第四十四話
用が済み全員を下がらせ、ついでにアリスを呼んでくるように指示を出した。
その間暇になったので『ダンジョンを造ろう』を呼んでいたら見つけてしまった。
オワの実を入れた袋から大量のステータスが表示されているのを。
重なりすぎて詳細は見えないが、そのステータスはオワの実に潜む寄生虫だろう。変な所で虫を見つけてしまった気分だ、気が滅入る。
それはともかく、安易に寄生虫を見つける方法がわかったことを喜ぼう。
すぐに今まで採取してきたオワの実を確認する。いくら『寄生無効』があるからと言って寄生虫を食べる趣味はない。
すぐにキッチンに行き冷蔵庫に保管してあるオワの実を確認する。……うむ、どれからもステータスは出ていない。安全だ。
ついでに実験も行う。
寄生虫は随分と弱い生き物ようだ。
加熱してみたり蒸してみたり、熱湯の中に放り込んだだけでオワの実から寄生虫の反応が消えた。冷蔵庫、冷凍庫に入れてもすぐに反応が消えたことから温度の変化に非常に弱いことがわかる。
となると調理するときは熱するか冷やせばよく、運搬する場合は常温で運ばなければならない。まあ、問題は無い。
実験が終わりキッチンから出ると、ほぼ同時に浴場からアリスが胸と腰にだけ布を巻くと言う風呂上がりの姿で出てきた。
そりゃ呼んでいなかったのは悪いとは思う。だけど、だからと言って普通勝手に風呂に入るか? 図々しいの域を超えているだろう。
なので処分に困っていたオワの実をくれてやる。アリスは風呂上りに丁度いいと食っていたが寄生虫の死骸入りだよ?
「さて、お前を呼んだ理由だが、とりあえず着替えてこい。話はそれからだ」
ほぼ裸の女に命令する魔王とは言うのはどうかと思う。
しかし何を勘違いしたのかアリスは首を傾げる。
「何だ、魔王とはいえ女の裸を見れば情欲が湧くのか」
ハッキリ言ってアリスはグラマーだ。出ると言は出ているし引っ込むところは引っ込んでいる。肌に残る数多の切り傷、山脈のように割れた腹の部分を隠せば美人な女性と言えるだろう。ライルの行動も十分頷ける。
が、それはあくまで一般論の話。俺とは関係ない。
「いやー、一切ないな」
想像して浮かんだのはいつでも斬りこんでくるアリスの姿だ。裸だろうと隠す所も隠さず斬りこんでくる女。そんなに情欲など湧くはずもない。
「そうか。とりあえず着替えてくる。果実はありがと」
感謝の言葉を言うのは止めて欲しい。罪悪感が湧いて……。
そして当たり前のように私室へと入っていくアリス。
罪悪感が湧いてこなかった。
「つまりライルに魔族語を教えろと言うことか?」
「そうだ、ついでに人語を、そうだな……ランに教えておいてくれ。互いに意思疎通が出来ないのは面倒だからな」
俺のように技能で覚えられたら楽なんだがな。いや、覚えたと言うより勝手に変換されているが正しいか。
「面倒だがなんとかしよう。しかし普通はこう、なんとなくで分かってくるもんじゃないのか?」
天才肌の感覚派みたいなことを言いやがって。そんなおかしな覚え方が出来るのはヴォルトやお前みたいな一部の奴だけだ。
普通は出来ない、と教えてもアイスは首を傾げるだけ。これは教えるのに、いや教わるのに苦労するな。
「それで、何でランに人語を教えるんだ? ダンジョン内だけならライルに魔族語を教えればそれで済むだろう?」
言外に面倒なことをさせるな、と含まれているような気がするが気のせいだろう。
「ダンジョン内だけならな」
「どこかに遠征にでも行くつもりか?」
訝しげな視線を送ってくるアリスに、俺は可哀想な生き物を見るような目を向ける。……いや、目が空洞じゃ分からんか。
「おそらくお前の思っている物とは違うぞ? 勝手な行動をしてヴォルトみたいな化物呼ぶんじゃないぞ」
勘違いを解くためにこれからの行動を少しだけ教えておく。
「近々帝国に行く。勿論情報収集などもあるが、最大の目的は交易だ」
「交易? お前は人族と交易をするのか」
アリスの疑問に頷いて答える。まあ、交易は手段であり目的ではないんだが。それを教える必要は無い。
「そうだ、ヴォルトに付いて行って分かったのだがワリの実というのは高級品らしい。更に蜘蛛人の糸など魔族特有の物もある。品数が少ないと言う問題はあるがその辺りは時間の問題だ。いずれ増える」
どうしても品数を増やしたいなら小悪鬼に工芸品でも作らせればいい。
「そのため帝国の領主に手紙を送る。しかし便箋がない。いや、紙はあるのだが状袋がないのでな。さすがに領主宛ての手紙。紙をそのまま渡すわけにも行かない。お前の持つ魔法の袋の中に何かないか?」
ない、と言われたら少し不格好になるが状袋を自作することになる。足元を見られそうだからしたくないのだが。
少し考えるそぶりを見せ、アリスは思い出したのか顔を上げる。
「そういえばギルドからお前の討伐要請で手紙をもらったな。捨てた記憶がないから恐らく魔法の袋の中にあるんじゃないか? まあ、探さないといけないし、ギルドの使用した後の物になるけどな」
「再利用結構。エコは好きだぞ。それではアリスそれを探してギルドの名を消して、『オワの大森林魔王ノブナガ』と書いておいてくれ」
「分かった。となるとすぐに渡せるように私室を使わせてもらおう。そう、すぐに探して渡すためだ。仕方がないな」
勝手に使っているくせに何を言っているんだ。まあ、許可なく使っていれば俺に追い出されると理解しているからだろうが。
「お前の家はどうした? 建築中だろ?」
「ん? 難航しているぞ。簡易的なら作れるらしいが、複雑なのは無理と見える。しかし何故か通常の物より豪華にしようとしているから失敗している。おお、そうすると私は私室を使うしかないのか」
嬉しそうに報告するアリスに俺は舌打ちする。藁の家でも良いからとっとと作れば良い。例え狼が来て吹き飛ばされてもアリスなら嬉々として斬るだろう。
しかし簡易的な物しか作れないのは問題かもしれない。教えられればいいが、何となくでは建築なんて出来ないだろう。
「仕方ない、その辺りも今回の件で何とかできるようしてみるか。……ライルが実は出来ると言うことはないか? 聞いてみてくれ」
「ぬぅ……、まあ良いがいつ聞けるようになるか分からんぞ?」
「ああ、懲罰か。……何をしたんだ?」
単なる興味本位だったのだが、聞いて少しだけライルに同情した。
まずは金属製の鎧を付けて群犬とダンジョン内を一周する競争。ダンジョン内はオワの大森林に比べれば狭い部類とはいえ何百の魔族を収容し、田畑を耕し切り拓いても余裕のあるくらいの広さだ。木の根に足を取られ、小規模な川も流れている。
一周するだけでも辛いのに群犬と競争で勝つまで延々と続くのだ。元冒険者であり元騎士であり現捕虜のライルでも一周半から二周が限界。
そこで三周目からはアリスが剣を抜いて追いかけたと言う。ヴォルト程でないにしろその強さ、圧力は別格。ライルなんぞ一撃だ。必死に逃げただろう。
そして五周目でようやく群犬に勝ち終わりと思ったところにニコニコとランが蜘蛛人を連れてやってきたと言う。そこでアリスはランから俺に呼ばれていると知り、やって来たと言うわけだ。
今頃はラン達による私刑の最中だろう。本を使って覗こうかと思ったが止めることにした。グロイ光景だったら見たくない。
俺はその話を聞いてすぐに忘れることにした。覚えておいて良いことはなさそうだ。
話は終わり、と状袋を探しておくように言って俺は寝室に向かう。寝るわけじゃない。領主に送る手紙を書くのだから静かな場所で書きたい。
「なあ魔王、お前は本当に人族と魔族が交易できると思っているのか? 種族が違い、殺し合ってきた仲だぞ」
ドアノブに手を掛けてきた所でアリスが質問してきた。実にわかりきったことを。
本音を言えば出来る出来ない以前に交易なんぞやりたくない。
俺の元々の計画はダンジョンで自給自足をして引き籠ることだ。今もそれは変わっていない。しかし交易をしてしまえば相手と顔を合わせ話をしなければならない。その交渉が出来るのは誰か。
貨幣をしらなそうな魔族の配下は無理、アリスのような頭の弱い奴に任せるわけにも行かず、ライルはまだ信用は出来ない。つまり俺しかいない。このままでは俺のダンジョン引き籠り計画に支障をきたすが、希望がある。
ランだ。ランにだけ計算を教えている。更にいくつか学習してもらえれば俺の代わりに交渉させることも可能。それまでは俺のダンジョン引き籠り計画は延期になってしまうが。
が、こんな答えをアリスは望んでいないだろうし、やれるやれないの話で言えば簡単な話だ。
「お前はこのダンジョンで何を見てきたんだ? 悪鬼、犬、蜥蜴、豚、蜘蛛、不定形の意志ある液体が同じ場所に住んでいるんだ。それもこんなハニワを顔した良く分からん生き物を頂点に置いてだ。それに比べれば人族と魔族が物を交換するなんてどれだけ楽か」
アメリカも動物園も真っ青をの組み合わせだ。まあ、魔王の名のおかげなのだが。
「そう、なのか。むう……。まあ、お前がそう言うならそうなのだろう。私は難しいことを考えるのは苦手だ。ただここの魔族達に慕われ悪くはないと思っている」
「ではその悪くないと思っている魔族と同じ層に住んで――」
「断固として拒否する」
瞬時にアリスは話すことはないと私室へと消えて行った。
一つ誓いを立てよう。
近いうちに必ず建築の技術を向上させ一層にアリスの家を作り、追い出すことを。




