第五十一話
こんなに楽で実りの良い依頼は久方ぶりだな。
ギルドにクエスト完了の報告と報酬を受け取り近場の椅子に座る。
クエストは商人の護衛。ファース辺境伯が直接治めるムスタングからここ冒険者の町アンダルおおよそ三日間。
通常なら魔物に何匹かは遭遇するもんだが、よほど運が良かったのか一匹も出くわさなかった。
結局馬車の近くを歩き不寝番をしただけ。これでこの報酬。最近落ち目だった運気が上がったのかもしれん。
『戦斧のダン』と言えばムスタングの冒険者に知らぬ者のいない名前だった。
レベルは百十五。冒険者歴二十年。年齢は三十五と少し老いを気になり始めていたが、まだまだ脂がのる全盛期。
更に『察知』という固定技能持つ。
人族は普通固定技能は持てないのだが稀に先天的に持つ者がいる。強力なものから無駄なものまで何を持つかはランダムだが。
俺の持つ『察知』ははっきり言って弱い部類に入る技能だ。対象は視界の範囲内だし能力も俺と同等かそれ以上の強さに反応するだけ。
視界の範囲内と言っても相手をはっきり認識しないといけないし、『察知』が反応しても俺と同等なのか俺より強いのかも分からない。
しかし俺はこの固定技能のおかげでこれまで生き残れ、強くなれた。
最初の頃は『察知』の価値なんてないと思っていた。むしろ害だった。
固定技能持ちと誰もが俺に期待して、『察知』の効果を知るや否や見限るのだ。
俺が『察知』の価値に気づいたのは中堅冒険者になった頃だった。『察知』に反応しない冒険者が増えたのだ。
反応するのは上位の冒険者ばかり。俺と同格の冒険者には一切『察知』は反応しなかった。
俺は同格の冒険者より強いと言うことだ。しかし俺と同格の冒険者との違いなんて『察知』くらいしかない。
そこで俺はようやく『察知』の価値に気づいた。『察知』が反応する相手はかならず意識してしまう。すぐに目を逸らしていたが、俺は少しずつ学んでいたのだ。俺より強い相手から歩き方、重心の移動、武器も持ち方から抜き方まで。技能よりも重要な技術を。
それから俺は『察知』が反応した相手の一挙手一投足に注目した。依頼の関係で組む時も戦闘になれば横目でずっと見ていた。
俺はどんどん技術を見て盗んでいった。気配の消し方も、平地と森も視線の動きの違いも、例え武器が違っても応用できると思い剣の振り方、槍の突き方も学んだ。
そして気づくと『察知』は誰にも反応しなくなり、俺はムスタング最強の冒険者になった。
まあ、それも数か月前までの話だが。
ある日二人組の冒険者がムスタングやってきた。
流れの冒険者と言うのは珍しい。ギルドと言ってもその土地柄に左右され変な慣習があったりするので、大抵の冒険者は一つの地域に定着する。
しかし珍しいことはまだ続く。その二人組は美人の女でローブに杖と言う実にわかりやすい魔法使いだった。
最もそれらの要素よりも俺が気になったのはその二人に『察知』が反応したことだ。両者にだ。
俺と同等もしくはそれ以上だとすると女魔法使いは二人ともレベル百を超えていることになる。
魔法使いのレベル百越えなんてどこからでもお抱えの話が来ていそうだが、他所から来たと言うことは話を蹴ったか、話が来ないほど何かがやばいものがあるかのどちらかだ。
しかしそんなことは気にせず俺は久々に『察知』に反応した相手なので、じっと観察することにした。
歩き方、周囲への警戒、さりげない二人の立ち位置と距離、どれをとっても今まで見てきた中で一級の物だった。
学び甲斐がある、なんてその時は思っていた。
翌日俺はムスタング最強の座を失った。理由は簡単だ。あの二人組の魔法使い。
両者レベル百三十の猛者。戦わなくても分かる。俺はどちらか片方にも勝てない。
ムスタング最強の名前に特に執着もなかったし特に気にしなかったのだが、それがいけなかった。
ある依頼で魔物の毛皮を手に入れるため魔物の生息地に行けば、見つかるのは目標の魔物の真っ黒に焦げた死骸ばかり。毛皮なんて取れるわけがなかった。
希少な薬草を手に入れるためある洞窟の奥に進めば、薬草の群生地は氷で閉ざされ、砕いて薬草を手に入れてもとても使い物にはならない。
誰かが意図的に俺の邪魔をしているとしか思えなかった。
そんな時にギルドマスターからお呼びがかかった。
最近の連続以来失敗が原因かと思っていれば、ギルドマスターの口から出てきたのはあの二人組の魔法使い。
奴らは『トップ殺し』という悪名でギルドでは知られた冒険者だと言う。
手口は単純でその地域の最強の冒険者を見つけて、流れを装い現れ最強の座を奪う。
それで相手が難癖をつけてくれれば儲けもの。魔法で叩き潰して金品を巻き上げた挙句その冒険者を街から追い出すらしい。しかも性質の悪いことにその二人組誰にも何も言わずに姿を眩ますらしい。
実に困った連中だが依頼はきっちりとこなして、違反もしないのでギルドとしては制裁を加えることも出来ず困っているらしい。
ちなみに俺みたいに何もしない奴には依頼の妨害をするらしい。聞けばあの二人組、一人は火を、もう一人は水を得意とするらしい。
つまり俺の獲物を待っ黒焦げしたり、洞窟を氷漬けにしたのはあの二人組なのだろう。
そこでギルドマスターからの提案としてあの二人組が去るまでムスタングを離れること。丁度アンダルまでの護衛依頼があるのでそれを受けてみてはどうかと言う。
アンダルには何度か行ったことがあるし、護衛依頼は慣れたものだ。問題があるとすればギルドから聞かされたオワの大森林に誕生した魔王。
この魔王生まれて間もなく、ギルドでも討伐隊を送り込むも全滅の所為で情報はないないらしい。
もし出会えば殺される確率は高い。しかし未だに魔王の活動を聞かないと言うことは積極的に動く魔王ではないのかもしれない。
俺はあの二人組が去るのと魔王が活動始める可能性を天秤に乗せ、俺はアンダル行きを選んだ。
アンダルに来たのは正解だった。
戦闘なしの護衛に、破格の報酬、それにオワの大森林に誕生した魔王のおかげでアンダルに来る冒険者が減り、商人たちが少しでも売ろうと物価を下げだしていた。
まさに運気が急上昇していると思って間違いないだろう。
久々に上機嫌になった時、ギルドの扉が開いた。
入ってきたのは女剣士だ。
動きを妨げない最低限の防具に腰に差す質の良い剣。そして邪魔にならぬように一本に束ねられた長い髪。
そしてそんな女剣士に俺の『察知』が反応した。
冗談だろう、と叫びたい気分だ。
レベル百越えの冒険者なんてそんなにいるもんじゃない。一つの領地に五人もいれば良い方だ。
勿論ファース辺境伯領には俺以下だが四人程レベル百越えがいる。そこに二人組の魔法使いが加わり、この女剣士までとなると増え過ぎだ。
動揺しても習慣になった観察を自然としてしまう。
無駄のない重心の移動、一切ぶれない軸、視線は目的の受付カウンターだけを捉え周囲には一切視線を向けていない。
それだけで分かった。あの女剣士は俺より、あの二人組の魔法使いよりはるかに強いのだと。
女剣士は受付まで行くと袋から封筒を取り出して渡す。ギルドの公文書の配達か? それとも依頼をしに来たのか?
受付のばあさんはアリスに何か言うとその封筒をしまった。
それに対して女剣士は困惑した雰囲気を出した。
ああ、分かるぞ。その受付のばあさん、耳が駄目なのか、頭が駄目なのかこっちの話をほとんど聞かない。俺も依頼を終えたことを報告したのに依頼を受けたがってる勘違いされた。
しばらくして女剣士は諦めた様子で受付から離れた。そしてそれを待ち構えていた男が女剣士に話しかける。ナンパのつもりか?
しかも仲間と思われる男二人が女剣士の背後に回る。
馬鹿か? 力量差も分からんのか。俺の様に『察知』がなくても歩く際に腰の剣が一切動かない等、女剣士の実力の片鱗を感じることは出来たはず。
女剣士は男共に興味がないらしく、歩き去ろうとして男に肩を掴まれた。
これは止めた方が良い。男共のためにも。
一喝すれば散るだろうと息を吸い込み、吐くことが出来なくなった。
誰かが入ってきた。まだ見てもいない。なのに『察知』が反応した。ついでに本能と理性も反応していた。
入ってきた人物を見るべきではないと。
ただ入ってきたと認識しただけでくる潰されるような威圧感。もしも息を吸い込んでいなければ叫ぶか吐いていたかもしれない。
入ってきた人物を男共は見たのだろう。すぐに顔を逸らして震えながら近くの席に戻る。
俺は吸い込んだ息を少しずつ吐き、ゆっくりと入ってきた人物に顔を向ける。
理性も本能も、向くべきではないと言う。俺もそれに従いたいが、今俺を動かすのは湧き上がる恐怖。どうしても首が動く。
そこにいたのは歴戦の戦士だった。
全てを見下ろせる身長に見る物すべてを貫く目つき、片方の目は昔に斬られたのか塞がれいる。山のように鍛え上げられた肉体に所々残る古傷。
こんな人族、帝国にいたか?
「アリス、どうかしたのか?」
重厚な声。まるで声そのものに力があるような重い声。
「ノブツナさん、もう終わった」
そうか、とだけ言ってノブツナはギルドを出ようとして振り返る。そしてギルド全体を見渡した後、その場にいる冒険者全員を見る。
凍りつくような恐怖と言うのだろう。睨まれれば誰もが動けなくなった。
俺に視線を向けると、まるで観察するように俺だけ長くみられ最後に。
「ふむ、なるほど」
それだけ言ってギルドから出て行った。その後をアリスも追っていく。
ノブツナがギルドから去ってしばらくして、ようやく俺は緊張から解放された。
冷や汗でびっしょりだ。すぐに宿に行きたい。しかしすぐに出て行けば出会う可能性があるので少し待つ。
その間考えるのはノブツナの俺に対する反応。まるで獲物でも見つけるかのような鋭い目で、最後に発せられた言葉の意味。
そう言えば前剣聖について恐ろしい話を聞いたことがある。まさか……。




