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第百四十四話 手詰まり

「どういうことだ!」


 ギルガルの怒声が作戦室に響く。

 ファース辺境伯の奇襲による包囲。魔王による正門の破壊。

 これらの事態を重く捉え、ギルガルは情報の伝達速度を少しでも上げるために入り口近くに作戦室を設置し、対策を練るために主要な者たちを集めて会議をしている。

 今更何ができるのか知らないが。


「レブド公爵! 何か言ったらどうだ!」


 おや、私をご指名だったか。


「何でしょう、ギルガル殿下?」


「何でしょうではない! 帝都を包囲している者の中に貴様のところの騎士が混じっていると報告があったぞ。更に敵陣にレブド公爵家の旗も確認されている。どういうつもりだ!」


 ああ、そんなことか。まさかその程度で怒鳴られるとは思いもよらなかった。


「どういうつもり、と申されましても。ギルガル殿下、私はすでに家督を息子に譲っております。いうなれば私は元レブド公爵であり、現レブド公爵である息子に対して何か言える立場にございません。ですが」


 あえて一拍置き、不服を訴えるようにギルガルを睨む。


「私はここにいます。連れてきた騎士団も先の大戦の経験者を指揮官に据えた熟練者たちです。人数も十分にいるはずです。現レブド公爵は私が連れてきた兵よりも多くを連れてきたのですか? 千程度? なら私は倍以上を連れてきています。何が不満だというのです?」


「そ、そうだな。安易に疑ったことを詫びよう。しかし、息子をどうにか出来ないか?」


「どうにも出来ません。家督を譲った以上、口を出すわけにはいきませんし、まさか我が子がこのように動くとは予想しておりませんでしたので」


 心にもない弁明でギルガルはあっさりと引き下がった。この程度の言い訳で納得してくれるのだからありがたい。マモン侯爵は戦時をしらないためか、緊張していてこちらの様子など見えていないようだ。


 やはりこの中で注意すべきはアルキー公爵か。


 弁明をしたときに、アルキー公爵だけはこちらを睨み敵意を、いや殺意を向けてきた。何十年も帝国を恨み、自分の国を取り戻すために執念で生きている爺の殺意。実にドロドロしている。私より長生きをしているだけはある。

 まあ、殺意を向ける理由もわかる。何せ、これでレブド公爵領地は安泰となったのだ。


 元々、今回の反乱についてあまり乗り気ではなかった。しかしアルキー公爵がマモン公爵とギルガル殿下を味方に引き入れていたため、成功する確率が高く話を断ることができなかった。

 もし断れば反乱を成功させたアルキー公爵はレブド公爵領を火の海にしただろう。


 レブドが王国であった時も、帝国に降伏し公爵領となった時も、私のやることに何ら変わりはない。

 領地を、領民を守る。王族だろうが、公爵だろうがこの気持ちが変わったことはない。この気持ちがあったからこそ、帝国に対して即座に降伏し、あの戦争で最も被害を少なくして乗り切ったのだ。

 

 帝国がどうなろうとも関係ない。領地を守れればいい。だから私はアルキー公爵の話に乗り反乱を手伝った。

 しかし失敗する可能性も考慮していた。皇帝は私を遥かに上回るほど優秀であったし、アルキー公爵が首謀者である以上ファース辺境伯と争うのは必然。万が一という可能性があった。

 故に現レブド公爵、息子には反乱が失敗した際に速やかに兵を率いて出陣し、私の首を取れと伝えてある。

 身内の愚行を自らの手で処断すれば誰も文句は言えまい。つまり責任を問えなくなる。まあ、責任を問うことになっても重くは出来ない。

 仮に反乱が成功すれば私は協力者となりレブド公爵領の安泰は確実。

 

要はどちらにもレブドの者がいればいい。そうすればどちらが勝とうともレブド公爵家は確実に残り、レブド公爵領は守れる。


命を懸けた両取りだ。反乱に全てを賭けていたアルキー公爵からすれば許せるものではないだろう。しかしここで争っても意味はない。ファース辺境伯が喜ぶだけだ。

 

 私が微笑み、アルキー公爵が顔を歪める中で会議は勝手に進んでいた。


「壊された正門についてだが、マモン侯爵。職人たちを集めて調べさせていたようだが、何か分かったか?」


「はい。職人の話によりますと、正門は上からすごい力を受けて壊されたらしく、具体的な破壊方法は不明のままです。それと修復についてですが、正門の軸と開閉機構の一部は時間がかかりますが直せるそうです。ですが、開閉機構の重要な部分が溶かされておりまして、修復は不可能。新しく作り直すしかないそうですが、帝都に残っている職人では作れないそうです」


 正門の修復は不可能。様子見の籠城策を取ったギルガルにとってこの情報は最悪なものだろう。

 しかし最悪というのは意外にもそこが深いもので。


「では壊して一気に突撃するしかないか」


「それなのですが、正門が城壁の一部に刺さり、僅かに地面に沈んでいるため正門のみの撤去は出来ないそうです。あの状態では城壁を削らないと正門が動くことはないそうです。ただ正門周りの城壁も正門を支えるために特に堅固に作られたため、職人の数が圧倒的に足りない今ではかなりの日数が必要とのことでした」


「何だと! それでは出ようにも出られないのか。アルキー公爵、正門を通らずに兵を外に出す作戦はどうなった」


「残念ですが、夜間に正門の横にある正門整備用の小さな扉から少しずつ兵を外に送る、気付かれぬように城壁から兵を下ろす、どちらも露見しやられました。やはり相手に魔族がいる以上、夜に動いてもすぐに察知されてしまいます」


 首を振るアルキー公爵に、ギルガル殿下は怒りを机にぶつける。

 強制的に籠城させられ、出るにも出られず、見つからぬように夜に少しずつ兵を出せば即座に狩られる。詰んでいるな。ギルガルは最悪とばかりに頭を抱える。

 しかし、まだ落ちる。最悪の底は実はもっと深い。


「ギルガル殿下、大変報告しづらいのですが、食料があまりありません」


 つい先日発覚し、今の状況においてこれ以上ないほど恐ろしいことを告げる。

 

「何故だ! 確かに食料は進軍予定の町に送ったが、一か月分は残すように指示したはずだ」


「はい、そちらも確認済みです。ああ、担当が横流しをしたとかそんなことはありません。確かに一か月分は残してありました」


「では何故食料がなくなっている。まだ少しは持つはずだ」


「いいえ、持ちません。帝都騎士団六千名の食料一か月分しかありませんので」


 これについては私自身、盲点だったと言わざるを得ない。注意すべきだった、確認すべきだったのだ。

 最初は私の言葉に困惑した様子のギルガルだったが、すぐに事情が理解しマモン侯爵を睨む。

 気持ちは分かる。食料の管理、運搬はマモン侯爵に任されていたからな。しかし。


「待って頂きたい。私は指示通りに食料を購入し、運び、帝都に残しました。間違えてはいません」


 マモン侯爵の必死の弁明にも耳を傾けず睨み続けるギルガル。しかし残念ながらマモン侯爵は正しい。


「その通りです。マモン侯爵は指示通り動かれております。我々の騎士団を含め、全員分の食料を購入、運搬を完璧にこなし、帝都に残した食料も指示通りでした」


 そちらもきちんと確認してある。マモン侯爵はきちんと指示通りに仕事をしていた。問題がなかったとは言わないが、本質はそこにはない。

 本当の問題は主席宮廷魔導士のマンドを、他の宮廷魔導士を味方に引き込めなかったことだ。


「では何故だ」


「簡単です。文官不足です」


 最大の失敗。敵を、外を見るよりも内側に目を向けるべきだった。

 

「主席宮廷魔導士のマンド殿は我々に協力してくれず、その部下たちの宮廷魔導士は帝都から逃げ出してしまい、ギルガル殿下が持つ文官だけでは帝都を治めるのも大変な状況でした。そのため、少しでも効率的に作業をするため前文官の書類に流用しはじめました」


「……それは仕方あるまい。重要な部分だけ書き換えればいい」


 そう、重要な部分だけを書き換えればいい。ただ毎日が激務の連続で満足な休みも得ないで仕事を続ければどうなるか。どうしても注意力は散漫になり。


「出来ていれば良かったのですが、出来なかったのでしょう。帝都に残す食料が帝都騎士団の分しかないのは、帝都に帝都騎士団しかいない、平時のものをそのまま利用したからでしょう」


 これは文官だけの責任ではない。ファース辺境伯を迎撃に出ることを想定した作戦を立てていたため、誰もが防衛について考えていなかった。運び出された食料はきちんと全騎士団分あり、文官たちも迎撃に出た際のことは細心の注意を払っていたのだ。

 仮に、マンド殿が味方であれば、宮廷魔導士を引き込むことができていれば文官不足に困ることなく、今回のような失敗もなかっただろう。


「敵に包囲され、出ることもできず、食料も心許ないだと。何だこれは? どうしろというのだ。……食料を節約しろ。それと、正門の破壊を最優先する。出来る限り人員を割け。後は、日和見をしている貴族をどんな餌を吊り下げてでもこちらに引き込み、外にいるファース辺境伯を攻撃させるしか……」


 未だにギルガルは諦めるつもりはないようだが、取ろうとしている行動すべてが悪手だ。

 食料の節約は現在の状況では仕方ないように思えるが、帝都を守る帝都騎士団や皇族を守る近衛の他に、アルキー公爵とマモン侯爵の騎士団がいる。私の騎士団は規律を徹底させているため問題ないだろうが、二人の騎士団は腹が減れば確実に略奪に走る。最初は空き巣の如く盗むも、一度手を染めれば強盗になるのも時間の問題だ。

 帝都を守る、ではなく帝都を守ってやっている、という意識が罪の意識を軽くさせる。


 正門の破壊も、大量に人員を割けばどうにかなる問題ではない。多数の職人と適切な人数が必要なのだ。少数の職人に大量の人員を与えたところで混乱する現場しか見えない。


 何より最後など、どうやって外と連絡を取るのか。それも、日和見している貴族を味方につける? 不可能だ。餌を出せば出すほどこちらが負けかけているのが伝わり、勝ち馬であるファース辺境伯に乗ろうとするだろう。


 ではこの状況で最善は、最良は何か。ない。詰みだ。賭けの一手があるとすれば、全城壁から一斉に兵を下ろして、戦わせるしかない。見たとこと敵の兵は少ない。全方面の城壁から兵を下ろせば敵は全戦力で対応するしかない。

 問題は降りている最中も敵に狙われ、降り切っても今度は個人で待ち構える集団を相手にしなければならないということ。私が命令を受ける側だとすれば拒否するか、逃げるかの二択だな。ありえない選択肢だ。


 ……いつ、選択を間違えたのだろうか。ファース辺境伯を迎撃に出ることが遅かった時か、ファース辺境伯を敵に回したときか、魔王が敵対したときか?

 分かっている。間違えたのはもっと前。皇帝を捕らえられず、殺してしまった時だ。あの失敗が今この時を作ったのだ。あの時は何故命を投げ捨てたのか理解できなかったが、今ならわかる。


 かつて私を強かと評した皇帝だが、本当に恐ろしいのは皇帝だ。私は自分の死を込みで安全策を取ったが、皇帝は自分の死を利用して私たちを追い詰めた。


 敗れるのは時間の問題。いや、もう敗れている。問題は負け方だ。このままでは飢えが我が騎士団を、帝都を襲う。

 飢え死にでは息子にこの首を渡せない。何とか攻め込んでもらわないと。


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