第六十話 走れイフリーナ
駄目だ、ふらふらする。頭も重い。止めよう。
玉座に座り、体温を元に戻して検証を終える。
どうやらいつもの姿では体温は四十度ほどが限界らしい。上げようと思えば上げられるだろうがそんな気にならない。
『守りの戦闘態勢』なら三桁程度余裕で耐えられるだろう。四桁でも余程でもない限り耐えられるはず。試したくはないが。
次は帝国からの手紙を読まなければ。
あの魔法使いの二人、やはりと言うべきか手紙を届けに来たらしい。つまりは帝国からの使者なのだろう。まさか来るとは思っていなかったため嬉しい限り。だが攻撃してくる使者を選ぶとは人材がいないのか?
手紙の内容は要約すれば文字は読めなかったが、だがそちらが話をしたいならこちらは受け入れる準備がある、と言った物だ。
実にありがたい。まさか読めない文字で手紙を送っても返してくれるとは辺境伯は良い人なのかもしれない。
そしてこの手紙を持ってきた魔法使いの二人だが、今はランの所でいる。
武装解除と言う名目で所持品を全て剥ぎ取ったので、代わりの服をランに仕立ててもらっている。とはいえ、布を巻きつけたような出来になるだろうが。
あの二人それなりに金を持っていたようで、減りっぱなしで寒かった懐が温まった。へっへっへ。
他にも様々な装備品があったが、配下に与えても意味のなさそうな物ばかり。本に入れておく。
それでは返事を書こうかとした時、扉が開きアリスを先頭に二人の魔法使い。その後ろにランと何故か簀巻きにされているライルが引きずられてやってきた。
それにしても酷い。魔法使いの服装がまるでウェットスーツだ。肌にぴったりと吸い付き体のラインをはっきりと見せてくる。
《名前》 イフリーナ・ヘルベート
《種族と階位》 人間族 Lv131
《職業》 上級魔法使い
《名前》 セルミナ・ヘルベート
《種族と階位》 人間族 Lv130
《職業》 上級魔法使い
本の機能を使い調べてみればどうやら中々に高レベルな姉妹のようだ。
豊満な姉に貧相な妹か。
哀れ。
まあそれでも後ろで二人を今にも食ってやろうかとばかりに睨んでいるランには勝てていない。そしてそのランに簀巻きにされて引きずられているライルは何したんだ。
「さて話を、する前に聞きたいんだが。そいつは何でいるんだ」
「魔王様、それはアリスさんの事でしょうか。アリスさんはこの二人が少しでもおかしな動きを見せた際に剣を振るってもらうために呼ばせていただきました。もしもここにいる屑芋虫でしたら覗きをしようとしていたのを発見し捕縛いたしました」
別の意味で哀れな奴がいた。こちらに救いを求める目を無けてくるが自業自得。無視する。
「それなら仕方ない。それでは話をしよう。イフリーナ、セルミナ、走れメロスを知っているか?」
「申し訳ありません。知りません」
返事をしたのは一人。妹のセルミナだ。姉であるイフリーナは獰猛な目を向けてはいるものの事態の把握は出来ているのか、たまに周りに目をやっている。逃げようと考えているのだろうが無理だろう。
「魔王陛下、話をする前に私の話を聞いてもらってよろしいでしょうか」
陛下? 初めて言われた。まあ魔王だから間違ってはいないだろうが。
そしてセルミナの口から出たのは依頼を受けてから俺に出会うまでの話。要約すればたった一言で済む。
姉が悪い。
まさか実の姉を生贄として差し出すとは。まさに氷の女。水やら氷やら使っていたし。
しかしこれにはイフリーナも驚きの様子。目を大きく開いてセルミナを見ている。
「事情は分かった。しかし勘違いしているな。別に攻撃してきたことを罰しようなど考えていない。傷一つ付かなかったしな」
そう言うと二人は対照的な反応を見せた。罰しない、の言葉にセルミナは安堵して、傷一つない、にイフリーナは落胆して見せた。
どうしてもこうも性格の違う姉妹が生まれたのか。
「それと帝国からの手紙を読ませてもらった。その返事を君たちに持って帰って欲しいのだが、残念ながら君たちの仕事ぶりについてはあまり信用できない。なのでせっかく二人いるのだ。一人はこちらに残って欲しい。もう一人は私の返事に対する帝国の返答を持って帰ってきてほしい。良いかね?」
頼む様に言っているが実際は強制だ。こんな良い運び手を逃すつもりはない。また帝国に行くのも面倒だし。
誰が残り、誰が行くのか。相談するのかと思ったらセルミナが責めるような目でイフリーナを睨み、イフリーナも責めるような目で横を見るがそこには誰もいない。
「魔王陛下。イフ姉……イフリーナが行くと申しております」
俺にはこうなった責任からの押し付けに見えたが、そう言うならそうなのだろう。
「そうか、およそどれくらいで戻る?」
「帝国がどれだけ早く返事をするかによりますが、速ければ十日程かと」
十日か、さすがに三日にはならないか。仕方がない。
「分かった。ではイフリーナ返事だが口頭にて行う。忘れないように。と言っても難しいことを言うつもりはない。早い時期の交渉を望む、以上だ。オワの大森林を出るまでは群犬を護衛につけよう。さあ行け」
すでにカウントダウンは始まっている。早く行け、と手を振るがイフリーナは何故か呆然としていた。
「ちょ、ちょっと待て! この服装で行けだと。杖は!」
「服はそのままだな。洗濯中で脱水も終わってない。杖についても当然返せん。森を燃やされては困るからな」
あのときは横にいるセルミナが消したが、森の中で平然と炎の渦を作る奴に渡せるか。
何やら不服のようだがこれついては折れるつもりはない。そのためにわざわざ群犬を護衛につけているのだ。それに森を出てもアンダルまでは数時間。よほど運が悪くない限り辿りつけるはず。
「口頭の返事では信用されない可能性がある」
「そんなもの紙とて同じ。偽造すれば良い。それに魔王と証明できるものがない以上紙も言葉も同じだ。何か魔王の証のようなものを考え付くか?」
「魔王様は魔王様ですので証明できるものなど無いのではないでしょうか。強いて言うなら確か屑芋虫が魔王様の木像を作られていたはず。魔王様の形を模したのです。証明としては如何でしょうか?」
俺の木像? 確かにここにしかないという点ではありかもしれないが、少々弱い気がする。とはいえ、それしかないのだから仕方ない。
「では木像を持って行け。それで信用されないならどうやっても無理だろう?」
今から手紙を書くのが面倒だとそんな理由ではない。決してだ。
「むむむ」
「異論はないようだ。では行ってらっしゃい」
イフリーナが退出して群犬にも護衛を命令しておいた。頑張ってほしい。
さてもう一つ決めなければならないことがある。
「さて、処刑方法について決めよう」
斬首か火炙りか。電気なんてないし、薬物なんてあまり詳しくない。ギロチンを作れない。絞首というのもあるな。
「な、魔王陛下。約束が違うのでは?」
約束? 何の話だ。十日間の身柄の安全は保障するがそれが過ぎたら処刑するだろう。メロス的に考えて。ああ。
「知らないのだったな。とある話を参考にしたのだ。
一人が罪を負い死ぬことになるがある心残りがあった。その心残りを晴らすため親友が身代わりとなる。期日以内に戻られなければ親友が処刑されると条件で。そして彼も見事期日以内に戻り、親友は助かり彼の姿に心打たれて彼の罪も消える。
そんな話だったはずだ。大丈夫、親友より血の濃い姉妹だ。期日以内に戻るさ。ただ処刑方法だけは考えておかないと困るだろう? その時に」
顔を真っ青にしているセルミナだが、そんなに姉が信用ならないだろうか。さすがに期日戻らないと処刑されると知っていれば……。あれ? 教えてない気が。
「魔王、それには反対だ。魔法使いがいれば蜥蜴人に対魔法使いの訓練をさせられる。それに腕も悪くないと聞く」
実に良いタイミングからの反対意見。説明をし忘れて処刑するのはちょっと申し訳ないし丁度良かった。
「魔王様、私は魔王様の言葉に反対などいたしません。ですが、よろしければ生かしてほしく思います。私は指から火が出せる程度の魔法しか使えませんが、この者から話を聞ければ更に上達し魔王様のお力になれるかと思います」
そして珍しくランからも意見が出た。となると順番的にライル?
じっと見るが口が塞がれているため、むーむー! と言葉にならない声だけ。さすがに分からので、口だけ解放させる。
「あざッス! えっとッスね、お二人の意見も分かるんッスけど、期日以内に戻らないで処罰なしってのもあれなんで。死なない程度の罰で良いと思うんッスよ」
最後にバランスを取るような意見。確かにその辺りが落とし所としては良いかもしれない。
死なない程度の罰か。打擲とかは面倒だし、どっかの種族に任せた方が……。
「ではヴィに任せるか」
何をするのかアリスだけ分かったようでびくっと震えた。ふむ、受けた本人反応を見る限り悪くはなさそうだな。
「では期日以内に戻らない場合、粘液生物の刑とする。ああ、そんなに怖がるなセルミナ。溶かすわけでない。ただのなまごはんだ」
これにて終了。
ランは私刑のためライルを引きずり、ライルは口が解放されたので救助を求めたが誰にも相手にされなかった。アリスは早速セルミナを連れて訓練に戻った。
さて、当分は帝国から返事待ちとなる。つまり暇だ。
私室であっそぼ。




