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第百三十五話 呼び出された理由

 魔王、ノブナガに突然飛び出されて向かったムスタング。

 道中に不安がなかったわけではない。オワの大森林や帝国の道は確実に安全とは言えないのだ。魔物や魔族、盗賊が襲いかかってくるかもしれない。

 こちらには戦闘では役に立たない私、スズリと元冒険者で元騎士のライルだけ。事あるごとにトドンに殴られてばかりの彼の姿を知っている身としては、そこまで期待していなかったのだが。

 ライルは決して弱くはなかった。


 一階位程度の魔物ならば群れでも追い返せるし、近づく者は誰であろうと先に察知していた。

 更に世渡り上手なのか、アンダルでは言葉巧みに代官から馬を借りて来た。


「嬢ちゃん? どうしたんッスか? 具合でも悪いんッスか?」


「いえ、少し考え事を。……ノブナガ様は何故私たちを呼んだんですかね?」


 私とライル。ここにトドンがいればよくある組み合わせだと納得できたのだが。私とライルの組み合わせは少し珍しい。

 基本的にトドンの補助に動くライルとノブナガの命令で動く私ではあまり接点はない。いや、言語や計算などを教える教師役をライルにもやらせようと動いたこともあるのだが、勘が鋭いのか絶対に逃げられてしまうのだ。


 ……今なら?


「あの、お願いし」


「ああー、そうッスね。旦那が呼び出すってことは、楽なことじゃないッスよね」


 逃げられた。いや、事前に話題を振ってしまった私の失態か。教師役のお願いはまたの機会にしよう。


「どんな内容だと考えていますか?」


「そうッスねえ。旦那は結構外に出てますけど、期間は必要最低限なんッスよね。目的が終わったら帰るみたいな? だから俺たちに何かやらせたいことがあるなら、普通は戻ってくるんじゃないッスかね?」


「つまり、帝国でやらせたいことがあるってこと?」


 今の帝国でやらせたいこと。それも私たちに?


「何か知ってるッスか?」


「帝都で反乱が起きて、皇帝が死んだそうです」


「へあ!? マジッスか? え、でもその関係で呼ばれたって意味が分かんないッスよ」


 確かに。帝国で大事件が起きた。それにノブナガが介入しようとしているのかもしれない。しかし、それなら何故私たちを呼ぶのか。戦力ならアリスやイフリーナなどがいるはず。

 私にしか出来ない、ライルにしか出来ないこと。……まるで想像が付かない。

 一体ノブナガは私たちに何をやらせるつもりなのか。


「逃げて良いッスかね?」


「あれを相手に逃げられると、何の問題もないと思うのであればどうぞ? 私は関与しませんけど」


「今の話なしで」




 ムスタングンに入ろうとしたら門番に止められた。


「軽薄な人族の成人にちんちくりんのドワーフ。魔王、ノブナガ殿の配下の方で間違いありませんか?」


「はい。そうですけど」


 けど、けど! 言い方に問題がありませんか!? ライルが軽薄に見えるのは事実として、私をちんちくりん! どうしてちんちくりんで分かるんですか! 納得いきません!


「お待ちしておりました。ただいま担当の者をお呼びしますので中でお待ちください」


 そうしてしばらく待たされていたらクラースがやって来た。

 ……ノブナガはファース辺境伯と懇意にしているとは知っていたが、下っ端の出迎えに相手の側近を向かわせるとは。もしかして想像以上に関係が進んでいる?


「お待ちしておりました。ノブナガ様はファース辺境伯の屋敷でお待ちです。ご案内いたします」


 ノブナガからの呼び出しに、出迎えにはクラース。これで帝国の案件で呼ばれたことが確定した。

 

「あの、私たちは何故呼ばれたのでしょうか?」


「それはノブナガ様からお聞きください」


 案内されるがまま、ファース辺境伯の屋敷へ向かい通されたのは。


「調理場?」


「先程まではこちらにいらしたのですが、どこかへ移動されてしまったようですね。ノブナガ様はどちらへ?」


「さ、先程出て行かれました」


 あの魔王は何やら他人の屋敷で図々しく動いているらしい。客人らしく与えられた部屋でジッとしていられないだろうか。

 ふむ、と何やら考え込むクラース。自分の立場を理解せずに自由に行動して、調理場の人たちもさぞや困ったことだろう。

 次はどこへ行くのかと思っていれば。


「分かりました。ここで待ちましょう」


 まさかの待ち。しかもこの調理場で。今の自分の地位は低いとは理解しているが、まさかここで立ったまま待たされるとは。調理場の人たちのことを考えてあげて欲しい。私たちの事も。


 ライルも困っているであろうと顔を向ければ、真面目な顔をしつつも口をもごもごと動かしていた。つまみ食いしている!


「ああ、一応言っておきますと。ノブナガ様はこちらに滞在されている間、様々な所を見て回っておりますがここにいる時間が一番長いので、ここに戻ってくると考えて待機しています」


 クラースは振り向くと、にこりと微笑みながらまるでこちらの考えを見通しているかのように言い、その動きを読んでいたかのようにライルは口の動きを止めていた。

 何だろう、この敗北感は。


 しばらくして、クラースの言っていた通り本当にノブナガが戻って来た。手に何かを抱えて。


「ノブナガ様。お呼びになられていたライル様、スズリ様がお見えになりました」


「おお、来たか。少し待て」


 近くにいた調理人に持ってきた物を全て渡してこちらに来る。


「思ったより早かったな? 急いできたのか?」


「途中で馬を借りられたので。しかし、ノブナガ様は料理をされるのですか?」


 ワリの実ばかりを食べている印象が強いので、調理場に入り浸っていると聞いて意外だったので聞く。ああ、でも玉座の間の扉にここよりも凄い器具が揃った調理場があった。活用しているのを見たことはないが。


「料理をすると言うか、以前から料理はしてみたかった。ただ料理は失敗の連続だろう? まだ食糧事情が芳しくないときに料理など出来ないし、何より周りがそこまで味を気にする者がいなかったからな。料理をする気が起きなかっただけだ」


 確かに、魔族たちは生肉を普通に食す。ただ時間があれば焼いて食べる。そちらの方が美味いと知っているため。ただ手間暇をかけて味を良くしよう、とは考えていない。

 アリスやイフリーナも同様だ。腹に入れば良い程度の感覚。出来れば美味い方が嬉しい程度。確かに料理をする気は起きないだろう。

 しかしそれは、ファース辺境伯の食料ならどれだけ無駄にしても良い、と捉えられてしまう発言だ。クラースの前で不注意だと思ったが。

 クラースは変わらず笑顔のまま。それがただの張り付けた笑みなのかと思えるが、不思議と本当に笑っているように思えた。


「ノブナガ様は自由になさってください。困るのはファース辺境伯だけですから」


「ファース辺境伯に感謝を。と、そうだ。お前たちが来た用件だったな。とりあえずファース辺境伯の所に行くぞ。金を出すのは俺じゃないからな」


 ……何故だろう。段々とファース辺境伯がかわいそうに思えて来た。




「ファース辺境伯、入るぞ」


 この屋敷に滞在してそれなりの時が過ぎた。俺は滞在している間、夜中でも自由に行動させてもらったのでどこに何があるのか把握している。

 当然、ファース辺境伯の執務室も把握済みであり、この時間なら確実にファース辺境伯はいることもしっている。


「いかがなされた、ノブナガ殿。おや、そちらの方は先日話していた?」


「うむ。配下のライルとスズリが到着した。これであの話を進められる」


 扉を開ければファース辺境伯がいた。執務机の上は様々な書類が占拠しており、ファース辺境伯はそれに追われていた様子。

 まあ、これらの書類はこれからの準備のためにどうしても必要な書類なので、一時的なものだとクラースが以前に教えてくれた。

 だから書類が多くても気にする必要がないとも。


 ファース辺境伯が執務机の空いている場所を少しでも広くしようと、クラースと共に悪戦苦闘している間に、俺はスズリ達に現状の説明だけしておく。


「まず、指示を出す前に伝えておくことがある。まだ公表されたばかりで耳に入っていないだろうが、帝都で反乱が起きて」


「あ、聞いています。皇帝が亡くなられたと」


 はい、早くも俺の役割は終了しました。急いできたのに情報収集もしていたのか。やはり今回の指示に適役だったな。


「そうか。では端的に。ギルから手紙で息子のギルゲイツを頼むと言われたので、ファース辺境伯と協力して帝都にいる邪魔な奴を排除してギルゲイツ回収のために動いている」


「え!?」


 はて、俺はおかしなことを言っただろうか? 情報を集めてきたのだろう?

 何か言いたげなスズリだが、その前にファース辺境伯から声が掛かる。


「失礼、こちらを見て頂きたい」


 ファース辺境伯の準備が整ったようだ。振り返れば執務机の上に地図が広げてある。

 おお、これは見やすい。ついでに、説明もしやすい。


「……地図、ですか?」


「ん? どうしたスズリ?」


 先程からスズリの様子がおかしい。何か問題でもあったのかと聞けば、いえ、とだけ言い首を振る。

 ……地図を見るのが初めてだったとか。いや、俺だって冒険者が持っていたオワの大森林の地図を見たことがあるのだ。スズリだって地図程度は見たことはあるだろう。……あの地図と比べるとファース辺境伯が持っていた地図は精巧に出来ている。


「ノブナガ殿の配下の二人には、この三つの町と交渉をしてもらいたい」


 その三つの町とはムスタングと帝都を結んだ時に近くにある三つの町。

 それなりの規模の町であり、領主である貴族は屋敷を構えずに代官が置かれている。

 要は帝国によくある町。そんな町との交渉。


「その町と交渉ですか? 何の交渉をして来れば良いのでしょうか?」


「我が騎士団の通行許可。補給も行うので食料の用意。馬を替えたいので馬の用意。最後の町に関しては事前に騎士団で使用している軍馬と武具を送るので、それを管理しておくこと。後で受け取りに行く。勿論、全て前払いで支払えるように金銭はすでに用意してある」


 そう言うとファース辺境伯は金の詰まっていそうな袋をどかりと机の上に置いた。

 これだけの金があれば今言った要求分は十分にあるだろう。しかし、さすがファース辺境伯。貴族なだけあって金はあるのか。

 

「通行許可に食料の補給は分かりますが、馬の替えに武具や軍馬を移送し保管? 確認したのですが、優先順位などはどのように?」


「全て必須条件だ。どれ一つ欠かすことは許されない」


 残念ながら交渉に優先順位はない。全てが絶対条件であり、妥協できる箇所は一切ない。

 故に俺はライルとスズリに完璧な交渉を期待している。


「あの、出来れば何をするのか教えてもらえませんか? そうして頂けると交渉が色々とやりやすくなるのですが……」


 交渉の際に説得の材料として使うのだろうか。俺は構わないと思うが。

 それを決めるのはファース辺境伯、と考えていたがファース辺境伯が俺に目を向けて来た。これは、俺が話せと言うことか。発案者は俺だもんな。


「分かった。では軽く説明しよう。まず、俺とファース辺境伯は手を組み、二か月後に帝都を攻めると情報を流している。故に、お前たちの交渉の期限も二か月以内、物資のやり取りを考えれば出来るだけ早い方が良いとは言っておこう」


 理解できているだろうか、とスズリの顔を見るも唖然とした顔で理解できていない様子。はて、話を飛ばし過ぎただろうか? まあ、スズリは頭が良いので話を進めている内に理解してくれるだろう。


「では次に、交渉内容の理由だな。まず通行許可は、言わなくても分かるか。そこを通るからだ。食料の補給は食料を最低限にしか持たせないことで進軍速度の上昇を図るため。補給部隊も勿論出すが、進軍速度を重視するため足の遅い補給部隊は切り離す。一つの町で三日分の食料の補給が必要だ。馬についても先程言った通り、進軍速度重視の為に措置だ。質問はあるか?」


 全ては進軍速度、相手の意表を突くため。こちらに隠れ潜んでいるであろう間諜よりも早く、帝都に辿り着くため。

 動かせる全てをこの速さの為に動かしている。


「進軍速度を上げるための交渉ですか。分かりましたが、それで勝てるのですか? 兵力に大きな差があると思うのですが……」


「それは交渉で必要なことなのか? まあ、良い。ファース辺境伯のお墨付きの策があるとだけ言っておく」


 策を言いふらすのは得策ではない。知っている者は少ない方が良い。それにライルの口は軽そうでやや怖い。

 ただスズリには踏み込んで聞いてきたことへの警告に聞こえたのか、恐縮させてしまった。そんなつもりはなかったのだが。

 ただ、わざわざ訂正するようなことでもないから何も言わないが。


「失礼しました。では最後の武具と軍馬についても進軍速度上昇の為と考えて宜しいでしょうか?」


「その通りだ。ファース騎士団は愛用している軍馬を帝都に向けられるように、そして武具も騎士団の軽量化を図るために剣のみ持って進軍してもらう」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 何か気づいたのか、俺の言葉を聞いてスズリが突然大声を上げて地図を覗き込む。……何か俺の説明に不首尾でもあっただろうか。説明は全部ファース辺境伯に任せるべきだったか。


「ムスタングから帝都までは道が引かれていませんが、ここは安全なのですか? 国家群ではこういうところは大抵……」


「帝国とて変わらぬ。魔族や魔物が跋扈する場所になっている」


「そんなところに、剣だけ持たせて騎士団を向かわせるんですか! 確かに数の力で突破できるかもしれませんが被害が出ますよ!」


 ふと、剣一本あれば何でも出来ると世迷言を言うような爺とその弟子の女剣士を思い出した。あいつらなら、何の問題もなく通過できるのだろうな。

 まあ、騎士団も何の問題もなく通過させるのだが。


「それについては問題ない。そのために俺は配下の魔族たちに指示を出したのだからな」


 動かせる全てを進軍速度の為につぎ込んでいるのだ。当然、俺の配下も同じ。


「シバら群犬(コボルト)のように足が速ければ問題ないが、ほとんどは人族と同じかそれより遅いものばかり。とてもファース騎士団に付いては行けないので、すでに指示して動いている。勿論、気付かれないように人族が通らない経路で種族単位に別れて進むようにな。その経路の中にここも含まれている。食料は現地調達で、進む先には俺の配下ではない魔物や魔族が多くいる。さて、説明はいるか?」


「いえ、ありがとうございます。あの各種族別々に出発せよとの指示はこのためだったのですね。理解できました」


 納得してくれたようで何より。

 

「最後に一つ宜しいでしょうか? 何故私たちを? ファース辺境伯の部下ならいくらでも交渉が出来る人材はいると思いますが?」


「それについては簡単です。ファース辺境伯やその部下である私、クラースにはアルキー公爵の手の者が監視しているためです。さすがに部下全員は無理でしょうが、誰に監視が付いていないかまでは把握しておりません。ですので、監視の付いていない人材を求めていたのです。まあ、こうして屋敷に招いた以上、監視は付くでしょうが私やファース辺境伯と比べれば優先度は低いと思いますので、ライル殿でも容易に対応できると思います。振り切るなり、首などをキュッと対応して頂ければ問題なしと言うことです」


 まるで鳥でも絞めるかのような自然な手つきに、スズリは愛想笑いで返した。

 質問はもうないようなので早々に出立してもらう。ライルとスズリでは今話していた魔物と魔族が跋扈する進軍経路は使えないのだ。比較的に安全な道なりに進んでもらうしかないため、三つの町を回るとなると時間がないのだ。

 だから休んでいる暇などない。いますぐ交渉に向かってもらう。俺は休み続けるがな!


 あ、ちょっと待て。交渉内容分の金銭は用意してあるが、それは交渉が成立する材料じゃない。

 交渉成立の為にはあらゆる手段を肯定するつもりだ。だからこれを、ライルの方が良いな。スズリより、ライルの方が上手く使いこなせそうだ。

 ちなみに交渉結果の報告はいらないぞ? お前たちが交渉を完全に成功させたことを前提に動くからな。そうしないと間に合わないのだ。


 では行ってらっしゃい。


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