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第百四十二話 強制籠城

ホウが率いる鳥人(ハーピー)に運んでもらい、帝都近くに降ろされようとしてようやく安堵の息を吐いた。

 空の旅を体験して分かったのは、緊急時以外は使用してはならないという後悔のみ。

 空を飛ぶというのは想像以上に早く、怖く、なにより寒いものだった。

 運ばれている途中、四肢が動かず意識が徐々に薄れていったのは眠たかっただけだと信じたい。

 地面に到着、当分は地面と接していたい。やはり地に足を付けて生きていかないとな。


 ファース辺境伯と俺の配下は、すでに帝都の象徴である巨大な正門から距離を取った場所で待機しているのが空から見えた。

 直接そこに降りても邪魔になるので離れたところに降りて移動することにしたが、遅れてやってきたかのように見えてしまう。

 いや、実際遅れているのだが。ファース辺境伯が到着前に帝都周辺に辿り着いておく予定だった。

 

「遅れてしまったようで申し訳ない。まだ大丈夫だろうか?」


「問題ありませんよ、ノブナガ殿。我々が早すぎたのかもしれません。そんな我々より先に来ていたノブナガ殿の配下の方々は優秀ですな」


 騎士団をまとめていたファース辺境伯に遅刻の謝罪に向かえば、気にした様子はなく、むしろ自分たちの早さを誇り、配下への配慮も見せてくれる。

 俺もこんな自然に気配りの出来る人になりたい。ただ俺の周囲に気を配った程度でどうにかなるような奴の方が少ないのが問題だが。


「そう言ってくれるとありがたい。それで、状況は?」


「まだ相手に動きは見えませんな。おそらくこちらを補足したばかりで慌ただしく動き回っているのでしょう。ただ、もうしばらくすれば」


 話をしている最中に門がゆっくりと締まり始めた。同時に城壁の上に走り回る兵が続々と現れる。

 門を閉めて敵の侵入を防ぎ、その間に兵を集めて編成し、準備が整ったら門を開けて突撃。そんなところか。兵は向こうの方が多いのだ。籠城する意味はない。


「予定通りですな。では私たちはこのまま待機しております」


「ああ。アリス、イフリーナ、セルミナ、オルギアは集まれ。ランは配下の魔族をまとめておくように」


 今まではファース辺境伯に頼りっきりだったが、これからは俺たちの番だ。




「要はぶっ壊せってことか?」


 俺が今、懇切丁寧に説明してやったのにどうしてそんな理解になるんだ。

 おい、イフリーナ。アリスの発言に同意するように頷くんじゃない。隣でセルミナが困っているだろう。

 オルギアは、さすがに分かっているようでアリスの発言に首を傾げている。


「ええっと、適度に壊すということですか?」


 その通り。適度に壊す。ぶっ壊すのは駄目だ。

 ただこれを理解しないのが二人。


「何言っているんだ。壊すに適度も何もないだろう」


「そうだ、そうだ。全壊以外にどう壊せというんだ」

 

 半壊に留めればいいだろう。何で全部壊したがるんだ。

 この狂人たちにどう伝えればいいのか、と悩んでいるとセルミナが自信なさげに手を挙げていた。どうしたのかと問えば。


「あの、自由にやらせたら良いんじゃないんですか? 侮るわけではありませんけど、あれを人が壊すのは無理だと思いますよ?」


 ……確かにそうだな。首領悪鬼(ドン・オーガ)の攻撃すら耐えそうだ。並の人族、いや並を超えているアリスやイフリーナでもあれを全壊させるのは難しそうだ。それこそヴォルトでも連れてこないと無理かもしれない。


「それもそうだな。アリス、イフリーナ。全力で頑張れ」


「上等だ!」


「今すぐぶっ壊してやる!」


 挑発するつもりはなかったのだが、挑発と受け取られたようでアリスとイフリーナは帝都へと突撃していく。

 そんな堂々と走ったら弓矢で射られ、いや心配ないか。

 アリスは迫る矢を斬りながら進んでいき、イフリーナは火の膜を作って矢を燃やして前に進む。

 

「よくもまあ、矢の雨の中を進めるものだ。オルギア、悪いが盾になってくれないか? 俺にあれは出来ん」


「あ、私もご一緒して良いですか?」


「はっはっは。わかりました。私の背に隠れてください」


 オルギアの大きな背中に隠れながら前へと進む。しかしオルギアも凄い。アリスやイフリーナと違い防御行動を一切取っていない。皮膚で矢を防いでいる。並の攻撃では傷一つ付かんのだろうな。




 帝都正門前に着けば、そこは酷いことになっていた。


「セィヤァァ!」


「燃えろおおぉぉ!」


 正門に対し、アリスとイフリーナが全力で攻撃していた。

 周りの被害など一切気にしない攻撃に城壁の上で矢を射っていた兵も逃げ出し、正門前に不思議な安全地帯が出来上がっていた。

 無数の斬撃に容赦のない炎。並の壁であればすでに崩壊しているであろう攻撃を前に正門は未だに揺るがずにそびえ立つ。


 国が総力を挙げて作った首都の正門だ。多少の攻撃で揺らぐはずもない。


「では私も参加してきます」


「分かった。まあ、頑張れ。もしかしたらイフリーナが炙った辺りは柔らかいかもしれないぞ」


 巨大な盾だったオルギアが正門の攻撃に行ってしまったので『守りの戦闘態勢(タングステンの身体)』となり我が身を守る。鬱陶しい矢だが、この身体ならあっさりと弾く。

 セルミナもオルギアがいなくなると同時に氷のかまくらを作り出して矢を防ぐ。しかし、正門の攻撃に参加する様子は見せない。


「良いのか? 攻撃に加わらなくて?」


「私程度でどうにかなるならアリスさんやイフ姉でも出来るかと。それに陛下に報告しておきたいことがありまして」


 こんな矢の雨が降る中で報告? そんなに重要なことなのだろうか。

 何だろうと見ていれば、セルミナは魔法の袋を取り出しながら。


「例の老人についてですが、残念ながら亡くなっていました。新薬を開発中だったようで、自ら飲んで効果を確認した結果、死んだようです。それで、例の老人の家を捜索したところ、火薬など様々なものを発見いたしました」


 そう言ってセルミナが魔法の袋から取り出したのは火薬や何か液体の入った瓶、そして。


「手帳?」


 俺は一番気になった手帳を手に取り開く。

 書かれていたのは実験記録だろうか。殴り書きな上に文字が重なっていて非常に読みづらい。火薬の材料と、配合率、さらにその結果がいくつも書かれている。当然、その中で俺が欲しいのは正しい火薬の材料と配合率だけだが、それはこの手帳のどこかに必ず書かれている。

 

「ふははははは!」


 素晴らしい! 素晴らしいぞ。研究成果を持ってきたのか。これを読み解けば俺は火薬の製造法を得られる。必要な時に、必要なだけ作られる。

 そして何より素晴らしいのは、老人が死んだことでこの手帳を持つ者だけが火薬の製造が出来るということ。火薬が誰かの手に渡り、進化して俺の脅威になる確率がグッと減った。

 火薬の進歩は阻止しなければならない。火薬が進歩すれば『守りの戦闘態勢(タングステンの身体)』すら砕く兵器が生まれてしまう。それは絶対にダメだ。

 火薬の歴史は俺の手の中にあればいい。他の誰にも渡さない。


「よくやった、セルミナ。念のために問うがイフリーナには伝えていないな? 良し! 後で褒美を渡そう。おっと、残りの手帳もくれないか?」


 火薬の研究記録をセルミナに返し、まだ見ぬ二つの手帳を受け取る。

 中身は、ふむ? 癒しの水? 魔力媒体を使わない魔法薬か。興味がないな。それに俺では扱いきれない。もう一つは、毒薬?


 なるほど、毒も薬も似たようなもの。過ぎれば毒、適度であれば薬だ。

 癒しの水という薬を作る前に、一通りの毒について研究したのか。

 生物毒に、植物毒。酸も扱ったのか。これはこれで役に立ちそうな手帳だな。


「中々に面白い。大切に保管しておいてくれ。今回の一件が終わって暇になったら読もうと思う」


 手帳を返して液体の入った瓶を見る。多分、あれは癒しの水なのだろう。……見て分かるものではないし、興味もないのでそれはそのまま返す。


 さて、正門はどうなったか。

 アリスは、元気に門を斬ろうとしているが、小さな斬り跡を作るのが精いっぱい。イフリーナは魔力切れ。オルギアは元気に門を殴る蹴る頭突きの連続攻撃を繰り出しているが、門が揺らぐ様子はない。

 ふーむ、少々想定外だ。イフリーナが炙り、アリスとオルギアの斬撃と打撃を合わせれば多少は歪むと思ったのだが、恐ろしき帝国の技術力。

 仕方あるまい。


「アリス、イフリーナは下がれ。オルギアは俺を矢から守れ」


 俺が門を中途半端に壊すとしよう。

 魔力の消費をできる限り抑えるために正門に近づく。

 本当に大きな門だ。そして、非常に硬い。アリスやオルギアでも歯が立たないということは相当分厚くもあるのだろう。

 大きさと厚さが増せば当然それは重くなる。それが硬いものであればなおさらだ。重いものは壊れにくい。


 ただ、俺の前にでは時としてその重さが欠点になりうることがある。

 狙いは正門中央。両扉が合わさる場所だけ。


「『重力』十倍」


 例えば、門の一部だけが異常に重くなったらどうなるだろうか。重心がずれて門はそちらに傾くだろう。

 その門が非常に大きければ、重くければどうなるだろうか。

 異常に重くなった門の一部は地面にめり込み、その反対は浮いてしまう。動いた門は城壁を削り、開閉機構にすら異常をもたらす。


 バキッ!


「今の音はなんだ?」


「おそらく門の扉の軸が折れたのではないかと」


 バチンッ!


「今のは?」


「門の開閉機構のどこかが壊れたのかと。音からして切れたのでしょうか?」


「それではこの門はどうなる?」


「もう開閉は出来ないでしょう。門を壊さない限り開けられませんが、壊せば閉じることは出来ません。直すことは出来るのかもしれませんが、それを許す理由はありません」


 それは良い。堅固を誇った正門が、程よく壊れたことで堅固な蓋になった。

 この蓋は容易には開けられない。


 数は圧倒的に有利だろう。その数を活かすために門を開き、野戦をしたいだろう。しかしそのためには二度と閉じない門を開く必要が出てくる。

 果たして閉じない門を開けるなどという危険を冒せるかな? 圧倒的有利な状況で背水の陣を敷く者はいないだろう。


「引き上げるぞ」


 さて、敵はこの状況でどう動くだろうか? 

門を開かずに外に出る方法を探る? 城壁から縄を下ろす。門が歪んだことでできた隙間から人を通す。隠し通路を使う。

 色々あるな。そしてその全ては夜間にやるのが効率的だろう。だが残念ながら闇の精霊の加護で鳥目ではなくなった優秀な策敵兵、鳥人(ハーピー)がいる。もはやフクロウの目と化したあいつらがいる限り城壁を降りようが、門の隙間から出ようがすぐに発見できる。どれも少しずつしか移動できない方法だ。少数の敵など瞬く間に殲滅できる。

 隠し通路についてはむしろ使って欲しいくらいだ。見つけ次第こちらが利用してやるからな。


 もちろん敵が覚悟を決めて門を壊し突撃してくる可能性もあるが、限りなくゼロに近い。

 まず門を壊すのに敵は四人の意思を統一する必要がある。ギルガルにアルキー公爵、レブド公爵、マモン侯爵。本来であれば皇族のギルガルが無理を通せばいいのだが、ギルガルの力は弱く三人のおかげで今があるようなもの。一方的な命令など出来ないだろう。

 さらに目的の相違。ギルガルは俺を倒して箔をつけたいのだろうが、それは他の三人には全く関係がない。むしろ、箔をつけられず皇帝にしてしまえば皇族の弱体化につながり、自分たちが自由に動けるようになる。

 そんな状況で三人が危険である閉じない門を開放することに同意するだろうか。

 

 それに向こうが門を壊すと奇跡的な決断をしたとしても、こちらが黙って見ている理由はない。鳥人(ハーピー)や魔法使いがいるのだ。妨害などいくらでも出来る。

 

 さて、相手がどう動くのか待つとしよう。どれだけ待ったところで、こちらに損害はないのだから。


「待ってください」


 かっこよく去ろうか、という時にセルミナに呼び止められる。

 目的を達して颯爽と去ろうとしたのに、それをセルミナに邪魔されるとは。何の恨みがあるというのか。


「どうした?」


「いえ、一応私も攻撃をしようかと」


 そう言ってセルミナは瓶を開けて、その中の液体で弾を作り、門が歪んだことで削れた城壁の中に放り込んだ。

 ふむ、効果はあるのだろうか? セルミナを連れてきた理由はイフリーナが暴走した際に止めるのが目的で、攻撃についてはそれほど期待していない。

 ただ、呼び止めてまで攻撃する以上、ある程度の効果があると判断してやったのだろう。


「その瓶は、癒しの水ではないのか?」


「いえ? 毒薬研究の過程で出来た非常に強力な酸らしいです。ですから門の開閉機構にダメ押しの一撃を加えようかと」


 なるほど。壊した上に溶かすのか。過剰なまでの嫌がらせだな。

 しかしセルミナは液体なら酸でも、おそらく毒でも今のように水弾にして飛ばせるのだな。覚えておこう。

 それでは今度こそ、颯爽と去る。


 さらばだ!



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