第百五十話 連行
「そんなわけで、ゲイツを連れて帰るから」
ギルへの墓参り、いや棺参りを終えて決戦場となったであろう帝国の玉座の間へゲイツに案内してもらい来たのだが。玉座の間は凄惨の一言。あちこちに血が飛び散っている。
ただ、それで困るのはファース辺境伯ら帝国の者であり、俺は関係がない。早々に用件を伝えた。
「は、はい? ノブナガ殿、少々お待ちください」
さすがに次期皇帝を連れて行く、となれば簡単には答えられずファース辺境伯は誰かを探しに行ってしまった。
まあ良いか。その間に配下たちに話をしておかないと。
「ラン! 居るか? 俺は先に鳥人を使って帰るから、ランは他の族長と協力して魔族たちを引き連れて帰るように。とはいえ、変な所を通っては混乱を招く可能性もある、帰路はファース辺境伯と相談するように。交渉が必要になった際には外にスズリとライムがいるのであいつらを使え」
「かしこまりました、ノブナガ様。帰路を決めたうえで迅速に戻れるように努力します」
「そうだな。主戦力が不在のダンジョンに籠るのは少し怖い。急げとは言わないが、早く戻ってきてくれると嬉しい。ああ、でもファース辺境伯に協力を求められた場合は快く応じるように。世話になったし、これからも世話になるからな。ラン、話は以上だ。アリスとオルギアを呼んできてくれ」
まだ話をする余裕は、ありそうだ。ファース辺境伯を見つけたが、遠くでマンドと何かを相談している。
とはいえ、いつ相談が終わるか分からない。こちらの用件で手間をかけているのだから、話が終わるまで待ってもらうというのも申し訳ない。
「ノブナガ、何の用だ?」
となれば手短に済ませるのが一番。幸い先に来たのは話を適当にしか聞かないアリス……。
「お前、どこかで血を落とそうとは思わなかったのか。血まみれだぞ?」
「別に良いかと思っているが? それで用件は何だ?」
別に良いかって、四方から血しぶきでも浴びたのかと思うほど真っ赤だぞ。返り血を浴びている者はたくさんいるが、全身真っ赤になるほどの奴は見たことがない。
「はあ。どこかで血を流した後に正門を完全に破壊して良いぞ」
「お? あの門を完全に壊して来て良いのか? ちょっと歯ごたえのある敵がいなかったし丁度いい!」
少し前までここで戦闘を行っていたはずのアリスだが、まるで疲れた様子も見せずに外へと走っていった。
ちゃんと血を洗い流してから行くだろうか? 不安だな。
「ノブナガ様、お呼びでしょうか?」
オルギアも来たか。……やはりオルギアも血まみれなのか。
「少し頼みごとをな。ただ、その前にどこかで血を洗い流す予定はあるか?」
「はい? ああ、失礼しました。このような格好で申し訳ありません。外に出ましたらセルミナにお願いして血を洗い流そうと考えておりました。ここは、狭いので」
アリスと違って良識のあるオルギアだ。その辺りの考えはちゃんとあったか。それに確かに帝城ではオルギアが血を洗い流せるような場所はなさそうだ。
「分かった。それで頼みなのだが、正門の完全な破壊だ。戦闘後で疲れていると思うが出来るか?」
「問題ありません。そこまで疲れるような相手はおりませんでした。しかしあの正門ですか。もう帝都に蓋をする理由もありませんし、蓋があっては人や物資の搬入に邪魔ということですか。ただ時間が必要になるかと。最低でも三日は見ていただく必要が」
さすがは帝都の正門か。中途半端に壊すことは出来たが、完全に壊すとなればアリスやオルギアでも三日以上か。
外にいるイフリーナやセルミナに協力させ、細かいところを配下の魔族たちにも手伝わせればもう少し短縮するかもしれないが、すぐに壊せるわけでもない。
「構わん。すぐにダンジョンに戻ってきて欲しい部分もあるが、十分に許容範囲だ。手が足りないならラン達に助力を求めろ。それと、安全第一でな」
分かりましたと、オルギアは頷くとすぐに外へ行くかと思ったらランの下へ向かった。早速助力を求めに行ったか。ランが確認を求めるかのようにこちらに視線を向けてきたので黙って頷く。
これでやるべきことは終わったかな。どうやら向こうも相談は終わったようだ。
「お待たせした、ノブナガ殿。すまないがマンド殿も一緒に伺っても良いだろうか?」
「もちろん構わんとも。ついでにゲイツも連れて来よう。その方が話は早い」
ファース辺境伯に宮廷魔導士のマンドが来て、そこにギルゲイツを加える。
ギルゲイツは何が何だか分かっていない様子だが、説明するのも面倒だ。話の流れから察しろ。
「まず結論から答えますが、ギルゲイツ殿下をノブナガ殿のダンジョンに連れて行く。それ自体は賛成しております」
相談の末の結論だろうし、マンドの発言はファース辺境伯も同意していると考えていいはず。つまり二人とも賛成? 話はもう終わりだな。
「あの、何の話をしているのでしょう?」
「ゲイツ、お前を俺のところに連れて行くという話だ?」
「え!? 僕はノブナガ殿のダンジョンに行くんですか? あ、あれってそういう意味だったんですか?」
何を当たり前なことを言っているんだこいつは? というか、何も理解していなかったのだな。
「……なにやら相違があったようですが大丈夫、そうですね。では話を戻させていただきます。我々はノブナガ殿がギルゲイツ殿下を連れて行くことに賛成ですが条件がございます。それと、ノブナガ殿が何故ギルゲイツ殿下を連れて行くのかもお聞きしたいところです。まあ、先にこちらの条件と事情をお話ししましょう」
俺としては先に話をしても良かったのだが、ゲイツが未だに困惑しているようなので落ち着く時間が必要か。出来ればゲイツからも話をしてほしいのでマンドが先に話してくれるのは少しありがたい。
「まず帝国の情勢なのですが、今回の一件により帝国国内の情勢が一変いたします。具体的に言うとファース辺境伯の一強になります。ファース辺境伯の帝国、そして皇族への忠誠心に疑いはありませんし、野心もあまりありません。今だけで考えれば非常に良い状況と言えますが、将来や他の貴族のことを考えると良くない状況です」
ファース辺境伯の一強。俺としては実に喜ばしい状況だ。何せ俺はファース辺境伯以外の貴族とあまり関わっていない。そのファース辺境伯が帝国内で並ぶ者なしの発言力を得るのであれば、俺との交易にも良い影響が出るだろう。
ただ後に皇帝となるゲイツの視点からではどうか。今のファース辺境伯なら問題ないのかもしれないが、将来的に野心のある者が辺境伯家を継いだ場合に第二のアルキー公爵のようになる可能性がある。
それに急激に発言力を得たファース辺境伯を妬んだ貴族が暴走する可能性もある。
しかし。
「ファース辺境伯一強による問題は何となく想像できた。しかし、ファース辺境伯の件については対策のしようがないのではないか? 信賞必罰は必要不可欠。そして最大の功労者であるファース辺境伯を賞すのは当然。それに何故ゲイツを連れて行くことに賛成するのかが分からないのだが?」
「ふむ、ノブナガ殿は貴族の汚さへの理解が浅いようですな。ファース辺境伯の一強により最も困るのは他の貴族です。ファース辺境伯の発言力が増えるということは他の貴族の発言力が減るということ。自分たちの権益の保護も難しい。ファース辺境伯をどうにかしたいが相手は武門派筆頭。自分たちではどうでもならないと気付いた貴族はファース辺境伯に対抗できる者を探して始め、いずれは見つけるでしょう。ギルゲイツ殿下を」
……駄目だ、分からん。ちらりとゲイツの方を見て分かったのか確認したが、ゲイツも分からないのか首を傾げている。
「分かりませんか? ギルゲイツ殿下を即位させるのです。そしてファース辺境伯と仲違いするように仕向けるでしょう。仲違いが成功すれば皇帝となったギルゲイツ殿下に睨まれたファース辺境伯は力を失います。仲違いできなくても皇帝の即位に協力したとして相応の地位を要求し発言力の回復を図るでしょう」
成功しても失敗しても良い目しかないというのではあれば、やらない理由はない。今のゲイツを見る限り、皇帝となるには早いと思うのだが貴族には関係ないか。
「迷惑だな」
「はい、非常に迷惑です。今回の騒動によりアルキー公爵家とマンド侯爵家は断絶。領地の管理が空白となるのです。ファース辺境伯には今回の騒動の褒美としてアルキー公爵領地の一部を受け取らせますが、それでも膨大な領地が余ります。その領地は仕方がないので直轄領としてこちらで管理せねばなりません。しかし帝都の復興もしなければなりません。正門を新たに作り、今回の一件で被害が出た家屋への対応。文官が何人いても手が足りない状況が想像できるというのに、更に直轄領の管理? 文官不足となるのは明白。そんな時に政務のせの知らない皇帝を据えて何をやらせるというのか。しかし皇帝となったからには政務を行ってもらわねばならず、更に皇族を増やすためにも夜も色々と頑張ってもらう必要があります。まあ、早死にするのが目に見えますな」
何か色々と溜まっていたのだろうか、マンドは濁流のように一気に喋った。
おかげで俺が思っていた以上に迷惑だということは良く分かった。隣でゲイツもすごく悲しそうな顔をしている。
「それらの回避のためにゲイツは帝国から離れた方が良いということだな」
「はい。問題が解消できるわけではありませんが、起きる問題を防ぐことが出来ます。ファース辺境伯の方も小細工ではありますが対策があります。ファース辺境伯には息子のセルガンに家督を譲ってもらい、ファース辺境伯には近衛団長に就任してもらいます。誤魔化しではありますがこれでファース辺境伯家とは別と言い張り、今回の一件で激減した近衛兵を増やして貰いつつ私と共に政務も行ってもらいます。ファース辺境伯であれば文官五人、いえ十人分の働きは期待できるでしょうから」
国の窮地、愛国者であれば滅私奉公は当たり前とばかりにマンドは言い切るが、ファース辺境伯は嫌そうな顔をしながらも頷いている。
「なるほど。俺がゲイツを連れて行くことに賛成した理由は分かった。それで、条件というのは何だ?」
「二年後にギルゲイツ殿下をお返し下さい」
「二年?」
「はい。帝国は建国三十年と歴史の浅い国ではありますが、一応規定がありまして皇帝に即位するのにギルゲイツ殿下は少し若い。あと二年しないと規定上は即位できないのです。ほとんどの者が知らず、何の価値もない規定ですから破ろうとすれば容易く破れます。ですが、数十年、数百年と守り続けることが出来れば、長い歴史の中で破られることなく守り続けることが出来れば、権威が生まれるのです。これから帝国が長い歴史を歩む中で権威は必ず必要になります。その権威を少しでも早く生み出すために協力をお願いします」
なるほど。国の将来のために権威作りを今からか。
しかし今までの話をまとめると非常に簡単な言葉で片付く。
「ゲイツ、今までの話を理解できたか?」
「は、はい。貴族を刺激しておかしな行動を取らせないためですよね」
「違う。単純にお前が邪魔だという話だ」
何を甘い考えをしているのやら。貴族や文官などというのは根本的な原因ではない。ずっと話の中心にあっただろう。
「ゲイツよ。お前がマンドから信頼を得られていれば答えは変わっていただろう。貴族からの甘言に耳を貸さず、文官不足で仕事が多い中で邪魔にならない、いや頼れるような存在であれば俺がゲイツを連れて行くといった時にマンドは反対しただろう」
否定を求めるようにゲイツはマンドに縋るような視線を向けるが、俺の暴露した所為かマンドは躊躇わずに希望を断つ。
「はい。その通りです。今のギルゲイツ殿下は帝国の騒乱の種。二年間で私とファース辺境伯が地均しをしますので、危険ではありますがノブナガ殿にお預けしようと考えております」
え!? 危険? 俺に預けるのが危険だと思われていた。もう少し信用されていると思っていたのだが。あ、でもマンドとは交流がなかったし仕方ないか。
「だからゲイツ、お前は二年間で成長しなければならない。大変だろうが覚悟をしておけ」
「……はい! 頑張ります」
威勢の良い返事にきらきらとした目。素直な奴だ。育て方さえ間違えなければ立派に成長するだろう。
責任重大だ。しかしちゃんと考えはあるから問題ない。
「こちらの事情は以上です。それでは、ノブナガ殿がギルゲイツ殿下を連れて行こうと考えられた理由をお聞きしたい」
「簡単だ。ギルに頼まれたからな」
嘘偽りなく率直に答える。しかしマンドとファース辺境伯は理解できないとばかりに首を傾げる。
「はい? それはつまり、陛下がノブナガ殿に宛てられた手紙に書かれていたということでしょうか?」
「いや? 頼まれたのはさっき地下の遺体安置所でだ。なあ、ゲイツ?」
はい、と頷くゲイツをみてマンドとファース辺境伯は互いに顔を見合う。
「えっと、生きておられたと? それともノブナガ殿の技能か何かで話を?」
「ギルは死んでいるし、死者と話すような技能は持ち合わせていない。……そんなに不思議か? 死んでから動く骸骨兵だっているんだ。死んでからちょっと話すくらい出来るんじゃないか?」
そのような話は聞いたことがありませんが、と困惑気味にマンドは言うも俺とゲイツが体験したのだ。ありえないと片付けられてもらっては困る。
「俺がゲイツを連れて行く理由はそれだけだ。それでだ、そのことでファース辺境伯に少しだけ頼みがある」
「何でしょう? 出来る限りお力になります」
「そう言ってくれるとありがたい。ギルに任された以上、俺はゲイツを立派に育てる必要がある。しかしダンジョンにはその環境がない。だから町を一つくれないか? それと、俺や他の者でゲイツを教育するが帝国の流儀を知らない。だから一人、教育係を派遣してくれないか? 帝国のやり方に詳しい者が欲しい」
残念ながらダンジョン内に皇帝となるための物などない。あそこにいて覚えられるのは有能な人材は稀有であると実感できることのみ。そしてそんな実感は他でいくらでも出来る。
だから外に、帝国の町にそれを求める。商人など人がたくさん行き交う場所であり、他国の侵略についても考える必要があり、オワの大森林から近い場所。
ふむ。
「町は出来れば国境沿いが望ましいのだが」
それに、町が手に入れば以前確認した粘液生物を使った清掃などを容易に実施できる。魔族を敵としか見ていない人族の目を少しずつ変えることが出来る。
魔族が便利な隣人にまで認識を変えられれば、俺の安全は万全となる。
ただそのためにはファース辺境伯から町を譲ってもらわないとならない。無理矢理取っても恐怖意識が残るだけだ。
僅かに悩む素振りを見せたファース辺境伯だが、すぐに頷いた。
「そういうことでしたら喜んでお譲りいたしましょう。ただ、住人への説明、移住を願うものも出ると思われますので、それの対応などお譲りするのに時間を頂きますがよろしいですか?」
「問題ない。ただ詳細な交渉については申し訳ないが俺はすぐにダンジョンに帰還するため、代理をスズリにしてもらうことになる」
「分かりました。それと、こちらから派遣する教育係はクラースになると思われます。クラースでしたらノブナガ殿と面識もあり、帝国と魔族両方に通じていますので」
面倒は全てスズリに押し付けて行こう。しかし教育係はクラースか。信用できる人選だ。
他に話し合う必要のあることは思いつかず、マンド側からもないかと少し待つもない様子。
「それでは俺はこれで失礼する。ゲイツ、付いてこい」
ならば帝都にいる理由はもうなくなった。急いで鳥人たちの下へ行かねばならない。
マンドとファース辺境伯は見送りをしてくれるとのことだったが、忙しいだろうから断った。何せこの荒れた帝都を復興し、たった二年でゲイツを迎えられる程度にはなっていないとならない。
先ほど領地を治める者も文官も不足していると言っていた。地獄のような日々が始まるのだろう。
そして俺も今から地獄を味わう必要がある。
高いと速いに慣れる方法はないだろうか。今回は道連れもいるんだ。乗り心地を聞いた後に、対策を思いついていたら真似しよう。
「ふむ、山積みの問題の山が一つ減り、不安という谷が出来たようなものか」
噂の魔王、ノブナガとの話し合いを終え一息つく。
近衛たちに指示を出している中で突然ファース辺境伯に相談を受け、若干の不安を抱きつつも話し合いに挑んだが、ほぼほぼ想定通りに終わった。
多少、理解できない部分もあったが。
「マンド殿。山積みの問題の山が一つ減ったのは理解できますが、不安の谷とは何です?」
「山は見れば一目見ればどの程度の大きさか大体分かる。しかし谷は覗きこまないといけないし、そこが深ければ見て分かるというわけでもない。ギルゲイツ殿下を一度帝国から離れさせるためとはいえ、魔王に預けてどのような影響があるのか想像も付かん」
陛下もファース辺境伯もある程度ノブナガを信用しているのは分かる。だからこそある程度は信用して話し合いをしたが、その結果残ったのは微かな違和感。
信用はしても良いと感じていた。それと同時に説明しがたい違和感もあった。
「なるほど、そういうことですか。私も感じたことがありますよ、その不安は。ただ何度も会い、今回は戦友として肩を並べて戦ったおかげか、その不安がどこから来るのか分かりましたが」
「ほう? 知りたい。この不安の出所を。もしギルゲイツ殿下に悪影響を与えるようであれば、それを前提と動かねばならん」
「それは、多分大丈夫だと思います。影響は受けるでしょうがそれが悪い方向には行かないでしょう。ただ、理解は出来ないかもしれません」
悪い影響はないと言うのに、理解が出来ない? それはどういう意味だ?
「マンド殿が感じている不安の原因が関係します。その不安の原因ですが、ノブナガが魔王にしては理知的であり人族に近い、いえ魔族からかけ離れているためです。そのため、どうしても人族と会話をしている気になってしまい、細部に残る魔族的な会話に違和感を覚えているのでしょう」
なるほど、とファース辺境伯の話に思い当たる部分があったため頷く。
ノブナガは地下で皇帝陛下と話をしたと言っていたが、人族は死ねば終わりだ。話しかけてなど来ない。更に比喩として骸骨兵を出してきたがそれは魔族の話だ。人族とは何の関係もない。
魔王だから、魔族だからそんな考えが出てくる。これは違和感の正体かもしれない。
しかし、だ。
「それで、ギルゲイツ殿下への理解できない影響とはそれか? 会話の節々に魔族の考えが滲み出るのか?」
「いえいえ。今のは容易に理解できる不安の原因の一つを話しただけです。これからお話しするのが本命です。マンド殿は皇帝陛下の考えが理解できなかったことはありませんか? あまりにも遠くを見据えすぎて、その時が来るまで奇行にしか見えなかったことなど」
……ある。最近で言えばノブナガと友好を結んできたこと。昔であれば建国当時、いやその前からいくつか思い当たることがある。
当時は本当に何故そんなことをしたのか分からなかった。時間が経ち奇行が意味を持った時にようやく理解できた。
「あるようですね。我々では見えない、遠くを見据えての行動。慣れてしまった今は大丈夫かもしれませんが、初めての時は怖くありませんでしたか? 自分と違う生き物なのではと不安を覚えませんでしたか? それと同じです。おそらくノブナガも皇帝陛下と同じ目を持っています。まあ、目はありませんけど。マンド殿はそれを無意識に感じ取ってしまっているのでしょう」
陛下と同じ目を? 陛下はそれを察してすぐに友好関係を築いたのだろうか? 今ではもう分からないことだが。
魔王が遠い未来を見据えて行動する。それを見てギルゲイツ殿下にも同じ目が宿るだろうか? 宿らなくても、近くで見ていれば将来のための良い経験となるか。
……待て。もっと考えろ。それは――。
「ファース辺境伯。陛下は、人族だ。どれほど優れていようが人族だ。人族の良識と常識で未来を見据えて動いてきた。しかし、ノブナガは魔王だ。魔族だ。未来を見据える下地も、その先の行動も人族とは大きく異なる。それがギルゲイツ殿下に影響を与えて大丈夫なのか?」
「分かりません。付け加えるのであれば、ノブナガは人族とも魔族とも異なるノブナガだけの常識で動いています。肩を並べて戦って理解できました。あれは人族や魔族の考えではない。まるで別世界の常識を下地にした考えを持っています。おそらくこの世界にノブナガの考えを理解できる者はいないでしょう。ノブナガを近くで見て育つギルゲイツ殿下が初めてノブナガの考えを理解できる存在になるかもしれませんが」
人族でも魔族でもない思考。ギルゲイツ殿下は若い。こちらからも教育係を付けるとはいえ、確実にノブナガの影響を受ける。
「マンド殿。あの魔王、ノブナガはこれからも勢力を拡大するでしょう。ノブナガに外への侵攻意識がなくとも、周りが放っておくはずがありません。手を貸す形とはいえ、内乱に介入し帝都を落とした。帝国を倒したとも言える。国を倒せる魔王がいるんです。王国が、国家群が放っておくはずがない。必ずノブナガ討伐に動くでしょう。そして、ノブナガが勝ちます。我々では想像だにしない方法で勝ち、領土を広げていくでしょう。国に勝てる考えを、我々では思いつかない思考に影響を受ける。運が良ければ考えを理解し、ノブナガの思考の一端を得られるかもしれない。それは、悪いことですか?」
「……ファース辺境伯の言う通りか。ギルゲイツ殿下がノブナガの影響を受けるのは悪いことではない。しかし良いとも言えず、どうなるのか想像も付かん。補佐する側としては困りものだ」
「はっはっは。その時は微力ながら助力いたしますよ」
なにが微力なものか。近衛団長として強力な力を持つだろうに。何故、他人事のように笑えるのか。……ああ、そうか。
「微力しか助力しない、の間違いだろう。まあ、ファース辺境伯はこれから近衛団長に就任するが、最初の仕事は近衛の補充。いや、立て直しと言えるほど規模か。近衛はただの騎士ではない、帝国ではなく皇族に使える最後の盾。実力は当然ながら高い信用も必要だ。二年の時間があっても半分戻れば良い方か?」
色々と目を瞑れば数を集めることは出来る。例えば今回の一件で何もしなかった他の貴族が媚びるため、点数稼ぎの意味を込めて自分の所の三男などを送り込んでくるだろうから、それを採用すればよい。そうすれば数は補える。質は、絶望的に下がるだろうが。
もう一つはファース辺境伯が持つ騎士団を取り込むこと。練度が高く今回の一戦の功労者だ。信用に値するとして近衛にすることは出来る。ただ今回の一戦で数を減らしており、近衛に取り込むとファース辺境伯の保有戦力が一気に減ってしまう。
それにこれから……あ。
「いや、すまぬ。少し読み違えていた。ファース辺境伯を継ぐ、セルガンの手助けをするのだな。突然の家督引継ぎに、領地も今回の騒動の褒美としてアルキー公爵領の一部を引き受けてもらうことになる。それに、補佐である執事のクラースはギルゲイツ殿下の教育係に行ってしまう。これは厳しい。手助けが必要か。ギルゲイツ殿下の様子を探るためなどと称して文官でも送ろうか?」
「倅の為にありがとうございます。クラースも何名かは育てていると思いますので補佐は問題ないと思いますが、広がった領地までは難しいと思いますので何名か人を送ってくださるとありがたいです。代わりと言っては何ですが、少しでも直轄領を減らす案がありまして」
ほう? それは是非聞きたい。
それから日が明けるまで、帝国の復興計画を、そしてギルゲイツ殿下が戻られるまでの大まかな方針付いて話し続けた。