第百十三話 中央戦線
左からは咆哮が、右からは水飛沫が上がった。魔王、ノブナガ様はそれを合図と受け取り私たちに中央への進軍を命じ、中央で奮戦している仲間たちにも押し返す許可を与えた。
私たちにとってこれがノブナガ様の下での初の戦闘。つまり、この戦闘の結果で私たちの立場が決まる。
今後を左右する重要な一戦。全員に奮起するように伝えてある。
「足手まといになるくらいなら邪魔ですから、下がっていて良いですよ?」
「まさか。蛇人の戦い方をノブナガ様にお見せせねばなりませんので、むしろそちらがお休みになられては?」
すでに確固たる立場があるランはこちらを邪魔者扱いだ。ヒデたちはダンジョンでもここまで来る道程でも親切だったというのに、族長でも種族が違えば性格も違うのか。
絶対にランに、蜘蛛人には負けない。
中央への突撃、もしくは中央を抑えている豚人との合流と言うべきか。一番に駆け付けたのは私でもランでもなく、ヒデら小悪鬼だった。
ヒデたちの行動は迅速だった。五名で一組として前線を張っている豚人に声をかけ、三人が前に出て戦いその間に二人が豚人の容体を確認する。軽傷であれば武器を修復して前線に戻ってもらい、重症であれば後方まで運ぶ。
前線に出て戦うだけではない。周りを助けつつ前に出て行くその行動は素晴らしく、いずれは参考にしたい。
しかし今の私たちにそこまでの技術も余裕もない。ただひたすらに前の敵を倒すことしかできない。
「全員、かかれ!」
私たち蛇人が武器を扱う上で一つ問題があった。それは足がないことだ。
胴から尾へとすらりと伸びた身体。どんなに足場が悪くても平然と進める踏破能力があるが、足ではないため踏ん張りが効かず武器を振るう際に僅かだが身体ごと滑ってしまう。
普通に扱えば足のある者に負けてしまう。ではどうするか。
簡単だ、普通に扱わなければいいのだ。
木人の攻撃を耐えながら数に物を言わせて一気に接近する。一体の木人に対してこちらは三名で挑んでいる。
接近したらそのまま巻き付く。普通ならこのまま絞め殺せるのだが、相手は木人だ。絞め殺すのは難しい。
しかし、巻き付けば簡単には身体は動かない。私たち蛇人では得にくい踏ん張りを得たのだ。後はこのまま斧を振るうだけ。
木人に巻き付いているので、振るう先は上の幹、枝分かれの部分。枝からの攻撃に耐えながら枝を次々に切り落としていく。
枝を斬り落として木人を禿げさせたら今度は幹を縦に割る。この間も枝による攻撃がなくなったとはいえ、根による攻撃は未だに健在。木人の必死の抵抗に耐えつつ、こちらも必死に幹を割る。
真っ二つにする必要は無かった。幹にある程度斧が刺さると木人は突如意志を失ったように動かなくなった。おそらく死んだのだろう。
とにかくこれで一体。怪我を覚悟で数で押せば倒せる。他の者たちもやや遅れてはいるものの順調に倒せている様子。
良し、このまま……。
「お止めなさい、愚か者」
次へ、と向かおうとした直後に何者かに殴られた。
誰か、と振り向けばそこには怖い表情で立つランが居た。
「何の用です、私はノブナガ様のためにあの木人を」
「あのような戦い方しかできないなら邪魔です。下がりなさい」
有無を言わせぬ物言いにさすがにカチンと来る。こっちは身体を張って頑張っているんだ。
「私たちは私たちのやり方で戦えています。現に今も数を減らして」
「その考えが愚かだと言っているのです。ノブナガ様の指揮下で戦う以上怪我は恥と心得なさい。怪我をするのが前提の戦闘など言語道断」
「戦闘をすれば怪我を負うのは当然――」
「貴女の当然とノブナガ様の当然は異なります。良いですか、ノブナガ様の指揮下で戦えば騎士団が相手でも、西の山脈に行くまでの道程でも怪我をしたものはほとんどおりません。私たちの怪我はノブナガ様がいなかった結果。私たちだけで戦えば勝利を捧げれば良いですが、ノブナガ様の下で戦うのなら圧勝でなければなりません。圧勝を捨てて勝利だけを取りに行く貴女の戦い方は許容できません」
そんな馬鹿な、と思ったが疑えばそのまま殺されるのではないかと思う程冷たい目を向けられていたので何も言えなかった。
「ではどうしろと言うのですか」
「そんなことは自分で考えなさい。但し、今の戦い方を繰り返すようであれば邪魔です。要りません。怪我を負うと言うことはノブナガ様の顔に泥を塗る行為と心がけなさい」
無茶苦茶だ。できっこない。
しかしランの目は本気の色をしており、また周りも事実だと分かりやすく教えてくれる。
ヒデら小悪鬼は豚人の救出と武器の修理を終えて、豚人と組んで木人を怪我することなく倒しているからだ。
方法は簡単。小悪鬼が両手に盾を構えて複数で豚人を守り、豚人は木人への攻撃に集中するだけ。
豚人が何度も斧を打ち付けている間、木人も抵抗するが全ての攻撃が小悪鬼に防がれてしまっている。
逃げる足もなく、体当たりなども出来ず攻撃方法も枝や根など上下からの攻撃になってしまうため、小悪鬼は上からと回り込んで横からくる枝と、地面から来る根に注意すればいいので簡単に防いでいる。
確かに、あれなら怪我を負うことなく木人を倒せる。しかしあれは倒した木人を即座に解体して素材にしてしまい、盾を作れる技術のある小悪鬼だから出来ること。私たちには真似できない。
ではランら蜘蛛人はどうやって無傷で戦っているのか。
「松明貸してー」
「ほーい」
視線を向けた先で行われていたのは信じられない光景だった。
蜘蛛人たちが一切緊張した様子無く、ちょっとした楽しい作業とばかりに喋りながら戦っていた。
いや、戦ってなどいない。あれを戦っているとは認めがたい。
やっていることは単純だ。戦闘中の木人に向かって蜘蛛人の糸を投げ込むだけ。
最初は何をやっているのか分からなった。しかし時間が経てばその意味は嫌でも理解させられた。
蜘蛛人の糸が木人に絡みつくのだ。おそらく両端だけくっ付くようにしているのだろう。それを投げ込んで待つだけ。木人は枝や根など動かす場所は無数にある。いくつもの蜘蛛人の糸が投げ込まれれば糸は根に、枝に、葉に、そして糸にくっ付き相手を絡めとる。
無理に動けば葉が千切れ、枝が折れ、根が幹を傾ける。まさしく詰んだ状態だ。
そこまでいけば左の方から援軍なのか、邪魔と追い払われたのか分からないが、現れた粘液生物に任せれば良い。蜘蛛人の糸ごと木人を溶かしてくれる。
確かに無傷だ。圧勝と言って良いだろう。しかしあれを私たちにやれと?
あんなもの見たことが……いや、ある。
圧倒的な強者が、弱者を相手に遊びながら殺す時だ。いや、あれは相手の反応を楽しんでいたが、蜘蛛人たちは相手をまるで見ていない。
私に、私たちにあの高みまで昇れと言うのか。
……出来ない。私たちには木人を相手に無傷で圧勝する方法など、ない。
横から入って来た粘液生物も木人の攻撃などものともせずに数で呑みこんで溶かしていく。
全員に木人への攻撃を止めさせて戻らせる。そして改めて族長としての力のなさを思い知らされた。
誰もが傷だらけなのだ。今まで戦っていたであろう豚人や蜘蛛人に匹敵するぐらいに。
確かにこれでは邪魔扱いされる。要らないと言われてとうぜ――。
「いやー、攻撃できる場所がないね! 本当に無理! ……どうしたの? っていうか誰?」
落ち込んでいる時に空から能天気な声が降って来た。誰かと上を見れば鳥人? 話には聞いていたが初めて見る。
「貴女と同じノブナガ様の配下の蛇長人です。援軍として来ましたが、あまりお役に立てていない現状で」
「お! 同じ! 仲間ー!」
同類がいたことに喜ぶべきなのか、それとも鳥人と同じ頭だと嘆くべきなのか困るが、鳥人は喜んでいる様子だ。
「私は妖鳥人だから! よろしく!」
……気づいてしまった。妖鳥人が無駄に元気なのは仕方がないとして、後ろで羽休みとばかりに降りて来た鳥人も傷一つなく元気だ。
無駄な攻撃をさせなかったということだろう。つまり、私は鳥人以下の頭をしているということに……。
「「「ぎゃあああああ!」」」
突如鳴り響いた悲鳴。左からだ。誰のものかと思えば正体はすぐに分かった。
森人だ。樹霊が巨大な根を左右に伸ばし森人を捥いだのだ。悲鳴を上げたのが左だけだが捥がれた森人は二体。
理由は分からないが樹霊が最大戦力であったはずの森人を捥いだ。中央の木人も順調に駆逐しており、相手の戦力は激減した。
しばらくすれば敵は樹霊のみとなる。そうなれば何らかの形で貢献する機会が生まれるはず。
「全員、身を隠せ! 隙を見て後退しろ!」
いつの間にか黒いコートを着たノブナガ様が叫んだ。見れば樹霊が森人を食べていた。何度も味わうように咀嚼しながら。
何故食べているのか。食べることで成長でもするのだろうか。それなら最初から配下を増やして食べ続ければ良い。
答えはすぐに判明した。樹霊が僅かに膨張したのだ。
ノブナガ様の言葉の意味を悟りすぐに身を隠す場所を探す。すでにほとんどの者はノブナガ様の言葉を受けてすぐに木人の残骸や、木人を盾にするように隠れていた。
急いで隠れないと。一刻を争う、そんなときに。
「ほえ?」
妖鳥人を筆頭に鳥人たちが事態を飲み込めずにぼけっとしていた。
その判断を下すのに躊躇は無かった。
「全員、鳥人と共に急ぎ隠れよ!」
ほぼ体当たりの速度で妖鳥人を押し倒して木人の残骸に身を隠す。多少離れていても長い胴体で地面を蹴って跳べばそれなりの距離を一瞬で移動できる。
そして身を隠すと同時に。
ボウゥ!
樹霊による息吹、暴風が通った。細かく砕かれて凶器でしかない森人の残骸と共に。




