第六十六話 帝国の切り札
「はい、確かに受け取りました」
日がようやく顔を出し始めた頃、辺境伯邸の門前で執事である私は早馬から一枚の手紙を受け取った。
差出人はアンダルのギルドマスター、カーヴェ。
内容は魔王の来訪から魔王の周囲の状況、魔王の行動など事細かに書かれ、最後にはアンダルに置かれている代官のことが書かれていた。
良い仕事と感心しながら一考。すぐに決まったのはアンダルに置かれた代官の処分。魔王への歓迎の準備を急がせ、主人であるファース辺境伯が取りそうな行動を先に潰しておく。
しかも今は来客中。この手紙を渡すのを遅れた理由には丁度良い。
急がなければなるまい、魔王が来るまであと半日ほどしかない。
歓迎の準備がほぼ整い、新たに置く代官の候補を上げ、それぞれ魔王への対応、そしていざという時の連絡について最終確認を取り終え、手の出せるところは問題ないと判断する。
残る不安はファース騎士団。残念ながらあそこは執事では手の出しようがない。辺境伯も客人の相手で忙しく、魔王については知らせてあるので暴走しないことを祈るのみ。
念のために辺境伯から指示を出してもらおうと応接室へ向かう。今は客人をもてなしているはず。
いつもの態度で辺境伯の相手をしては不敬になるかもしれないが、私が居なくなれば困るのは辺境伯、という打算からいつも通りでいくことにする。
ノックをして扉を開ける。
「失礼いたします。やや前にアンダルから手紙が届きました」
「おお、君が噂のクラースか。優秀と聞いている」
入るタイミングを誤ったかもしれない、若干後悔しながら頭を下げる。
辺境伯がもてなす相手は帝国皇帝、ギルフォード・ギルア・ギルバード。帝国最高権力者であり、戦後の帝国を十年でまとめ上げた今を生きる偉人。
その後ろには護衛として近衛隊長と次席宮廷魔道士がいる。
「ありがとうございます皇帝陛下。これからも微力でながらファース領、帝国の為粉骨砕身、努力していく所存にございます」
どうやら私の話をしていたようだ。全員の視線が私に向く。
しかしそれは良い、どんな話をしようがどうでも良い。ただ入った瞬間、辺境伯が助かったとばかりに安堵させてしまったのがいけなかった。これからは中の様子を探ってから入るとしよう。
「うむ。と、何か用件があるのだったな。済ませない」
皇帝に促され、辺境伯に手紙を渡す。騎士団のことに関しては辺境伯を焦らせるため当然最後だ。
辺境伯は受け取った手紙を見て顔をしかめ、読み終えると目元をぐっと抑えた。
「封が開いていたのだが? これは私が読むべきもののはず」
「忙しいと判断して私が開けておきました。あまり猶予もないことですので」
「代官だがこいつは降格させ、新しく――」
「そう仰ると思いまして代官の候補一覧を用意いたしました。後でお読みください」
「魔王の歓迎の準備を急がせ――」
「ほぼ完了しております。それぞれの役割を確認し、いざという時の連絡に着いても再確認を終えております」
その手紙を見て思いつこうものはすでに終えている。皇帝はこのやりとりに好感を得たようで僅かに口角が上がっている。
対して辺境伯は頭を抑えつつ他に何か無いか考えているようだ。このままでは皇帝の前で執事に負けた辺境伯になってしまうので当然だろう。
だが特に思いつかなかった、もしくは私が手を打った辺りと読んで何も言わず、ならば大丈夫だろう、と言う。なので私もそれに同意するように頷いた後に。
「ああ、騎士団の面々が勝手な行動を取らないと良いですね」
「そう言うのは先に言え!」
皇帝に頭を下げ一時退出する許可を得て騎士団の下へ走る辺境伯。いや、実に良い物が見えた。
「ふっふ、愉快な奴よ。主に対してあそこまで出来るとは。どうだ、私に仕える気はないか。優遇するぞ」
傍観に徹していた皇帝から引き抜きの話が来た。
話としては悪くないだろう。給金は勿論立場も上がり並の貴族よりも上の肩書となる。
これ以上に無い魅力的な話なのだろう。しかし。
「申し訳ありません。私はあの方に短な一生ですが仕え続けるつもりですので」
どれほど魅力でもやはり無理だ。私はここを離れるつもりはない。
なにやら理由を聞きたそうな顔をしているが、……今はまだ言えない。何かで気を逸らすべきか。
「陛下もこちらの手紙をご覧ください。おそらく、かなり厄介な魔王ですので」
すでに辺境伯がイフリーナ嬢から聞き出した魔王の情報については話してあるはずだろう。とはいえ、これから会談する相手。情報がどれだけあっても問題にはならない。
それに今回は皇帝陛下という最強のカードを持っている。普通に使っても有効だが、上手く使えば主導権をほぼ握れるはず。
その為に皇帝陛下も魔王の情報を辺境伯と同等、もしくはそれ以上に知っておいておかないと困る。
「……くくっ、これは恐ろしい。本当にお前たちの手には余りそうな案件だったな。公爵領の視察がこのような形で活きるとは思わなかった」
書かれている内容で特に重要な物は。
アンダルのギルドマスターが頭部を怪我したことを知っていた。
何らかの手段でアンダルの情報を得ていたと言うこと。しかも頭部を怪我など細かい情報まで得ている。
連れてきた部下が女郎蜘蛛と蜥蜴隊長。
引き連れてくることに問題はない。二名と言う辺りこちらへの配慮も見られる。問題は種族が違うことだ。もし同種族であれば魔王の種族と同じ、もしくは近いと考えられたのに蜘蛛と蜥蜴では似ても似つかない。共通点はオワの大森林に生息する魔族と言うことだけ。
そしてギルドの受け付けと友好に話し、情報を得ようとする。こちらは受け付けがボケていた所為で上手くいかなかったらしいが。
そして最後に代官について。どうやら秘密裏に冒険者を集め、魔王を襲撃しようとしていたらしい。
愚かなことだ。行為の魔法使い二名でさえ相手にならなかったと言うのに、寄せ集めの烏合集が相手になるわけがない。こちらはカーヴェが何とか抑え込んでくれたようだ。
つまり魔王は最低限の情報のみを渡しそれ以外は上手く隠し、こちらの情報を握っている。それがアンダルまでか、ムスタングに及んでいるのかはまだ分からないが、おそらくそんな手落ちはないだろう。
皇帝陛下もその辺りを瞬時に読み取ったのだろう。さすが――ん? この足音は。
「陛下、先程勧誘を辞退させていただいた理由を言うのを忘れておりました」
「ん? 今か、聞こう」
「はい。私元はすでに途絶えてしまいましたがとある子爵家の三男として生まれました。しかしある事情で追い出され、路頭に迷っている所を当時男爵であった先代に拾っていただきました。
武門派だったためか、文官の数が少なく質も悪かった。ですので文官として働き尽力させていただきました。
そのためか良く目を掛けてもらい、文官とて筆ではなく剣を取る日もあると、いきなり訓練に参加させられたり。年末の忙しい時期にいきなり演習に行うと相談もなく決め費用集めに駆けずり回ったり。
挙句の果てには先代が隠居なさる際も息子を頼むと任され、その時に私は誓いました。この恩は必ず返すと」
「恨みじゃねーか!」
辺境伯が扉を勢いよく開けて入ってきた。そして誰が居るのかを気づきすぐに頭を下げる。
皇帝陛下は咎めるつもりはないらしくすぐに許してくださった。困ったものです、私が足音で気づきこの話をしていなければ皇帝陛下も許しはしなかったかも知れません。
「クラース、魔王がすでにムスタングの外まで来ている。騎士団と少し険悪になったらしいが御者上手く取り成したらしい。その辺りの情報を集めつつ、歓迎の支度を」
「かしこまりました」
後数時間は余裕があると考えていたが。忙しくなりそうですね。




