第百三十二話 ギルからの手紙
陛下が死んだ。それを息子、セルガンの口から聞いた時、信じられなかった。
反乱が起きたと聞いても、まだ信じられなかった。
陛下であればその程度まだ逃げ出せると。
しかし、アルキー公爵の名を聞いたときに、納得よりも責任を感じた。
私の責任だ。
他にもレブド公爵、マモン侯爵の名が続き、ますます自責の念が強くなる。
今回ギルガルに加担し、反乱を起こした貴族はいわゆる寝返り組。アルキー公爵に対して私、ファース辺境伯の様に全て牽制し合う貴族が配置されている。
常に牽制し合う貴族に、時折視察に来る皇帝と二重の体制で見張っていた。
しかし今回それが破られた。何故か? 簡単だ、牽制すべき貴族が牽制を怠ったからだ。
怠ってしまった理由は? 魔王だ。私は魔王の相手をするためにアルキー公爵に向けていた目を魔王に向けねばならず、他の貴族はトツトツの栽培という帝国の食料難を解決すべく動いていた。そのため、僅かに目を離してしまったのだ。
帝国が変わろうと動き出した直後の反乱。アルキー公爵の嫌な所を突くのは本当に上手い。誰にも負けない才能だろう。
しかしいつまでも自分を責めてもいられない。陛下が亡くなり、あの馬鹿が皇帝を名乗るのであればこちらも立場を考えなければならない。
それを決めるのが、陛下がノブナガに送った手紙。セルガンからノブナガに手渡され、内容はセルガンも知らない。
今ノブナガは一室でその手紙を読んでいる。陛下が亡くなったという報告にかなり衝撃を受けたようで、やや怖い雰囲気のまま受け取り、一人で読みたいとのことなので部屋を貸している。その部屋の前にはオルギアが門番として立っている。
ノブナガに手紙の内容を聞きたいが、オルギアが絶対に通さないと立ち塞がる。口の上手いクラースは反乱の情報がどこまで広がっているのか、すぐに分かる範囲で調べてもらっているためここにはいない。息子のセルガンは付いて来させているが、オルギアの説得は出来ないだろう。
無為に時間を過ごすのは避けたい、と考えていると扉が開きノブナガが出て来た。
「おや? ファース辺境伯。丁度良い所に」
「はい? 私に御用で?」
用件があるのはこちらも同じだが、先にノブナガの話を聞こう。陛下からの手紙を読んでからの用件だ。何か関係のあることだろう。
「ギルには、息子がいたよな?」
「はい。今回の騒動を引き起こしたギルガル殿下と、あまり表には出てきませんが弟のギルゲイツ殿下がおりますが? それが如何しましたか?」
「そうだな、説明するよりこれを見てもらった方が早いか」
そう言って差し出されたのは陛下がノブナガに宛てて出した手紙。お読みしても? と問えば頷いた。
手紙にはノブナガと出会い、非常に楽しかったと綴られていた。出会いだの、帝都に連れてきただの、思い出話ばかり。お涙頂戴を狙ったものにしか見えず、陛下の考えがまるで読めなかった。最後の文に目を通す前では。
息子を頼む。
最初その文に目を通した時、意味が分からず思考が停止してしまった。
正気に戻り、今度はその文の意味を理解しようとするも、思いつくのは恐ろしい事ばかり。
陛下に子は二人しかいない。では、この文はどちらを示すのか。
いや、どちらであろうと大差はない。
ギルガル殿下のことであれば、当然今回の反乱を終結。つまり討伐依頼。
ギルゲイツ殿下のことであれば、後見を頼むということなのだろう。
そして両者であれば、ギルガル殿下討伐後に、ギルゲイツ殿下の後見となって欲しいと言うこと。ギルゲイツ殿下は十三歳だ。即位するにしても後二年は必要。その間はノブナガがギルゲイツ殿下の後見と言うことで権勢を握ることに。
どれをとっても帝国の未来にノブナガの影響が強く刻まれてしまう。そしてどう解釈するかはノブナガに託されている。
……いや、待て。ノブナガは確かに首領悪鬼などを倒した。魔王としては強い部類だ。しかし国を正面から相手に出来る程か? ギルガル殿下が強引な手段を取ったと言うことで従わぬものは多いだろうが、動員できる兵力は万を超えるだろう。
対してノブナガの兵力は? 万は超えていない。それどころかその半分もないだろう。交易で食料を求めるのだ。頭数を急激に増やせないはず。
ならば。
「ノブナガ殿、この……、息子というのは」
「うむ。そのギルゲイツという奴だな」
やはり。安全策を取るか。
「ギルゲイツ殿下だけですか?」
我ながら白々しいと思いつつも、あえて尋ねる。
ここでギルガル殿下も選んでしまうとギルガル殿下を討伐、つまり万を超える帝国軍を相手にすること。それはさすがのノブナガも難しいだろう。
だから息子とはギルゲイツ殿下のみを指すと解釈する。そうすれば今回の反乱が終わった後に顔を出して、手紙を見せれば恩恵には預かれる。ただ、反乱鎮圧に参加していないのであれば、発言力は減り、先程の想定よりも影響は減る。
陛下がこの手紙を残したのも、ノブナガが今回の反乱に参加しないようにさせるためのもの。陛下の考えはそこにあったのだと納得しかけたが。
「当然だろう、ギルを殺したギルガルを、息子とは言わんだろう?」
何故か、寒気がした。
ノブナガの表向きの言い訳が、異様なまでに冷たく無慈悲に感じられた。
どこかで考え違いをしているのではないかと、不安になれば。
「だからな、ファース辺境伯。少し話がしたい。その上で良ければ、茶番をしてくれないか?」
まるで気軽な頼みとばかりに肩に置かれた手の軽さから、不安が確信に変わった。
ノブナガは、今回の騒動に参戦するつもりだと。
今月、五月にダンジョンを造ろうの四巻が発売となります。
今巻にて完結となりますので、どうぞよろしくお願いいたします。