↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/177

第百二十一話 交渉の練習

 魔王、ノブナガが帰ってくる。

 それだけでダンジョン内に活気が戻った。少し前まで族長のシバとリンに置いて行かれた、と落ち込んでいたのに。

 私としてもトドンが大した怪我なく帰ってくるのは嬉しい。しかし、ノブナガが帰ってくるのは歓迎できない。

 別に嫌いだとか、怖いという訳ではない。こうしてこの身を救ってもらっているし、感謝している。ノブナガの部下として働くことに何ら抵抗はない。

 ただ、その。仕事の量が多すぎるのだ。

 振られてくるのは必ずと言っていいほど面倒なことばかり。

 文字を教えろ、言語を教えろ、その他教育を任せる。並行して日々の物資の消費量と、各種族の個体数の調査等々。

 地味で、すぐに終わらないものばかり。しかも面倒で、地道にやるしかない。


 ただノブナガが首領悪鬼(ドン・オーガ)討伐に向かってからは比較的に楽になった。

 教える相手がごっそりと減ったからだ。あれこれと仕事を積んでくるノブナガが居ないのも大きいだろう。

 そのノブナガが帰ってくる。……ああ、一体どんな無茶を言ってくるのか。とりあえずは戦闘後なので、疲れているから指示は後回しにされるだろう。

 少しだけこの平和な日々がもう少し続く。


「スズリ、丁度良かった。少し頼みたいことがあってな」


 と思っていたのですが。

 こんなことなら出迎えに出るんじゃなかった。適当に隠れて入れば良かった。

 

「はい、何でしょうか?」


 悔やんでも仕方ないので用件を聞く。地味で面倒なことならもう慣れた、いくらでも来ればいい。


「うむ、ランを連れてファース辺境伯と交渉してくれないか?」


 すぐに後悔した。帝国貴族のファース辺境伯と交渉? 派手で面倒なことではないか。しかもランを連れて? 何の交渉をさせるつもりなのか?


「交渉するのは西の山脈の使用権だ。鉱脈があるらしいが、あまり興味はない。それにファース辺境伯は騎士団を連れて助けようとしてくれた。だから譲っても良いと思っているのだが、いずれランにも俺やスズリ抜きで交渉を行ってもらうからな。今回は相手が信頼できるファース辺境伯であり、交渉内容も譲っても良いと思っている。だから気楽に、ランに交渉について色々と教えてやってくれ」


 俺はもう寝る、と言うだけ言ってノブナガはそのまま玉座の間の方へと行ってしまった。

 では、私は? ランと合流してこれから行われる交渉の前に話をしなければならない。

 はあ、とため息を吐いてランがダンジョンに入ってくるのを待つ。

 今はファース辺境伯の騎士団がカイら豚人(オーク)を運び入れている。猪豚人(ブルオーク)ばかり。やはり進化(ランクアップ)していた、種族の個体数は数え直しか。……蛇人(ラミア)、はまだ分かるとして鳥人(ハーピー)が凄い増えている。大悪鬼(オーガ)までいるし、首領悪鬼(ドン・オーガ)の所から連れて来ている分も居るのか。更に木人(トレント)は足が遅いために遅れている。

 個体数の増加に新種族が加わった。……もうやだ、帰りたい。あ、でも私の家はここだ。


「こんな所で何をしているのです? 貴女に教わって交渉を覚えるようノブナガ様に言われているのですよ? 早くしなさい」


 落ち込んでへたり込んでいた私をランはあっさりと見つけて抱えた。


「ほら、行きますよ。ファ、ファー……。相手も手すきのようですし」


「あの、ファース辺境伯です。というか全然手すきじゃないですよ、騎士の方に指示を出している途中に見えますが。というか、その前に交渉についてお話を」


「疲れているのです、さっさと終わらせますよ」


 こちらのことなど知ったことではないと、ランは私を抱えたまま騎士団の中を通り抜けてファース辺境伯の下まで進んでしまう。


「ノブナガ様から貴方と交渉をしろと命じられました。今すぐ行いますよ。……で、何をすれば良いんです?」


 交渉なんてことをランが出来るなんて思っていない。だから交渉する前に色々と話したかったのに、勝手に突っ込んだ挙句に何をするかも分かっていないとは。

 もはや手助けのしようがない。致命的な状態から交渉を始めるしかない。


「ええ、分かりました。話は伺っています。それで、どこで行うのでしょうか?」


「ここで十分……」


「ぎょ、玉座の間で行いましょう」


 流石にこんなダンジョンの入り口で交渉などさせられない。建物の中、で合っているのかは分からないが、玉座の間を即座に提案したが。


「はあ? ノブナガ様がお休みになられているのですよ? ご迷惑でしょうに」


「で、では、せめて我が家でやりませんか? 手狭で、交渉をするような所ではありませんが」


 身内に敵がいるとこんなにも苦労するのか。最善策を潰されて大急ぎで代案を出す。

 流石に外で交渉などさせられない。せめて建物の中でさせたい。

 ランは何故、とばかりに面倒そうな顔をしながらも私の案を否定せず、ファース辺境伯はこちらの苦労をまるで自分もしたかのように頷いていた。

 

「ではさっさと行きますよ」


 もういっそ私だけに任せてくれないだろうか。無理だろうな、これはランの育成なのだ。交渉を行えるのが魔族ではノブナガ以外誰も居ない。それでは問題だと人材を育てるのは分かる。分かるのだが……、人選を間違えているとしか思えない。

 この交渉、ちゃんとまとめられるか不安しかない。




 ライルとトドンを家に入れず、失礼にならない程度に家の中を整えようと思ったが、無理だった。見た目からして無理なのだ、少し手入れをしてどうにか出来るものではない。

 恥をさらすことになってしまうが、ここ以上の場所を私では提供できないので我慢してもらうしかない。

 ……交渉前から私はどうしてここまで疲れなければならないのか。


「それでは、第一回西の山脈の使用権について交渉を――」


「待ちなさい、第一回とは何です? このような面倒に時間を取っていられません。一度で終わりにします」


「あ、あの。交渉は一度で終わるものもあれば、何日にも渡り利害調整をして決めるものもあります。今回のように影響の大きいものは」


「一度で終わりです。聞きなさい」


 どうしてこんな聞き分けの悪い子供のような扱いをされなければならないのか。

くくくっ、と静かに笑いファース辺境伯を恨めしく思う。こんな苦労を、味わえば良い。まあ、貴族であればこんな面倒な事態になりえないだろうが。


「……ファース辺境伯、よろしいでしょうか?」


「勿論構いません。この話をする際にノブナガ殿から交渉の練習をさせたいと言われている。それに早く終わることは私にとってありがたいことだ」


 ファース辺境伯の発言を受け、ランは自らが正しいとばかりに胸を張る。本当に意味が分かっているのだろうか。分かってないのだろうな。


「分かりました。では端的に。ファース辺境伯は西の山脈の使用権を求めており、ノブナガ様はそれを受ける考えです」


 これがランの交渉の練習と相手に伝わっているのであれば、多少失礼な点も見逃してもらえるだろう。そう思うと少し気が楽になった。それにランは魔族語を、ファース辺境伯は人語を話す変則的な交渉だ。多少おかしくても問題ない……はず。

 考えてみれば最初から失礼なことしかしていない。むしろどこまで見逃してもらえるのだろうか。うぅ、頭と腹が痛くなってくる。


「ノブナガ様に異議を唱えるなどありえません。ノブナガ様が良いと言えば良いのです。勝手に使えば良いでしょう。では交渉はこれで終わりですね」


「待ってください」


 本当に、本当にこれで終わらせることが出来たらどれだけ嬉しいか。譲っても良いと言われているのでどんな結果だろうと怒られないだろうが、ランに交渉を教えていない。交渉の過程が重要なのだ。


「良いですかランさん。今回は西の山脈をノブナガ様が所持しており、ファース辺境伯はその山脈を使いたいと言っています。ノブナガ様はそれを許可するつもりですが、それ相応の対価を要求しても良いのです。それなのに無料で許可されるのですか?」


「ああ、なるほど。……そういうことですか」


 理解してくれたのだろうか? だとすれば非常に嬉しいことだが。

 ここからなら大丈夫と察したのか、ファース辺境伯もようやく口を開いた。


「補足、というわけでもないが私の方からも話をしよう。西の山脈には鉱脈がありましたが、首領悪鬼(ドン・オーガ)の出現により今まで手を出せなくなっていた。しかし今回、ノブナガ殿が首領悪鬼(ドン・オーガ)を討ってくれた。おそらく、今のノブナガ殿にとって西の山脈の鉱脈など無用の長物だろう。しかし我々は有効に活用できる。西の山脈に使用権、という話だが正確には採掘権が欲しい。勿論それ相応の対価を支払う。だから対価を提示してほしいと言うことだ」


 本当に交渉の練習に付き合ってくれるようだ。もしも交渉を有利に進めるつもりなら話し過ぎている。必要以上に話してくれている。私の負担を減らしてくれている。心の底から感謝する。


「……対価というのはその採掘権の価値と同等のもの、であれば良いのですね?」


「ええ、私としてはそれ以下でも一向にかまいませんが」


 にこやかに笑うファース辺境伯に僅かに貴族の顔が見えて来た。本格的に交渉をするとなればかなり厄介な相手なのだろう。

 ふむ、と悩むランに私は出来る限りの情報を与える。


「そうですね、一般的なものを言えば金銭や何らかの優遇。または同じ価値の権利などですかね。ああ、物資や人材の派遣などという選択肢もあります」


 他にはどんな例があったか、必死に記憶を探っているとランから喋るな、とばかりに手で制された。

 

「スズリ、黙りなさい。貴方の考えは間違っています」


「はい?」


 私が、間違っている? すぐに自分の言動を思い返すが、どうしても間違っているとは思えない。ファース辺境伯もランの発言を受けて困惑しているように見える。


「良いですか? 今貴女が言ったことはノブナガ様がそこの人族に望めばいつでも手に入れられます。金銭や物資、優遇や権利などノブナガ様であれば同等の価値のものをあっさりと提供して手に入れるでしょう。帝国と交易を始めた時や首領悪鬼(ドン・オーガ)の皮をなめすように頼んだ時と同じように」


 まさか、と思ったがファース辺境伯は真剣な表情のまま何も言わない。それに私自身が否定できない。

 国と交易を行う、普通の魔王では決して出て来ない発想。ただ、出てきたとしても実際に行うのは至難。魔王に対する警戒、本当に交易を行えるのかと言う不安。それらの壁を壊してノブナガは帝国と交易をするに至った。

 私はその方法を知らない。しかし当事者でもあったであろうファース辺境伯が否定しない所を見れば、ノブナガは帝国に交易を行わせる程度の価値のある何かをあっさりと出したのだ。


「見られていたのか。確かに、首領悪鬼(ドン・オーガ)の皮を少し貰う代わりになめすことを約束している。それにノブナガ殿の頼みであれば無下にも出来ないのは確かだ。では、ラン殿はこの交渉で何を望まれるのかね? 先程の物言いではこの交渉でしか手に入らないものを要求するようだが」


「ええ。ノブナガ様から命じられた時にどのような結果になっても構わない、と言われています。それは無料同然で渡しても問題ないと言うことです。それはどういうことか。言葉にしてみれば非常に簡単な答えです」


 それは一体何なのか、私とファース辺境伯が固唾を呑む中、ランは指を一本立てて。


「貸し一つ、ということです」


 沈黙。ただこの沈黙の意味が私とファース辺境伯では異なっていた。私はただ困惑していたが、ファース辺境伯は意味を理解したのか少しずつ口角が上がり。


「ふっはっはっは!」


 最後には我慢できずに笑い出した。


「なるほど、なるほど。理解できる。練習が必要なほどの初心者であれば、私が交渉で不利になることはない。無料同然、もしくはそれなりに私が有利な結果で終わらせられる。交渉自体を譲ったようなもの。貸し一つは逃れられないか。流石はノブナガ殿。いや、気付いたラン殿を褒めるべきか」


 貸しが溜まる一方だ、と愚痴るように呟いたファース辺境伯。笑うしかない故の反応だったようだ。

 しかし、何とも驚いた。


「ランさん、交渉出来たんですね……」


 てっきり考えなしで動くような人物とばかり。ランに対する評価を考え直す……。


「馬鹿にしているのですか? 私は族長として部下を見ていますし、最近名を貰えて粋がっているイチの相手もしています。それに族長会議で自分の考えを通すために相手に譲るなど良くあること。人族との交渉と少し緊張していましたが、なんてことはない。族長会議の話し合いとほとんど変わらないのです」


 族長会議では最終的に力で押し通すのですが、と言われて考え直すことを止めた。いや、一つ追加した。

 考えなしで力押しを得意とする、と


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。