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第七十四話 魔王準備を完了

 久々の私室、切望してやまなかったベッド。

 帝国へ向かってから野宿野宿の連続だった。それなりに良い馬車とは言え、それは乗り心地の話。寝台としてはとても実用性があるとは言えず、背中の痛い朝が続いた。

 だが明日の朝は違う。最高の朝のはずだ。

 ダンジョンに戻り最初にすること、それは。

 寝ることだ。


 特にダンジョンは変わった様子はなかった。

 当然だ、俺が空けたのは一週間ほど。それで変わるのなら交易なんぞしない。ただ変化はいくつかあった。

 一つはダンジョンを出る前に群犬(コボルト)に教えた車懸りが、相手を包囲する戦術に変わっていた。口頭で説明しただけなので間違って伝わってしまったのだろうか。でも悪くないので放置する。

 

 ライルに任せていた仕事も終わっていた。腐ってしまった寄生虫(パラサイト)入りワリの実から寄生虫(パラサイト)だけを取り除く作業だ。面倒だと思ったが、ライルからは楽だったと言われた。次はもっと苦労することをさせよう。

 取り出された寄生虫(パラサイト)は、ダンジョンを出る前に頼んでおいた新鮮な寄生虫入りワリの実に混ぜる。中身は見ていない、寄生虫(パラサイト)は二度と見たくないからな。


 そして今から変化を起こす。

 玉座に座り『ダンジョンを造ろう』をめくる。残念ながらクエストなどは進んでいない。交易が条件のクエストはないようだ。まあ、仕方ない。魔王は人族の、世界の敵のはずだからな。交易がクエスト条件に入るわけがないか。

 確認を終えた所で扉が開いた。どうやら来たようだ。


「魔王陛下、お呼びとのことで」


 現れたのはセルミナとイフリーナ。この二人には報告と尋ねたいことがあったので呼んだ。

 しかし不思議なのは礼儀正しいセルミナの後ろで、威勢の良い筈のイフリーナが杖を突いてフラフラになりながら入ってきた。


「えっと、イフリーナは大丈夫なのか?」


「え、はい大丈夫……かと思われます。魔王陛下が外に出ている間にアリスさんと出会い意気投合したのか、毎朝イフ姉からアリスさんに奇襲的模擬戦を仕掛けるようになりまして」


 そして負けてこうなっていると。……というか奇襲的模擬戦て、いきなり襲い掛かっているだけだよね。

 ちらりとイフリーナに視線を向ければ返した覚えのない杖とローブを装備し、切り傷などは見当たらない所を見ると本当に模擬戦だったと思ってしまうが、多分違うだろう。目に殺気を感じる。


「まあ、お前たちが日常をどのように過ごそうとも害が無い限り何か言おうとは思わん。呼んだ理由はお前たちに報告することがあったのでな」


「もしや帝国に返していただけるので?」


 うん、まあそれに近いな。

 用意しておいた紙を二人に見えるように広げる。


「君たちの永住が決まった。もう捕虜でも客人でもない。奴隷として頑張ってくれ」


 予想とは真逆の答え。

 広げたのは辺境伯からもらった奴隷契約書。

 それを見てセルミナの顔は一気に青くなり、イフリーナは反応する体力もないのか顔色は白いまま。


「で、では鎖で繋がれた生活を……」


「鎖? 何でそんな話に? 今まで通り生活してくれれば」


 いつの間にか出来た俺とセルミナとの認識の差。奴隷を宙に浮いた二人の扱いを部下にするための手段、と思っていた俺と帝国生まれのセルミナでは食い違いが発生するらしい。

 どうするか、僅かな沈黙の後に。


「いえ、今のは例えの話でして――」


 弁解しようとセルミナが口を開くが俺は問答無用と技能(スキル)を使い、セルミナに変身。そのまま記憶を読む。

 記憶を読んでしばし、奴隷の全容を完全に理解し前を見れば、驚いた様子のセルミナと疲れたとばかりに床に寝転んでいたイフリーナ。

 

「ああ、教えていなかったか。私は二重の者(ドッペルゲンガ―)の魔王らしいぞ。自覚はないがな。今の様に相手の姿を模す、というより完全に相手と同じになれる。姿も能力も記憶もな。それとイフ姉、じゃなかったイフリーナせめて座れ」


 事態についていけないのかセルミナは空いた口が塞がらず、イフリーナは渋々と言った様子で座り直したが、玉座に座るセルミナの姿をした俺と前にいるセルミナを理解できない様子で交互に見た後、何か納得した様子でその場で寝た。

 イフリーナはある意味大物かもしれない。

 姿も元のプリティな姿に戻し、話を続ける。


「記憶を読んだ限り奴隷と言うのはほぼ死刑囚だな。鎖で繋ぎ作業をさせる。鉱山や洞窟で海水を組む場合は入口に監視役を付け逃亡を防止。死んだらそれでおしまい。人権もクソのないのが奴隷らしいな」


 何とも恐ろしい帝国の奴隷事情。セルミナの中では奴隷になる、すなわち死になっている意味が良く分かる。


「そこまで厳しい生活をさせるつもりはない。今まで通りの生活を……一層で野宿だったか? 丁度大工が雇ったから家を建ててもらえ。その分頑張ってもらうが」


「それで十分です。ありがとうございます!」

 

 奴隷と言う名目で部下にしたかっただけなのに随分と感謝される。普通の奴隷に比べればそうなるのも頷けるが。


「それにしても、いつの間に奴隷に落ちたのでしょうか。重度の犯罪者のみに適応されるはず」


「それは皇帝がいたからな。その程度簡単に捻じ曲げられるだろう。希望を絶つつもりで言うが兄のフル―ンはまるで関心が無い様子だった。だから買い戻すや逃げられるとは考えないでほしい。この奴隷契約書も隠……あれ? イフリーナの署名があるぞ?」


「イフ姉! 寝てないで起きなさい! ちょっと説明してもらうわないと怒るよ!」


 寝ているイフリーナの首元を掴み勢いよく振るが、イフリーナは寝ぼけたまま煩わしそうに手に持つ杖でセルミナの顔を強打。


「むにゃ、フルコンボだドン……」


 どうやらイフリーナはいつの間にか私室に入り込んでいたようだ。

 明らかにお怒りの様子のセルミナはイフリーナを放し、離れて杖を構えた。


「ニブルヘイム!」


 そしてイフリーナを氷漬けにした。


「陛下、私たちは逃げるつもりも愚兄に頼るつもりもありません。イフ姉もある人物を打倒する目標が出来ましたのでここを離れたがるとは思いません。

 それとお聞きしたいのですがランさんから聞いたのですが帝国とは交易を行う方向で話が進んでいるとのこと。帝国に手紙を送ってもよろしいでしょうか。あと確認したいのですが、私たちは筆頭と次席魔法使いということでよろしいのでしょうか?」


 随分と晴れやかな笑顔だが妙に冷たい物を感じた。


「交易が行われるようなら手紙を出すくらい口を出すつもりはない。それと筆頭と次席だが自由に名乗れば良い。今お前たち以上の魔法使いを抱えていないからな」


「ありがとうございます、陛下」


 何か企んでいるような怖い笑みだったが、何となくこっちを向いていない気がした。

 とにかく触らないでおこう。そう決めた。




 セルミナの一件を終わらせ、一層に出てとある場所に向かう。

 魔族語が喋れないと言うことでライルに預け、作業する際に部下として小悪鬼(ゴブリン)を使うことを許可したのだが、どうなっているか。


「良いか! 家建てるにはまずは地ならしだ。てめえらのを見たがあれは酷い! ぶっ壊れやすい! 地面を固めて平らにしろ! 草や石は全部取り除け! ライル!」


「はいはい訳しますよ。大声で言わなくても分かるっておっさん」


 ライルの掘立小屋の近くで作業をしていた。と言っても小悪鬼(ゴブリン)達に石や草を取り除かすよう指示を出しているだけで、大工らしい作業はまだ先だ。

 まあ基礎は大事だ。それに今までろくに技術もなく建てていたのに比べれば随分と本格的な始まりに思える。


「あ、旦那! ちょっとこんなおっさんと同居とか嫌ッス。出来れば女性を、最低でも一人に戻させて欲しいッス」


 ひっそりと隠れて済ますつもりだったのにライルの所為で見つかってしまった。中々に勘が良いな。


「ああ、小悪鬼(ゴブリン)達はそのまま作業を続けるように。ライルそうしてほしいならトドンに魔族語を覚えてもらうんだな。

トドン、とりあえず魔族語を覚えるまではライルに頼れ。それと必要なものがあれば中悪鬼(ホブゴブリン)に言え。優先的に作るよう言っておく」


「おう、ありがとな。しかしここは俺の故郷と全然違うから色々と戸惑うな。噂に聞くエルフの都市見てえだな。木々も多く木材の心配もいらん。一番いいのは鍛冶場がねえってことだ。これなら俺に鍛冶をしろとは誰も言えねえ!」


 ガハハ、と豪快に笑うトドン。本当に鍛冶に関わりたくないらしい。

 後ろではライルは膝から崩れ落ちこの世の終わりとばかりに絶望していた。まあトドンではすぐに言語を覚えることが出来るとは思えない。当分トドンとの同居が決まった。


「この地ならしは豚人(オーク)の方が適任だろう。後ここにいるのは小悪鬼(ゴブリン)だけか。監督役として何人か呼ぶべきだな。建築技術を磨いてもらわないと。ライル、連れてきてくれ」


「……はあ、了解ッス。豚人(オーク)は余裕だと思うッス。花が咲いて喜んでいましたが暇でアリスの姐さんの訓練に混じっていたはずッスから。ただ中悪鬼(ホブゴブリン)は上手く進んでないらしく気が立ってるんで旦那の名前使って良いッスかね?」


 好きにしろ、と答えるとライルは適当な返事を行った。

 それでは本題に入るとしよう。


「さてトドン、私がここに来たのは確認のためでな。私に敵意が無いか、魔族への悪意がないかを確認に来たんだ」


「ん? そんなもんか。んなもんはない! 鍛冶をしろと言うなら暴れるが言わないんだろう? それに敵意悪意向けるならあの馬鹿に向けるわ!」


 口では何とでも言える。まあ、トドンが嘘を吐けるようには見えないが念には念を入れなければならない。

 変身!




 国家群北東に鉱山を抱えた国がある。

 住人のほとんどはドワーフであり、優秀な鍛冶職人を多く抱え、鉱石は武器となり輸出されていく。

 国家群最大の武器庫であり、大陸最大の武器輸出国、ダダラ鉱国。

 王を頂点に三人の側近により方針が決められる。その三人の側近とは。

 国に仕える戦士の中で最も強い者がなれる戦士長。

鍛冶職人の中でも一際優れた腕を持ち人望を持つものがなれる鍛冶長。

そして長く鉱山で働き誰よりも鉱山を知る者がなれる鉱山長。

 ダダラ鉱国に生まれれば誰もが目指す憧れの役職。

 トドンはその役職に憧れ、鍛冶長となったドワーフだった。

 その腕は歴史に名を残すと言われ、王の命で剣聖の持つ剣に匹敵する斧を戦士長である斧帝に作り至上の斧と評された。

 そのトドンが何故ダダラ鉱国を出たのか。原因は王にあった。

 王が戦士長を優遇し、戦士長の言葉だけに耳を傾けるようになった。鍛冶長と鉱山長が揃って反対しても、戦士長の意見ならば王は喜んで受け入れた。

 そして極めつけは末姫の婚約。通常であれば側近である三人に事前に話を通す必要があるのに、知っていたのは戦士長のみ。更に知ればこの婚約は戦士長の勧めによるとのこと。

 鍛冶長と鉱山長は激怒した。末姫はドワーフとは思えぬほど賢く、可憐で、酒を好まなかった。鍛冶長や鉱山長は時おりその知恵を借りたほどであり、何より王も末姫の知恵を借りていた。

 末姫がいればダダラ鉱国は安泰。あの末姫がいたからこそ鍛冶長、鉱山長は王と戦士長の横暴を許せていた。

 それを手放すとは如何なる考えか、鍛冶長と鉱山町が揃って問い質せば返って来た言葉は同盟の強化、そして妾の子であるから。

 前者は理解できた、末姫でなくても良かったが理由としては納得できないわけではなかった。しかし後者は逆鱗に触れることになった。

 ドワーフは血縁よりも同族としての和を、義を優先する。共に飲んだ酒の方が血よりも濃いのがドワーフだった。そもそもドワーフの王族の血とてそれほど正当性があるわけでもない。

 怒り狂ったトドンは二度と鍛冶をしないことを王の前で宣言、王は売り言葉に買い言葉とばかりに追放処分を言い渡す。それをトドンは平然と受け入れ、鍛冶師として受け入れようとする国家群の国々を無視して帝国に着き、魔王に出会った。




 それがトドンの記憶から読み取れたことだった。おそらく鉱山長も何かしたと思われるが、頭に血が上っていた頃の記憶なのでほとんど読み取れなかった。

 そして驚いたことにいつの間にかトドンはクラースと酒を通じて親友になっていたらしい。クラースについて思い出せば酒しか出て来ない。


「お、おい! 俺! 何でそこにいるんだ俺! 魔王は俺だったのか! じゃあ俺は魔王だったのか!」


「おかしな錯乱をしているんじゃない。これは技能(スキル)によるものだ。お前は俺じゃない」


 記憶を読み終え変なことを口走るトドンを元の姿に戻り何とか落ち着ける。


「トドンに一切の敵意、悪意がないことは分かった。これからも頑張ってくれ」


「お、おう? 良く分からんが分かった」


 トドンについてはほとんど嘘を吐けず実直な人柄と分かった。十分だろう。

 後はランとアリスか。


 


「しばらくダンジョンを空ける。国家群へ行く」


 訓練場にいたアリスと魔法の鍛練中だったランを玉座の間に呼び用件を伝える。ちなみに隅には氷漬けのイフリーナがいる。片付けずに帰ったのかセルミナ。


「そのためアリスとランには代わりに頭としてしばらくの間ここを任せる。アリスは今まで通り戦闘指南をしつつ集団戦についても教えておくようにしてくれ。それと南から入ってくる王国の冒険者。一人残らず殲滅できるようなら手を出しても構わん。人族のアリスに判断を任せるのは酷かもしれないが頼んだ」


「任せろ。森に入った以上死ぬ覚悟はあるだろうし気にするな」


 実に頼もしい言葉だ。いざとなればアリスが出張れば大概は何とでもなるだろうし安心だ。


「魔王様、願わくは私も同行を――」


「ランには皆をまとめておいてくれ。ここ最近は不在続きで不安にさせているかもしれん。更に人族が増え混乱があるかもしれない。帝国から客人が来てら丁重にもてないして欲しい。これが頼めるのはランしかいないのだ」


「魔王様のお考えを理解できず申し訳ありませんでした。魔王様の命、全身全霊を賭け務めさせていただきます」


 随分と重く受け取られてしまった。付いてくるのを断るために色々言葉を重ね過ぎたか。そもそもどうやって付いてくるつもりなのか。帝国とは違って国家群は敵国だぞ。魔族だとばらすようなものではないのか。

 

 これでやり残したことはないか。念のために思い出す。セルミナの件も、トドンの件も、魔族について、アリスについ――あっ。


「アリス、そういえばお前魔法の袋を持っているだろう。渡せ。二つ必要なんでな。そもそも返した覚えはないぞ」


「気にするな。ほれ、これで良いんだろう」


 投げ渡された大きめの魔法の袋を掴み、これで準備は終わった。

 行先もトドンのおかげで大分しぼれた。詳細は向こうで情報を集めれば良い。


「明日には国家群に向かう。後のことは任せたぞ」


 はてさて、良い標的がいれば良いが。

 その日は早めに寝ることにした。


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