第百三十三話 ノブナガからの手紙
「リン、相談がある」
「シバか? どうした?」
ノブナガ様がダンジョンを出てしばらくの時が経った。ヒデら小悪鬼達が二階層で何かを始めたこと以外は特に変わりなく、新体制に馴染もうとしていた。
俺、シバも何とかあのホウと話をして警戒網の再構築を最近ようやく終わらせたところだ。
「俺の所にちっこいのがいるだろう?」
「ああ」
ノブナガ様の許可を得ずに産まれた、ダンジョンで唯一の子供。今は立派に成長して。
「そいつがどうした?」
「いや、思っていたより早く成長してな。体格はもう一人前の群犬なんだよ」
普通なら産まれた群犬が一人前の体格になるのに一年、はかからないがやはりそれなりの時間が掛かる。しかしどうも今回の子供は今まで倍の速度で育っている。
やはり毎日飯が食える所為だろうか。ノブナガ様の配下になる前なら獲物が取れるのが数日に一度、なんとこともざらにあった。
「だからそろそろ、一人前にさせるための狩りをさせるんだが、どうしたものかと思ってな?」
「どう、というか。一人前にさせる狩りとは何だ?」
知らないのか、と驚くと分からんと首を振られた。どこも同じようなことをしていると思っていた。
「小さい時に大人の狩りを見せるんだ。それで大きくなったらそいつらだけで狩りをさせるんだ。そいつらで群れを作って自分と同じか、それ以上の獲物を狩って来させる。それで狩れたら一人前になるんだ」
「そんなことをしているのか。群犬は大変だな。蜥蜴人は戦うのが好きだからな、勝手に小さい奴ら同士で争う。それを俺たちが見て、十分な強さがあると思ったら声をかけ、いつまで経っても強くならない弱い奴は群れから追い出すだけだな」
何とも恐ろしい方法だ、と思いながらも結局のところは似たようなものかと納得した。
要は半人前を一人前に認めるための過程なのだ。ただやり方が違うだけで。
「それで? その一人前になるための狩りをさせれば……ああ。そうか、小さい奴らの群れで狩りをさせていたのか。しかし今は一名のみ。単独での狩りはどうなのか、ってことなのか?」
「それもある。後は武器だ。ノブナガ様とヒデのおかげで武器があるのが普通になった。爪や牙だけで狩りをすることはなくなった。ただ最初から武器を持たせては、武器を失った時に動けるかどうか」
今までとは色々と状況が違う為に発生した悩み。他の種族で似たような状況に遭遇したことはないかと期待して聞いたのだが、どうやら前提から違っていた様子。
これでは誰に相談しても無意味、かと思ったが。
「まあ、獲物については妥協して小さくしてはどうだ? 武器については最初から持たせた方が良いと思うぞ。武器を失うような状況になった時点で半分死んでいるようなものだ。まあ、一人前になるための方法なのだから、アリス先生に任せるという手段もある。多分一番厳しいだろうがな」
納得のいく答えをリンはくれた。特に最後、アリス先生に任せるが特に気に入った。
今までは自分たちしか、自種族しか頼れなかった。しかし今は違う。
他種族がいるのだ。それを得意とする者がいるのだ。ならば任せてしまった方が良い。
「アリス先生に事情を話し、合格を貰ったら一人前と認めるとしよう。リン、助言に感謝する」
早速アリス先生に協力をお願いしに、と空から俺を呼ぶ声が聞こえて来た。
「シバ―、シバー。馬が来たぞー」
警戒網に築いているはずのホウが飛んできた。……馬が来た?
「ホウ、報告はちゃんとしろ。どこから、どんな馬が来たんだ?」
「えっと、ノブナガ様が行った方から、馬が人族を乗せてきてるよ?」
「そりゃ、馬が人族を乗せてんじゃなくて、人族が馬に乗って来てんだ」
馬が来たと意味が分からなかったが、そうか人族か。それも帝国の方から。……はて?
「待て、それは一人か?」
「そうだよ?」
帝国の方から人族が来た。一人で? ノブナガ様は?
おかしなことがたくさんあるが、俺やリンでは判断が付かない。ホウは最初から期待できない。
こういう時は、先程と同じだ。得意な奴に任せる。
「スズリに相談しつつ、警戒はしておこう」
「外の事はシバとホウに任せているが、何か困ったら言え。そうだ、ホウ。お前の所は一人前に認めるための儀式とかあるのか?」
興味本意か、リンが聞くとホウは首を傾げながらも答えた。
「良く分からないけど、鳥人はたまに巣を変えるよ。結構な距離を飛ぶけど、旅立つ前と新たな巣を作る場所に着く頃には勝手に減るんだよね。不思議だね!」
そりゃ勝手に減っているんじゃなくて、飛ぶ距離が長すぎるか、早すぎるために付いて来れないだけだろう。もしくは魔物に襲われたか。
しかし鳥人にもそういった試練があるのだな。しかしその果てに生き残ったのがこれか。
もう少し頭の良い奴が生き残れる方法を探した方が良かったんじゃないか?
「帝国の方から人族が一人だけ来ている?」
魔族の為の人語や計算を教えるための小さな教室を開いていると、シバがやって来て人族がダンジョンに向かって来ていることを伝えられた。
それを私に教えてどうしたいのか? 今はヒデやキュウに計算を教えるのに忙しいのだ。それに目を離すと。
「うふふ。そこは違いますよ、おバカさん」
「教え方が下手なのでは?」
すぐにランがイチを煽りだす。あちらは人語を教えているのだが、ああやってランが煽ることでイチが意地でも覚えようとして学習能力が上がるから多少は目を瞑っているが、適度に抑えるために目を離したくない。
「それで? 誰が来ているのですか?」
「ホウからの報告だぞ? あいつが人族の顔と名前を覚えられると思うか?」
少し考えてすぐに答えを出す。絶対に無理だ。鳥人にものを教える難しさは私も知っている。
「では警戒だけして、相手が誰なのか確認しましょう。対応はそれからでも遅くはないかと」
「分かった。まあ、そろそろ第二報告で軍犬が来るだろう」
新たな警戒網の特徴でしたか? 第一報告に素早い鳥人を用いて、第二報告に鳥人では覚えられない詳細な報告を群犬が運ぶ。
良い方法だとは思いますが、鳥人の頭が良ければやり方はもっと増えるんですけどねえ。
しばらくして、報告があったのかシバが戻って来た。
「クラースだそうだ」
「クラース? ファース辺境伯の執事ですよね? それが一人で?」
散歩、ではないだろう。ファース辺境伯の側近が、単身でダンジョンに向かって来ているのだ。何か緊急の案件だと考えた方が良い。
「そうですね。おそらく疲れているでしょうから、すぐに休めるように水などを用意しておいたほうがよろしいかと。後は」
緊急の要件に対応できる誰かを派遣した方が、と口にしようとして止まる。
帝国に行った魔王が帰って来ておらず、その帝国からの緊急の使者。これに適切に対応できる魔族はいただろうか。いや、人族を含め、誰がいるだろうか。
いない。私以外誰も。
でも出来ればここにいたい。計算や人語を扱える者を増やせば今の私への負担が僅かに減るのだから。
だが、しかし。
「後は、どうした?」
「わ、私が行きましょう。人族からの緊急の用件であれば、私が対応するのが一番良いはずです」
ここで放置すれば私への負担は倍増するだろう。ここにいて得られる負担軽減では割に合わないほどの負担が。
誰か、代わってくれる人はいないだろうか。……私だったら代わってやろうとは思わないけど。
数日後、クラースはダンジョンにやって来たが。
「お久しぶりです、スズリさん。こちらはノブナガ様から。それでは申し訳ありませんがすぐに戻らねばなりませんので」
私に手紙を渡すとクラースは早々に帰ろうとする。どこか焦った様子で、身だしなみも乱れている。
「え、あの!? 何かあったのですか?」
「それについてはおそらく、手紙に書かれていると思いますが。帝都で反乱が起き、皇帝陛下がお亡くなりに」
「はい?」
あまりの衝撃に一瞬呆けていると、その間にクラースは馬に乗りダンジョンから出て行ってしまった。
しまった。詳細に聞けなかった。
帝都で反乱。皇帝の死亡。信じがたいことだが、おそらく事実。そしてこの手紙にはそれらへの対応が書かれて……。
「スズリ。クラースはすぐに出て行ってしまったがどうした? 何か用件が。……スズリ?」
「……何ですか、これは?」
渡された手紙には帝都での反乱も、皇帝の死亡についても一切書かれておらず、意図の読めない指示だけが書かれていた。
この指示に何の意味があるのか、どのような考えがあるのか。あの魔王の思考は時々予想の遥か彼方を飛んでいるため、今の私では想像もつかない。
だから今は指示通りに動こう。
「すいませんが、ライルに伝言を。ノブナガ様が呼んでいます。二人分の旅の支度をするように」
手紙に書かれていた指示は大まかに分けて二つ。
私とライルにムスタングへ至急来るように、と簡潔なものと。
一部魔族への、種族ごとの時間差の出撃。また、指定された経路は、道などなく何もない場所を通れと荒々しいもの。
ムスタングに着いたらこの手紙の真意を尋ねないと。ああ、その前に誰かにこの手紙を預けないと……。