第五十九話 魔法対タングステン
自分の魔法のネーミングセンスの無さに驚いた。
唖然とした。
あれほど注意したのに、相手を確認せずファイアストームを使うだなんて。
そして放った本人は久々に派手な魔法を仕えた所為か清々しい顔をしていた。
「イ、イフ姉……? な、何でこんな馬鹿なことを……」
「我慢できなくてつい。それよりセルミナ、周りに燃え移ったのを消してもらってもいいかな?」
我慢できなくて、ではない。イフ姉は随分とすっきりした様子だが私のどん底に落とされた気分だ。
分かっている? もしもあれがファイアストームを耐えられるような生き物だったら。もしもあれが。
「今のはちょっと怖かった。いきなり攻撃してくるか。……敵か」
魔王だとしたら。
炎の渦が消え、焼け焦げた土の上にハニワはいた。ただし、いつの間にか真黒な帽子にロングコートに身を包み肌は黄土色から銀灰色に変わって。
それを見ただけで私の心が折れそうになった。
イフ姉の性格こそ難があるが魔法使いとしての腕は一流だ。その中級魔法とあればオワの大森林に住む一階位、二階位程度の魔族なら耐えられるはずがない。
三階位や四階位なら耐えられるかもしれないが。
火傷の跡すらないのはどういうことか。
何らかの技能で打ち消したのかと思ったが、足元の土まで焦げていることからみて違う。
つまりあのハニワは肉体一つでイフ姉の攻撃に耐えたことになる。
勝てるわけがない。それでも震える足で未だに立ち、杖を必要以上に握りしめていられたのは隣にイフ姉がいたから。
「セルミナ! もう攻撃したんだ諦めな! このまま何もしなければ殺されるよ」
「……ううっ、馬鹿姉。……ガイザー!」
直後、ハニワの足もとにひびが入りそこから間欠泉の様に勢いよく水が噴き出る。
ガイザーは水で相手を打ち上げて落とすという地味な魔法。間欠泉の様に熱湯でもないので熱による攻撃も期待できない。そもそも熱湯だったら近くにいる私たちまで被害が出る。
これは攻撃の魔法ではなく、周囲の火消しのために使った。ハニワの足もとから出たのもそこが中心だったため。
自棄になって使ったつもりの魔法だったが、瞬時に言い訳が出てきた辺り私は思いのほか冷静なのかもしれない。
だが冷静だと思ったことをすぐに後悔する。
ガイザーで飛ばされた魔法はどこにいったのか、探してみるが見当たらない。大抵はすぐに打ち上げられ何も出来ずに落下死するのだが。
周囲を見回してもおらず、水柱も消え、そこでようやく見つける。
ハニワは微動だにせずそこにいた。全身水びだにしなっても吹き飛ばされることなくそこにいたのだろう。
「ビビった。いま少し浮いたぞ。ああ、でも熱せられた身体に丁度良い……? 待てよ、熱せられた状態で元に戻るとどうなるんだ?」
何やらぶつぶつと呟いているが、良く分からない。ただ苦痛の声ではないので、攻撃が通ったわけではないようだ。
今からでも逃げようかと思ったが、ここはオワの大森林。相手からすれば家か庭だ。そこで逃げ切れるとは思えない。
それにイフ姉はまだやる気だ。
「これなら! ファイアバード」
イフ姉が唯一使える上級魔法。巨大な鳥の形をした火が対象に向かって飛ぶ。しかも追尾性能があり回避は不可能。対象に当たればそのままドーム状になり相手を包み込んで焼き殺す。そんな凶悪な魔法なのだが。
「『体温調節』が役に立つときが来るとは。体温が分かるのはありがたい。一気に三桁を超えたのは驚いたが」
ハニワが火のドームから平然とゆっくりとした足取りで出てきた。当然火傷の跡もなく、その口ぶりからかなりの余裕が感じられた。
出てきたハニワは私を見てくる。別に交互に魔法を使っているわけではないのだが、今度は私が使うと思っているのだろう。そして何もしないと言うことは私の攻撃も受け斬れる自信があると言うこと。
「イフ姉、消して!」
なら私も一つだけ使える上級魔法を使おう。そのためにハニワの後ろで未だに燃えている火のドームを消してもらう。
空気が熱せられているがそこはいつもより魔力を多く使うことでねじ伏せる。
「ニブルヘイム!」
瞬時に周囲が凍てつき、目の前に氷山が生まれた。
その場を一瞬で凍らせる私の上級魔法。通常なら洞窟など狭い空間でこそ活躍する魔法だが、魔力を空にする勢いで使ったおかげでかなり大規模なものになった。
ハニワは氷山の中、腕を組んだ形で凍りついている。これで死んだとは思えないがこの氷山が溶けない限り動けないだろう。
溶ける前に逃げることは容易。死の緊張からようやく解放され、余裕が生まれた。
「……さてイフ姉、言いたいこと分かる?」
「えっと、別良いじゃん? 確かに危なかったけどどうにかなったし。後は魔王に手紙渡してトンズラすれば……」
「これが魔王だったら?」
「………………え?」
まさか気づいていなかったのか。これほど攻撃を受けて傷一つないのに魔王と思わなかったのか。我が姉ながら頭が痛い。
とりあえず叱るのは後にしよう。今はこの場をさっさと離れよう。手紙は、目に付くところに置いておけば……。
「興味深い話をしているな。手紙とは何のことだ?」
まるで耳元で囁かれたかのようにはっきりとハニワの声が聞き取れた。
驚きの余り振り返ればハニワは未だに氷の中。だが組んでいた腕は解かれ、一歩だけ歩んでいた。
触れる氷山を溶かしながら。
完全に心が折れた。
隣にイフ姉がいても、ハニワを包む氷山が未だ健在だろうと心を守ることは出来なかった。
私とイフ姉が全力で攻撃しても傷一つ付けられず、必死の思いで氷山に閉じ込めたが今目の前で出てこようとしている。
出てくる前に逃げる? 先程は容易と考えたがそれはあくまで氷山が自然に溶けたらの話。自力で出てくるようなら別の話。
それに傷一つ付けられなかったとはいえ、中級魔法に上級魔法まで使っている。怒っていないわけがない。
それでも、少しでも生きたいと思ってしまう。頑張って逃げて馬を隠してある洞窟まで行けばあるいわ、と。
「舐めるなぁ! ファイアボール」
そんな未練を見事にイフ姉は絶ってくれた。
ハニワに向けて放たれたファイアボールだが、ハニワに当たる前にハニワを包む氷山に当たり厚かった氷山の壁が一気に溶けた。ハニワはそれを見て喜びの声を上げていた。
恨むまい。心が折れた私と違いイフ姉はこの絶望的な状況でも抗って見せたのだ。その結果が最悪に近かったとしても。
………………もし助かったら全責任を押し付けてやる。
それからすぐハニワは氷山から抜け出した。するとやや時間を置いてから真黒な服装から出会った時のみすぼらしい服装になり、銀灰色の肌はハニワにふさわしい黄土色に戻った。
「さて、手紙と言っていたがもしかして帝国から――四倍」
もはや魔力なんてほとんど残っていないだろうイフ姉、それでも抵抗をしようと杖を向けた瞬間、何かに圧し潰される。私と一緒に。
不可視の重圧。肉が潰れ、骨が軋む。何かに潰されるのではなく、全身が一瞬で重くなったかのような感覚。
「ガラガグ!」
「どうした、何かあったか? あ、何かあったのはここか。安心しろ、すでに終わった。どれくらい居る? そうか、ならこの二人をダンジョンに連行してくれ」
何かがやってきた。だが何か押し潰されている私には地面しか見えない。臭いからして群犬?
ダンジョン、つまりは魔王の住処だ。そこに連れて行かれると言うことはこの場では殺さないのだろう。
僅かに見えた光明に気が緩み、気を失った。




