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小話十話 ファース辺境伯と愉快な執事

時系列的には小話四~五辺りになります。

 ファース辺境伯。

 前の戦乱で自ら槍を取り武功を挙げ、、皇帝からの覚え良く、戦争で貴族そのものが減っていたため男爵から辺境伯まで陞爵した武門派筆頭貴族。

 しかしそれは先代モーガン・ホス・ファース辺境伯までの話。


 猫の額ほどの領地を治めていた頃とは違い、新しく収める領土は帝国貴族の中でも上位に入るほど広大。更に東に国家群、西には首領悪鬼(ドン・オーガ)、南にはオワの大森林と危険な多い。

 求められるは強力な武ではなく、政治に優れた知略。そこで引退を決意したモーガンは騎士団の強化に尽力をした。


 その結果、モーガン亡き後もファース騎士団は精強と知られ、当主であるナラガン・ホス・ファース辺境伯は政を得意とした海千山千の貴族となった。

 そして今、そのファース辺境伯は。


「………………」


 執務室で一枚の手紙を前に苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 発端は届けられた手紙に目を通していた時だ。

 辺境伯ともなれば届けられる手紙は膨大となる、その中から執事のクラースが当主でないと判断出来ないものを選び執務室に届けている。

 そのおかげで束が数えられるまでに減るのだが、今日はその中でも異様な一枚があった。

 封筒そのものはギルドで使われている物で、それほど珍しくはない。ただ、送り主と内容が問題だった。


『オワの大森林魔王ノブナガ』


 魔王だ。それも南に広がるオワの大森林の魔王。

 それに加え手紙の内容が読み取れなかった。手紙には確かに文字と思われる何かが書かれているが、ファース辺境伯には解読できなかった。

 問題はさらに続く。ファース辺境伯を始め帝国貴族は誰もオワの大森林に魔王が誕生したことを知らなかった。しかもその魔王について最初に届いた損害報告書ではなく、手紙の辺り友好的なのか賢いのか手紙の内容が判断できない限り判断できない。

 最後はこの手紙の搬送ルートだ。封筒は魔王が何らかの手段で偽装したとしても、手紙が届いたと言うことはどこかで手紙を出したということ。つまり魔王は人族の社会に足を踏み入れていたと言うこと。

 魔王が村や街に入ればそれだけで騒ぎになってもおかしくない。しかしそんな報告は未だにない。


「クラース!」


 きりきりと胃を締め付けられる思いをしながら執事を呼ぶ。


「お呼びでしょうか?」


 呼んですぐに扉が開きクラースが姿を現す。まるで最初から扉の前にいたかのように。いや、実際に居たのだろう。何せこの手紙を選別して届けたのだ。当然この悩みの種である手紙があることは知っている。


「今すぐギルドマスターと主神教の司祭を呼べ!」


「そう仰ると思いましてすでに呼んでおります」


 まるで未来でも予知していたとばかりに、扉のお向こうからムスタングギルドのギルドマスターと主神教の司祭が姿を現す。

 驚くような手際の良さ。これが二代続けて仕えている執事クラースの手腕。見た目は骨と皮だけの老人だが頭のキレは一級品。ファース辺境伯自身、代わりに政をしてくれと願ったほど。


「いるなら最初から連れて来い!」


「申し訳ありません。もしかしたら必要としないかと思いまして」


 フォース辺境伯の怒声を木の葉のようにひらりと避けるクラース。常に最善手を用意しているくせに口に出さないと見せない。ファース辺境伯からすれば非常に優秀で、最悪の性格をしている執事だった。


「チッ、まあ良い。さて両者とも呼ばれた理由は分かっているよな。オワの大森林に魔王が誕生したのを黙っていたな。喜べ、その魔王から手紙が来たぞ」


 皮肉交じりに封筒ごと手紙を投げ渡す。

 ギルドマスターはその手紙を見て目を大きく見開き、横目で見ていた司祭は鼻で笑った。


「どこぞのバカの悪戯でしょう? 魔王が手紙を出すなど聞いたこともない。現に中身は落書きではありませんか」


「ほう、だがオワの大森林に魔王が誕生したのは否定しないんだな。確か魔王が誕生したのを主神教は察知できるはずだが」


 今は領主として政を得意とするが、先代までは武人として名を馳せていた一族の末裔。その眼光はそこらの騎士よりも鋭い。

 しかしそんな眼光も豚と蛙を合わせたような顔をした、文字通り面の皮が厚い司祭には効かないのかまるで気にした様子を見せず。ぬけぬけと。


「最近教会の壁の塗装が剥げておりまして、もしかしたらその所為で神の威光が地に届かず――」


「そうか、なら急いで自分で塗装しないと。もう帰って良いぞ」


 金の無心をしてくるが、ファース辺境伯は一蹴。司祭は不満を顔に出しながら執務室から出て行った。


「ちっ、何もしないくせに金を寄越せとは。何を言わない精霊教がどれ程ましか。ギルドマスター、お前の言い訳を聞いてやる」


「言い訳とは。まあ仕方ないですな。オワの大森林に魔王が誕生したことは本部から連絡がありましたが、同時に帝国には伝えることを禁ずると言う命令もありました。ですので、冒険者のみに情報を開示し、他者に漏らした場合非常に重い罰則を設けました」


 言い訳をする理由など無い、とばかりにはっきりと言って見せる。元冒険者と言うこともあり大きな体格をしているが、事務仕事ばかりの所為かたるみ始めている中年の男だが、ギルドマスターとしては人望があり有能でもある。


「秘密裏に情報を回せなかったのか?」


「回したら反応するでしょう? きっとすぐにあの豚蛙(司祭)がすぐに察しますな。それで告げ口でもされたら。

辺境伯もご存じと思いますが、ギルド本部があるあの国は主神教と密接な関係にあります。主神教にとって損になることすれば本部にとっても損になるんです。

もし本部の怒りを買えばこの地域一帯が村八分の様に情報が回ってこなくなりましょう。そうすればどうなるか、ギルドは潰れ、冒険者は移動、治安は悪化。本部からすれば少し収入が減った程度でしょうが」


ギルドマスターの言にファース辺境伯は舌打ちを打つ。

ままならぬものだ。とはいえ、政も思い通りになることは少なく、すぐに思考を切り替える。


「まあ良い。それでお前はその手紙は魔王のだと思うか? 封筒はお前らが使用しているものだが」


 ギルドは魔王とまで繋がっているか、答えを知りつつも暗に尋ねる。


「手紙は、何とも言い難いですな。封筒は紙質からして王国にあるギルドの物でしょう。まあ豚蛙(司祭)の言うように手の込んだ悪戯の可能性も否定はしませんが……」


 皆まで言わずも分かるでしょう、ギルドマスターはあえてそこで言葉を止めた。

 ファース辺境伯も実際は分かっている。これは魔王の手紙である可能性が高いことは。


 帝国内で魔王の存在を知っているのは主神教とギルドと冒険者だけだ。主神教は論外として、ギルドや冒険者なら愛国心から行動する可能性もあるかもしれないが、それならこんな回りくどい手段は使わない。

 何より王国側のギルドの封筒。これを帝国が入手するのは困難。国家群からだとしてもそう変わりはない。

 オワの大森林の魔王だけが可能なのだ。自分を退治にしに来た冒険者を返り討ちにし、持ち物からギルドの封筒を再利用できる魔王だけが。


 この手紙の対応を間違えれば二体の魔王を相手に、いや最悪国家群を含め三方向から敵対されることになる。

 だがもしこの魔王と友好な関係になれれば?

 敵対か友好か、天秤は当たり前の方に傾く。

 問題はこの手紙が何を表しているのか。それが分かれば交渉できる。


「クラース、これをどう見る?」


「手紙と見ます」


 ギラリとファース辺境伯が睨むと、その反応に満足したのか今度こそ真面目に話す。


「おそらくですが、試されているのでしょう。手紙は落書きではなく明らかに何らかの法則性があり文字と判断できます。しかし読めません。専門ではありませんので分かりませんが、二つか三つ種類の違う文字が使用されております。ですが、封筒をご覧ください。そちらには我々でも読めるように『オワの大森林魔王ノブナガ』と書かれております。こちらの文字が使えるのに、あえて暗号のような文字を利用する理由。

推測になりますが、我々が魔王について知らないように魔王も我々をあまり理解していないのでは? だからこのような手紙を出しその反応で見極めるつもりではないのでしょうか?」


 考えの一つとしては理解できる。ギルドマスターも異論はないらしく頷いていた。


「では取るべき最善の行動は?」


「文字を今すぐ解読に返答することでしょうが、これの解読を数日で終わるとは思えません。ですので、次善案として手紙が読めなかった、されど敵対する意思なく何らかの要望がある場合交渉の準備がある。そのような内容で返すべきかと」


「……つまり私たちはバカです、文字が読めません。と書いて魔王に舐められろと?」


「問題でも?」


 あるわけがない。勝手に舐めて侮って隙でも晒してくれれば実にありがたい。

 

「その案を採用する。しかし魔王相手に手紙か、下手に飾らず単刀直入の方が良いか? ギルドマスター、お前はとっと戻って冒険者の選定をしておけ。意思疎通が取れる魔王かもしれないが確実に安全とは言えん。だが魔王の気を害するような無骨者は駄目だ。分かったな」


 何とも面倒な注文を出すファース辺境伯に、面倒そうな顔をするも一睨みされると肩をすくめて部屋を後にする。

 何故自分の周りには素直で可愛げのある奴がいないのかと、本気で悩みながらファース辺境伯は魔王への返事を書こうとして、未だに部屋に残るクラース気づく。


「どうした? お前にも仕事があるだろう、行って良いぞ」


「はい、その仕事するために残っております。魔王への返事を書くなら、ついでにもう一人。丁度近くに視察にいらしているお方にも書かれてはいかがでしょう、とお伺いする仕事です。では、仕事が終わりましたので失礼いたします」


 何とも癇に障る言い方をして怒鳴る前にクラースは逃げて行った。

 怒りをぶつける相手に逃げられ腹が立ちながらもクラースの言葉を忘れたりはしない。


「確かに、辺境伯だけで片して良い問題ではないか。仕方あるまい」


 魔王以外にもう一通。大して時間はかからなかった。


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