第百四十七話 アルキー公爵の狂気
困ったことになった。
鳥人とイフリーナの協力で行った空中放火は上手くいった。帝都の空が明るくなり、反対の城壁近くで待つ蜘蛛人に良い合図になった。
城壁の突破もすんなりといった。石組みの城壁なら蜘蛛人の足で上れるとは思っていたが、予想以上に早かった。
そう、帝都侵入までは問題なかった。侵入してからも少しは、大丈夫だった。
困ったことが起きたのは、ファース辺境伯から情報が届いてからだ。
「元レブド公爵を現レブド公爵が討ち取ったことにより、レブド騎士団は全て味方となった。また、帝都騎士団もこちらに寝返り、敵はマモン侯爵とアルキー公爵、近衛兵だけとなった。近衛兵は帝城に詰めており、マモン侯爵とアルキー公爵の兵に警戒を」
伝えたいことは分かる。レブド公爵の兵が増えたということだろう? 敵だった、帝都騎士団が味方になったのだろう。それで、近衛兵は帝城に固まっていて、外の敵はマモン侯爵とアルキー公爵の兵だけ。
ふむふむ、なるほど。
……見分けがつかない。
どれも人族だし、武器も同じ、鎧も似ている。確かに良く見れば違いが分かるが、普段から見慣れていないとすぐには見分けられない。
ファース辺境伯の所などは分かるのだが、レブド公爵のところなど最近見たばかりだし、帝都騎士団などそもそも知らない。
それなのに敵は簡単に襲ってくる。そうだろう、敵に魔族はいない。つまり人族でなければ敵なのだから、とよく狙われる。
そんな敵を返り討ちにして進んでいるのだが、精神的に苦しい。敵がはっきりと分かれば楽なのだが。
「おい、ノブナガ。めんどくさいぞ。周り全部敵で良いか?」
アリスが痺れを切らして今にも暴れだしそうだ。確かにいっそ全て敵の方が楽なのかもしれないが……。
周りが全て敵なら良いのか? つまり敵しかいないところに突っ込めば良い?
「周囲の配下を集めろ。一直線に帝城を目指す。一番乗りすれば敵しかいないぞ」
「進め! ファース騎士団の名を敵に刻み込め!」
帝都に入れれば数よりも質が重要になってくる。
大通りとはいえ、何百人もが横に一列になれるわけでもない。路地からの奇襲にさえ注意すれば、個々の力量差が如実に出てくる。
そして質で、私の騎士団に匹敵する騎士団はいない。
唯一、地の利のある帝都騎士団だけは危険と考えていたが、そこはレブド公爵が手を打ち寝返らせた。
勝ち馬に乗るための手土産としては上等だろう。
「マモン騎士団、潰走! 追撃いたしますか? ただ、逃げ方が酷く、あちこちに逃げ出しているので、追撃する場合部隊をかなり割かねばなりませんが」
「追撃だ。生き残らせて益はない。むしろ都民を襲うだけの害虫だ。徹底的に駆除しろ」
マモン騎士団は金で雇われた傭兵の群れだ。当然、国への帰属意識などなく、生き残るためなら都民にすら手を出す。
正門が開かない現状では外に逃げることすら出来ない。帝都に隠れ潜まれる前に駆除するしかない。
残るは、アルキー騎士団と近衛兵だが、近衛兵をギルガルが帝城より出すとは思えない。だからアルキー騎士団だけに注意すればいいのだが。
「……発見の報告がない。しかし帝城に詰めているとは思えん。どこぞから奇襲を仕掛けてくるかと警戒していたのだが」
マモン騎士団を潰した今、残る敵はアルキー騎士団だけだ。これでは奇襲のしようがないと思うが。
「ファース辺境伯! 追撃に出ていた部隊が損害を受けて帰ってきました」
「何? マモンの兵が一部立て直したとでも言うのか? 多めに部隊を割いて追撃に――」
「いえ、襲ってきたのはアルキー騎士団だったそうです」
……なるほど、そう来たか。
マモン騎士団を見殺しにし、追撃に出た少数の部隊を襲撃するか。
嫌がらせか? 確かに、騎士団に犠牲が出るのは痛いが大局に影響を及ぼす程のことではない。レブド公爵も、帝都騎士団もこちらに付いたから勝ちを諦めて、道連れを増やそうと……。
違うな。これはそんな諦めの嫌がらせではない。底意地の悪い嫌がらせだ。
「ファース辺境伯、ここからお逃げください! アルキー騎士団がこちらに向かってきております」
ここで私の首を狙いに来たか。
アルキー公爵の狙いは私と騎士団の殲滅。私の首を持ってレブド公爵を再度味方に引き込むつもりか。
レブド公爵は勝ち馬に乗ることを優先している。自らが旗頭になることはしない。ギルゲイツ殿下救出の旗頭である私が討たれれば、寝返る可能性は大いにある。魔王であるノブナガでは旗頭と認めないだろう。
そうなれば帝都騎士団だけでは戦局を覆せず、降伏。魔王ノブナガとその軍勢だけでは、どうなるだろうか? 分からんが、ノブナガが勝てば魔王に負けた国となり、アルキー公爵が勝てば、ギルガル殿下はいずれ謀殺されてアルキー公爵の国になるだけだ。
私の首には帝国存続の価値があるのか。ふむ、これでは譲ってやれんな。
「ここで戦うぞ! 逃げた先に待ち構える程度はしてくる! 割いた部隊を早急に戻せ! レブド公爵と帝都騎士団に救援を要請! ノブナガ殿にも助けを呼べ! 敵を倒すより時間を稼ぐことに集中しろ!」
ただ残念ながら割いた部隊より敵の方が早く来そうだ。
奇襲を警戒してそれなりに兵は残してある。数で劣ろうとも、質でなら圧倒する。
「ファース騎士団よ、武を示せ!」
津波のように押し寄せてくるアルキー騎士団に、我が騎士団は盾を構えて壁を作る。
いくら数に頼っても、この壁はそう簡単には崩れ……何!?
前線の敵が、盾にしがみ付いた。振り払うために槍で突き刺そうとすれば、他の兵が槍を掴んでくる。槍を掴もうとする兵を突き刺せば、その兵は突き刺さった槍を抱えて離さない。
そしてそんな兵を踏み台にして、後続が――。
「盾と槍を放棄し下がれ! 剣で対応せよ!」
後続が壁を乗り越える前に、壁の維持を諦める。判断が早かったおかげで上から潰されることはなかったが、盾と槍を失い時間稼ぎが難しくなった。
しかしまさか、兵に命を捨てさせるか。死兵で質を補うか。
厄介だな。相打ち覚悟で攻撃してきて、負けても敵の武器を離さないで死ぬ。いくら質で上回っていても剣を持った兵に素手で勝つのは難しい。
敵の武器を奪えばいいのだが、武器を持たない敵兵も見える。死ぬことが確定しているだろうに、良くアルキー公爵に従うものだ。
我が騎士団は善戦しているが、敵が最悪だ。割いた部隊も少しずつ戻ってきているが、状況を覆すのは難しい。
「久々だな」
剣を握る。父の後姿に憧れて鍛えた時期もあった。ただ、自分に才能がないのはすぐに理解した。
「ファース辺境伯! 覚悟!」
「あまり舐めるな」
大振りで襲い掛かってくる敵の攻撃を避け、敵の目を斬る。
死兵と化した敵に対して有効なのは、一撃で首を落とすことだ。そうすれば武器を取られる心配はない。
ただそんな技量がある者は少ない。当然私にだってない。
だから目を潰す。殺せなくても、行動不能に出来なくてもいい。
目を潰された敵はその場で暴れるか、声のする方に飛び掛かる。敵だろうが、味方だろうがお構いなしに。どうせ死ぬのだから。考えることなどしない。
死兵ゆえの思考能力の低下。少しでも利用しない手はない。
「お見事! お父上のように前線に立って戦いますか?」
「無茶を言うな」
若い頃に鍛えても、中々筋力と体力が付かなかった。そしてペンを持ち、机と向き合い、椅子に座る毎日を繰り返していた今は、昔よりも体力はない。
ほんの少し攻防だけでもかなり疲れた。剣とはこんなに重い物だったか。
「アルキー王国のために!」
「そんな国はない!」
滅びた国に使える亡者。なるほど、死兵だ。
救援が先か、体力が尽きるのが先か。根競べの始まりだ。