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第百四十八話 何事もなく終わり……

 この時をどれほど待ちわびたか。


 帝国に攻め入れられ、苦渋の降伏をし、国が無くなり領地を削られながらも必死に耐えた。

 反乱の兆しが少しでも察知されれば皇帝が視察の名目で来るため騎士団の増強も出来ず、ファースの目もあるため国家群を頼ることもできない。

 出来るのは騎士団の質を上げることだが、上げられるのであれば国がある頃に上げている。指導が悪いのか今以上になることはないが、ファースの騎士団と比べれば明らかに質で負けていた。だから狂気に染め上げて少しでも底上げをした。

 

 そんな時にオワの大森林に魔王が誕生したという話を聞いた。

 歓喜した。これでファースの目がオワの大森林に向き、最悪、いや最高なら魔王の襲撃を受けてファースの戦力が減ると。

 だが現実は違った。ファースは魔王と友好的な関係を築き、皇帝もそれを認めた。更に帝国を悩ませていた首領悪鬼(ドン・オーガ)が討伐された。

 

 理不尽だ! 私の国は滅ぼされたのに、滅ぼした帝国は繁栄するのか。

 しかしその理不尽こそが付け入る隙だった。


 魔族嫌いで有名なギルガルが動こうとしていた。帝国のことも魔王のこともどうでも良かったが利用できることは利用する。少し焚きつけて、味方を増やせばギルガルはあっさりと行動に出た。


 皇帝殺しに帝都の掌握。どうやら捕縛するつもりだったようだが、どうせ秘密裏に暗殺するだけで結果は変わらない。手間が省けただけだ。

 その後ギルガルはこちらを警戒するようになったが、今更遅い。帝都の維持に努めていればいい。

 ファースも詰んだ盤面では恐ろしくもない。

 そう思っていた。だが。


 まったく予想だにしない方法でファースは盤面をひっくり返し、こちらを追い込んだ。

 窮地だった。同時に好機だった。

 憎い皇帝の死に様をこの目で見た。後は二代に渡り苦しめてくれたファースの死に様も見れば、残るは国の再興だけ。

 攻め込んできたファースを逆に追い込んだ時、それは達成されたと思った。私の苦労が報われたのだと思った。

 

 なのにいつまで経ってもファースが死なない。あと少しの所で騎士が命を盾にしてファースを守り、合流してきた騎士が壁となってファースへの道を塞ぐ。


 あと少しで終わるというのに。


「敵の増援だ! レブド騎士団だ!」


 あと少しで……。




 無数の死体の中心にいた老人に剣を向ける。


「終わりだ、アルキー公爵」


 数と死兵頼りの大攻勢も、レブド公爵とその騎士団の加勢により形勢逆転。

 数で劣り、質で劣る死兵などただの死にたがり。特攻に気を付けつつ、数の利を活かして味方を助けるように動けば、負傷者は出しても死者は出ない。

 

 劣勢を覆せる者はアルキー公爵側におらず、兵が減って勝算が皆無と分かれば狂気に染まっていない兵たちが逃げ出し、狂気に染まった死兵は討ち取られていく。

 そうして残ったのは剣を振るう力もない老人。

 いや、過去に縋りついた狂人か。


「またか、また貴様が。私の、余の国を滅ぼしおって!」


「そんな国はない」


 濁った執念が殺気となり私にぶつけられ、それに応えるようにアルキー公爵に剣を突き立てる。

 今回の反乱の黒幕であり、長年帝国を悩ませてきたアルキー公爵は今まで悪行に比べてあっさりと死んだ。

 突き立てた剣を回収するのも億劫なほど疲れたので手放し、状況を把握する。

 かなり死んだな。分散していた者たちも戻ってくるなり私の守る壁となり必死に耐えてくれた。おかげで私は生き残り、アルキー公爵は死んだ。

 

「終わりましたか、ファース辺境伯」


「レブド公爵。助力感謝する。……父が国を攻めて降し、私が国の再興を阻止したのだ。後は芽を摘むためにアルキー公爵の縁者を連座すれば、終わりだろう」


 長年のアルキー家とファース家の確執はこれで終わる。


「そうだ、逃げ出した敵を処理しないと」


「そちらに付きましては帝都騎士団が動いています。彼ら以上に帝都に詳しい者はおりません。マモン侯爵の兵だろうが、アルキー公爵の兵だろうが確実に処理してくれるでしょう」


 そうか、帝都騎士団が残敵の処理に動いてくれたか。ならば問題は一つ。


「ノブナガ殿はどこに?」


 レブド公爵は救援に来て、帝都騎士団は残党処理に動いている。では、ノブナガは何をしている?

 ノブナガが私を見捨てた? いや、その可能性は低い。今ここで私が倒れれば情勢は一気に傾いた。そうなれば帝都から逃げ出すことも難しくなる。目的も当然達成できないだろう。

 では今、どこで何をしているのか。


「そのことなのですが。こちらもファース辺境伯の窮状をお伝えしようとしたのですが、近づいた途端ノブナガ殿の配下に武器を向けられまして。帝城に入ったのは確認したのですが」


 帝城に入った? 一刻も早くギルゲイツ殿下を保護したかったのか、それとも憎いギルガル殿下を葬りたかったのか。しかし味方であるレブド公爵の兵に武器を向けるとは……。

 ……味方? 武器を向けた、だけ?


「襲っては来なかった?」


「ええ。まあ、すぐに逃げ出したからかもしれませんが」


 武器を向けただけで襲ってこない? ノブナガ殿であればともかく、配下の者がそのような行動をとるだろうか。敵と判断すれば即座に襲いかかるはず。

 つまり。


「もしかしたら、見分けが付かなかったのでは? 我々も魔族の判別など種族くらいしか出来ないでしょう」


「ああ……。その可能性は大いにありますね。それに私の兵などそれこそ先ほどまで敵だった者も含みます。警戒し武器を向けるのも当然。つまり帝城に入ったのも」


「おそらく、我々がいない場所。敵しかいない場所を求めて進んだ結果かもしれません」


「だとしたら、困りましたな」


 最終目的はギルゲイツ殿下救出とギルガルの捕縛。しかしそのためには帝城に入る必要があり、そこにはノブナガがいる。

 敵と間違われるかもしれない。しかし行かないわけにもいかない。


「私が行きましょう。レブド公爵は帝都騎士団と共に残党の処理をお願いします」


 ただ私なら、ファース騎士団ならそれなりの時間を共にしている。配下の魔族は難しくともノブナガやオルギアなどであれば気付くだろう。


「お疲れでしょうがお願いします。負傷者の方はお任せください」


 護衛として何名か連れて行きたいが、負傷ばかりで無事な者がいない。比較的に軽症な二名を連れて行く。

 帝城はどうなっているのか。大変なことになっていないとよいが。




 帝城は大変なことになっていた。

 入ってすぐに目に付いたのが近衛兵の死体。それも鋭く切られて絶命している者と床や壁などに叩きつけられて絶命している二種類の死体。

 よほど派手に暴れたのか、調度品の類は破壊され、血もあちこちに飛び散っている。


「近衛兵の強さは帝国でも上位。私の騎士団と同等だと思っていたのですが、それを圧倒して進みますか」


 先に進めど近衛兵の死体ばかり。魔族の死体は見当たらないところを見ると、ノブナガの配下でも特別強力なオルギアとアリスを先頭に進んでいるのだろうが。

 途中から死体に変化が現れた。顔が焦げていたり、喉元に穴が開いていたりなど明らかに剣や拳ではない死因が増えてきた。

 これはつまり魔族の配下にも戦わせているのだろう。オルギアとアリスがいれば何の問題なく進めるはずなのに、あえて訓練のように。

 敵地の、それもど真ん中で配下を育てるとは。豪胆が過ぎるのではないか。


 ただこれならゆっくりと進んでいるはず。もしかしたら追いつけるやもと考えて足を速める。

 幸い進むべき道は死体が教えてくれる。……向かう先は、地下。牢獄か。マンド殿やギルゲイツ殿下救出を優先しているのか。


 まだ終わっていないことを確認し、急いで先に進めば。


「おお、ファース辺境伯。来ていたのか」


 曲がり角からノブナガが現れた。その背後には救出したと思われるマンド殿やギルゲイツ殿下、憔悴しきった男たちがいた。

 

「外の敵を掃討し、今しがた来たところです。ギルゲイツ殿下やマンド殿救出ありがとうございます。しかし、良く道が分かりましたね」


「少し近衛兵の頭を覗いただけだ。聞いても答えてくれなくてな。まあ、本当に知りたい情報を近衛兵は持ってなくてな。マンドが知っていて助かったが」


 何かを急ぐようにノブナガはそう言うと歩いていき、私もその後ろに加わりマンド殿に事情を聞く。


「ご無事、とは言えますかね。生きていますし、怪我もしていない様子」


「身体の節々が痛いがな。飯も満足に寄こさんで酷い奴らだ。ファース辺境伯、悪いが肩を貸してくれんか?」


 老体なのだから牢獄という過酷な環境は辛かったはずだが、精神的にはまだまだ余裕のようだ。さすがに身体は無理のようだが。


「ええ、構いませんよ。それで、後ろの彼らは?」


「近衛兵にも派閥はある。その中でも皇帝陛下に絶対の忠誠を誓っていた者とギルゲイツ殿下を幼少の頃から守っていた者はバカガルならぬ、ギルガルに従うのを拒否してな。一緒に仲良く地下生活をしておった」


 ああ、近衛兵か。全ての近衛兵がギルガルに従っていたわけではなかったのか。

 となればこのままギルゲイツ殿下の護衛をしてもらおう。幸い武器はそこらに落ちている。衣服は、そのままで良いか。ノブナガが待ってくれそうにない。

 ……おや?


「ノブナガ殿、ギルガルは上におりますが?」


「ああ、うん。そっちは任せる。俺はちょっと行くところがあるから。ラン、付いてこなくていいぞ。皆でファース辺境伯を守ってくれ」


 ノブナガはそう言うとギルガルの元へは向かわず、どこかへ行ってしまう。更にその後をギルゲイツ殿下が追う。

 さすがにそれは、と止めようとするもマンド殿が待ったをかける。


「すまんが、行かせてやってくれ。……あの魔王がここに来た目的だ。近衛兵もギルゲイツ殿下を追うのは許さん。というかこの哀れな老人を守れ」


 ノブナガが来た目的? ギルゲイツ殿下の救出、仇であるギルガルの捕縛。他に何があるというのか?

 それにギルゲイツ殿下が付いて言った理由は。


「どこに向かったのです?」


「幸か不幸か、葬儀をした様子はなかった。卑劣な手段でその手にかけたとはいえ、父であり皇帝なのだ。密葬するとは思えない。となればまだ保管されているだろう」


「……まさか」


「陛下の所へ、別れを言いに行った。ギルゲイツ殿下も共にな。陛下は正しかった、憎悪を向けるのではなく、友好的に接すればそれに応えてくれていたのに」




階を上がり、奥に進む。その道中を阻むものはないが、奥からは多くの人の気配。

 奥には玉座の間。廊下で挑むよりも広い謁見の間で数を利で挑むつもりだろうか。

 確かに、私の騎士は満身創痍。牢獄に囚われていた近衛兵は不調だろうし、マンド殿も十全に実力を発揮するのは難しい。

 ただ今はノブナガが置いて行ってくれた配下が、オルギアやアリスがいる。こちらは身を守れる程度の戦力があれば十分だ。


 勢いよく玉座の間の扉を開ける。


「やはりここに。お覚悟を」


「逆賊が!」


 玉座の間には自分も戦うつもりなのか武装したギルガルと共に、近衛兵も集まり暑苦しい状況になっていた。

 

「魔王に与し、帝国に害を成すなど」


「帝国に害を成したのは貴方でしょう。陛下の方針通り、魔王とは友好的関係を築き上げ――」


「もしかしてその話長い? 斬りたいんだが?」


 戦闘前に私とギルガルの主張をぶつけ合おうとしたが、それを待つつもりのないアリスが見事にぶった斬ってくれた。

 まあ、それに。いくら主張をぶつけようともギルガルが改心するとは思えないし、改心されてもやることは変わらない。


「いえ、もう充分です。ああでも、ギルガルだけは殺さないでください。捕まえて大々的に」


「いや、構わん。一緒に斬ってくれ。あいつのために時間を割く方がもったいない」


 陛下への反逆。一応首謀者のギルガルは公開処刑をすべきかと思ったのだが、マンド殿はその時間ももったいないと言う。

 確かに、これが終わっても帝都の復興に、取り潰しとなるアルキー領やマモン領の管理などやることは多い。時間を割くのももったいないという意見も分かる。

 それに私がそれに納得すればレブド公爵も文句は言わぬだろうし、ノブナガに至っては興味がない様子だった。傍観している他の貴族も言わないだろうし、言わせもしない。


「失礼しました。例外なく全て斬って構いません」


「まあ、誰を斬るなとか言われても見分けが付かんから。全部斬るしか出来ないけどな!」


 直後、アリスがまっすぐ突っ込んだ。あまりの速さに近衛兵たちは迎撃よりも守りを優先し盾を隙間なく構える。

 大雑把な一撃は近衛兵たちの盾の上を滑る。見事な守り。

 しかしすぐ後に突っ込んできた巨岩の如きオルギアの突進を受け止めきれず、陣形は一瞬で崩壊した。

 ギルガルを守るように動く者、オルギアを囲む者、そして暴れまわるアリスを必死に抑えようと盾を構えて接近する者。僅かに残った手隙の近衛兵がこちらに来る。


 あの程度ならここにいる戦力でも十分に戦えると剣を抜こうとするも、その前にノブナガの配下の魔族が立つ。


「守れと、言われているので」


 そう言うとランと呼ばれていた女郎蜘蛛(アラクネ)は指先から火の玉を作り出すと接近してくる近衛兵に向けて放った。

 しかしその程度の攻撃は近衛兵には効くはずもなく、あっさりと剣で払われ。


「がふっ」


 その隙を見逃さなかった蜥蜴人(リザードマン)に槍で貫かれた。

 更に前に出た蜥蜴人(リザードマン)が一斉に槍を構え、容易に近づけなくさせる。


「オルギアとアリスに全部を取られるのは癪です。ノブナガ様に報告できる戦果を! 前へ!」


 ランの号令の下、魔族たちは一丸となりこちらに向かってきていた近衛兵に突撃。数で優る魔族が圧倒する。


 そこからは蹂躙であった。

 自由に暴れまわるアリスを抑えようと近衛兵が盾で圧し潰そうとするも、先ほどの大雑把な攻撃が嘘のような鋭い斬撃により盾ごと近衛兵を斬るため手に負えない。


 それより酷いのは囲まれて窮地のはずのオルギアだ。四方から攻撃を受けるも皮膚が刃を通さない。どこから持ってきたのか矢も放たれたが、あっさりと皮膚で弾いた。

 圧倒的火力不足。かすり傷を負わせることも出来なければ囲んだところで意味はなく、むしろオルギアからすれば攻撃しやすいように寄ってきたようなもの。その巨腕で次々と近衛兵を潰していく。

 

 それらの光景にギルガルとその周囲の近衛兵は急いで救援に向かおうとするも、その前にランたち魔族が立ちふさがる。

 質で言えば近衛兵の方が上だが数ではランたちが勝る。更にさして強くもないギルガルが剣を振るおうと前に立ち、それを諌めて守るために近衛兵が動いて余計な労力が割かれる。

 そんな状況ではいかに質が優れていようとも十全に力を発揮できず、徐々に魔族に倒されていく。


 それからしばらく近衛兵は善戦するも全滅し、ギルガルも憎んでいた魔族に討たれた。


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