父を恨めど、民は愛す。
このまま魔王の策略により国家群が主に食料方面で壊滅的な打撃を受ければ、自給できていないタダラ鉱国は真っ先に滅んでしまう。だが、魔王の策略を阻止すれば国家群はそのまま連合軍をオワの大森林に向かわせることになる。オワの大森林は私の逃亡先だ。危険に晒すわけにいかないし、魔王に疑われる可能性がある。そうなれば魔王の技能で私の関与が発覚し殺される。
そのためにある程度は被害を受けてもらわないとならない。せめてオワの大森林に連合軍を向かわせられない程度には。
そんな都合の良い犠牲を作るために、私は大公の弟の部屋の前に来ている、
いや、明日の朝には新大公になっているだろう。
私は扉に手紙を仕込んでおく。読んでくれれば幸い、読まれなくても最低限の動きはしてくれるはずだ、
手紙の内容は私が大公弟に好意を持ち、また思想に共感していること。大公に相応しいは弟であり、現大公は相応しくない。そこで私が排除し、大公弟が継ぐように応援している。
犯人が私であればカルネア公国はタダラ鉱国に宣戦布告する理由ができる。もちろん私は逃亡する、そのため各都市に警備を緩めてもらう。私が捕まればタダラ鉱国に送られ責任を取らされ首と胴体が離れることになる。更にカルネア公国はタダラ鉱国に戦争を吹っ掛ける理由もなくなってしまう。
これが上手くいけば、国家群は壊滅的とは言えない程度の大打撃を受け、連合軍の維持は出来ず即時解散するだろう。しばらくは食糧難に悩まされるだろうが、決して越えられない壁ではない。
今更父を信じるのは癪だが、あれでも王としての責務は果たすだろう。
これが最後の親孝行、と言ってもあんな親では通じないだろう。親不孝と罵られるに決まっている。
魔王の下へ戻ると腕の傷について言及された。適当に誤魔化すと盗んだ魔法薬を使ってくれた。見ていてこちらが痛くなると言って。
魔王と名乗るだけはある。人心掌握はお手の物と言うことだろう。まあ、気分は悪くない。
「もう大丈夫だな。さっさと行くぞ。長居する理由はない」
「はい。ですが、その。どうやって?」
魔王だけなら兵の姿を借りて外へ、魔物の姿を借りて空へ行けばいい。しかし私と言う足手まといが居てはそれが出来ない。
しかし魔王はすでに手を打ったと言って門へと進む。
そこには誰もいなかった。殺したのかと思えば、近くの人の姿を借りて門の警備を代わってやっただけらしい。今頃色町に行っているだろうと。
しかし城から逃げられても今度は都市国家を守る城壁がある。
そこを今すぐ通り抜けられる策はさすがの魔王にはなく、朝一で出ていくことになった。
道中魔王は宿屋を取れた幸運について子供のように語ってくれた。
何でも一人の冒険者が出ていった直後だったので宿屋が取れたとか。今は嫌なことだが私と故カルネア大公との婚姻によりお祭り状態であり、景気は良いはず。今出ていく理由はないと思うのだが。
しかし宿屋には入れなかった。今は深夜。宿屋は完全に閉まっており、魔王は僅かに窓を開け魔物の姿で飛び立ったという。
魔王だけなら戻ることは出来る。しかしそうなると私は夜の間放置となる。それはまずいと魔王は悩み、私と共に野宿をすることにしてくれた。
宿屋があるのに野宿と言う奇妙な体験をした。おそらく生涯でもうないだろう。
翌日、私と魔王は無事カルネア公国を脱出。オワの大森林に向かった。
くっ、このままでは駄目だ。
私もそろそろ進化しないと!




