第八十四話 再会のオルギア
何でか知らないがアリスとオルギアが戦っている。周りに小悪鬼などがたくさんいるが、今はどうでも良い。後から出てきて驚いた様子の長蛇人の相手をする余裕もない。
最優先すべきなのはアリスとオルギアさんだ。
実力は互角、互いに未だ手傷はないようだが、放っておけばいずれどちらかに致命傷となる一撃が入るだろう。それを傍観することは出来ない。
「アリス下がれ! オルギアさんも戦闘を止めて頂きたい!」
もしこちらの言葉に従わないのであれば実力行使に出るつもりだ。まあ、少し離れた所で『重力』を使うだけだが。
実力行使に出る必要はなかった。アリスはすぐに飛び退いて、オルギアも後を追うような真似はせずただ俺の顔を見て驚いた様子だった。
「これは、二重の者の魔王様。お久しぶりです」
「お久しぶりです、オルギアさん。これは一体どういう状況なのか説明をしてもらっても良いですか? それとも私の配下のアリスがそちらに何かご迷惑を?」
周りは今すぐにでも襲ってきそうな雰囲気だが唯一、オルギアさんだけは冷静で状況を確認しようとしていた。おおよその予想は付いているのかもしれない。
「いえいえ、こちらの馬鹿二名がそちらの軍犬を攻撃しようとしまして、それをアリス殿、でよろしいですか? そのアリス殿が止めに入った次第です。ただこちらとしても馬鹿二名を斬られるわけにはいきませんので、私が止めに入った所に丁度魔王様が来ました」
ちらりとアリスを見れば嘘は言っていないようで頷いた。攻撃を仕掛けてきたのは向こう。こちらは迎撃しただけならこの場を収める方法はいくらでもある。
「分かりました。そちらの攻撃については不問といたします。代わりに色々とお尋ねしたいことがあります。まずオルギアさんたちは何をしに? 見る限り首領悪鬼の手勢と見えますが」
「おう! そこのハニワ! こっちが誰か分かってんなら退くのはどっちか分かんだろうが! こっちは親父の命令が――」
後ろに居た大悪鬼が威勢よく前に出てきたかと思えば、勢いよく横に飛んでいった。オルギアさんが蹴ったのだ。
「黙れ馬鹿が! 誰の所為でこんな事態になっていると思っている! 相手は魔王、更に俺に匹敵する剣士が居るんだぞ! こちらが皆殺しになりかねない状況だと理解しているのか!」
森が震えるほどの怒号。オルギアさんは起き上がろうとする大悪鬼の頭を掴んで後ろに放り投げた。
「魔王様、こちらの者が無礼を。お許しください」
「え、ええ。お気になさらず。しかし少々場が物騒ですね。アリス、剣を収めろ。シバ達も下がれ。大丈夫だ」
「そうですね。全員、半包囲を止め後ろに下がれ。それと大悪鬼、ここからは私が話を進める。口挟むな、分かったな」
オルギアさんが睨むと恐れたように小悪鬼たちが退いていく。ただ大悪鬼だけには憎々しげにオルギアさんを睨んでいたが無視されていた。
まあ、これでとりあえず逃げ道は確保できた。数は向こうの方が多いが、速度なら圧倒的にこちらが優位だ。
「気の利かぬ者達ばかりで申し訳ありません。それで、私たちがここに来た理由でしたか。お気づきのようですが、私たちは西の山脈から首領悪鬼の命令で来ております。命令内容は従う魔族を連れてくること。そちらの長蛇人が居た所はこちらに従う様子がなかったので潰させてもらいました。今回も私たちに従う魔族が居ないか探していたところに、そちらの軍犬がおりまして、こちらの者が倒して従えようと短慮を起こした次第です」
ふざけるな、とばかりにシバたち軍犬が唸るがすぐに止めさせる。敵意を見せるくらいなら逃げ道を確保しておいてほしい。
「なるほど。攻撃を仕掛けた者が短慮だっただけでこちらを狙っていたわけでも、こちらの長蛇人のことも知らなかったと。ついでにお聞きしますが何故首領悪鬼は魔族を集めているのです? 西の山脈にも魔族はいるでしょう」
相手はオルギアだ。どうやら向こうもこれ以上の戦闘は避けたい様子。ならいっそ聞けるところまで聞いてしまおう。
ただそんな俺を不快に思う者も相手には居た。
「おい、ハニワ! 親父が何を考えていようが勝手――」
大悪鬼だ。一名は先ほどオルギアに蹴られ最後に放り投げられたが、もう一名はまだ元気。
いや、元気だった。
「黙っていろ、と言っただろう?」
常人であれば死ぬような威力のある踵落としが見事に脳天に直撃。死にはしてないものの、意識は失ったようで周りの小悪鬼たちに介抱を命じていた。
「何度も申し訳ありません。ただこれで口を挟む愚か者はおりませんのでもう大丈夫かと思います。理由でしたか、私自身理由は聞いておりませんが、おそらく食料不足でしょう。元は西の山脈も緑のあった山でしたが、食い荒らしたのか岩と土ばかりの山となってしまいました。そのため、戦力を増強しオワの大森林に攻め込むつもりかと」
……ん? オルギアは最後になんて言った?
攻め、込む? それを知らせるとは、まるで。
「ほう、宣戦布告と言う奴か」
アリスが何故か嬉しそうに笑っている。後ろではシバ達が牙をむき出しにして今にも襲いかからんばかりだ。
おいおい、攻撃を仕掛けるなよ。こんなところで戦闘なんて嫌だぞ。
「私としてはあまり気が進まないのですが、命令されている身ではどうしようもないことですので。ああ、そちらの蛇長人は魔王様の配下でしょうか? もし違うのであれば図々しいとは思いますがお譲り頂けると嬉しいのですが」
どうしようか、と視線を蛇長人に向ける。
蛇長人は俺の配下じゃない。配下として勧誘はしたが迷っている様子だったし、好感触とは言い難かった。
配下でもない者を守る理由はない。配下じゃないけど手を出すな、と言う義理もない。
ただこのまま渡すと殺され、経験値にされるだろう。それはそれで、少しだけ目覚めが悪い。というか、首領悪鬼の手勢の強化はさせたくない。
「わ、私たちは先程こちらの魔王様から勧誘を受け、配下となりました! 私たちはこちらの魔王様の配下です!」
「何と、それでは仕方ありません。魔王様の配下に手を出し、魔王同士の戦争になってしまいます。許可なくそのようなことをすれば私の首が危うい。残念ですが私たちは退かせていただきます」
余程命が惜しいのか蛇長人は俺の配下になると宣言した。まあ俺でも似たような立場で同じ状況なら同じことをするだろうけど。
本当に良いのか、と顔を向ければ蛇長人はブンブンと首を縦に振る。
まるで脅したような形に見えなくもないが、まあ彼女らが言っているのなら良いか。
ただ向こうの小悪鬼達にもオルギアの判断に反対の者が居るのか、不満そうな声を上げるもオルギアに睨まれれば一瞬で黙った。
同格であるはずの大悪鬼すら瞬時に倒せるオルギアだ。その攻撃を小悪鬼だろうが中悪鬼だろうが食らえば死ぬだろうしな。
「それでは魔王様。私たち西の山脈に戻ることにします。こちらの馬鹿がご迷惑をおかえして申し訳ありませんでした」
「そうですか。折角の再会でしたのでオルギアさんとは個人的にもう少しお話をしたかったのですが、仕方ないですね。お気をつけて」
オルギアは未だ目を覚まさない二名の大悪鬼の足を掴んで引きずって帰って行く。その後ろにぞろぞろと小悪鬼や中悪鬼の集団を引き連れて。
俺はその後姿をずっと見ていた。オルギアは信用できる。しかし他の魔族は一切信用できないため、移動しようとしたところを襲ってくるかもしれないと思ったからだ。
そしてオルギアの姿が見えなくなる直前に、一つ思い出した。
「オルギアさん! 一つ伝え忘れていたことがありました!」
「はい、何でしょう!」
もう聞こえないかもしれない、と思ったがそれでも声を張り上げたかいあって気付いてくれた。
危うくあの時の約束を忘れるところだった。
「今はノブナガと名乗っております!」
次会う時には名を教えると言って別れたからな。
まさか名を名乗るとは思っていなかったのか、オルギアは僅かに呆気にとられたかのような間を置いて。
「良い名前ですね、ノブナガ様! それではまたいずれ!」
大きく手を振って応えてくれた。そして今度こそ姿が見えなくなるまで歩いて行った。
……良し。
「帰るぞ。オルギアの立場は分からんが、色々と話してくれたしな。蛇長人たちはどうする? あの場しのぎだと言うなら連れて行くつもりはないが」
「連れて行ってください。ここに居てまた首領悪鬼の手勢に出会えば今度こそ殺されるでしょう。それでしたら魔王様の配下となる覚悟です」
配下になると言うなら歓迎はするさ。ただ、ちょっと忙しくなると思うから色々と後回しになるかと思うけど。
「よろしいのですか魔王様? まだ石切り場は見つかっておりませんが」
「それよりも重要なことがあったからな。シバ、何名か軍犬を連れて先にダンジョンに帰還せよ。そして今あったことを他の配下に伝えておいてくれ。さすがに蛇長人たちがいるから行きと同じ速さでは戻れないからな」
「あ、私も先に帰っていいか? ちょっとあのオルギアだったか? あいつを想定して少し集中したい」
「それは駄目」
何を言っているのやら。現在の唯一の生命線なんだぞ。ここでアリスに帰られたら安全に西部から脱出できないだろうが。
不満げなアリスを無視してシバ達は出発する。
さて、ダンジョンに帰還だ。帰ったらそうだな。
風呂入って寝るか。難しいことはその後に考えよう。




