第四十五話
少々魔王様にお尋ねしたいことがあったので、幹部の代表として戻ってきたのだが玉座の間には誰もいなかった。
どこかに行かれたのだろうか? もっと早く意見を合わせられればすぐに会えたかも知れなのに。
仕方なく帰ろうとしたとき、背後からカチャリと扉の開く音が。
魔王様! と思い振り返れば。
「おや、ランか。魔王はまだ出てきていないのか」
アリスさんだった。何やら不思議な袋を持って出てきた。確か魔王様に呼ばれていたはずでは? 用件は終わったのだろう。それにしても相変わらず。
「アリスさん、常々思っておりましたが、魔王様がいくら許されているとしてもその口の利き方は直すべきでは。共に魔王様の下――」
「分かった、分かった。それよりラン、ここにいると言うことは魔王に用があるんだよな? この状袋を魔王に渡しておいてくれ。 私はライルとか訓練途中だった蜥蜴人を見に行かないと」
「ですから、口の利き方を!」
私が怒鳴る前にアリスさんは素早く状袋を私の胸の谷間に差し込むと、そのまま玉座の間から逃げ出していった。まさに目にも止まらぬ速さで。
あの態度から改める気はないのだろうと悟ると、不思議と頭が痛くなる。
いくら魔王様がお優しいとはいえそれに甘えて良いわけではない。確かにアリスさんは現在魔王様の配下の中で最も強いだろう。戦闘指南役と言う大役を担い、私室への出入り自由と言う待遇。私とヴィを除く幹部からは先生と慕われている。
まさに魔王様の右腕と行っても過言ではないくらいの働き、だからと言ってあそこまで魔王様に馴れ馴れしいのは羨ま―――、感心できない。最悪、物事の分からん馬鹿が真似をするかもしれない。
魔王様に言ってもらえれば直すかもしれないが、こんなことで魔王様のお手を煩わせるわけにもいかない。後で何とか捕まるしかない。捕まえられたらだが。
溜め息を吐くと胸の谷間に刺さっている状袋が揺れる。そういえばこれを魔王様に渡すように頼まれたな。
引き抜き状袋を確認する。
円の中に三つの円の印で封をされていたようだが今は封が破られ中身は無し、表には三本線で消された文字とその上に訂正と思われる文字。おかしなところはない。
危険でないと分かれば魔王様に渡すが、どこにいるか分からない。ただ目星は付く。
アリスさんが直接届けず、ここに来た私に預けるのだからここの部屋のどこかにいるのだろう。だが勝手に空けて探すのはあまりに失礼。
どうせ外にいてもやるのはライルへの私刑のみ。ならここでおとなしく待とう。
「あー疲れた。とっと風呂……ラン?」
そろそろ日が落ちると思われる頃、寝室から魔王様が出てきた。首を回し肩を揉むところを見ると何か作業をしていたのだろう。
そんな時に私達のわがままを伝えるのは大変心苦しいが、代表として来た以上言わねばならない。
「えっと、ラン。俺もしかしてお前呼んだ? 待たせた?」
「いえ、ここに来たのは私どもわがままを聞いていただきたく。ああ、それとアリスさんから状袋をお預かりしました」
アリスから頼まれた胸の谷間から取り出す。胸の谷間にあったのは、決して匂いを付けておくとか、目線を釘づけにするなどではなく、ただ置き場所が無かっただけ。
「ああ、では悪いがこの手紙を入れてアリスに返してくれ。管理はあいつに任せる。絶対に無くすな、とだけ伝えてくれ」
そう言って渡された手紙を折りたたみ状袋に入れる。………惜しいなんて思っていない。匂いや温度を感じてもらえず悔しいなんて考えていない。
「それで? わがままと言うのは何だ? 出来る限り叶えよう。大きな願いは難しいが」
「実は先の粘液生物に名を与える話が広まりまして、どの種族からも我々もと言う声が上がりまして。もちろん我々族長は粘液生物が如何に魔王様に貢献したか理解しており、これからも魔王様の下で励めばいずれは貢献が認められ名を頂けると―――」
「ああ、分かった分かった。つまり粘液生物だけでなく自分たちにも名前を、ということだな?」
「………はい」
言葉を遮られた。つまりそれ以上聞きたくないと言うことなのだろう。
お怒りを買ってしまったのかもしれない。考えてみれば当然だ。名とは自分の存在を証明するものだ。それを魔王様から頂くと言うことは、魔王様に認めてもらったと言う名誉にもなる。欲しいと言ってもらえる安いものではない。
現に魔王様は大きくため息を吐いてからずっと黙っている。最近になり少しは魔王様の表情を読めるようになってきたが今はまるで分からない。
次に聞く言葉はお叱りだろうか、それとも失望だろうか。それを考えるだけで身体が震え、冷や汗が流れる。
「良し、課題を出そう。粘液生物を除いた全種族にそれぞれ課題を出す。それがクリアできたら一人、名を与えよう。それでも良いかラン?」
「え、は、はい!」
叱責されるとばかりに思い身構えていたため、魔王様の言葉を理解するのに少し間が開いてしまった。
「そうだな。群犬と豚人はすでに言ってある通り石切り場の発見、ワリの実栽培だな。
子悪鬼には柵の件があったがあれはあちらのミスなので新たに開発を頼もう。クロスボウ、バリスタ、連弩と言ったところか。かなり難しいが頑張るよう伝えてくれ。一つでも完成すれば名を与えるからな。
蜘蛛人にはせっかく裁縫が出来るようにまったのだからそれに関係させたいな。服はすでに作っているなら下着だな。……ふんどしでいこう。しかしそれだけではあまりに簡単すぎる。ついでに網も作ろう。魚が食いたくなってきた。
蜥蜴人については後で知らせる。アリスの意見も聞きたいからな。さて、こんなもので十分かな?」
「はい! わがままを聞いて下さいましてありがとうございます。期限はどれほどでしょうか?」
「ふむ、そうだな。近いうちに帝国に向かわねばならん。帰りを期限に……いや、あまりに短い。なら、一カ月くらいだな。今はまだ周りの動きで行動が変わるため正確な期限が出せん」
「分かりました。皆に伝えます。……それとその、魔王様はまたどこかへ行かれるのでしょうか?」
「ああ、国家群の所為で色々と動かなければ……。そうか、話していなかったな。外に出たときの情報を少し教えておこう」
「な、なんと! 魔王様、それではすぐに防衛の準備を!」
「落ち着け。運が悪ければ相手は万を超える軍だ。石壁もないこんなダンジョンでは守りようがない。しかし相手も準備中。その隙を突くつもりだ。分かったな」
「し、失礼いたしました」
つい魔王様の前だと言うのに取り乱してしまった。相手はこの間の騎士団を優に超える万の軍勢。普通に考えれば手の打ちようのない恐ろしい相手だが。
魔王様いつも通りの表情。慌てることも考える様子もなく、日常の中に居るかのよう。魔王様にとって意識するような問題でもないのだ。
「それでは明日、小悪鬼と蜘蛛人に新たに作る物について説明をしよう。その後、蜥蜴人の様子を見て課題を出そう。それで良いか?」
「はい、全員に伝えておきます」
用件を終え、私は玉座の間から退室する。
まずは手紙をアリスさんの下へ届け、その後各族長に先の魔王様の言葉を伝える。後蜘蛛人に布を多めに用意するように言っておこう。
魔王様はこれから外に出られ力を振るわれるはず。ならばダンジョン内の事は自分たちで進め、魔王様の足を引っ張ることのないようにしなければ。
私が筆頭で皆を引っ張っていければきっと魔王様は評価してくださる。それが続けば寵愛を頂け、魔王様の隣の座も近くなる。
うふ、うふふふふ。




