第七十七話 ちんちくりん
大きめの魔法の袋からワリの実を取り出し齧る。消費した魔力は少しだろうと回復しておきたい。
食べながら考えるのはこれからの予定だ。
トドンから得た情報と来るまでに集めた情報でカルネア公国が連合軍の食糧を運ぶ、つまり兵站を担当することが分かっている。
なので食糧庫に行きたいのだが、取れた宿の場所が悪くカルネア兵が来ず情報が集まらなかった。
なので鳥に変身し、潜入しようと思ったが夜の空のあまりの寒さに断念。丁度人が良そうで部屋の装飾を見る限り偉そうな人が良そうな部屋を発見。開けろと訴えた。
そのおかげで潜入に成功し、うるさく醜悪な男は黙らせた。
そして癖毛ののちんちくりんな女の方は大胆なのか、こちらの言うことを素直に聞いて静かにしてくれる。確かに服装は大胆だが。あれ?
……ダダラ鉱国の末姫? カルネア大公の妻?
「少し聞きたいことがある。末姫なのか、いやそれはどうでも良いか。カルネア大公の妻と言うことはあの醜悪なのは?」
「あちらはカルネア大公でございます」
あの醜悪なのが? 無能とは知っていたが醜悪は知らないぞ。
念のために生きているか確認。痙攣をしているから生きてはいるな。
とりあえず変身して記憶を読んでおくか。
「ちんちくりん、少し驚くかもしれないが静かに」
「ちんちく……! 分かりました。静かにしております」
それでは早速変身。……すぐに元の姿に戻る。
何なんだこいつは。仮にも一国の主だろう。なのに頭の中は桃色で他に気にしているのは飯の事だけだ。信じられない。
まさか潜入して全てを知る人物に出会えたかと思えば何も知らない奴だったとは。
「あの、今一瞬身体が」
「秘密だ。しかし予想外に役に立たんなこいつ。一応君も見ておくか」
これの後なので若干期待したいが、ダダラ鉱国からカルネア公国に嫁いで来たばかりという情報もある。まともな情報があるとは思いにくい。
こいつよりも少しマシならと思いながらやってみれば。
頭脳明晰と言うものを初めて知った。
カルネア大公の生存に若干の残念と思いつつも、ほとんどの意識をこちらに向け対処を考えている。更にいざという時の逃走経路までいくつか想定している。城内を完全に覚えているな。
あまりの頭の回転に一瞬足元がふらつく。今考えているだけで更に知識まで探ればまるで湧水の如く。
実は脳を二、三個入れているんじゃないか。
「ま、また姿が」
「その通り。君が、スズリの考えている通り、姿を変え記憶を読みとれる魔王だ。そこで、スズリに協力を願いたいのだが良いかな?」
教えてもない名前を言われてスズリは驚いた顔を見せたが、すぐに引っ込め何かを考え出す。そして答えが出たのか黙って頷いた。
まあ、拒否権はないけどね。
あ、でもその前に。
「服はちゃんと来た方が良いぞ。風邪を引く」
苦しい。
現在カルネア大公の姿になりスズリに食料庫まで案内させている。
時折すれ違う衛兵には、スズリが寄るの城内を見たいと言うので案内している、と言って誤魔化している。実際は逆だ。こいつは城内をほとんど知らない、案内なんて出来るはずがない。
苦しい。
厄介なのがこいつの身体。ただ歩くだけでも非常に疲れる。走ったら死ぬ身体かも知れない。幸運なことにドワーフであるスズリは元々足が遅いため、外から見れば城内をゆっくり見て歩いているように見えるかもしれないが。
更に頭の中にぽっかりと穴が開いたような空虚感もある。ちんちくりんのスズリがあれほどの頭脳を持っているのに、巨体のこいつは無いと勘違いするほど劣る頭だ。この空虚感はその所為だろう。喪失感と言うのが正しいのかもしれない。
苦しい。
ただ、先程から息が整わず呼吸が苦しいのは別の原因だ。
部屋を出る前にした服装の指摘。
ちんちくりんの男とも女とも分からない身体つきに欲情するはずもないのに、スズリはあろうことか俺に双手突きを繰り出した。
ちんちくりんとはいえ力に優れたドワーフは伊達ではなく、身長差の所為で見事にみぞおちに入り肺に大打撃。今もなお呼吸をするのが苦しい。
『自動回復』が無ければ回復が遅れ、今もあの部屋で苦しんでいたかもしれない。
「あ、あの大丈夫でしょうか」
「問題ない、この身体の貧弱さに所為だ。ところで食糧庫はまだなのか」
まさか先程の双手突きが今なお癒えないとは言えず、身体の所為にして誤魔化す。
それに嘘じゃない。この身体も一因のはずだ。
「もう見えております。あの大きなのが食糧庫だと説明を受けました」
ああ、降りてくる最中に窓から見えていたがあれなのか。夜なのででかいシルエットにしか見えず建物がいくつか並んでいると思っていたが、食糧庫だったのか。
「そうか、もうすぐだな。姿を戻して楽になれる」
「え! ……あの、多分見張りか、錠が掛かっているので鍵が必要かと思いますが」
そうなのか、それは厄介だな。見張りは大公の権力で一時的に追い出せるか? こいつの指示に従うか怪しいが。錠だった場合は鍵を取りに行くのか。どこにあるのか、こいつの頭には何の記憶もない。
しばらく考え、出た答えは非常に単純。
「警備がいれば権力でも使って追い出す。無理なら実力行使。錠は鍵が近くにあれば良し、ないなら実力行使だ」
人でも物でも最後には実力行使しかないんだ。
スズリの予想は外れ警備も居なければ錠もが掛かっていなかった。拍子抜けだ。
物資を運び出す大きな扉には流石に錠が掛かっていたが、人が出入りするための扉には錠はかかっていなかった。しかも外にも中にも衛兵がいないとは。危機管理が甘いのか。
「そんな、食糧庫に見張りも、鍵もなし……」
すぐ隣ではスズリが驚いた様子で食糧庫に積まれている食料を見ていた。
そう言えばダダラ鉱国は痩せた土地ばかりとスズリの記憶にあったな。それに対しカルネア公国は肥沃な土地だ。
食糧への認識の差が管理の違いになったのかもしれない。
こちらとしてはありがたいことだが。
「しかし想像以上にあるな。この大きな倉庫でもギリギリとは。連合軍と食糧に関する記憶があるがすでに薄れてきているな。スズリ、この食糧と連合軍は関係があるのか」
どのように種類分けされているのか、どのように配置されているのか。それぞれを調べながらこれからすることが最も効率的な場所を探す。
それと同時にスズリの知識も借りる。どうも何かを忘れてきている気がする。
「はい、ここにある食糧と連合軍は大いに関係があります。というのもここにある食糧は連合軍に送られる物です。というのも、それぞれの都市が連合軍に送る食糧を一度カルネア公国に送り、予定の量が集まればそこで連合軍が組まれ進軍を開始、カルネア公国が食糧を送ることになっております」
「非効率的に思えるな。連合軍と言うのだからそれぞれの都市が兵を出し合っているのだろう。ならその都市が兵の分だけ連合軍に送れば良いだろう」
あれ? この箱の中身もしかして薬? じゃあこの周囲の箱も? これを持って行かれると困るな。貰っておこう。
「これには事情がありまして、国家群に潜んでいるといわれる双子の魔王はご存知ですか? 妖精女王と偉大豚人を。双子の魔王は主に食料を運んでいる商隊を襲うんです。恐らく偉大豚人の配下を食わせるためと思われますが。
そこに、食糧を運んでいる部隊、小荷駄隊がいれば? 恰好の的になります。そこで国家群の中心であり、最大の食糧生産力のあるカルネア公国が一度預かり、戦争に参加しない代わりに全軍で食糧を運ぶんです。
カルネア公国の兵は弱兵と呼ばれていますが、双子の魔王と最も交戦している国でもあります。事双子の魔王の対処については国家群一だと思われています」
薬を貰うならついでに食糧ももらおうかな。どれも保存性の高いのばかり。味は度外視と見た方が良いな。これは、塩か。調味料の類があれば貰えば――あれ、もしかして何か喋ってた? 聞いてなかった。
「……あー、それは素晴らしいことだな。所でこの薬が入っている箱を入口近くまで運んでもらえないか。ついでに調味料の類も見つけ次第運んでくれ。大きめの魔法の袋はまだ余裕があるし、普通のも今から空になる予定だからな。あ、この水を貰おう」
とりあえず使える物は別の所に置く。そうしないと使えない物になってしまう。
いきなり手伝いを要求され困惑した様子のスズリだったが、俺の視線に気づいたのかすぐに行動に移った。
せっせと月明かりだけを頼りに働いて、ようやく盗み、ではなく準備が整った。
「それでは入口近くに置いた箱は空けておいてくれ」
「はあ、あのどちらへ」
「戦争が出来ないようにしてくるだけだ」
それだけ言い残して俺は倉庫の中心に向かう。
やることは簡単。食糧に寄生虫を混ぜるだけ。
このためにシバに寄生虫入りのワリの実を集めさせた。何度か時間を置きすぎて腐ってしまったが、その分はライルに寄生虫だけを取り除かせて新鮮な寄生虫入りワリの実に入れさせた。
後は食糧の山の上で寄生虫がたくさん入っている普通の魔法の袋を引っ繰り返せばいい。
頑張って食糧の山をよじ登り、魔法の袋を引っ繰り返す。全体に広まるように不安定な食糧の上を歩きながら。
本当にこの中に寄生虫がいるのか気になり通った道を見る。汁を垂れ流しツーンと臭いがする形の崩れたワリの実の一部が僅かに動いた。
見えないがいるのは違いない。
全てを撒き終え先程確保した水を魔法の袋に入れて振る。これで中が綺麗になっているのかは分からないが気持ちの問題でもある。
箱を開けておくよう頼んだスズリは、箱の近くで座り込み顔面蒼白になりガタガタと震えていた。
怖いのか、魔王を手伝ったことに対する後悔か、それとも純粋に俺を恐れているのか。そんなに怖いことはしていないのだがなあ。簡単に言えば食糧に毒を混ぜて軍の足を止める物だ。実際は下痢程度だがそちらの方が逆に辛いだろう。苦しいのに薬はない。そんな味方を見れば食糧を食うのもためらう。腹が減れば戦は出来ない。出来ないなら帰るしかない。平和的だな。
とにかく今は触らないで回復するまでは他の事をする。
空になった普通の魔法の袋に薬や調味料を入れていく、僅かに入らなかったので大きめの魔法の袋にも入れる。
空箱は、元の位置に戻す。ばれたくはない。
箱を戻せばスズリは顔色こそ悪いものの、立ち上がり待っていた。
「魔王ノブナガ様、私をここから連れ出してくれませんか」
あまりの突飛な話に首を傾げる。何故?
聞けばカルネア大公との婚姻は無理やり決められたこと、そしてカルネア大公のおぞましい容姿に死すら覚悟したとか。
もはや国に恩もなく、魔王の下でも良いから行きたいと。
話は分かる。カルネア大公の醜悪さは驚くものだし、妻となれということなら腹を斬るかもしれない。しかし連れて行くのは脱出する際が困難になるのだが。
その間にもスズリは言葉巧みに俺を揺さぶろうとし、最後には。
もしカルネア大公が死んでいたら、犯人として私は処刑されてしまう。
否定しにくい所を突いてきた。確かに部屋を出る前は生存を確認している。しかし長時間床に寝かされていたらどうなるか。あの身体の弱さは俺が良く分かっている。正直五分五分辺りだろう。
では今から確認しに戻る? これから脱出するだけなのに相手の中枢にまた戻るのか。それは嫌だ。
連れ出してもオワの大森林まで連れて行くのも面倒だし、ダダラ鉱国に返すか。いや、トドンの記憶が正しければあの国は……ああ、スズリはトドンの行っていた末姫か。
連れて行きたくないのに、連れて行っていい理由が増えた。
「……仕方がない。その優秀な頭を手放すのも惜しいと言える。何とか連れ出してやろう」
「ありがとうございます! それでは準備を済ませてまいります」
そう言ってスズリは暗闇に飛び出していった。
連れ出される準備か、意外にあのちんちくりん強いな。




