第三十六話 哀れな道案内人
連れてこられたのは手足を縛られ猿ぐつわまでされた。見るからに下っ端感のある男だ。
誰? と視線に込めてヴォルトを見ると、
「…………ああ! すまん、こいつはここまでの道案内を頼んだ奴じゃ。名前は……まあどうでもいい」
顔を見て少し悩んだ後に思い出したヴォルト。名前までは思い出せなかったようだが。
哀れ忘れられた人よ。……あれ? 俺も見たことがあるような、気のせいか?
「んー! んー! んー!」
「何じゃ? んー! では分からんわ。言葉を喋れ言葉を」
いや、猿ぐつわされているから喋れんだろう。仕方ないし、ランに目線で猿ぐつわだけを外すように指示する。
「ぷはっ! な、何やってんッスか剣聖さん! そいつが魔王ッスよ! 斬ってくださいよ!」
「いやー、儂こいつ斬れんし」
「ええ! 剣聖が負けたんッスか! まさか魔王に命乞いをして!」
「儂が負けるか馬鹿者! 負けたのはアリスじゃ! 命乞い代わりに配下になったのもアリスじゃ! 弟子と一緒にするでないわ!」
高速で飛んでいく拳、錐揉み状に飛んでいく案内人。そして飛んできた案内人をランはこっちに弾き飛ばしてきた。え? いらないんだけど。
こっちに来る前に容赦なく『重力』で落とす。うむ、足元に綺麗に落ちた。
顔から思いっきり落ちた所為か、真っ赤な顔を上げてきたのでヤッホーと親しげのある仕草を行うが。
「ヒ、ヒイイイイイ!」
思いっきり引かれた。さすがにショック。
手足の使えない状態で器用に後ずさり、ヴォルトの下まで逃げる。
案内人はヴォルトに助けを求める視線を投げるが。
「うるさいわい」
頭を踏まれ、案内人の思いは届かなかった。
哀れだ。同情してしまうほどに。
「なまごはん終わった~」
そして場を読まずにぞろぞろと出てくるヴィとその仲間たち。その後ろに続く力尽きかけのアリス。うん、肌が大分きれいになっているな。
「ヴィ、ご苦労様。もう戻って良いぞ」
はーい、はーい、と粘液生物は口々に返事をすると外へと出て行く。そして残されたアリス。
アリスは何故か俺を見て震える体でぼそりと。
「……変態」
「おいヴォルト、お前の弟子が変態扱いしているぞ」
「負け弟子の分際で儂を変態扱いじゃと!? 良い度胸をしておるな!」
誰を、と言った覚えはないし。まあ斬るのが大好きな爺の時点で十分変態だが。
ぎゃー! と見事に飛んでいくアリスを見てから、俺は倒れている案内人に目を向ける。
「さて、君の処遇なんだけど。君は俺に敵意はある?」
ニッコリと笑ったつもりで聞いてみる。ハニワ顔なのでそこまで期待は出来ないが。
さすがにこんな奥まで来て情報を持って帰らせるわけにも行かない。もし、害意がなく黙ると言うのなら解放するが。
さすがにその辺りは分かっているのか必死に首を振る。
「本当かい?」
何も言わずに必死に首を縦に振る。
それを確認してから俺は告げた。
「じゃあ、確認しようか」
スッと俺は案内人に変身する。そうか、ライルと言うのか彼は。
変身した俺を見て最初は首を傾げたライルだが、すぐに俺の正体に気づいたのか顔から血の気が引いていく。
その反応につい笑みが増す。
「嘘はいけないねえ。ここのこと教える気ばっちりじゃないか」
隙を見て逃げようとしていたこと、逃走ルートに人質の取り方、ダンジョン内の構造、剣聖と魔王の関係、魔王の配下の魔族の種類と数、街まで戻れた場合の情報を渡した後の行動などなど、変身しただけで頭に浮かんだ。こんなに考えるのは大変だっただろうに。
しかし、ここまで頭が回る奴を逃がすわけにはいかない。
「ヴォルト! 悪いがライル君はこっちで預からせてもらうぞ。情報を流されたらたまらんからな」
「何じゃ、流す気じゃったのか。アホじゃのう。良いじゃろう、好きにせい。むしろ無抵抗なのに殺すとかしてしまえ。そうすれば儂がお前を斬る口実が出来る」
「良かったライル君、君はこれより絶対に死ねない立場になった。死のうとするなよ? 殺すからな」
監禁状態で良いか、と考えていたが健康的な生活を送らせなければいけなくなった。
事態がつかめないライルは混乱した様子だが、俺もヴォルトも面倒なので教えない。
さて、ライル君の世話だが。
「ラン、彼の世話だが」
「人族ですから、同じ人族のアリスに任せるのは如何でしょうか?」
任せようと思ったのだがやんわりと断られた。しかしアリスか。……ん? アリスと面識がある? ああ、アリスの手紙をヴォルトに渡したのは彼か。面倒なことをしてくれた一人じゃないか。
「良し。ランよ、一層に彼の住まいを作れ。監視しやすい所にな。ついでにアリスのも作ってくれ。いつまでも私室では不便だろう」
ええ! とどこからか抗議の声が聞こえるが気のせいだろう。それにいつまでもいられて不便なんだよ、俺が。
ランは一礼をしてから退室。他の魔族とも検討しないといけないから大変だろうが頑張ってくれ。
「ヴォルトはどうする? 帰る? 帰宅する? 帰巣本能が激しく訴えかけてこない?」
「そうじゃの、実は魔王の剣術にちぃーと興味があるんじゃよな。少し知りたいし、少し滞在したいのう。代わりに魔族の訓練を儂がやってやろう」
帰れよ、別に遠回しに言ってないぞ。ほぼ直線気味に言っているはずだぞ。
しかし剣聖直々の教えを配下に与えるのは良いことだ。世界最高峰の人から教わるのだ。これ以上の経験はまずない。
それにすでにヴォルトは泊まる気だ。
「二、三日くらいなら泊めてやる。横に私室があるからそこを使え。分からんことはアリスに聞けば大抵わかるだろう。後、集落に行って挨拶はしろよ?」
「仕方ないのう、アリス! 道案内せい!」
「ついでだアリス。ライルも連れて行け!」
「は、はいっ!」
手足を縛られたライルを適当に担いで、アリスはヴォルトと共に出て行った。
こうして残ったのは俺一人。変身を解いてそのまま床に転がる。
あー! 疲れた! もう風呂浴びて寝よ。
のっそのっそとだらけた足取りで大浴場まで移動する。
風呂場で寝てしまい溺れかけた。
今日一番の命の危機はここだったかもしれない。




