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第七十三話 帰還

 至れり尽くせりとはこのことだろう。

 会談は上手く行き目的も果たせた。皇帝とは友として親密な関係を築けた。技術の停滞を砕いてくれそうな大工のできるドワーフ、トドンを雇えた。更に交易品のカタログと共に試供品と言って一部をくれた。

 これ以上に無い大成功と言っていいだろう。来る前まではここまで成功するとは夢にも思っていなかった。

 だからだろう、一つくらい運が悪いことが起きても仕方がないと思う。


「魔王様、前方に武装した人族が馬車を止めようと広がっております」


 馬車の屋根で待機していたランからの報告。最初は人がいるだけだったが、近づくにつれ嫌なことばかりが報告される。武装している、薄汚い、そして極め付け馬車を止めようとしている。

 あれか、いわゆる賊と言う奴か。いや、ここは野なので野盗と呼ぶべきだろうか。

 馬車で突破できれば良いが、そこまで重装な馬車でもなく馬が傷つけば終わりだ。


「上の蜘蛛のねーちゃんは何て言っているんだ?」


「前方に恐らく敵がいるとのことだ。戦闘になるだろうな。すまんが馬車を止めてくれ」


 とっと行って『重力』で潰してくるか、と思ったが俺よりも早く馬車を降りる者がいた。

 リンだ。

 勢いよく飛び降りるとそのまま武装集団へと突撃していった。


「何故?」


「リンは魔王様の護衛ですので当然です。あの程度魔王様の手を煩わせるまでもありません。まあ、リン自身魔王様に腕をお見せしたいと言う部分もありましょうが」


 人数合わせのつまりで連れてきただけだったのですっかり忘れていた。護衛と言う名目だったな。それなら俺が戦ってはリンの仕事を奪うことになるな。……戦わなくて良かった。


 接敵したリンは一突きで手前の男の喉を突き横に払う。それと同時に尾を払った玉の方に叩きつけ牽制。怯んだ敵にそのまま突撃し見事に蹂躙して見せる。

 戦闘は瞬く間に終わり蹂躙も早々と終了した。


「シャアァァ!」


 逃げ出そうとして背を向けて男たちの屍の中心でリンが吼えた。もしかして溜まっていたのだろうか。

 それがまるで合図のように、すぐ横の土が盛り上がると地面から男が飛び出してきた。

 ナイフを構えまっすぐこちらへと向かってきたが。


 ダンッ!

 

 頭から地面に叩きつけ真っ赤に染まる結果に終わった。

 男が出てきた時点で馬車と男の間に『重力』を発動させておいた。そこに男が頭から突っ込み地面と同化した。


「ファイアボール」


「ぎゃあああ!」


 俺が見ていた反対側からはランが魔法とおそろしい悲鳴が聞こえてきた。

 見れば男の手と背中に糸が引っ付き地面から離れないようになっていた。そこに頭にファイアボールをぶつけたのか、頭だけが轟々と燃え続け男は喉が焼けたために声にならない悲鳴を上げながら息絶えた。


「これは御見苦しい所魔王様。魔王様の様に手際よく片付けられず恥じる思いです」


「馬車に近づく前に黙らせたんだ。十分だ。しかし随分と計画的だな。リンの方が囮、というか足止め役。両脇から出てきたのは馬車を襲う本命か。地面に潜っているなどまるで暗殺者だな」


 野盗と暗殺者。しかも計画的とあれば裏に誰かいるんじゃないかと勘繰りたくなる。

 ランに周囲に敵がいないか確認してもらい、馬車を下りて襲撃者から持ち物を剥ぐ。

 衣服はいらない、臭い。武器はどれも手入れを怠っていたのか錆びついていたり刃が欠けていたり使い物になりそうにない。でももらう。無いよりはましだ。他の持ち物は、紙? 血塗られていて良く分からない。後で読めるか努力してみよう。

 結局リンが相手をした男達から質の悪い武器を、両脇から出てきた暗殺者のような男達からは切れ味のいいナイフを貰った。

 

「何じゃい、随分と酷い武器じゃのう。そんなもんを持って帰るのか」


「うちは物資が乏しいからな。活用できそうなものはもらうしかない。それとこの紙に何て書いてあるか読み取れるか」


 馬車に武器を詰め込み、ランはまた見張りのために屋根の上に、そしてリンも迅速に対応できるように屋根に上った。

 恐らく馬車の仲より屋根方が狭いことになっているだろう。

 少ない戦利品を整理しながらトドンに血塗られた紙を渡す。残念ながら俺では読み取れなかった。


「こんな血だらけのもん読める分けねえだろうが。だがどっかで見た模様だが。どこだったか、……ハッ! 全然違う奴だったわ!」


 豪快に笑うトドンに、俺は溜め息を吐いた。

 もはや価値のなくなった紙を手放す。


「しかし驚かんのか。人族を殺しているのだが」


「ハッ! あんな連中を殺してどうこう言う奴はいねえな。むしろ感謝されんだろう。まあ、ケツのでかい蜘蛛のねーちゃんが火出して頭焼いたときはビビったがな!」

 

 ガハハ、と笑っていると上からドンと抗議の一撃。トドンは不安そうに焼かれない? と聞いてきたので保証はないとだけ答えておいた。


 それからアンダルに着くまでトドンはずっと怯えたように黙っていた。




「ただいま戻りました。魔王は馬車を返却したのちに早々とオワの大森林に帰って行きました」


「ご苦労、しばらく休んでくれ」


 御者を任せていたほっと胸を撫で下ろす。

 一応ムスタングの方とも連絡を取っているが、もしあの魔王の機嫌を損ねれば最も危ういのはこのアンダル。アンダルのギルドマスターとして臆病なくらいに慎重でなければならない。

 これで当分は安心と言える。これからはひたすらムスタングとオワの大森林の仲介に徹すれば良い。前に比べれば心労は増えただろうが、今に比べれば微々たるもの。

 しばらく休める、と思ったのに御者の男が中々出て行かない。


「実は、いくつか報告したいことがありまして」


「報告書なら休んでからでも……いや、聞こう」


 御者を任せたのはこの男が優秀だからだ。冒険者の中でもかなり勘が良く、また礼儀正しい。


 報告は二つ、魔王の乗る馬車が賊の襲撃を受けたが易々と撃退した。血まみれの紙を馬車内部に捨てて行った。

 一瞬意識が飛びそうになったが何とか立ち直る。ファース辺境伯の政治手腕は見事の一言に尽き治安もすこぶる良い。だからと言って賊がいないわけではない。その賊が魔王の馬車を襲うとはもはや哀れとしか言いようがない。

 それについて魔王は気にも留めていなかったらしい。魔王からすれば賊程度気に留める理由にもならんのだろう。


 だが次が問題だった。

 血塗られた紙。真っ赤に染まった紙は文面など読めるはずもなく白い部分の方が少ない。だがその白い部分が問題だった。

 模様だ。帝国が公文書などに使用している紙には四隅に模様が入っている。模様は発行者の地位を示す。皇帝なら皇家、貴族ならそれぞれ家の、貴族の下で働き作る場合は貴族が指定した模様を使う。

 そして今掴んでいる紙の隅に僅かに見える模様は貴族の下で働く者の模様。

 この模様を使えるのはこのアンダルではただ一人。


「今すぐ代官を連れて、いや監視しろ! 逃げ出そうとしたら拉致監禁していい。 ファース辺境伯宛てに早馬を出せ! 今すぐだ」


「すみませんが私は一人なので全ては……。早馬の件は引き受けますので、監視役についてはそちらで手配してほしいのですが」


 手紙は手早く事情だけを書いて血塗れの紙を同封する。言葉足らずかも知れないが恐らく通じる。次は監視役だが大々的に募集は出来ない。こんな時にダンがいれば。出て行ってしまったことがここまで悔やまれるとは。

 とりあえず信頼できそうな冒険者何人かに直接声を掛けよう。大々的に募集しては代官にばれる。


「信頼できる冒険者候補を上げて……」


「はーい、ここにいますよ」


 魔王が一時的とはいえ、現れたことでアンダルの冒険者ギルドは現在閑古鳥の合唱状態。とはいえ居ないわけではなく、優秀な奴は宿屋など一時休養しつつ情報を集め、逃げるならどこに逃げるか攻めるならどこに需要があるか探っているはず。

 そこでまだアンダルにいる冒険者、更に信頼できそうな奴を上げてもらおうと思ったが。

 現在冒険者ギルドで働いている職員は頭のおかしい婆さん一人。


「一人でやる!」


「は~い」


 人材不足、ここまで泣きたくなる状況になるとは思わなかった。

 これが終わったら浴びるほど酒を飲んでやる。


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