表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/177

第百三十七話 大人の交渉

 世の中には怖いものが結構転がっている。

 例えばうちの旦那。魔王で顔がふざけているのに底が知れない。不気味な怖さを持っている。

 うちの姉御も怖い。腕は良いし、顔も身体も良いのだが、頭の出来が恐ろしい。斬ることしか考えておらず、生きている世界が違うことを思い知らされる。

 そして目の前にいるお嬢もある意味怖い。目が離せないのだ。


 頭は良い。俺よりも良い。旦那に扱き使われる程度に頭が良い。だが常識がない。ただの常識じゃない。平民の常識がない。

 貴族を相手に話をするっていうのは結構危ない。機嫌を損ねれば首を刎ねられても王国では文句は言えない。帝国もそんなに変わらないんじゃないかと思う。

 なのにお嬢は平然と口を出す。多分、自分の立場を理解しても根元にあるのはやっぱり権力者側の常識だからだろう。根っからの平民の俺から見ればもう怖い事この上ない。


 それに今も目の前で。


「以上の事から大義はファース辺境伯側にあります。確かに馬の確保はやや苦労するでしょうが、決して無理ではないはずです。それに謝礼も十分に用意しております」


 一つ目の町の代官の館で、代官を相手に交渉している。

 スズリお嬢が頑張っているのは認める。何とか代官を説得しようと必死に利を訴えている。

 だけどな、スズリお嬢。代官は利じゃ、動かねえのよ。勿論国への忠誠心でも無理。

 代官ってのは貴族じゃない、平民がなれる一つの頂きなのよ。領地を持てねえ平民が、町一つを任される。これ以上に無い栄達ってやつだ。

 その頂きに到達した代官が何を望むと思う。望まないのよ。今以上がないから、今のままを望む。

 どれだけの利を説いても、忠誠心に訴えかけても、自分の地位を揺るがすようなことを代官はしない。スズリお嬢はそれが分かってない。


「熱意は分かりました。条件も良いのかもしれません。ですが、領主が未だに立場を明確にしていない以上、私が勝手に行動する訳にはいきません」


 だから、こうやって断られる。交渉ってのは相手を理解しないと絶対に成功しない。

 なおも食い下がろうとするスズリお嬢の肩を叩き、交渉を代わる。


「まあまあ、そう仰らずもう少し話を聞いてください。決して代官様に損のある話ではないのですよ。むしろ利しかない話なんですよ」


 警戒、されているな。代官の顔が僅かに強張った。まあ、スズリお嬢のような少女から成人に交渉が変わればこれから本番だと思うよな。

 スズリお嬢は良く見ておいてほしい。これが大人の交渉術だ。


「代官様はこう懸念されているのでしょう? ファース辺境伯は負けるんじゃないか、と。絶対に勝てるのか、と。当然の心配です。ですが、逆にお考えください。ファース辺境伯側について何の問題があるのでしょう。代官様は、ファース辺境伯の資金力を削ろうと考えて、交渉に乗っただけです。裏切ってなどおりません」


 どちらに付こうとも、どちらが勝とうとも問題のない言い訳があればいいのだ。代官としての地位が揺らぐことがないと保証してやれば良い。


「ううむ、しかしな」


「良くお考えください。ファース辺境伯が、この交渉の結果で進路を変えるでしょうか? 勝利の為の致し方ない犠牲として、無理やり突破し強奪しないと言えるのでしょうか? 戦いなど勝った方が正しく、ファース辺境伯が勝利側だった場合、この町はどうなるでしょう?」


 そしてこちらに付かなかった場合の危険性をちょっと教えておく。そして心が傾きかけている所に餌を用意してやれば良い。


「……これは秘密なのですが、今回の戦いに協力した町には一年から二年ほどの税の免除があるらしいのです」


「……何?」


「ですが、あくまで協力した町だけであり、交渉組は他にもいますから。他の進路を選ばれてしまった場合、この話はなかったことになってしまいます。すぐに交渉を終えて連絡出来れば大丈夫でしょうが、町を預かる代官様に即断即決を求めるわけには。期待させるだけで終わる可能性があるので言うべきではないのでしょうが」


 餌は出来れば時間制限があると良い。時間がなければないほど、目の前の餌に食いつきたくなるものだ。


「……私も、今回のギルガル殿下の行いはいかがなものかと思っている。アルキー公爵を重用するという話だ。それに陛下の噂も耳にしている。もし、ファース辺境伯がこの流れを正すと言うのであれば協力をするのもやぶさかではないと思っていた」


「ええ。ええ、そうでしょうとも。帝国の正義の為ですから」


「そうだな、帝国の正義の為だな。馬と食料を準備しておこう。それと帝都が危ないとか。親族はいないが、知り合いはいる。しばらく帝都から離れるように伝えておこう」


 伸ばされた手を握り返し、利害の一致を確認。

 交渉成立。すぐに次の町に向かわないと。


「……汚い」


 大人の交渉なんてそんなものだ。賄賂がないぶんまだまだ綺麗なうちに終わっているぞ。

 それに旦那からもらった交渉を成立させるための武器はまだ残っている。


 無税と他の交渉人の存在をちらつかせるだけであと二つの交渉を乗り切らないと。最後のあれだけは使いたくない。


 ……代官の家族構成か。旦那も嫌な武器を渡してくれるぜ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ