小話十一話 魔法VS剣
セルミナが、我が妹が映像を映す壁に向かい、両手に杖を持って筒を叩いている。それも一心不乱に。
魔王のそばにいた所為で壊れてしまったのか、もう少し優しくしてやるべきだったのかしれないとほんの少し思う。
今からでも遅くはないはず。何やらコンボ、だとかノルマ達成、とか映像を映す壁が言っているが知らん。セルミナに抱きついて優しさを感じさせる。
殴られた。だから殴り返した。そのまま肉弾戦となった。
何故だろう。
「イフ姉! 次はやったら許さないからね」
どうやらセルミナは遊戯をしていたらしい。それも魔王やアリスがいない時にしか出来ないものらしい。そう考えるとかなりレアだな。
しかし今はそんなことはどうでも良い。
辺境伯から魔王へ、二度目の郵送を終え、ようやく晴れて自由の身かと思えば待っていたのは魔王からの待機の一言。
どうやら魔王は帝国に出かけるようだが、今後も帝国と手紙のやり取りをする可能性があるので残って欲しいとのこと。
私は郵送屋じゃない。攻撃してやろうかと思ったが、前にして無意味だったこと覚えているのでしない。それに魔王は出かけるのだ。その隙に逃げ出せばいい。
「無理だよイフ姉。諦めた方が良い」
と思っていたのにまさかのセルミナに否定された。まさか魔王の下が良いのか。
そう言うと何故か恨めしそうに、十日の期日を破った、おかげで粘液生物に、など意味の分からないことを言われた。
十日は目安だし、その内に戻ると約束した覚えがない。粘液生物如きなんだと言うのだ。松明で退治できる存在だぞ?
不機嫌なセルミナの機嫌を取り、何とか否定した理由を聞いた。
「イフ姉はまだここがどんな場所なのか分からないから仕方ないかもしれませんが、ここからの脱出は無理です。
まずダンジョン入口を群犬と蜥蜴人が守っています。魔王陛下から私たちがここで待つように言われているのを知っているはずです。
更に、それをどうにかして外に出ても眼前に広がるはオワの大森林。しかも群犬が外からの襲撃に備えて警戒網を張っています。それをどう潜り抜けるんです?」
「燃やし尽くす」
「魔王陛下に殺される前にアリスさんに殺されるので止めてください」
アリス、あの女剣士か。認めたくないがあの女は私より強い。不意でも使い限り勝てる気がしない。だが。
「セルミナが協力してくれれば殺れる」
「殺れないです。諦めてください。イフ姉はアリスさんの強さを知らないからそんなことを言えるんですよ?」
たかが上級剣士だろう? 確かにレベル差が三十以上あるが、近づかれない限り剣は届かないだろう。
「それに杖だって魔王陛下に取り上げられたままでしょう。ここから逃げるとなれば着の身着のまま無一文。杖なんて高級品、当分買えませんからね」
ぬぐぐ、痛い所を突かれ歯を食いしばるが現実は変わらない。私の持ち物は全て魔王に盗られ、セルミナも取り返したのは杖とローブのみ。
このまま逃げるにしても帝国には帰れず行先は国家群か、王国。逃げられれば上級魔法が使える魔法使い。高額依頼など待っていても飛び込んでくる。
しかしそれは杖のあるセルミナのみ。杖が無ければ私は上級魔法を安定して出すことは出来ない。
そして何よりセルミナに、妹の世話になる状況になるのが嫌だ。姉としてそれだけは嫌だ。
ならどうするか。簡単だ。
「取り返すか」
「魔王陛下はいませんよ」
「いないから取り返す好機なんだろ? 魔王が杖やローブを使っていたか? 取り上げただけならどこかにあるはずだろう。それを探し出して取り返して逃げる。完璧だ」
「穴だらけにしか見えませんけどね……」
そう言っても何だかんだで付いてくるセルミナ。やっぱり私に期待しているんじゃないか。
これは応えてやらねば。
魔王の私室から出て早速魔法の袋を探す。以前セルミナが私のローブとセルミナのローブを交換しようとしたらしい。当然セルミナは断ったが、その時に魔王は魔法の袋からローブを取り出したらしい。
勝手人の物を、と怒りつつも魔王の玉座の周辺を探す。魔王は大抵この辺りに置いているらしい。通常サイズと大きなサイズの二つ。魔王は出かける際に通常サイズだけを持っていたので、大きい方が残っているはずだが。
……ない。ない、探してもどこにもない。まさか魔王が私たちの行動を読んで隠した? 中々やるな。
「イフ姉、魔法の袋ですが探してもないですよ。アリスさんが訓練で使うと言って持ち出しましたから」
「それを早く言え。さあ、アリスの下に行くぞ!」
勢いよく外に飛び出すが、良く考えたらアリスの居場所何て知らない。とりあえず適当に歩けば着くはず、と思い走ろうとしたがセルミナに引き止められ先導してくれることに。
さすが私の妹だ。
アリスがいるであろう場所に着くと群犬と蜥蜴人が集団で争っていた。しかも群犬が少しおかしい。
盾を構え列で備える蜥蜴人に対し、群犬は集団で円を描くように走り蜥蜴人に接触、削るように押し込んでいく。
「何をしているんだ」
私よりここの滞在期間の長いセルミナに聞くが、知らないらしく首を傾げられた。セルミナの話では基本は素振り、実践。あのような集団での戦闘訓練は見たことが無いと言う。
そんな話をしている内に群犬の円に蜥蜴人が飲み込まれてしまった。
これは群犬が勝ったと言うことで良いのだろうが、私たちはどうすれば良いのだろう。
アリスに会いに来たのに蜥蜴人と群犬による集団での戦闘訓練を見つけてしまった。
本当ならこの蜥蜴人か群犬に話を聞けばいいのだろうが、残念ながら魔族語は分からない。セルミナの話では女郎蜘蛛に人語が分かる奴がいるらしいが、それは魔王に付いて行ってしまった。
どうしたものか、セルミナに相談しようかとした時、集団の中に突如アリスが降ってきた。
「まあ中々だった。個々の戦闘能力では蜥蜴人の方が上だがそれを覆した。恐らく南に出没している王国の冒険者相手には十分だと思うぞ。ただ移動速度が遅いから逃げられたらどうするかだな。そこの二人、何か意見はあるか」
何か蜥蜴人と群犬に言った後に、こちらに目を向けた。どうやら気づかれていたらしい。
とりあえずその集団に近づき、ええい見るな、魔法使いだから接近される前に決着を付けるため近くに魔族がいると落ち着かなくなる。
話によるとどうやら先の集団戦闘に付いて意見が欲しいらしい。面倒そうなのでセルミナに振っておく。
「ええっと、その前に聞いておきたいのですがどうして群犬はあのような動きを? いえ、初めて見る動きだったので」
「ああ、あれか? 魔王の発案だ。王国の冒険者対策に魔王が出て行く前に口頭でこのような訓練をしておけと。円を描いて当たるだったか? 車懸りと言うらしい」
あのハニワみたいな魔王がな。中身が無さそうな顔をしていたが相当賢いのだろう。
しかしそれならなおさら不思議だ。
「囲めばいいだろう」
ファイアストームしかり、ファイアバードしかり強い攻撃とは相手を囲むか包むものだ。魔王は普通に耐えていたがあれがおかしいだけだ。
ふむ、とアリスは悩む素振りを見せ、群犬に何かを伝えた。そして始まる二回目の集団訓練。
方陣で対抗しようとする蜥蜴人に対し、その周囲を回り続ける群犬。
しかし私はそんな戦いに興味はない。
「アリス、魔法の袋を持っているな? その中に私の杖とローブはないか?」
「ん? どれどれ、あったな。返してほしかったのか。ほれ」
魔法の袋から見慣れたローブと杖が取り出され、投げ渡された。……あれ、綺麗になってないか。
まあ良い、これで目的は果たした。後は邪魔者を排除するだけ。
すぐに小走りでアリスから距離を取る。すぐにセルミナも気づいて私の後を追ってくる。何やら手を伸ばし何か言っているが最優先するのは敵の撃破。
ある程度離れてアリスに杖を向ける。人だから、久しぶりだからと言って手加減はしない。
私はセルミナを連れてここから脱出するんだ!
「ファイアバード!」
魔王は耐えたが人が耐えられるわけがない。
生み出された火の鳥は進路上の邪魔な木々を瞬時に燃やし尽くし、アリスに向かって飛んでいく。
魔王の配下となったことを恨め!
信じられないことが起きた。火の鳥が真っ二つに斬られた。
当たる直前まで、確かにアリスは剣を抜いていなかった。だが気が付いたときにはアリスは剣を抜いて火の鳥を斬っていた。
一瞬ありえない光景に呆けてしまったが、まだ終わるわけにはいかない。
消えかけている半身の火の鳥の魔力を送り再構築。大きさは半分ほどだが数は二つ。挟み撃ちで再度アリスに向ける。
魔力を使い切った最後の攻撃、だと言うのにアリスはあっさりと火の鳥を両方とも斬ってしまった。
魔力を大量に消費した疲労、再構築と言う繊細な作業をしたために来る精神的な苦痛、そして何より自信を持って放った魔法があっさりと破られたことにより心が折れ、私の目の前が真っ白になった。
「ほ、本当に申し訳ありません。姉がご迷惑を」
「いきなり対魔法訓練は驚いたが、いい経験だったぞ。上級魔法を斬ったのは初めてだし、まさか斬った魔法を再構築して向かってきたのも驚いた。実に腕の良い魔法使いだな。お前の姉は」
イフ姉の暴走を止められず、結局アリスを攻撃させてしまったが。幸いと言うべきかアリスは今のを訓練と思ってくれたようだ。つまりは訓練程度の脅威としか感じなかったと言うことなのだろうが。
集団戦闘訓練を行うはずだった蜥蜴人と群犬も、いきなりの上級魔法に驚き手を止めていたがアリスの剣技を見て拍手に変わった。
周囲に火が残っていないか確認したが、火の鳥がかなり高温だったのか触れた物を瞬時に燃やし尽くしたおかげで燃え広がることはなかった。
後はこのことについて訓練だったと広め、魔王が帰ってきてもばれない様に細工を。
「今の技はセルミナも出来るか? 皆に見せ対策を練らせてみたい」
「え? ああ、私は出来ません。あれが出来るのは私が知っている限りイフ姉と兄位ですね」
「そうか……。というか兄もいたのか。それに三人とも魔法使いとは珍しい。その兄には会えるか?」
「難しいと思います」
あからさまにがっかりするアリスだがそれには納得してもらわないと困る。
私たちよりも魔法使いとしての才能があり、レベルも高く向上心と自尊心の塊で、常にトップでなければ安定しない人。
あの人のおかげで家は復興したが、私たちは嫌気が差して家を飛び出して冒険者となったのだ。おそらく出会えばイフ姉なら躊躇せずに殺しにかかるだろう。
それに。
「確か宮廷魔道士ですから。風の噂ですがかなり偉いらしいので会えないでしょう。次席だったかな……」




