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九十八話 選手交代

 失敗したな。

 欲を出した所為で地面を頭で滑る羽目になるとは思わなかった。

 これからはもっと慎重に行動しよう。

 しかし困った。うつ伏せに倒れてしまった所為で周りの様子が分からない。首を捻り周りを見るが、さすがに背中、後ろは見えない。

 そんな時にゴツン、と何かが頭に当たり横に落ちた。

 何か、と思い向けば。


「ぎゃあああ!」


 太い緑色の斬り立て新鮮の生腕だった。断面がこちらを向いていて血が流れ出ている。

 驚いた衝動で変身を解いて元の姿に戻ってしまった。

 すぐに安全確保のために周囲を確認する。

首領悪鬼(ドン・オーガ)は、勢いよく倒れて来たため頭が埋まり抜け出している最中。アリスは、大の字で倒れていたがすぐに復活。ただ胸当てが完全に破壊され、動きもややぎこちなく見える。そしてオルギアは。


「おお、ノブナガ様……」


 片腕が斬られ、更に胸から肩にかけて大きく斬られた跡がある。湧き水のように遠慮なく血を流して。見るからにこの場に居る誰より重傷だろう。

 状況は良く分からないが、アリスがオルギアの腕を斬ったのは考えなくても分かる。そしてこのままいけばオルギアは……。


「恥ずかしい所を見られてしまいましたな。まだ決着はついておりませんのでお下がりを」


「そうだぞ、邪魔だ。オルギアを斬ったら次はあいつを相手するから、それまであいつの相手をしていろ」


 アリスもオルギアもまだまだやる気のご様子。しかしね、それだと俺が困るんだよ。

 どちらかが僅かにでも動いた瞬間、『守りの戦闘態勢(タングステンの身体)』になる覚悟で割って入る。


「いや、終わりだ。アリス、お前は首領悪鬼(ドン・オーガ)の相手をして来い」


「は? まだ決着がついてないと言っていただろう。邪魔をするつもりならついでに斬る……ことは出来ないか。邪魔な斬れない奴はどうすれば良いんだ?」


 俺を邪魔扱いって、預かりもの的な立ち位置だが一応俺の配下だからな? そういえばさっきも俺を「邪魔!」と言ってオルギアの拳を当てやがったし。オルギアが驚いていたんだぞ。

 止めろ、と言って止めるわけもないか。どう説得したものか。とにかく口を動かす。


「アリス、少しは頭を動かせ。決着は……そう、すでについている」


 何? と訝しむアリスの視線を受け、俺は必死に考えを巡らす。オルギアとの戦闘を辞めさせるために適当に口を動かしているだけなので深く考えてはいない。話しながら考えをまとめていく。


「アリス、考えてみろ。オルギアから片腕を斬り落としただろう。残る片腕を斬り落とすのはオルギアが両腕だった時より容易だろう? お前は腕無しのオルギアに負けるか? ほぼ確実に勝てるだろう? 確実に勝つ、結果が決まっている戦いは決着がついたと言えるだろう?」


 話しながら考えている所為で何を言っているのか自分でも良く分からない。ちんぷんかんぷんだ。屁理屈にもなっていないだろう。

 ただ意味はあった。アリスが話を理解しようとして、混乱していた。そりゃ変なことを言っているから理解なんて出来ないだろう。

 そしてその間に。


「いい加減くたばれ!」


 首領悪鬼(ドン・オーガ)が復活し、接近してくる。


「アリス、向こうからやって来てしまった以上仕方がない。お前が斬るんだ!」


「ふぇ? ん、ああ。魔王を、首領悪鬼(ドン・オーガ)を斬るんだったな」


 まだ完全に頭が回りきっていないアリスの背を押し首領悪鬼(ドン・オーガ)に向かわせる。

 これでオルギアとの戦闘などうやむやだ。


「あくどいことをしますな」


「もしかして決着をつけたかった?」


 今までこちらのやり取りを静観していたので、そんなに乗り気ではないと思っていた。口を出されていたら説得など出来なかったしな。


「まあ、出来れば決着はつけたかったですが、ノブナガ様があそこまで止められては我を通すわけにはいきません。アリスも見事に丸め込んであちらに行ってしまった以上、私は戦闘をするつもりはありません」


 おお、話が分かる。どこぞの剣で斬ることしか頭にない連中とはまるで違う。後はこのままのんびりとアリスが首領悪鬼(ドン・オーガ)を斬るところを見ているだけで良い。

 もう戦闘なんてしたくない。


「しかし、アリスはあの状態で首領悪鬼(ドン・オーガ)相手にして勝てますかな?」


「あの状態? どういうことだ? 防具は壊れているが怪我している様には見えないけど?」


 嬉々として首領悪鬼(ドン・オーガ)に斬りかかるアリス。動きがややぎこちないように思えるが怪我をしている様には見えない。ぎこちないのもオルギアとの戦闘で体力を消耗したからではないのか? ……あのアリスが体力を消耗? オルギアが強敵だったため体力の消耗が激しかったと言えばそれまでだが。


「見た目ではそうでしょう。ですが、見えない部分。身体の内側はぼろぼろのはずですよ」


 オルギアはそのままアリスとの戦闘を語ってくれた。

 重要なのは最後の技能(スキル)のぶつかり合い。『ショルダータックル』を仕掛けたオルギアに、『スラッシュ』で迎え撃ったアリス。結果は、アリスが先にオルギアの腕を斬った。しかしそれで終わらない。オルギアは止まらずそのままアリスに体当たりをかました。

 腕を斬られようとも威力は落としておらず、人族なら即死する衝撃。しかし斬られた腕が間に入り衝撃を緩和してしまったのか、胸当てを壊すも死には至らなかった。だが死ななかっただけ。体の内側、骨や内臓は損傷しているはず、と。


「呼吸するのも辛いはずです。私のように……。『異常回復』でも使えれば別ですが」


 オルギアは集中するように目を瞑ると、胸から肩に続く傷と、斬られた腕の傷口が塞がった。さすがに腕が生えてくることはないが、すごい回復速度だ。俺も『自動回復』を持っているが、あれほどの傷を瞬時に治すのは無理だろう。というかあんな傷負いたくない。


「ああ、ではもしかしてアリスが不利でしたか? 回復手段すらまだ残していたのなら」


「いえいえ。『異常回復』は集中する時間が必要ですし、回復中は筋肉が弛緩しますので、動けませんし皮膚も柔らかくなり簡単に真っ二つにされたでしょう。ですから回復は出来ませんでした。それに、ああも軽々と動かれてはとても私が有利だったとは言えません。不利とも言いませんが」


 つまり、本当に決着はまだついていなかったと。だが、同時に俺の判断も正しかったわけだ。

 両者、重症の状態で戦闘を続ければ確実にどちらかが、最悪両者とも死んでいた。


「しかしそうなると困ったな。手助けが必要になるか」


 重症のアリスに対して首領悪鬼(ドン・オーガ)は指に怪我をしている程度。それもまるで気にならない程度の怪我だ。

 ただ手助けと言ってもこれが難しい。連携は俺が付いていけないため無理。『重力』も範囲攻撃の為アリスを巻き込む可能性があるので使えない。となると誰かの身体に変わるしかないのだが。

 首領悪鬼(ドン・オーガ)は論外。でかい身体は魔力消費が激しくなる。おそらく三十秒が限界。それでどう戦えと言うのか。アリスはどうか。怪我の具合まで完全に再現してしまった場合、重症者が増えるだけ。それに苦しい思いをしながら戦いたくはない。ではオルギアは? 片腕がないとはいえ傷は癒えている。頑丈そうな身体をしている。実に魅力的だが懸念がある。大悪鬼(オーガ)であるということ。もし首領悪鬼が命令してきた場合、変身していた俺にも強制性があったら目も当てられない。

 手がない。というかあれ……?


「命令は大丈夫ですか? 強制で抗えないと聞きましたが?」


「命令される前にアリスと戦いましたから。首領悪鬼(ドン・オーガ)も気づいていない様子。しばらくは大丈夫――」


「何をしているオルギア! 戦え!」


「と、思ったんですけどね!」


 最悪な時宜に首領悪鬼(ドン・オーガ)から命令が飛んできた。オルギアはそれが当たり前のように俺に拳を振るって来た。

 しかしその拳も俺に届く前に地に落ちる。


「『重力』七倍。苦しいでしょうが我慢して頂けると」


 首領悪鬼(ドン・オーガ)が口を開いた瞬間、嫌な予感がしたので準備はしていた。

 予想以上にオルギアの動きが早く、拳が当たる寸前だったが間に合って良かった。

 しかしこの状況がいつまでも続く訳ではないようだ。


「お気になさらず。むしろ攻撃して頂かないと、ノブナガ様を敵ではなく障害物として見てしまい、あちらの戦いに参戦しかねません。殺して頂いても一切構いません」


 実に嫌なことを言いながらゆっくりとオルギアが立ち上がろうとしている。慣れ始めたというのか、この『重力』に。

 八倍に威力を上げ、もう一度体勢を崩させるが一時的なもの。完全に倒れるまでは至らず、ゆっくりとだが、また立ち上がろうとしている。

 それに魔力消費も威力を上げればその分激しくなる。ワリの実を食べれば良いだけだが、最悪向こうの手助けもしなければならない状況では、腹を満たすような行為をしたくない。

 九倍に威力を上げ、時間を稼ぎつつ必死に考えを巡らす。


 どうする。『守りの戦闘態勢(タングステンの身体)』でやり過ごしか? 駄目だ、攻撃をしないと向こうに参戦しかねないと言っていた。『守りの戦闘態勢(タングステンの身体)』では攻撃できない。しかしこの状態をいつまでも維持できるわけじゃない。


 十倍。最高出力。最後の時間稼ぎ。

 ただもう答えは出ていた。今の状況を最善の状態で解決し、今後についても出来るだけ支障が出ない方法。

 ワリの実を口に含んで、覚悟を決める。


 『重力』を解くと同時に殴りかかってくるオルギアの拳に、同じく拳で応えて、引き分ける。

 オルギアは驚愕の表情を見せるが、何を驚いているのか。二重の者(ドッペルゲンガー)の基本戦術だろう。


「……さすがに、自分と戦ったことはありませんね」


「それは良かった。首領悪鬼(ドン・オーガ)に気付かれたくないのですぐに倒させてもらう」


相手の姿となり戦うのは。

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