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第六十九話 会談終了


「やあ、遅かったな皇帝陛下」


 その一言でこちらに傾くはずだった形勢が一瞬にして魔王へと傾いた。

 こちらの計画では辺境伯が交渉相手と魔王に思わせ、突如皇帝を出して交代、相手を混乱させつつ最高の札で主導権を握る。混乱せずとも皇帝は交渉に長け振るえる権力も辺境伯に比べれば段違い。今回の会談の中心にはなれたはず。

 それを魔王はたった一言で潰して見せた。皇帝が現れたことに一切驚かず、まるで知っていたかのような対応をして見せた。

 

 見た目や存在に恐ろしいとは思っていたが、こと交渉においても思わせるとは。私は一刻も早くその場から逃げたくなった。

 会談において遅れるというのは失礼に当たり、交渉などでは攻撃材料になりうる。

 通常であれば皇帝がやや遅れようともそれを指摘できる貴族はおらず、せいぜい皮肉程度で終わるだろうが、それはあくまで帝国内での話。

 魔王はどの位置に置かれるべきか。王と付くが国はない。しかし支配しているオワの大森林は国家群に点在する都市国家を軽く上回り、伊達に大陸最大の森林と呼ばれていない。

 つまり国はないが、国の代わりはある。他種族を配下に加えているのを見る限り十分王と言える。対外的に皇帝と同等と見ることが出来る。

 皇帝と同等なら遅れてきたことを攻撃材料に出来る。

 これだけで十分手痛い札を取られたと言うのに、魔王はまるで皇帝がいることを知っていたかのような態度だったことも忘れられない。

 あれはブラフなのか、それとも魔王の情報収集能力は皇帝の存在を掴めるほどなのか、これが分からない以上下手な手を打てばあっさりと反撃されるのは目に見えている。


 情勢は最悪。それが分からない者などこの場には居ない。……あの次席宮廷魔道士あまり分かっていなさそうに見える。戦力外と記憶しておく。

 

「つい先程到着したのでな」


「そうなのか? てっきり市井を見て回っていたのかと思っていた。最近ダンジョンを見て回ることが多くてな。実際に目を通さないと困るだろう?」


 皇帝は何とか遅れたことをうやむやにしようと魔王はそれを許さない。明らかに皇帝が今来たとは思っていない態度。更に皇帝と魔王を同格に見せようともしている。

 このまま進めても振りは歴然。それにこのような息苦しい場には長居したくないので、一度仕切り直しつつ逃げさせてもらう。


「失礼いたします。ノブナガ様、受け取ったトツトツ、あの鋭く尖った植物の実です。あれはどれほど茹でておけば良かったのでしょうか? 聞き忘れておりました、申し訳りません」


 トツトツ、という名称を知らなかったのか一瞬首を傾げたのですぐに補足を入れた。すると理解したようで忘れていたとばかいにもう大丈夫のはずと言う。そして出来れば持って来て欲しいと。

 これで何とかこれ以上魔王へ形勢が傾くのは阻止できただろう。これ以上は皇帝と辺境伯の仕事、一度休憩ということで場を止める。

 その後、すぐに部屋を出る。トツトツを持ってくると言う理由もあるが、それ以上にあの部屋には留まりたくなかった。


 茹でられたトツトツの実は茹でる前に比べると若干色が落ちたような気がした。

 しかしそれだけだ。

 これがいったい何に使われる者なのか見当もつかず、どう魔王まで持っていけばいいのか。

 トツトツと言えば投擲するもの。しかしこの実には投げるに適した大きさだが、それなら石でも投げれば良い。

 染料にも見えない。湯も僅かに濁っただけで色が付いたとは言えない。それに染料に使うなら複数必要なはず。

 

 分からないので籠に入れて持っていく。念のために街から集め同じように茹でておいた物も持っていく。

 早速戻り、魔王に渡され茹でたトツトツの実だけを籠に入れ、残りは別の籠に残しメイドに渡して廊下に待機させる。

 後は中の様子を探り、入れば良い。


「――そのため貴族が減り、降伏した貴族、王族は公爵などの地位を与え帝国の一員とした。そのため度々視察に行くことにしている。帝国を裏切り国家群に加わり独立、などということもあり得ないわけではない。目を光らせねばならんのだ」


 どうやら前の戦争とそれに関連する話をしている様子。これなら入っても問題はない。


「失礼いたします。魔王様、こちらご用命いただいたトツトツの実を茹でたものになります」


 ノックの後に入りすぐに籠を魔王に渡す。


「ありがとう。ふむ、やはり思った通りだな。……で、ナイフは?」


 何か確認するように実を回し見て、納得するとナイフを所望する。どうやら食べられるらしい。見た目ではとても食べられそうにないが。

 万全を期したので当然食器のナイフも持ち合わせてある。すぐに渡すが。


「あ、うん。こっちか。皮を剥ぎたかったのだが……包丁とかはないか」


 そちらは想定していなかった。というよりも会談に刃物を持ち込むことは危ういと判断して持ってこなかった。

 一瞬近衛団長が懐から何かを出そうとしたが、それを目で抑える。魔王の誘導かもしれない。乗られては困る。

 仕方ないと魔王はナイフで実を割る。見えたのは黄色い断面。

 それをナイフでくり抜いて一口。歯があるのかないのか知らないが、味わうように咀嚼しているように見える。

 そして何故か頷き、もう一つの割れた実から同じようにナイフでくり抜くと。


「食べてみろ」


 私に渡された。……これは毒味になるのではないだろうか。

 非常に残念なことにこの場にいる人は皇帝、辺境伯、近衛団長、次席宮廷魔道士、私より地位が高く帝国には居なければならない存在。

 まさか辺境伯の執事になって毒見をすることになるとは。


「ありがとうございます」


 笑顔のまま覚悟を決め、口に放り込む。噛めば口に広がるのは苦み、しかし徐々に苦みが甘みに代わる。


「思ったより苦いだろう? 食える代物ではあるが」


「苦いですね。しかしこの苦みが一層甘みを引き出しているように思えます」

 

 トツトツにこのような調理法があったとは。というよりもトツトツに実があるのを初めて知った。

 魔王は残った一つの実を割ってそれぞれ女郎蜘蛛(アラクネ)蜥蜴隊長(リザードコマンダー)に食べさせる。


「しまった。そちらにも渡すべきだったか。元々確認のために渡しただけで複数持ってこなかったのがらな」


「それでしたらご安心ください。こちらで用意しております。入ってきなさい」


 外で待機させていたメイドを入室させ、その間にそれぞれにナイフを配っておく。


「さすがクラースだな。しかし食べられるのは見ていて分かったが、これが本当にあのトツトツなのか」


「ありがとうございます、皇帝陛下。トツトツを割ると中に実が二つほどございます。それを魔王様の指示通り茹でたものがこちらになります」


 ふうむ、皇帝は興味深そうに眺めナイフを入れる。皇帝が食している物に比べれば劣るかもしれないが、味自体は珍しいので悪くはないだろう。


「帝国にはこれが生えているのだろう。羨ましい限りだ」


 トツトツの実を口にし放った魔王の一言。このトツトツが魔王の罠なのだと今になって気が付いた。

 帝国には肥沃な土地は少なく慢性的な食料不安を抱えている。これは皇帝ですら未だ友好的な政策が打てていない。しかしこのトツトツの実の調理法があれば大幅に改善される。

 トツトツは投げて魔物、魔族を安易に撃退できると商人、子供などが複数持っている。更に貧しい家庭であれば商人に売りつけるために蓄えていることもある。

 それらが全て食料になるとすれば、トツトツの栽培が出来れば帝国にとって大きな益となる。

 それを魔王は札として隠し持ち、気づかれないように切っていた。

 気付いたときにはこちらはトツトツの実の調理法を知り、大きな借りを作ってしまった。

 これは魔王が提案した交易を無条件で受ければ良い、では済まない。

 交易は双方に益がある。トツトツの実の調理法はこちら側のみの益であり、借りを返すのであれば魔王のみの益を返さなければならない。

 それが何なのか。皇帝はどう対処するつもりなのか。会談に口を出せないながらも恐ろしい限り。


「魔王殿のおかげで中々に美味しい会談になりそうだ。このまま気楽に進めたい……そうだった。帝国の話をして自己紹介をしていなかった。私はギルフォード・ギルア・ギルバード、帝国皇帝だ。偉そうに聞こえるが実際そうだ。後ろの二人は近衛団長のバン・バララムと次席宮廷魔道士のフル―ン・ヘルベートだ」


 次席、と言う言葉にフルーンが僅かに動きを見せたが止めて欲しい。何がきっかけになるか分からない状況なのだ。


「最初にしたから忘れていた。オワの大森林魔王ノブナガ、後ろにいるのは女郎蜘蛛(アラクネ)がラン。蜥蜴隊長(リザードコマンダー)がリンだ。しかしヘルベート、どこかで聞いたような」


「それはきっと手元の紙を見れば分かる」


 魔王の手元にある契約書、そこ書かれているのは魔王の名前と、奴隷の名前。イフリーナ・ヘルベートとセルミナ・ヘルベート。


「良いのか? 兄妹ではないのか」


 さすがの魔王もこれには驚いた様子。私も最初は驚かされた。何せ。


「いらん」


 まるで他人。いやそれ以下のような扱いをしているのだ。まあ私も親族が生きていれば同じだったかもしれないが。

 魔王もそんなフルーンの態度から何かを感じとったのか、何か考える仕草をして。


「苛烈な扱いをしないことを約束しよう」


「知らん」


 どちらが魔王なのか。しかしおかげで魔王の性格が少しは掴めた。フルーンの言葉遣いに怒る様子もなく、奴隷の身の安全は保障するのだ。伝え聞く魔王とは大きく異なり温和と言える。

 

「はっは、こやつは主席宮廷魔道士になる以外はどうでも良いらしい。まあ政治を理解し、事務作業を素早くこなせん内は無理だがな」


 初めて聞いたとばかりに驚くフルーンを余所に、皇帝と魔王は早々に雑談から会談へと移って行った。


「魔王殿は交易を望むか。見た所ワリの実も蜘蛛人(アルケニー)の糸も何ら問題ない品だった。辺境伯も喜んで受けるだろう。そのためにいくつか聞きたいのだが、魔王殿は帝国と交易を望むのか、それとも辺境伯領のみと交易を望むのか」


「辺境伯領のみだ。配下がきちんと交易を理解できるかも不安であり、初の試みであるため慎重を期したい。またダンジョン周辺に多くの人族を近づけることはしたくない。他にも需要がどれほどあるか分からないが、需要が追い付くとは到底思えないなど理由は様々」


 恩を売り損ねましたか。皇帝の権力を使えば帝国全土に交易路を築くなど容易。そこから恩を積んで貸しを返済しないと怖いのですが。

 しかし魔王も侮れない。皇帝の甘言に乗れば供給が間に合わず違約金、もしくは供給を高めるためにオワの大森林を禿げさせることになったはず。そうすれば帝国が魔王を討つなど容易くなったはず。


「なるほど分かった。それともう一つ、アンダルの話になる。アンダルは知っての通り冒険者の街。知っての通りほとんどの冒険者はオワの大森林に入り生計を立てている。彼らがオワの大森林に入るのを許可してくれるか」


「……拒否する。先ほども言った通り今はダンジョン周辺に人族を近づけたくない。更に配下を襲う可能性もある。帝国がその時は責任を取るか? 取れないので到底許容できることではない。ただオワの大森林の素材を求めると言うのであれば資料と目録をくれ。交易の品に入れよう」


「責任か、国としては取れんな。しかしそうすると雇用がな」


「雇用問題はそちらの問題。しかしそうだな、大工など技術職であれば受け入れたい。出来れば魔族語が話せると嬉しいのだが」


 僅かに見せた魔王の隙、皇帝が目配せをしたのですぐに頷く。条件としての魔族語を話せるは中々難しいが、魔王の懐に潜り込ませる好機。逃す手はない。

 この会談が終わった後にすぐに候補を上げ、魔族語が話せないなら叩きこむ。魔族語の資料も取り寄せる必要が出てきた。


「それだけでもしてくれるとありがたい。ではオワの大森林はファース辺境伯領とのみ交易を行い、オワの大森林は交易関係者のみ立ち入り禁止。他に付け加えることは?」


「……ないな。それにしても皇帝がいてくれて助かった。実は一つ頼みがあってな、辺境伯では難しいと思っていたんだ」


 会談も大詰めと思い羊皮紙を用意しようと思った矢先、魔王の一言に顔が引きつりそうになる。貸しを作ったのだ、返してもらおうとするのは分かっていた。しかしここまですぐに来るとは。


「辺境伯でも難しいことか? すぐに返答できぬだろうが、聞こう」


「軍事演習をしてほしい。出来れば国家群の国境近くで」


 演習、先代の所為で残る忌まわしき思い出。しかし何故魔王はそれを望むのか。暗にこちらの手の内を明かせとでも言っているのか。国境付近となれば国家群の目もあり国家群にも手の内を明かすこと鳴ってしまう。


「なるほど、軍事演習か。理由を聞いても良いか。何故それを求めるのか」


「時間稼ぎと牽制をして欲しいだけ。その間に手を打つつもりだから」


 わざと曖昧な言い方をしているのだろうが、相手は分かる。軍事演習と言う言葉が出てから現れた言葉、国家群。時間稼ぎと牽制はどういう意味なのか。国家群で何か動きがあったか思い出せば該当しそうなのは保存の効く食料が高騰し始めていた。

 てっきり後一、二か月で収穫の為、いつもよりもやや高い値上がりと思っていたが、もしそれが軍を動かす準備だとしたら。

 それに魔王が対抗策を練っているのだから向かう先はオワの大森林。ここで魔王の言う通り軍事演習を行えば、国家群の帝国寄りの国は手元に軍を残す。オワの大森林には向かわない。

 兵が減れば他の国が受け持ちで荒れるだろう。あそこは公国が盟主と名乗っているが発言力は皆無。魔王の言葉通り時間稼ぎになる。

 この要求を受ければ魔王は国家群の連合軍をどうにかできる、そう考えていることになる。

 選択肢は二つ。

 帝国の敵、国家群を取るか。

人族の敵、魔王を取るか。


「その軍事演習はどれほどの規模を望んでいる?」


「別に辺境伯の持っている兵だけで良い。軍事演習を行ったという事実だけで良いんだ。出来れば早い内を望むが」


「ふむ、ファース辺境伯構わないな? その頼み受けよう」


 考えるまでもない。国家群は旧来の敵であり、目の前の魔王は先程会ったばかりで友好的な魔王なのだ。

 出費が増えるのが痛手だが。


「それで軍事演習についてはファース辺境伯に任せよう。交易については、交易を約束し価格、日時など細かい所は後日でよろしいかな?」


「そうしてくれると助かる。会談は初めてで緊張した」


 声から察するに朗らかに言っているのだろうが、表情の所為であまりに分かりにくい。更に後ろの魔族など緊張していた様子など一切なかった。


 その後、晩餐を勧めたが断られた。あまりダンジョンを空けたくないらしい。しかし。


「市井を見せて良いか? どのような街か見てみたい」


 最後の最後に大仕事を作ってくれた。


「魔王殿がみるなら私も見て回ろう。ファース辺境伯の統治を知るには良い機会だ」


 本当に大仕事となった。


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