第七十二話 秘密交渉
交易の試供品を乗せたい、と言うことで魔王には少し待ってもらっている。
しかしまさか自分で大工を見つけてくるとは、私の先程までの労力が。
魔王が街を見ている間にまとめた大工の一覧。使うことなくゴミとなった。
しかしこれが最良だったとも思える。まとめるついでに人柄について簡単に調べたが、魔王に付いて行くような度胸のありそうなのは居なかった。
あのドワーフも寝ぼけて酔っぱらっていた所に勧誘の話が来たらしい。実際それくらいしないと魔王の下で働こうとする人族などいないだろう。
今は別件に力を入れないと。
「ああ、そこのあなた。すみませんがこの薬を旦那様に持って行ってください」
今頃辺境伯の胃は大荒れだろう。しかし今は相手をしてやっている暇はない。
試供品はすでに集め終わっている。しかし馬車に乗せるのはもう少し後だ。その前にすることがある。
「お越し頂きありがとうございます。私ファース辺境伯に仕えております執事のクラースと申します。お名前を頂戴してもよろしいでしょうか」
「ご丁寧にって言うべきなのか。鍛冶ちょ……いや元の話だ止そう。ただのドワーフのトドンだ」
出来れば元の経歴について触れたいが彼とは今後のために友好な関係を築く必要がある。下手に踏み込んで癇に障るようなことはしたくない。
しかしドワーフと言う種族は非常にありがたい。関係を築くのに苦労をしない。
「それで何の用だ?」
「少し頼み事をしたく。ああ、聞いておきたいのですが魔王様の下で働くことに何ら異議はないということでよろしいですか?」
「何だ確認か。ま、分かるがな。帝国はあの魔王と関係を築くんだろ? そりゃ素性の知れん俺を行かせるのに気になるのは分かる。だが安心せい。こっちも人の目に着くところに居たくなかった。渡りに船だったんだよ」
一瞬犯罪者なのか、と考えたがトドンはすぐにこちらの視線気づき否定するように手を振った。しかし詳しく説明しようとしないと言うことはあまり話したいことでもないと言うことか。
「分かりました。それで頼み事なのですが月に一度で良いので私に手紙を書いてくれまえんか。近況についてで良いので」
「ああん、良く分からん頼み事だな。文通でも趣味なのかい」
分からなくて結構。下手に悟られる方が逆に面倒だ。
それにドワーフ相手にのみ使える魔法の言葉と言うものがある。
「お礼にお酒でよろしいでしょうか? そういえば魔王様の場所ではお酒を造っているのでしょうか? 作っていないと交易頼りになってしまいますね。しかし魔王様はお酒を飲んだことが無いとすれば交易の品に上がるかどうか。誰かが指摘しませんと」
「良し分かった手紙を書きゃいいんだな。月一だろうが週一だろうが受けてやるぜ」
魔法の言葉は何と偉大か。私は嗜む程度にしか飲まないため、トドンの気持ちは分からない。ただ、何で受けるといった気概は感じられた。
ありがとうございます、と言ってこちらが出せる交易品が載っているカタログに酒の項目を追加する。勿論トドンに見えるように。
「それではこちらを魔王様にお渡しして置いて頂けますか? 私はこれから他に用事がありますので」
「おう任せな酒の友よ。お前の為なら何でもやってやるぜ!」
トドンはそのカタログを持って歩いて、いやあれは走っているつもりだ。致命的なまでに遅いが。
これで私が出来る範囲で魔王の近況を知る手段は出来た。後は辺境伯なり皇帝なりに任せれば良い。
その後、待機させていた使用人に試供品を運ぶように指示を出し、辺境伯の具合を見に行く。
「あのドワーフはお前が手配した者か」
出会って早々私を疑う発言。
「そのように疑われるとは、今まで忠節を尽くしてきた私にあんまりではありませんか?」
およおよ、と泣く振りをしておく。
「ふん、お前が忠節とは笑わせる。それでどうなんだ」
「普通に考えてください、無理に決まっているでしょう。あの短時間で出来たのは大工をリストアップするだけです。魔族語が出来る者などまず居ませんし。まあ胃薬を手放せない辺境伯が普通かと言われれば違うので安心してください。普通に考えるなど求めておりませんので」
あのドワーフは魔族語を話せるのだろうか。まあ、必要に駆られれば覚えるだろうし、魔王が居れば問題もないのかもしれないが。
何やら眉間に皺を寄せて何か言いたげな辺境伯、畳み掛けるならここと判断する。
「それにしても執務室に戻られてよろしいのですか旦那様、外では魔王と皇帝陛下がいると言うのに」
「あの方々は私の理解の範疇を超えて仲が良くなったらしいので問題ない。むしろ私がいても迷惑だろう。それに魔王にこちらが出せる交易品のカタログを渡さないといけない。しかしどこに置いたか」
つまりハブにされたと。ああ、御労しくない辺境伯。皇帝と魔王の隣に辺境伯は見劣りするのも仕方がない。それと。
「カタログでしたらすでに魔王様にお渡しするようにしましたよ」
「なっ! 何を勝手な」
「それと元々入っていた酒の項目を抜いてドワーフとの交渉材料に使わせていただきました。月に一度こちらに近況報告して下さるそうです」
怒りたいが怒りにくい。そんな状況だろう。恐らく辺境伯は自ら渡して魔王の心象を良くしようとしたのだろう。悪い手ではないが、私の手に比べると実が少ないと言える。
つまり文句は言えない。
「試供品の荷運びが開始されたはずですからそろそろお戻りになられた方がよろしいのでは?」
「そうだな、さすがに見送りには行かないと。さすがにもうイレギュラーは起きないだろうな」
「私が起こしているわけではないので。そもそも私が起こしていたらイレギュラーではありません」
私自身あまり仕事を増やされたくないし、行った仕事を無意味にするなどして欲しくないのだ。想定内で終わって欲しいと願っているのは辺境伯だけではない。
「なら行くぞ。お前も参列しろ。あの魔王お前を気に入っているかもしれないからな」
「光栄の極みにございます」
このまま何事もなくダンジョンに戻って欲しい。
叶わず何か被害が起こることがあっても辺境伯だけで済むようなものにして欲しい。




