第六十七話 会談準備
「まさかランが屋根に乗っていたのを見て魔族に襲われているように見えたとは、魔王の馬車らしくと思ったのだが。勘違いさせてしまったか」
「いえ、こちらこそ騎士団への連絡を怠りまして申し訳ありませんでした。そして魔王様の配慮、痛み入ります」
情報を集め終え、迎えに出る頃にはすでに魔王はムスタングに入り、辺境伯邸に向かってきていた。
なので急いで合流、辺境伯邸への案内として同道している。
しかし、話に聞いていた通りハニワとしか言えない顔をしている。
それが何よりも恐ろしい。
「着きました。こちらがファース辺境伯邸でございます。オワの大森林の魔王様には少々手狭かもしれませんが」
「いやいや、立派ではないか。素晴らしい建築技術だ」
馬車から降り、魔王とその後ろに控える女郎蜘蛛と蜥蜴隊長を案内する。
このまま応接室に案内することも出来たが、辺境伯や皇帝が準備を終えているのか分からない。なので一度控室に寄る。
「申し訳ありません。ただいま会談の準備をしておりまして、こちらの部屋でお待ちしていただいてもよろしいでしょうか?」
僅かに後ろの女郎蜘蛛と蜥蜴隊長が険悪な雰囲気を出したが、それを制して魔王が顔こそ変わらないがにこやかな声で答えた。
「そうだな、少々早く来すぎたのかもしれん。馬車に乗り続け疲れていた。休憩代わりには丁度良い」
「ありがとうございます。それでは何かありましたらこちらの呼び鈴をお使いください」
控室にある机に呼び鈴を置き、近くにメイドを置いてすぐに辺境伯のもとへ向かおうとしたが。
「ああ、待ってくれ。すまないが、これを茹でてくれないか?」
魔王から呼び止めを食らい、渡されたのはトツトツ?
トツトツとは、ファース領より北の帝国領土ならごく普通にある木から生えている棘の玉と言える何かだ。
ある商人が魔物に襲われた際、このトツトツを投げ撃退したという逸話があり、行商人が常備していると言われる。
その話から魔族との遭遇が多いファース領では輸入して、子供のお守りのような働きをしている。
小悪鬼程度ならこれで追い払えるし、北にならいくらでもあるので安く仕入れ出来る。
これを、茹でる?
私の疑問が顔に出ていたのか、魔王はああと何かを思い出すと手からトツトツを取り床に落とす。そして足で踏みつけ……!
一瞬魔王の脚が変わったように見えた。しかし顔を上げてもそこには変わらずハニワ顔があり、足も何ら変わっていない。ただ、トツトツが割れ中から実のような物が顔を出していた。
「すまんな、これだ。これを茹でてくれ」
トツトツから取れた二つの実を私に渡す。これは何なのだろうか。疑問はあるが、茹でろと言われれば茹でるしかない。
少し仕事が増えることになったが気にするほどではない。
退室するとき魔王が異様に私を見ているような気がした。そして扉を閉める直後、魔王がおかしかったような。疲れているのか、それとも魔王が何かしているのか。
しかし確認するために用もなく扉を開けるのは失礼。とりあえず扉の前にメイドを配置し、調理室へ急ぐ。
これを茹でる。一つだけ? 念のためにトツトツを集めさせ、同じように割らせて茹でるように指示を出しておきましょう。
皇帝はすでに準備を終えていた。ただ応接室から魔王とは違う控室に移動しただけだが。辺境伯もすでに準備は終えており、今は最後の打ち合わせと言う所だ。
「出来る限り要求を聞き出す、受諾はしない。時間を稼ぐ。子供でも出来そうな内容だな。クラース、お前から見た魔王はどうだった」
「あらゆる意味で恐ろしいですね。ここに来るのにわざわざ馬車の上に女郎蜘蛛を乗せ、騎士団とトラブルを起こすとは。向こうからすればそうなれば儲けもの程度の感覚でしょう。盤外戦術と言うべきでしょうか、これで交渉のカードが向こうに一枚増えてしまいました。まあ子供でも出来るらしいので、大人で貴族な方には楽でしょうが」
「……それで、他に分かったことはあるか?」
僅かに辺境伯の顔が歪んでいる。自分の言動に後悔しているのだろう。本来ならここで更に一つ二つ嫌味を付け加えるが、今はそんな真似はしない。辺境伯にはこれから魔王相手に頑張ってもらわないといけない。
「あまりないですね。何かをしているような気はしましたが結局分かりませんでしたので」
トツトツを割った時、扉を閉めるとき。恐らく魔王は何かをしていた。確認できれば会談が有利に進んだかもしれない。執事としては確認するべきだったのだろう。だが、それは出来なかった。恐ろしかった、怖かった、逃げ出したかったのだと、今になって気が付いた。
「旦那様、魔王の前で平静を保つよう努力してください。私は先代様のおかげで非力ながらも魔物や魔族、賊となった人族とも戦ったことがあります。恐怖にはある程度慣れているつもりです。ですが、今になって身体が震えだす次第です」
女郎蜘蛛は半人半蜘蛛型の魔族だ。半分は蜘蛛だが半分は人だと思えばそれほど恐ろしくもない。蜥蜴隊長はもっと簡単だ。全身から鱗を生やした凶暴で猫背の二足歩行できる蜥蜴だ。驚きはするが見慣れれば問題はない。
魔王だけは、魔王だけは違った。がらんどうの目と口。耳はなくどこを見て、表情が変わらず何を考えているのか分からない。
あれは、生き物の姿ではない。死人と分類される骸骨兵とも違う。生き物でも死人でもない何かなのだ。それが最も友好的に振る舞っていた。それが恐ろしかった。
理解できない、分からないと言う恐怖。子供が夜を怖がるのと同じような、原始的な恐怖が蘇っていた。
「お前が……! それはかなり怖いな。分かった、出来る限り気を付けよう。それでお前はどうする。魔王との会談は休むか?」
確かに魔王と会談するにおいて出なければならないのは辺境伯のみ。雑事は従者に任せれば良い。だが。
一度深呼吸をして心を入れ替える。そうすればこの通り、身体の震えも収まり先程までも恐怖感もない。
「私がおらず誰が旦那様のミスをフォローすると言うのです。ご安心ください、怖いと知っていれば対処などいくらでもございます」
何ら問題ではない。先程は恐ろしさを、怖さを知らなかった。しかし今は知っている。ならば恐ろしかろうが、怖かろうが、それを隠すことは容易だ。
「それでは呼んで参ります」
ここから先は辺境伯の仕事だ。何だかんだ行っても海千山千の貴族。交渉ならば帝国の中でも上位に入るだろう。
そこだけは信用して、私は魔王を呼びに行く。




