第百四十五話 非常事態につき
「今こそ攻め込む好機なのです!」
帝国領に住む魔族への挨拶回り。
見たことのない魔族がいるのではないかと、主に良識があって文官仕事が得意な者がいるのではないかと期待して向かったのだが、鳥人からの緊急連絡によりまともに回る前に戻ってきた。
何があったのかと鳥人に聞けば、何か来た、と要領の得ない返答。大方敵が何らかの対策を講じてきたのだろうと思っていたのだが。
それなりの陣地が出来上がり、見たことのない騎士団がいた。
陣地については、少し日を空けていたのだ。木の柵で囲んだ簡易な陣地が作れたのは分かる。ただ見知らぬ騎士団については分からない。ファース辺境伯の話では援軍を出してくれる貴族はいなかったはず。
情勢が変わったと知り勝ち馬に乗るために騎士団を派遣した、とも考えたがそれにしてはあまりに動きが速い。千人ほどとはいえ、ここまで早く動けるだろうか。
何より理解しがたいのは。
「……はあ。無駄なことを。自由にやればいい」
ファース辺境伯にセルガン程度の若い男が何か言い争っている様子。いや、若い男の言動にファース辺境伯が呆れているだけか。
面倒ごとにしか見えない。戻ったことを伝えるのは後にして配下の様子を見に行こうとしたが。
「は! もしや魔王ノブナガ殿では!? 一緒にファース辺境伯を説得して頂きたい」
残念ながら若い男に見つかった。非常に面倒ではあるが話を聞きに向かう。
だがその前に。
「ファース辺境伯。彼は誰だ」
「彼は援軍に来てくれた。レブド公爵だ。間違えないように言うのであれば現レブド公爵だな」
間違えないように? 現レブド公爵? 確かレブド公爵とは。
「自己紹介もせずに失礼した。ハロ・ファン・レブドと申します。ファース辺境伯の言う通り、現レブド公爵です。そして今、この城壁の内側で大罪を犯したのが我が父、元レブド公爵になります」
はて、どういうことだ? 現レブド公爵がここにいて、元レブド公爵は城壁の中。そして敵の増援としてではなく、援軍としてここにいる。
「まず言わねばならないのが、今回の一件に私、レブド公爵もレブド公爵領も一切関わっておりません。すべて元レブド公爵、父の独断である」
身の潔白の証明か、はっきりと宣言するレブド公爵。全て父に責任があると。そして家や領地は無関係。
……なるほど。おおまかに理解できた。
「保険か。両方にいれば家と領地は守れるな」
東の軍と西の軍で分かれたどこぞの兄弟と似たようなことか。どちらかが生き残ればよい。本命が向こうで、こちらは念のための予備として動いていたのだろうが。
それにしても言い当てられたのが意外だったのか、現レブド公爵は驚いた顔で固まっている。
「全く、ノブナガ殿を侮るからだ。ノブナガ殿の推察通り。彼は今回の事態解決に自分が参加したことを明確にさせ、家や領地に責任が来ないようにしたいのだ。そのため、短絡的に攻め落とそうなどと考えていてな」
「ああ、なるほど。てっきり敵を強制的に籠城させてからの兵糧攻めでは経験値が入らず、騎士のレベルが上がらないため、攻城戦を願っていたのかと」
随分と怖いことをやろうとしているな、と思っていたが勘違いだったか。ファース辺境伯も考えていなかったのかひきつった笑みを浮かべる。
その間に現レブド公爵も気を取り直したようで、大きく息を吐いて俺に頭を下げた。
「ファース辺境伯よりお話は伺っておりました。ですが信じ切れず、試すようなことをしてしまったことを謝罪いたします。ご推察の通り、家と領地を守るために父はギルガル殿下、いえアルキー公爵側に付きました。私は対抗として現れるであろうファース辺境伯が決戦の構えを見せた場合、何らかの勝算があるためそちらに付くように指示されていました」
どちらが勝っても問題なし、というのは決死の覚悟で挑んだファース辺境伯からすれば不愉快極まりないのではないか、と思ったのだがファース辺境伯は特に気にした様子はない。やはり貴族同士、家と領地を守るためならと理解しているのだろうか。
「そして大勢が決した今、早期にこの戦いを終わらせる……。いえ、言葉を飾るのは止めましょう。他の貴族から口を挟まれぬように私に戦功を与え、家を、領地を守るため、父上から城内の情報が届いております。その中に内部の不和、食料の不足、それぞれの騎士団の配置などございます。他にも策がございます。決して無理な攻城戦にはなりません」
話の筋は分かる。現レブド公爵に他の貴族から文句を言われないため、元レブド公爵がギルガル陣営を裏切って動いているということだろう。確かに、犠牲を少なくして勝てるだろう。
だがそれは全て現レブド公爵の都合だ。容易に勝てるように、犠牲が少なく済むように動いてくれているのだろうが。
「やはり駄目だな。このまま包囲し兵糧攻めを続ければ犠牲もなく、自動的に勝てるのだ。現レブド公爵、君の話では無駄な犠牲と労力を生むことになる」
現状の作戦より劣る作戦であれば採用する理由はない。もちろん、現レブド公爵にも理由があるのだろう。それに対する答えは実に簡単だ。
知ったことか。
もし時間的に問題があり、早期に解決したい場合はその案に乗っても良いが、時間はたっぷりとある。
「おっと、俺の意見だけでは駄目だな。ファース辺境伯の意見を伺いたい」
「もちろん反対だ。理由は、言うまでもないな」
これにより二対一で現レブド公爵氏の作戦は否決されました。
まだ何か言いたげな現レブド公爵だが、説得する材料がないと理解しているのか何も言わずに俯く。
また周辺魔族への挨拶回りをしようかとも考えたが、どうやら現レブド公爵の話では敵はもう食料があまりないらしい。となれば相手が降伏するのも時間の問題。ここを離れるわけにはいかない。
そう思っていたのだが。
「ん? ノブナガ殿。あれは鳥人では?」
ファース辺境伯に言われ、空を見れば確かにこちらに向かって飛んでくる鳥人の姿が見えた。
しかしあれは周囲の偵察に出た者でも、野生の鳥人でもない。明確にこちらに向かってきている。
つまり、ダンジョンに残した緊急連絡用の鳥人か?
手を振り所在を明らかにする。そして着地と同時に用件を聞く。そうしなければ鳥人が何故来たのか忘れてしまう可能性があるからだ。
「どうした?」
「国家群から、エルフが来た!」
国家群から、エルフ? 攻めてきたのか!? ダンジョンには最低限の戦力しか残していない。
急ぎ戻らねばならない。しかしギルの頼みも果たさねばならん。となれば方法は一つしかない。
喜べ現レブド公爵、攻城戦だ。なりふり構ってられん。一日で終わらせる。