小話六話 夜の集会 カイの成果
夜、食い終えたら寝るだけの門の見張りを残し寝るだけの魔族だが、ときおり族長だけで集まり情報の交換などを行う集会がある。
その集会が今日開かれる。
族長のカイは眠そうに欠伸をしながらも今回会場になったヒデの家に向かう。
集会の開かれる場所は各族長の家、順番で決められている。
理由としては族長間で身分差を出さないため。もし毎回同じ族長の家に足を運ぶようになれば、その家が格上に見えてしまう。
ちなみに前回はリンの家で開かれ、議題は魔王への報告の順番。ちなみに順番は課題を終え報告したランと元々課題のないヴィを除き、課題が終わっていないが報告することのあったシバ、次に同じ報告のみのカイ、進展のないヒデ、訓練待ちで最後になったリンになっている。ちなみに昨日の話だ。
二日連続の集会、だからカイは眠かった。
唯一の救いは集まる理由が新たに名を貰った女郎蜘蛛の顔見せだということ。
魔王から名を貰うとは特別なこと。
それは豚人の族長であるカイが最も良く分かっている。
現在魔王の配下の種族の中で豚人だけが名を付けると言う慣習を持っている。名とは親が子に与える重要なもの。名のおかげで子は周りから誰の子か分かり、もしもの時は保護される。
では親でもない魔王から名を貰うとは。
魔王から個体として認識されると言うこと。
それはどういうことなのか。
例えば一人の豚人が何らかの功績をあげるとする。それによりその豚人は褒められ種族は評価されるだろう。しかし魔王の記憶に残るのは豚人族が功績をあげたと言うことだけ。功績をあげた豚人は記憶に残らない。
もし名があれば魔王の記憶には、どの種族の誰が功績をあげたのか記憶に残る。記憶に残れば功績を参考に新たな命令を貰えるかもしれない。
名とはそれほど重要だ。
とはいえ今回は顔見せだけ。すぐに終わるだろう。
そう、ヒデの家に入るまでカイはそう思っていた。
ヒデの家に入り分かったことは二つ、集会に呼ばれた中で最後に来たのが自分と言うこと、そして訳が分からないと言うこと。
家主であるヒデは何やら考え込むような落ち込んだ様子で座り、その隣ではリンが机に突っ伏して寝ていた。そして粘液生物の族長であるヴィがおらず、代わりにセキが出席しており、何故かシバが怒っている様子。その先にいるのはランと今回名を貰った女郎蜘蛛だろう。申し訳なさそうに頭を下げているのはなぜだろう。
まずヒデについては分かっていた。報告できることが無い、と昨日から呟いて落ち込んでいた。今日も頑張ったようだが成果がないらしい。
リンは訓練を頑張ったんだろう。前に魔王に腕試しをしてもらい完封負けしたことをかなり気に病んでいた様子。そのため最近は訓練への力の入れ具合が違っている。それにアリスが帰ってきて過酷さが増したのだろう。それは眠いだろう。
次からがやや理解できない。何故族長であるヴィではなく前に名を貰ったセキが出席しているのか。粘液生物の思考はカイにも理解できていないが、気分で決まりを破ることはないと思っている。
そして何故か怒っているシバ。その怒りの矛先がランと女郎蜘蛛に向かっている理由も分からない。
今回は名を貰った顔見せ、その女郎蜘蛛の祝いのようなものではないのか?
疑問が湧いてくるがそれを解決するのは後に回し、まずは族長が集まったため集会を始める。そのため一度手を叩いて全員の視線を自分に集めた。
「リン、起きろ。これから集会を始めたいのだが、その前に色々と尋ねたいことがある」
音に反応して全員がカイに視線を向けた。リンについては驚きの余り立ち上がっている。
「まずセキ、何故族長のヴィが出席していないのか説明を」
「ん~? 族長は魔王様に呼ばれた。そっち優先。集会は代理」
それなら仕方がないとほぼ全員が納得した。集会は確かに大事だが、魔王様に関係することは全てにおいて優先される。
「なっ! こんな時間に魔王様から呼ばれた! そんなまさか――」
「ランッ!」
何やら信じたくない様子のランがいたが、シバに一喝されすぐにしゅんと縮んだ。
一体ランは何をやらかしたのか。
「違うよ? 魔王様に呼ばれたの日が沈む前。聞きたいことある、暇なときに来てくれって。集会俺行けば族長は暇。だから俺来た」
何も隠さないセキの言葉に族長全員が言葉を失う。
確かに魔王に関係すれば最優先となるが、それは別に明日でも良かったんじゃないのか。むしろ夜なら迷惑なんじゃ。
しかしヴィがここに来ないと言うことは魔王に受け入れてもらえたと言うことなのだろう。何ともおかしな雰囲気になりかけた場を戻すため、カイは更に話を続けていく。
「では今度はシバだ。何やら怒っているようだが、何かあったのか?」
「ランが魔王様に迷惑をかけてな。非常に問題なのだが、先のセキの言葉に対する反応を見る限り本当に理解できているのか不安だ。丁度いい、皆に話しておこう」
ちらりとランの方を見れば申し訳なさそうに頭を下げている。後ろに控えている女郎蜘蛛も一緒に。
一体何をやらかしたのか、シバの話を聞いてみる。
聞き終えた結果、出たのは溜め息だった。
「まず一つ聞いておくが、ラン今の話本当か。どこかに嘘偽りなどはあったかな?」
「……ありません」
今にも消えそうなランが声で答える。
確かに魔王様の前で醜くも言い争いをしたのは問題だ。それも名を付けてもらったその場と言うのも大問題だ。だが。
「魔王様が立ち去ったことにも気づかず言い争っているとは何事か! その場に座り込み反省していたのかと思えば互いに呪詛の様に罵倒しておって! 恥を知れ!」
毛を、尾を逆立て烈火の如く怒鳴り声を上げるシバ。どうやら多少時間が経過した程度では彼の怒りの炎は消え無いようだ。
怒鳴られたラン、そして新たなに名を貰った女郎蜘蛛のイチもただただ黙って頭を下げる。
確かにランら行った行為はあまりに酷い。主である魔王様の前に険悪な雰囲気を出し口論。更に呆れてその場を離れたことすら気づかずに口論を続けていたという。もしカイがその場にいればシバ同様激怒しただろう。
とはいえ、カイであったらここまで尾を引くことはしない。その場で叱責し、反省を促して終わっただろう。
ここまで怒り続けるシバにも問題はある。魔王の庇護に最初に入った種族として誇りとそれ以上に魔王への忠誠を群犬族は持っておる。当然カイ自身、それに負けず劣らずの忠誠を抱いているつもりだが、今回はシバの忠誠心が暴走しているとも思っている。
とはいえそれを指摘しても火に油を注ぐ結果になるのは目に見えている。なので助け船という形で場を収める。
「まあまあシバ。彼女らも反省している。それに魔王様自身そこまでお怒りではなかったのだろう? いつまでも怒っていても仕方ないだろう。それに一応今回の集まりはイチと名を貰った祝いの場でもあるのだ」
だからそれくらいにしよう? と言えばこれ以上は怒るのは難しいだろう。シバはやや唸った後に黙って頷いた。
「では、もう皆分かってしまっているが自己紹介を頼む。おい、リン起きろ」
ようやく本題だったはずの顔見せに入る。本来ならこの紹介で名前を知るはずだったのだが、シバの事情説明の際に名が出てしまった。では別の手法の紹介を、とも考えたがカイ自身すぐに寝たかった。なにせ明日は魔王への報告がある。寝不足の姿など見せるわけにいかず、すぐに終わらせるために従来の方法のままで行った。
今にも寝入りそうなリンの首を掴みながら場をイチに譲る。
「ほ、本日魔王様より名を貰いました女郎蜘蛛のイチと申します。未熟者ですがよろしくお願いします」
全員から拍手によって迎えられる。始まりが悪かっただけに印象はそこまで良くないが、セキの時に比べれば随分とましだろう。
なにせセキの時は「セキ、よろしく」で挨拶を終え、その姿を見てランが染色に使う花を盗み食いした犯人と気づき、深夜の大粘液生物と女郎蜘蛛の追いかけっこに発展した。勝敗は知らない。その前に全員家に帰って寝たのだから。
「これからよろしくイチ。それでは他に報告することはないな? ……では解散!」
ようやく、カイは努力の結晶を見せるに至った。例えそれが課題とは関係なくとも、最初に魔王に任されたのがようやく実った。
「ほほう、花が咲いたか」
目の前には丹精込めて作られた畑があり、今は葉と花により緑に染まっている。その葉を退ければ下には作物へと繋がっている無数の蔦。
「思っていたより早かったな」
「はい、これは比較的に成長の速い作物でして。ええっと、ガリア芋でしたか? 前に集落を襲った冒険者がそう言っていましたね。曖昧ですので、後でアリス先生に聞いてみます」
昔の出来事からカイは何とか名前を思い出す。集落の頃は芋と言えば通じたが、ダンジョンでは複数の謎の種を蒔いたので他の品種の芋が出た場合芋では通じなくなる。
「他の作物はどうだ?」
「はい、最初の内に蒔いたものはある程度成長していますがまだ花が咲くほどでは。遅い物は芽がようやく出始めた頃です」
何の種か分からず適度に水を与えているだけだが、運がいいのか環境が良いのか順調に育っている。このままいけば収穫の可能だろう。
全ての畑を見せ終わった後、満足げの様子の魔王にある成果を発表するため場所を移す。
「魔王様、実は最後にお見せしたい者がございますので、ダンジョンの外までよろしいでしょうか?」
連れて行くはダンジョンを出て丘は下ったすぐ近く。何の変哲もない森の中。
「魔王様、こちらをご覧ください」
そういってカイが示したところにあるのは小さな芽。誤って踏まないように小さな柵で囲われていた。
「何かの芽のようだが、これはなんだ?」
「ワリの芽です」
「……ワリ、ワリの実か!」
これこそ、魔王が旅立ったのちに発見した最高の成果。ワリの芽。
「はい、これが初の発芽したワリの成功例です。発芽条件なんですが、環境も土も水もダンジョンと同じなんですが、ダンジョンでは一つも発芽せず、たまたまダンジョンの外に蒔いたものが芽を出しまして。このことからオワの大森林でないと発芽しないのではないかと思います」
中々成果を出せず、根を詰め過ぎていた時に苛立ちと共に外に投げ出した種。それが今目の前で芽を出している。
発見したとき、カイは己の目を疑った。そして涙した。今まで発芽条件を探していた苦労はなんだったのかと。
「ダンジョンでは作れないのか。オワの大森林に会ってダンジョンにない物? 自然と人工の違い? まるで分らん。しかし外に果樹園を作っても管理が……。夜だって魔物に荒らされる可能性がある。となると、まずは情報が欲しい」
魔王は芽を見ていると何かぶつぶつと言い始めた。それがカイに関係があれば聞き返したが、情報を整理しているだけだと分かり何も言わずに待ち続ける。
どうやら終わったようで、魔王が顔を上げる。
「良し、カイまずはこれを育て立派に実らせてくれ。それと名前についてだが」
「魔王様、それでしたらまずは実がなった時に。何らかのミスがあるかもしれません。名を頂くのは魔王様の下に実を持って行ったときこそふさわしいかと思います」
本当なら今すぐ名を貰いたい。しかし栽培してようやく課題を終えるのだ。もしここで名を貰えばヒデの様に努力しても結果が出せない者に顔向けできなくなる。
そんなカイの思いを知ってか知らずか、魔王は頷き。
「では期待して待つとしよう。カイ、この実を持ってくる時は名を与える者とどんな名が良いか決めて来い」
気分を良さそうにダンジョンへと戻っていった。
その背を見送りつつカイは頭を下げた。
「必ずや」




