第百三十四話 茶番
「ムスタングはいつ来ても素晴らしい所だな」
「ノブナガ殿にそう言ってもらえると嬉しい限りです」
昼下がりのムスタング。未だに住民たちには帝都で起きた反乱の情報は伝わっておらず、何の変哲もない平凡な日常がそこにはある。
だが、そろそろ行商やら何やらで住民の耳にも帝都の噂が届きかねない。
情報を与えるなら今が最適と言うことだ。
ファース辺境伯と話をして、今後の活動については決めてある。ある意味、今回の茶番が開始の合図となる。
配下達には指示の書かれた手紙をクラースに届けてもらっている。すでに届いているだろうが、指示の内容は簡潔に書いた。難しい事を書いても理解など出来ないだろうからな。
ライルとスズリには少しやってもらいたいことがあるので、こちらに呼んだ。
指示の内容もそこまで難しいものではないし、大丈夫だろう。
先日クラースがアンダルまで戻って来たとファース辺境伯が言っていた。そしてムスタングに帰ってくるのは今日だろうと。ここまで計算し尽くしたファース辺境伯には感謝したい。
何より素晴らしいのは、今日の茶番を終わらせればしばらくは俺のやることはなくなる。さっさと終わらせたいのだ。
ムスタングの大通りをファース辺境伯と共に、住民たちの注目を浴びながら視察の真似事をしていると前から馬に乗ったクラースがやって来た。
険しい表情で衣服も僅かに乱れ、急いで来たと一目で伝わる。クラースの名演技だ。
「ど、どうしたのだ、クラース!? 何かあったのか?」
突然のことに周りの住民たちが騒めきながら集まってくる。店からも顔だけ出して様子を見ようとする者も居る。良いぞ、もっと注目を集めるんだ。
「た、大変です! 帝都で、帝都で反乱が起きました!」
「な、何だと! それは本当か!」
うーむ、。クラースの演技は非常に上手いが、ファース辺境伯の演技が大袈裟だな。
だがその大袈裟な反応こそが正しかったのか、住民に動揺が走り一部からは悲鳴が聞こえる。
「へ、陛下は!?」
「残念ながら……」
首を振るクラースを見て、ファース辺境伯はゆっくりと膝を突き倒れ込む。
それに合わせるように悲鳴が広がっていき、全員に知らせるかのように駆け出す者も出て来た。
ギルは、慕われていたんだな。貴族からだけでなく、国民からも。だからギルの訃報を聞いて、嘆き悲しむ者がいる。
「反乱を起こしたのは、ギルガル殿下とアルキー公爵たちです」
「到底許せるものではないぞ、アルキー公爵め。必ず、この卑劣な行いの代償を払わせてやる」
茶番は続く。ギルガル討伐を前面に出してしまうと皇族との戦いになってしまうため、アルキー公爵討伐を宣言する。やることは同じだが、その方が領民から理解を得やすいそうだ。
それに領地の問題上、ファース辺境伯とアルキー公爵の仲が悪いのは有名であり、また領民たちも同様に仲が良くないそうだ。
俺はギルの息子、ギルゲイツを確保できれば良いのだ。建前などは全てファース辺境伯に丸投げだ。
「更に、こうして友好的関係を築けているノブナガ殿に対し、一方的な討伐宣言まで!」
「…………」
「……ノブナガ殿?」
ハッ! しまった。茶番だからと見世物気分で見ていた。俺も茶番に参加しているんだった。
どうしよう。確かここはクラースの言葉に驚愕する場面のはず。今更驚くか? いや、流石に駄目だろう。次だ、次の場面に強引に動かして一度落ち着こう。
「なるほど、良い度胸だ。甘く見られたものだ。二か月だ、二か月後に帝都を攻撃してくれるわ!」
違う、違う! これは最後の場面だ。茶番を一気に飛ばしてしまった。どうする? どうすれば良い!?
どうすることも出来ないな。諦めよう。
その場をファース辺境伯とクラースに任せてファース辺境伯の屋敷に戻る。
これでライルとスズリが来るまではもうやることはない。やるべきことをまともにやれなかったのだ。嫌味を言われるだろうな。
不貞寝しよ。
深夜、ファース辺境伯の執務室。
いつもであれば就寝する時間だが、今日の出来事やノブナガと相談して出来上がった戦略の見直しをするためにまだ起きている。
理由は分からないが、今日の茶番をノブナガが短くしてしまったため少し修正が必要になった。大体の目的は果たせているので、大きな問題はないが。
ただその作業も終わり、そろそろ寝ようかという時に誰かが扉を叩いた。
「失礼します、昼間の件でご質問が」
扉を叩いたのはクラースだった。入って良いとは言っていないのに勝手に入ってくる。
まあ、仕方あるまい。今回はほとんど情報を与えていない。いつもの仕返し、というだけではなく時間がなかったのだ。
「お答え次第ではお暇を頂きたくございます」
とはいえすぐに主導権を握ろうとするのはいかがなものか。主従という言葉を知っているか?
今回の一件はそれほどの大事と言われればそれまでなので、聞き流してやるが。
「質問は何だ?」
「色々とございますが、一番大事なことから。何故、魔王に与するのです? 陛下を殺めたとはいえ、帝国の実権は殿下に持つことになるでしょう。素直に殿下に与して良かったのでは?」
そんな質問で良いのか? クラースらしくもない。考えればすぐに分かるだろう。
「ファース辺境伯領を存続させるためだ。今回の一件の黒幕はアルキー公爵だ。もしギルガル殿下が戴冠し、皇帝になられたとしても後ろ盾であり、最大の協力者であるアルキー公爵には強く出ることが出来ず、協力を要請されれば無下にも出来ない。そんな状況になればアルキー公爵は嬉々としてファース辺境伯領への嫌がらせを強めるだろう。誰からの助けも得られなければ、衰退する道しか残されない。分かるか? アルキー公爵がギルガル殿下の後ろ盾になった時点で、それに敵対するしかファース辺境伯領は生き残る道がないのだ」
帝国を守る義務はある。しかしそれ以上に、領地を守る義務がある。領地を守るためなら、帝国を敵に回すことも考える。
「それに勝算はある。現在の帝都の状況。ギルガル殿下の思想。そして帝国の流れ。あの魔王、ノブナガと話して計画は立て終えている」
滅びる運命を変えられるなら変えるだろう。それにギルゲイツ殿下を救う、陛下の無念を晴らす。何でも良い、大義があれば躊躇う理由はなくなる。
だが、背を押したのは理屈でも大義でもない。
ノブナガと敵対したくない、という単純な恐怖心だ。
帝都を攻める、ギルゲイツ殿下を救う話をして理解した。あれとは戦ってならない。あれは、本当の意味で魔王なのだ。
「なるほど、分かりました。ではあの昼間の茶番の意味は?」
「あれか。あれは領民の理解を得るためでもあるが、最大の目的は相手を動かすためだ。どうせアルキー公爵の間者が潜んでいるだろうからそいつ宛にな。こちらが二か月後に攻撃する、と言ったら相手はどう動くと思う?」
「当然、戦力を集めて防備を固めるか、攻撃される前に攻撃してくるでしょう」
その通り。現状ではいつ攻撃してくるのか、いつ動くのか分からないギルガル殿下たちに、あえて情報を流すことで操るのだ。
「そうだ。そしてギルガル殿下たちは帝都を占拠していても、帝都の民の心は離れているだろう。ギルガル殿下は実績もなければ信頼もない。はっきり言えば、帝都の民から見れば陛下の倅と言うだけの若造だ。更にアルキー公爵など寝返り組が帝都に滞在しては、帝都の民の反感を買っていることだろう。とても帝都から遠征できる状況とは思えない」
それに寝返り組も一枚岩ではないだろう。彼らにも彼らの利益があり、それがギルガル殿下と全て一致するとは思えない。
「故にここまで攻め込んでくることは難しい。おそらく、戦力を集めてこちらが攻め立ったと同時に帝都から迎撃のために動くだろう。殿下の実績作りのためにも弱気な所を見せられないのでな」
帝国領内での迎撃戦。ギルガル殿下辺りなら更に迎撃から追撃、殲滅戦辺りまで考えるかもしれない。
「それは、大丈夫なのですか? それとも二か月後と言いつつも相手が準備している時に攻め入るのですか?」
「それは駄目だ。こちらも大義を掲げる以上、卑劣な真似をしてはその後に影響する」
「それは……。あまりに不利なのでは? 敵に戦力増強の時間を与えているだけとしか……」
不利か。確かに普通に考えれば不利だ。こちらの戦力はノブナガの軍勢と騎士団のみ。騎士団は領地に残す分を考えて、三千から四千が限界。ノブナガの兵力については詳しく聞いていないが、多く見積もっても千から二千辺りだろう。つまり最大六千の兵力。
対してギルガル殿下たちは、まず帝都に駐在する騎士団にギルガル殿下に同調した近衛兵。アルキー公爵、レブド公爵、マモン侯爵の騎士団。二か月の時間があれば二万から三万は集まるだろうな。
六千対三万。確かに不利だ。不利以外何ものでもない、はずなのだが。
「何の問題もない。そう私に確信させるだけの策がある」
実際、兵力差などそれほど関係はない。兵と兵が向かい合う時点で勝敗はすでに決しているだろう。
「分かりました。全てはファース辺境伯領の為であり、負けない算段もある。そういうことですね?」
「そうだ、納得できないか? 暇が欲しいと言うならくれてやる。帝都辺りにでも行ってくるか? あそこは酷いことになるぞ」
「いえいえ、皆さまが納得できたと思いますので暇は必要ありません」
実にスッキリとした表情で、楽しげに笑うクラース。
今、気になることを言ったな。皆さま、だと?
種明かし、とばかりにクラースが執務室の扉を開けば、廊下には各商会主や職人の親方、屋敷で働く侍従などムスタングの有力者たちが揃っていた。
くそがっ、そういうことか。
「このような深夜に失礼しました。しかし、ファース辺境伯の考えを伺えて、不安は解消されました」
「ファース辺境伯は魔王の脅しに屈したのかと思いましたが、一番に領地の事を、儂らのことを考えて下さっただけと知り安堵し、同時に感謝しております」
「これからも、誠心誠意仕えさせていただきます」
こんな深夜に屋敷に集まって、どいつもこいつも盗み聞きか。何より気に食わないのはクラースの手の中ということ。
これで明日予定していた有力者への根回しが不要となった。そして領内に不安を持つものがいても、こいつらが説得してくれるだろう。
非常に嬉しい事のように思える。しかし実際は今修正し終えた戦略を若干前倒しにする必要が出て来た。
つまり寝る時間がもう少し後になる。これを見越しての深夜か。クラースめ。
「ふん、勝手にしろ。……帝都に知り合いがいるようなら何としても帝都から出させた方が良いぞ。あそこは、地獄になる」
本日「ダンジョンを造ろう」の四巻が発売となります。
何卒よろしくお願いいたします。