小話八話 蜥蜴人との模擬戦
魔王がブラントから戻り、その後帝国へと行く間にリンは自分の姿をした魔王と模擬戦を行っている。
結果はリンの惨敗。その結果は蜥蜴人に衝撃を与えるのに十分だった。
リンは蜥蜴人の中でも最強であり、憧れる者のも多い。それなのに魔王が固定技能を使い同格となった自分に惨敗した。
模擬戦後、魔王から様々な点を指摘される。
大きな指摘の一つ、戦い方。アリスの指導の結果、蜥蜴人は一撃必殺を主とする戦闘を好むようになり、頭や心臓などを狙うようになってしまった。しかしそれはアリスや剣聖など才能ある者だからこそ出来る戦い方であり、蜥蜴人にそれほどの才能を持つ者はいなかった。
それを知ってかリンとの模擬戦の際、魔王が見せた戦い方は守りを中心とした物だった。
回避と防御に意識を回し、隙を見つけては相手の利き足を狙い、動きが悪くなってきたら今度は攻勢に転じ目を狙い始め、相手が目の守りに意識を向け始めた所に胴に一撃。
足を狙い、目を狙い、心を狙う。斬れれば良いを信条にしているアリスの下では得られない戦闘のコツ。
もう一つ指摘されたものの中で衝撃が大きかったのが、体が固いと言うことだった。
体が堅いことの何に問題があるのかと、疑問に思う蜥蜴人に関節の事であることを説明して、ようやく体が固いの意味を理解した蜥蜴人。
それでも関節が柔らかくて戦闘に役に立つのかと疑問に思う蜥蜴人だったが、言葉には出せず黙って頷くことに。
この他にもいくつか指摘され、蜥蜴人の意識改革が行われた。
その結果、蜥蜴人のランキングに大きな変化が現れた。
今までは圧倒的なリーチにより上位を占めていた槍使いの蜥蜴隊長達が、模擬戦後に登場した片手に剣、片手に盾と言う守りを主軸にした蜥蜴隊長達に上位の席を奪われ始めた。
そしてついに魔王と模擬戦を上位十名が決まった。
十名の理由は魔王への配慮。無理を言っている立場なのに全ての蜥蜴人と模擬戦を行わせるわけにはいかない。更に弱いうちに模擬戦を行わせても無意味とリンとアリスが判断した。
その日夜、シバの所からサイコロを借りて上位十名は模擬戦を行う順番を決める。
まるで見世物ように上位十名から少し間を空けて蜥蜴人が囲む。一人がサイコロを振っただけで異様に盛り上がる。
そんな盛り上がりの中話される内容は、誰がいつ戦うか、どんな模擬戦になるのか。そして場違いなようでも話に上がるのが、今日課題の経過具合を報告したヒデら小悪鬼の話。
ほとんどが初めて休んでいる姿を見た、という内容だった。
その日はまるで前夜祭のような勢いのまま順番が決まり、寝ることとなった。
ちなみに興奮のあまり寝ることのできない蜥蜴人が複数出た。
「え? リンを含めて十人?」
「はい! 実力のある者を厳選いたしました。……もしや多すぎたでしょうか? でしたらすぐに減らしますので」
課題の中で最も判断の難しい蜥蜴人の自身への勝利。
リンを相手に今度こそ負けて楽をしよう、と考えていた魔王を待っていたのは十名の選ばれた戦士。
しかも勝てば先着で一名だけ名が貰えるとあって士気は高い。
魔王の惜敗計画はここに崩れ去った。
「べ、別に問題ない。だがそうだな、一日一人……ではなく一日二人までとしよう。訓練前と訓練後。それでも良いか?」
計画失敗に内心項垂れながらも帝国からの返答が来た場合などを考える。訓練前で体が温まっていない内に、とか、訓練直後で疲労が残っているときになどと言う考えも多少は含まれている。
「ありがとうございます。それでは早速。おい! 確かお前だったな」
昨日決めた順番通り、リンに次ぐ実力者の槍使いが一歩前に出る。
魔王もそれに合わせて変身し、周りの蜥蜴人が一斉に後ろに下がる。
模擬戦は互いに防御重視の戦いになり、決定打のない地味な戦いになった。
槍を合わせ、避け、突く。根気比べになるかと思われた戦いはたった一撃で終わることになる。
防御思考になる、似たような戦い方をするかもしれない、対リンに備え実はいくつか有効打を考えていた魔王。その一つ。
わずかな隙を突き相手が足を突いてきた瞬間、槍を地面に突き立て棒代わりにして宙返りと共に蹴りを放つ、通称サマーソルトキック。
見たことのない技で意表を突ければ当たるんじゃないか、悪くても流れを持ってこれると考え放った一撃。しかしそれは意外な効果を生んだ。
相手が寸前の所でサマーソルトキックを避けたが、蜥蜴人には第三の脚ともいえる尻尾があり、尻尾が見事相手の股の間に通り。
一撃必殺となった。
いくら堅い鱗で身を守る蜥蜴隊長も急所への攻撃は耐え切れず、白目を剥いて倒れた。
その光景をみていた全員は衝撃を受けた。
何せ防御を中心としていた蜥蜴隊長が一撃で倒されたのだ。攻撃に軸を置けば強固な守りの前に手痛い敗北をし、防御を優先しても一撃であっさりと負けてしまう。
蜥蜴人は混乱した。どのように戦うのが正しいのか。
訓練の後にも混乱は続き、模擬戦に出た序列四位の蜥蜴隊長は攻撃、防御どちらも中途半端な出来となり普通に負けてしまう。
二日目。
剣と盾を装備した序列九位の蜥蜴隊長は剣を攻撃のみ、盾を防御のみにして挑むが、剣の攻撃を防いだ直後に来た盾の殴打が防げず、体勢を崩されたところを畳み掛けられ負けた。
訓練後、序列三位の蜥蜴隊長は尾をバネにして突撃する『爪牙』で短期決戦に出たが、哀れにも模擬戦が始まる前から考えていたため変身にした魔王に手の内がばれており、あっさり迎撃されて逆に負ける。
三日目。
そろそろ何らかの成果を見せねばまずいと蜥蜴人全体が焦りだすが、突破口は未だ見当たらず。序列十位の蜥蜴隊長はあえて使ったことのない剣と盾を装備した。魔王の能力を逆手に取った作戦に思えたが、どちらも使ったことのない武器に悪戦苦闘する酷い試合になり、最終的には剣と盾を捨て殴りに行った魔王が勝った。
訓練後、序列五位の蜥蜴隊長は無手で挑んだ。今までは隙を突かれて負けたのだと考え、隙が少なく変化の乏しい無手を選んだ。しかしそれこそ悪手。体術を知らない蜥蜴隊長と体術を知る蜥蜴隊長の戦い。戦いは一方的な結果となる。
ステップを踏みボクシングのようにヒット&アウェー、相手が破れかぶれに突撃してくれば腕をつかんで背負い投げ、起き上がろうとするところに膝蹴りをかます。
その場にいる全員が悟った。無手では勝てないと。
四日目。
その日、魔王の偉大さが証明されることになる。序列八位の蜥蜴隊長は実直だった。戦い方を研究し、剣と盾を持つことに最初に始めたのは彼だった。更に関節を柔らかくすることも努力した。その苦労がその日報われる。
立ち合いは互いに数合打ち合い小手調べだった。しかし魔王が相手の盾を弾き飛ばした時に流れが変わった。
剣で弾いたのではない、盾でもない。尾を使ったのだ。蜥蜴人の特徴である尾を。初めて攻撃のための武器として。
しかも序列八位は関節を柔らかくする努力により、尾の可動域は他の蜥蜴人とは違い前方にまで及ぶ。死角は無かった。
それからは剣と盾。そして尾の三つの武器を使った戦いになった。
初の接戦だったが、最初に盾を弾かれたときに痛めた手首が響き、最終的に負けてしまった。
しかし希望は生まれた。
訓練後、序列七位は意気揚々に挑む。尾こそが突破口と。
しかし、現実は残酷。始まって早々に魔王の槍投げ、それに虚を突かれるも何とか防ぐが、すでに遅し。接近した魔王のタックルによりマウントポジションを取られ、ボコボコにされた。
五日目。
「アリス先生。本当に変身した魔王様は自分と同格の相手なのですか?」
模擬戦が始まる前に、全員のリンがアリスに聞いた。
今までの模擬戦の結果を見れば、その疑問は当然だった。
「同格だ。身体能力はな。現に魔王はお前たちに勝っているが、別に火を吹いたり空を飛んでいるわけじゃない。お前たちに出来る手段で勝っている」
「では、何故ここまで敗北が続くのですか? 善戦したのは昨日のみです」
同格ならばここまで惨敗が続くものなのか、当然の質問のように思えたがアリスは呆れるようにため息を吐いた。
「あのな、身体は同じだが、同じなのはそれだけだぞ? 魔王はお前たちの身体に変身するが、別に魔王の意識がなくなるわけじゃないぞ? お前たち相手は自分自身と更に魔王の意識を追加した物だ。当然、最初は魔王の方が有利だ」
アリスの言葉に蜥蜴人達はざわめく。同格と思っていた相手が実は格上だったのだから。
「そ、それでは勝てないのでは?」
「そんな訳あるか。剣聖は魔王に勝っている」
ほんの数回だけとはいえ、全員が魔王と剣聖の模擬戦を見て勝敗を知っている。どれも最初に魔王が押して次第に剣聖が押し返して勝っていた。
ではそこに何か答えがあるのか、皆で頭を捻るが答えは出て来ない。
いつまでも考えている蜥蜴人にしびれを切らし、アリスがリンを指名した。
「リン、昨日の自分と今の自分。どちらが強い?」
「当然今の自分です」
「なら素振りを千回した自分と、する前の自分では?」
「当然、千回素振りをした自分です」
「分かっているじゃないか。なら答えが出ているだろう」
その言葉とは逆に蜥蜴人は首を傾げる。どこに答えがあったのだろうかと。
「分からんか? 魔王は自分と同じ姿になる。しかしそれは少し前の自分だ。リンは言ったな、昨日の自分より強いと。最初の内は知識が多い分魔王の方が有利かもしれん。だが素振りをした後の自分の方が強いのだろう。なら数合打ち合えば強いのは自分になっているはずだ。そう考えれば負ける理由がない。そもそも負ける方がおかしいんだ」
アリスの言葉に目から鱗が落ちたとばかりに蜥蜴人達が衝撃を受けていた。その様子を少し離れた場所から魔王が冷めた目で見ていた。
その理屈はおかしいと思いながら。
一日でそこまで強くなれるわけがない。身長と同じで一日で得られるのは目にも見えない極小のもの、それが時間と共に溜まってようやく実感できるのだ。ほんの少しの努力を強さに変えるなど剣聖のような規格外でもない限り無理だ。
ただアリスの言葉の全てが間違っているわけでもない。最後の負けるはずがないという発言、あれにより蜥蜴人は自信を得る。
魔王の能力は良くも悪くも身体能力は同格になる。だから相手の頭の足りなさを利用したり、奇抜な攻撃をして勝ってきた。しかし、それを対処されれば純粋な腕の戦いになる。
身体能力が互角なら次は精神的な強さが重要になる。
自信があるとき、調子に乗っているとき、時として実力以上の力を発揮することがある。
今アリスの言葉を受け蜥蜴人は自信を付けた。もし奇策を防がれれば魔王が負ける確率は高い。
だが魔王はそれで良いと思った。
そもそも勝つ気なんてさらさらないのだ。ただ名前を与える相手を適当に負けた相手にするのはあまりに蜥蜴人に対して不義理だと思ったからに過ぎない。
リンになら負けてもいいのだ。すでに名前はある。むしろ負けて名を付ける奴を選ばせてしまえばいい。後は序列六位に勝てれば良い。
などと思っていた魔王だったが。
訓練前の模擬戦。相手はリンだった。
「……え? リンは最後じゃないのか?」
「サイコロで決めました。低い数字ばかりで最終日になりましたが最後ではありません」
てっきりリンは締めになると思っていた魔王は困惑した。
すでに魔王が打てる奇策は数少ない。それを使って序列六位に勝ち、リンに負けようと思っていたのだ。しかしここでリンに負ければ相手が調子に乗る。とはいえ勝つためには奇策を用いねばならず手札を失うことになる。
勿論奇策をリンに用いず序列六位の時使うという方法もある。しかしそうなるとリンの時に手を抜いたと思われかねない。
どうするか、考えた末に魔王はとりあえず全力で戦うことを選んだ。後のことは後で考えようと思い。
模擬戦は苛烈を極めた。鋭い槍と鞭のようにしなる尾の攻防。僅かな油断が敗北を呼ぶ一戦。
互角の戦いが続くが、次第にリンが押し始める。
別にこのまま押し負けても良かったのだが、最後の奇策を用いて負けねば後に控える序列六位との戦いで使えない。
リンの尾による足払いを魔王は尾をバネの様にして飛んで避けつつ、構えてリンに突撃。しかしリンの紙一重で槍を避け魔王を薙ぎ払おうとした時。
「ガァアアアア!」
魔王が吼えた。
木々は震え地が揺れるような咆哮をリンの耳元で。
周りの蜥蜴人も一斉に耳を塞ぎ、アリスも不快そうに顔を歪める。
防ぎようのない音の攻撃。ほぼ零距離で受けたリンは。
「グガァ!」
気合で何とか魔王を薙ぎ払うが力は入っておらず動きも鈍い。その隙を魔王も当然見逃さず。
そこからは一方的に魔王が攻めリンが守るだけに。しかし咆哮の影響が残るリンでは守りもままならずそのまま敗北。
蜥蜴人の最後の希望だったリンの敗北に皆が肩を落とした。
訓練後、序列六位との模擬戦。
消化試合になるかと思われたが、序列六位は粘りに粘った。
防御を主体とする剣と盾の使い手。今まで魔王が使ったサマーソルトキック、盾の殴打、タックル、武器の投擲など注意し隙のない戦いに徹した。
また幸運なことに序列六位は関節を柔らかくすることをさぼっていた。その為体が固く尾を使った攻撃が難しくなり、互いに攻撃手段が一つ減っていた。
このままでは埒が明かぬと魔王が攻めを激しくする。
剣と盾のコンボ。時おり身を無理やり捻り尾を使うなど防御を無視した戦いを見せ、無理やり相手の懐まで近づく。
そしてわざと大きく息を吸い、相手が大声を警戒して跳び退こうとした瞬間に足を引っかけた。
相手の警戒を逆手にとって攻撃。仰向けに倒れた所を剣と突きつけ魔王の勝利。
結果。魔王全勝、蜥蜴人全敗。
魔王は一仕事終えたと満足げに汗をぬぐい去ろうとしたが、アリスが肩を掴み。
「さて、最後は私だ。約束したよな魔王?」
魔王の悲鳴がダンジョンに響いた。




