第五十四話
歴史の時間だ!
正直失敗したと思っている。すまんかった。
色々と詰め込もうとしすぎた。
結果詰め込めていないという体たらく。
情報の出し方の難しさを痛感した。
かつて剣聖にまで昇り詰めた男がいた。
その男は現剣聖ヴォルト・カッシュの師であり、『剣聖』でありながらそう呼ばれず、数多の悪行とわずかな偉業から『戦狂』と呼ばれ恐れられた。
その男の名はコルター・カッシュ。カッシュ流創始者である。
コルターの名が最初に記録されたのは北方、未だ帝国が大国になっておらず、冒険者ギルドも組織として出来上がったばかりでまだ広まっていない頃だった。
帝国で初めて作られた冒険者ギルドにコルターが登録に来た。それも悪名高い盗賊団の頭の首を持って。
決して安くない報奨金を貰ってもコルターはすぐに依頼を求めた。それも討伐を好み過酷な物を選んだ。
当初は盗賊や悪人を毛嫌いしていると思われていたが、すぐにそん考えは改められた。
帝国が隣国に宣戦を布告した。義勇兵としてギルドにも依頼が来ると、コルターは真っ先に手を挙げた。
コルターは若く、使いきれないほどの金を稼ぎ、戦闘において右に出る者はどこにもいなかった。これから堅実に生きれば安全と裕福な暮らしが得られるだろう。しかしコルターはそれを蹴って、死ぬ可能性が高くスズメの涙ほどの報酬しかない義勇兵に何故志願したのか。ギルドマスターが気になりコルターに尋ねた所。
「戦闘における興奮、勝利を掴んだときの高揚、そして生と死の狭間より生還したときの言葉にしがたい快感。これは何物にも代えがたいものだ」
戦闘狂、コルターを一言で表現できる言葉だった。
そしてコルターは義勇兵として帝国の戦争に身を委ね、瞬く間にコルターの名が国々に轟くことになる。
常勝無敗の帝国を支える一人の男がいると。戦に出れば必ず一番槍となり、味方の窮地には躊躇わず駆け付け、例えそこが死地になろうと決して引かない勇猛な者。
戦が無ければギルドの依頼を受け、治安向上に貢献する熱心さ。
横から見れば英雄に見えたのだろう。しかし実際は異なった。
命令無視して突撃、それでも戦果を挙げてくるので何も言えず、自分が窮地に陥りたいが故窮地に飛び込み、その場が死地になればそれこそ望む物。退く理由など無い、例えどれだけの部下を率いていようと。
味方からは疎まれ、敵からは英雄視される、普通とは逆の評価を受けていた。
戦いばかりの日々、まさにコルターが望むような生活、かと思いきやギルドマスターに愚痴をこぼしていた。
「戦争も戦闘も命の危機に至ることが無い。勝利も当然、戦闘もただの作業となりつつある」
強くなり過ぎたが故の弊害だった。
そんな時に戦場跡でコルターは廃屋の隅で息を潜めている孤児と出会った。
ぎらぎらと輝く目に、非常に上手く押し殺された殺気、そして一部才能がある者が修練の先に得られる気迫。
コルターはわざと隙を見せて孤児が襲い掛かってくると、あっさりと返り討ちにしそのまま強制的に保護し弟子にした。
自分に匹敵する才がある。育てればいずれ自分を脅かす存在になれる。そうなった時に戦いたい。
弟子を拾ってしばらくの間、コルターは積極的に依頼を受け、各地の戦争に加わった。当然弟子を連れて。
師を持たないコルターは弟子を育て方など知らない。強いて言うなら戦闘こそ師。だから戦場に弟子を送り込んだ。
余裕そうなら敵兵を送り込み、均衡しているなら敵兵を送り込み、劣性でも敵兵を送り込んだ。それでも弟子は生き残った。
弟子には剣の才能があった。コルターには戦闘の才能があった。更に戦闘を望む狂った欲望もあったおかげで、どんな戦場でも生きて、後に残る傷も負わずいる。
対して弟子は剣の才能と言う限定された物。コルター自身剣は良く使う、扱いやすく安易に手に入るからだ。とはいえ手が届かなければ弓を、全身鎧相手は槌などで押しつぶした。それが効率の良い戦闘だったから。
欲望もあまり見られなかった。斬ることに拘りはあるようだが、それは剣しか使えないためとコルターは考えた。
そのため、コルターは弟子に自分に匹敵する可能性はあれ、超えることはないと判断した。
時は過ぎ、帝国が北方で大国となりつつある頃、コルターと弟子に士官の話が来た。
今更の話だと思うが理由もある。
独断専行ばかりで個の武に頼り部下のことなど気に掛けない戦争をしてきたのだ。士官の話が来る方がおかしい。
とはいえ野に放ったままでは他国に雇われ、今度は帝国に牙を剥けるかもしれない。
いっそ殺せれば楽かもしれないが、今まで激戦地に好んで突っ込んでいき平然と返って来る腕前。暗殺者に頼っても、失敗して帝国に敵意を向けられるかもしれない。だから仕官という形で囲うしかなかった。
コルター自身帝国に特に思う所はなかった。ただどこにいれば最も戦えるのか、それを知っているからずっと帝国にいただけ。
金もあり力もある。戦闘の話も黙っていれば勝手に転がり込んでくる。わざわざ仕官する理由といえば……。
断ろうとしたコルターの下へ飛んできたのは一つの情報。
他の物が聞けば血の気が失せる顔をしたかもしれないが、コルターに限り満面の笑みを浮かべた。
大連合。帝国を除いた北方の国々、更に東部の国家群が帝国打倒のため兵を派遣するという。
コルターは帝国に仕官した。たった一つ条件を付けて。
『常時、最前線に置くこと』
その願いは当然叶えられた。
十数年に渡る戦乱。勝者は帝国となりつつあった。周辺国はほぼ滅ぼし残るは国家群の支援も打ち切られ自滅寸前の小国がいくつか。
そんな時に帝国を揺るがす大事件が起きる。
コルターによる将軍の殺害。更に帝国最強の近衛師団長の殺害。
事件のあったその日、帝国の方針を決める会議があった。
集まったのは様々な戦線で戦い生き残った古強者の将軍たちに、陰ながら帝国を支えてきた文官たち、決定権を持つ皇帝と、護衛兼補佐役の近衛師団長。そして今や帝国に知らぬ者無きコルターとその弟子。
元は些細な口論だった。それも小国を滅ぼした後国家郡に全面戦争を主張する将軍たちと、国家郡を警戒しつつ小国の自滅を待ちつつ帝国の統治の安定を主張する文官たち。コルターは全く関係がなかった。
そもそもコルターは義理で会議に出席しただけでまるで興味がなかった。将軍たちの主張に転べばそのまま最前線に立ち戦争するだけ、文官たちの主張に転べば盗賊もしくは魔王狩りでもしつつどこかきな臭い所を探すだけ。
だから、近衛師団長が白熱する両派に落ち着いてもらおうとコルターに意見を求めたときも、分かりやすくはっきりと言った。
「どうでもいい」
その帝国を蔑ろにする一言は、火が点きかけていた会議を爆発させる材料としては十分だった。
文官からは怒号が、将軍たちは剣を抜いた。
怒号は問題なかった、コルターにとってはそよ風のようなもの。しかし剣は違った。
武器だとか、命の危険だからという意味ではない。攻撃してきたから、やり返しても良いという単純な理屈。
だから斬りかかってくる将軍を返り討ちにすることに何ら躊躇いを持たなかった。中には同じ戦場で戦った将軍もいただろう。
非があるのは明らかに将軍側。返り討ちも止む無い、と普通ならなったかもしれない。
ただ場所が悪かった。
皇帝が参加している会議で刃傷沙汰。どれも死んだのは帝国でも高位の将軍。罪はないが、無罪放免ではあらぬ噂が立ち周囲に示しがつかない。
だから近衛師団長が身柄を抑えようと立つが、コルターは当然不服、抵抗の構えを見せる。
そうなれば近衛師団長も剣を抜くしかない。手加減など当然ない。
決着は一瞬だった。
先手必勝とコルターが上段から幹竹割り、それを近衛師団長が弾きそのまま袈裟斬り、だがそれよりも早くコルターが剣を手放し袖に隠していたナイフで首を斬った。
瞬きする間の出来事。その戦いを目で追えたのは弟子のみ。
他の者は近衛騎士団長の首から噴水のように出る血を見て勝敗を知る。
文官が戦き、コルターと弟子が今の戦いの余韻を味わう中、皇帝はただ溜め息を吐いた。
その結果。将軍、近衛師団長殺しの責を問われ、コルターと弟子は国外追放となった。
通常であれば追放どころか極刑となるだろう。現にその話をあった。コルターの力を危惧した文官や貴族から。
だがそもそも捕らえることが出来ない。帝国最強の近衛騎士団長相手に勝ったのだから、兵士、騎士では剣の錆になるだけ。
皇帝も分かっていたので国外追放に留め、すでに国家群との和平交渉の準備を進めていた。
誰もが不幸な状況でたった一組、上機嫌の者がいた。
コルターと弟子の一行であった。
将軍と近衛師団長殺しの汚名、今まで山のように稼いだ資産は没収され、住むところも失ったわけだが、それでも落ち込むことはなくむしろ喜んでいた。
理由は一つ、近衛師団長との戦い。たった三手、瞬く間のような戦いだったが、そこで得られた快感は今までの戦闘を全て合わせても足りない、濃密な物だった。
そして理解してしまった。戦いは量ではなく、質であると。
雑魚をいくら相手しても、たった一人の強者との戦いの方が勝ると。
そしてコルターらにとって運が良く、帝国には運が悪くコルターが国外追放を受けたのは帝都、つまり首都であり帝国の中心にある場所だった。
国外追放を受けたと言っても捕まっているわけでもなく、自発的に出て行くのだが、出て行く先は隣接している国家群。距離は当然ある。
そこでコルターは寄る街全てで強者を探しだし勝負を挑んでいった。手加減容赦一切なしの真剣で。
挑まれる強者も自身の力には自身があった。更に昔は英雄と崇められていたが今は汚名を背負う身。倒せれば帝国全土で名が売れるのは確実。
そんな打算で数多の強者がコルターの挑戦を受けて立ち。
コルターらが帝国から出て国家群に入る頃には築いた屍は百を超え、全ての戦いを無傷で勝利していた。
これにより帝国、更に帝国に進出していた冒険者ギルドは大きく力を落とすことになった。
コルターらは国家群に入ってからも強者狩りを続けた。盗賊なども時おり新技の試しで狩りに行き、運悪く生まれた魔王も狩りに行った。
そんな日々を続けて、ついに国家群の中でも強大な発言力を有し複数の都市国家を収める獣人狼種の王のいる都市に入った。
その日、そこでこの都市国家どころか、国家群、更に枠を超えて王国や帝国をも騒がせるコルター史上最大の悪事を起こした。
別にコルターらがその都市国家に入ったのには大きな意味はなかった。いつも通り食料の調達と強者の情報収集だけを目的としていた。
食糧の調達はすぐに終わるが、強者の情報はなかなか集まらない。それも当然、コルターにその話が届けばその人物が殺されるなど、国家群のどこでも知り渡っているほど有名になっていた。
だから食料の調達だけに諦めかけていた時、酒場の酔っぱらいたちが最強は誰かという談話を聞き取った。
そこで出てきた人物はコルター、弟子、巨人のドワーフ、そして帝国すら恐れた狼王、ヴォルト・ザール。そう、ここの王様だ。
深夜、国家群の中でも最も堅いと言われ最強の兵が守る王城が震えた。物理的な意味で。
酒場の話を聞いてコルターは突撃しようとしたが自重したが、やはり闘争心は抑えきれず襲撃してしまった。
警備兵などは全て弟子に押し付けてコルターは強い気配のする方へ、狼王のいる場所へ走る。
狼王のいた場所は玉座の間。襲撃者の存在にいち早く気づいた狼王は迎撃するためあえてその場所で待っていた。
「狼王とお見受けする。勝負を申し込む。理由は、いらんよなあ?」
対する狼王答えは咆哮一つ。
そして夜が明けるまで強者同士の戦闘は続いた。
コルターと弟子はその名を大陸全土に広めることになった。
国家群に追われる犯罪者として。
国王の殺害、王城の破壊、警備兵全員の殺害、大きいのはこの三つで他にも小さな罪が細々とあった。
国王の殺害はコルターが、警備兵の皆殺しは弟子が行ったので、言い逃れは出来ない。王城の破壊はコルターと狼王の戦闘による余波なので、判断に難しい所だが。
帝国を追い出され、国家群に追われる二人は王国に向かっていた。最大の国土を誇る最後の地へ。
王国に辿り着けば国家群の兵が追いかけてくることはなく、安全に眠ることが出来るのだが、コルターの顔は冴えない。
決して帝国を追い出されたことを今になって悔やんでいるとか、国家群に犯罪者扱いされてショックだから、などではない。そんな良心は欠片も持ち合わせていない。
王国には強者の噂が一切なかった。それなりの腕のある輩の話ならあったが、コルターが満足に至る強さを持つ相手の情報は一切なかった。
残る強敵は国家群の東にあるドワーフが集う国にいる、ドワーフの突然変異と呼ばれる巨人ドワーフのみ。
しかしその国は王国に歩を進めるコルターの反対の方向。向かえば国家群の兵に見つかり大変なことになる。
王国でおとなしく暮らせばいい。それが最善だろうが、それが出来れば帝国から追い出されることはなかった。それにコルターは無性に強敵と戦いたかった。
狼王を倒したコルターだが、コルター自身無傷で勝ったわけではない。やんちゃが出来ない程度には傷を負っていて、それが完治したのだ。
身体を動かし調子を確かめるついでに軽く試し切りがしたかった。
そこでコルターは今までずっと我慢していたことをついに行動に移した。
「おいお前、いやそれじゃあ締らねえな。強い名前、……ヴォルトだ。あいつは強かった。弟子、これからお前はヴォルトだ。ヴォルト・カッシュ」
才能があるとは思い拾っただけで名前すら付けなかった孤児が、今やコルターに並ぶとまで言われるほど成長した。
戦場での戦いも、警備兵との戦闘も見ていた。見違えるほど強くなっていた。
今でさえ近衛騎士団長やヴォルト・ザールと比較しても見劣りしない力を持っている。待てば更に強くなるだろう。
だが、待てない。待てるわけがない。空腹の肉食獣の前に餌があるようなもの。今まで我慢できていたのが奇跡なのだ。
「コルター・カッシュが、ヴォルト・カッシュに勝負を申し込む。受けない、なんて言わねえよなあ」
答えるように弟子、ヴォルトが剣を抜く。
師弟の初にして最後の試合。
勝者も生者もたった一人。
などと前書きで後ろ向きなことを書いたが今回の話は過去。
本編の背景のようなもの。気にしすぎて本編に影響を与えないようにしよう。




