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第五十八話  二人組みの魔法使い

 気の乗らない仕事を押し付けられた。

 ギルドから呼び出しを受け、帰って来て気落ちした様子のイフ姉が最初に言った言葉だった。

 

『トップ殺し』

 私たちはギルドの影ではこの名で通っているらしい。

 殺してなんかいない。ただの八つ当たりに過ぎないのに大げさなことだ。

 

 そういえばこの間も八つ当たりをした。確かハゲのおっさんだった。

 獲物をイフ姉が焼いて、私が洞窟の一部を凍らせただけ。これで短気な奴なら手を出して来るので私とイフ姉で返り討ち。当分はご飯が豪華になるのだが。

 わざわざ私たちの八つ当たりにギルドが動いた。ハゲのおっさんは護衛依頼を受けてどっかに行ってしまったらしい。ご苦労なことだ。


 それで暇になり何か依頼があるか探していた時に呼び出しがあった。


「それでイフ姉。何押し付けられたの?」


 イフ姉は気分屋だから気乗りしない仕事何てその日ごとに違う。下手すれば何でも気が乗らない日だってある。

 今日の朝食時の機嫌から察するに魔法でなんか燃やしたがっていた。討伐とかなら二つ返事で受けそうだが、採取とかなら気が乗らないだろう。護衛などなら可能性があるからここまで気落ちはしない。

 採取辺り、などと目処を付けて話を聞いたが、イフ姉の口から出たのは予想を遥か下の物だった。


「手紙の郵送」


「…………は?」


 何だそれは? 新人にでもやらせるような依頼じゃない。しかもそれをわざわざ呼び出す? ますます意味がわからない。

 私の反応にイフ姉は一瞬だけ笑うもすぐに項垂れ、ベッドへと倒れ込んだ。

 こんな依頼断っても文句はないだろうに。でも断れずに受けたからこそイフ姉はぐったりしているのだろう。メンドクサイから? いや、なんか違う気がする。

 どういうことなのか説明を求める。


「まず依頼人。ファース辺境伯」


 確かに断ること何てできない。ファース辺境伯はここら一帯の支配者だ。しかも指名で、呼び出すほどの急用。断れば帝国に居られなくなる。最悪命がなくなる。

 しかし手紙位家臣に任せれば良い。わざわざ冒険者を雇う理由がない。


「ちなみに郵送先は南」


「南? アンダルか」


 ますます訳が分からない。アンダル程度すぐだ。ギルドに郵送してもらっても問題はないはず――。


「外れ。もっと南」


「……! もっと南って。アンダル越えたら王国しか。まさか王国に!」


 それなら分かる。手紙の内容こそ分からないが、国から国への手紙。しかも秘密裏。過信は使えず、冒険者を使う理由も。なる――。


「外れ。その手前」


「……え? え、でもアンダルと王国の間にあるのはもうオワの大森林しか」


「正解。届け先はオワの大森林」


「はあ? イフ姉、オワの大森林に住む人はいないよ。それに今は魔王誕生したばかりで最も危ない時期だ」


 どうやらイフ姉はとち狂ってしまったようだ。後で私がギルドに正確な情報を聞いてこないと。


「大正解。仕事はファース辺境伯からオワの大森林魔王宛ての手紙の郵送」


 ………………ん? 理解が出来ない。

 もう一度イフ姉の言葉を再生して、ようやく理解した。

 やはりイフ姉は壊れてしまっているようだ。

 どこの世界に魔王に手紙を出す人族が居るのか。文通相手を探すなら相手を選べ。


「そしてこれがその手紙」


 まさかと思い手に取るも、確かにそこにはファース辺境伯の名前とオワの大森林魔王ノブナガ宛ての手紙だった。

 ノブナガ、というのは魔王の名前なのだろうか。

 

 ……本当に冗談でも狂ったわけでもないらしい。

 何故イフ姉が戻ってくるなりベッドに倒れ込んだのか理解できた。こんな依頼聞いただけで疲れてくる。

 まあ手紙の郵送とはいえ貴族からの急用の依頼となれば報酬は期待してもいいはず。相手が魔王だとしても。……大丈夫?


「あーもう! 魔王関係の依頼ってだけで相当やばいってのに手紙渡して来いとか馬鹿じゃないの! 下手すれば死ぬし、不意打ちで燃やしてやろうか! やだー、もーダンの禿どこ行ってんだよ。こんな面倒なのあいつにやらせろよー!」


 イフ姉が復活した。疲労が取れて理不尽への怒りが増したようだ。

 じたばたと暴れているが放置していればどうせ収まる。その間に私はこの面倒な仕事を確認する。


 依頼人はファース辺境伯。帝国でも有数の力のある貴族だ。逆らうわけにはいかない。

 内容はオワの大森林に誕生した魔王へ手紙を郵送すること。

 ここからアンダルまで行き、そのままオワの大森林に入る。そこまでは良いが問題は魔王の居場所が分からない。更に魔王が手紙を受け取ってくれるのかということだ。


 居場所についてはギルドなら知っているかもしれない。帝国と主神教の仲の悪さの所為で戒厳令が出て魔王に対して何の行動も取れていないが、主神教とベッタベタの王国なら手を出したはず。魔王の居場所くらいは分かっているはず。


 手紙だって何らかの確証があって出すのだろう。確証もなく出すのなら姿形の分からないオワの大森林の魔王ではなく悪鬼首領(ドン・オーガ)を選ぶはず。


 残る問題は……。


「イフ姉。これの期日は?」


 だんだん口汚くなっていくのを無視して、手紙を振って見せる。

 期日は重要だ。道具の準備、足の手配。他にもいろいろ――。


「至急、緊急、大至急。とっと行って来い、だって」


 いろいろと……え?


「つまり? 今すぐ?」


「イエス。馬の手配もしてあるってさ。最悪」


 馬の手配と聞いて眩暈がしてきた。

 馬車ではなく馬。完全にこちらが馬に乗れることを知られている。

 荷物だってまだ準備できていないというのに。いや、急ぎの用件で馬だ。そこまで多くは積めない。とりあえずアンダル分まで。そしてアンダルでまた買い足す形になる。

 

「……はあ、ぐだぐだ言ってもしょうがない。ほら行くよセルミナ」


 ベッドで暴れて鬱憤を晴らしてイフ姉はとっとと起き上がり、こちらのことなど気にせず部屋を出て行く。

 こっちはいきなり言われて鬱憤も精神的な疲れも癒せていないのに。

 溜め息を一つ、すぐにイフ姉の後を小走りで追いかけた。




「はあ!? ダンの禿が少し前までいた?」


 アンダルのギルド。そこのギルドマスターの執務室。

 どうやらアンダルからオワの大森林の魔王の居場所までの地図、食料など荷物を準備しておいてくれる約束だったらしく、寄ると意外な情報を得られた。

 というかイフ姉、そういう話はしておいてほしい。準備しようとしていた身にもなって欲しい。


「ダン・ダステルだろう。依頼で来ていたが何やら怯えた様子でな。目を付けられた、このままでは殺される、とか言って国家群への依頼を受けて行っちまったよ」


「ざっけんなよ! いれば依頼擦り付けられたじゃねえか」


 お前らに怯えたんじゃないか、と視線に乗せて言ってくるが心外だ。今みたいなやや暴走気味のイフ姉ならともかく、基本は手を出されない限り実力行使はしない。

 それにあの男が私たちに怯えて逃げ出すとは考えにくい。別の誰かじゃないか。


「お前なあ。ギルドマスターの前で擦り付けるとか言うな」


「知るか。それで荷物は? 後乗り潰す勢いで来たから馬も替えたいんだけど」


 ムスタングからアンダルまで、休憩ほぼなし、睡眠は最低限と馬の事を考えない勢いで来ている。確かに依頼には至急とあるがここまで急ぐ必要は無い。

 だが私達にはある。急いで依頼を終わらせファース辺境伯領から逃げるためだ。手紙のやり取りが一度で終わるとは思えず、手紙の郵送を他の冒険者に依頼するとは考えにくい。

 強さもそうだが、相手にとって同じ人が郵送したほうが信用できるというもの。一度目は私で二度目は彼で、では混乱する。まして相手は魔王、警戒されるに決まっている。

 

だから多分、この依頼が終わっても私たちは半拘束のような形でムスタングに縛られる。たかだか魔王への手紙を郵送するだけの理由で。

そんなのは当然嫌だ。だからギルドの予想を超える速さで依頼を終わらせ、向こうが手を出してくる前に逃げる。


という作戦なんだけどどうもイフ姉はその辺りを忘れているような気がする。


「何だよ干し肉か、しけてんなあ。もっと良いのあるだろう」


「ギルド負担の支給品に文句を言うな。ただでもらえるだけありがたく思え。馬については、仕方がない貸してやる。話を通しておく」


「良い馬にしろよ? セルミナ、行くよ」


 行くよ、じゃない。支給品の食料だけではオワの大森林からムスタングまで戻るのに少ないから街で補充するとアンダルに入る前に話したのを忘れているようだ。

 馬を取りに行ったらそのままオワの大森林に行ってしまいそうだ。


「イフ姉、少し食料を買い足すから外で待ってて」


「え? 食糧なら貰った……ああ、そうだった。分かった」


 思い出してくれたようで何より。

 ……さすがに今回の仕事は忘れてないよね?




「手紙を魔王に届けて、すぐにファース辺境伯領から逃げる。忘れるわけない」


「その割には食料の買い足しに忘れていた」


 さすがに忘れていないようでよかった。

 食糧の買い足しについては順調に終えた。さすがはアンダル、商人が多く色々と目移りしてしまった。

 おかげで今はオワの大森林の手前、日が暮れ始めた頃にそれなりに美味しい夕食を取れている。

 いつもならこの後は交代で休息を取るのだが、今は少しでも早く終わらせたい。ギルドから得た情報では魔王の居場所までは二、三日はかかる。

 なら夜の間も移動して少しでも距離を稼ぎたい。


「ま、まあ細かいことを気にしてもしょうがない。食べ終わったらとっと行くよ」


 話を逸らすようにイフ姉は飯をかきこむとサッと立ち上がり急かしてくる。せっかくの美味しいのを選んだのに味わえば良いのに。勿論私はイフ姉の言葉を無視してゆっくりと食べる。


「……まだ?」


「まだ」


 うっとおしい。誤魔化すためにかきこむのが悪い。そこで静かに待っていなさい。


「ちょっと魔物焼いてきても」


「駄目、目立つ」


 いくら暇だからとはいえ止めて欲しい。イフ姉は火の魔法しか使えないのに宵に使えば他の魔物まで呼び寄せることになってしまう。

 ……そういえばムスタングを出るときから何だか敵を燃やしたがっていた気がする。本当は静かにして欲しいけど、後で暴走されても困る。


「……ちょっとだけなら許可」


「さっすがセルミナ! 新しいま」


「ただしボール(下級)までね。それ以上は駄目」


 まさかとは思うが一応釘を刺しておく。中級、上級の大規模魔法を使われては目立ちすぎて困る。

 目を向けるとイフ姉はどこか不満そうな顔をしていたが、そこは妥協するつもりはない。しばらく睨み合っていると諦めたのか、魔物を探しに行った。

 それから私が夕食を食べ終えるまで、魔法は一度も使われることはなかった。

 実に嬉しいことではあるが、イフ姉は発散できると思ったストレスが余計に溜まったようだった。大規模な討伐があったと言う話は聞いていないし、誰かがこの辺りの魔物を減らした?


 あの後、オワの大森林に入り魔王が居ると思われる場所を目指すが、夜が明けるまで魔物どころか魔族にも一切出会うことはなかった。

 おかしい、異常と言っても過言ではない。

 もしこれが魔王の仕業だとすれば、一帯の生き物を殲滅したとでもいうのか。どれほど力を有しているのか。

 

 不気味な沈黙の中、ガサリと茂みが音を立てた。

 咄嗟に杖を向けるも見えたのは後姿のみ。それにすぐに森の奥へと消えて行った。

 あれは群犬(コボルト)? いえ、大きさからして軍犬(コボルトリーダー)

 どうやら魔族が完全に消えたわけではないと分かり、ほっと胸を撫で下ろすが、隣ではイフ姉が獲物を逃がしてことで鬼のような形相になっていた。

 

 ストレスが限界にまで溜まっているのだろう。ここ最近は急ぐために満足な休みを取っておらず妙な雰囲気の所為で緊張して精神が削られ続けている。

 私はまだ眠い、疲れたで済むが、イフ姉の場合はそれよりも先に破壊衝動が出てきている。

 元々血の気が多く手の速いイフ姉だ、魔王に手紙を渡すまで我慢できるかと言えば難しい。

 まだ魔王が居ると思われる場所までは遠いが、この辺りで騒ぎを起こして魔王に警戒されるのは困る。


「イフ姉、これから先は相手が攻撃を確認してから反撃して。先に手を出さないで」


「……………………ん」


 魔法使いの私たちにしてみたら下策と言っていい。魔法使いは射程を活かしての先手が基本だ。それを相手に譲るのは危険極まりない。だが魔王を敵に回すことを考えれば仕方がない。

 イフ姉の反応が怪しく不安を覚えるが、何か出来るわけでもないので黙って先に進む。




 変化が訪れたのはその少し後だった。

 何かがこちらに向かってきている。

 ゆっくりとした足取りで、どうやらこちらに気づいているようだ。

 念のために杖に手を添えておく。

 草木が揺れ、茂みから現れたのは。

 人? ハニワの顔をした人。魔族?

 ハニワの魔族。見たことも聞いたこともない。新種? いや、もしかして。

 話しかけようとしたその瞬間。


「ファイアストーム」


 炎の渦がハニワを包んだ。


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