表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/177

第一話  誕生 ☆

 気がついたら俺は何故か玉座の前に倒れていた。

 

 誰もいない玉座の前。それなのに天井のシャンデリアは煌々と輝き、玉座もその輝きに劣らず光を放っていた。

 まるで主がいるかのように。

 

 混乱する頭を押さえ、俺はなんとか状況を理解しようとして、すぐに分かった。

 俺が何も知らないことを。

 

 ここがどこなのか、何故ここにいるのかはもちろん、俺の出身地や生年月日、名前さえ何も思い出せなかった。

 ただ知識だけはあった。目の前の黄金の椅子が玉座だと分かるし、天井のシャンデリアはどこから電気を引っ張っているのかなどと疑問を抱ける。

 記憶だけがすっぽりとなくなっていた。いや、端から無かったとさえ思えるほど記憶の残滓すらなかった。

 

 記憶喪失なのだろうか、その言葉では違和感を覚えるが今はそうしておこう。


「誰かいないかー!」


 とりあえず思い浮かんだので叫んでみた。ただ誰からも返事はもらえなかった。

 どうやらこの辺りには誰もいないらしい。

 残された選択肢は、左右に三つずつ計六つの扉と玉座から真っ直ぐ敷かれたレッドカーペットの先にある大きな扉が一つ。


 どうするか、なんて決まっている。大きな扉以外を順番に調べる。目の前の大きな扉は止めろと勘が囁いている。

 よって俺は左右の扉から調べることにした。


 一つ目。部屋の中央に天蓋付きの巨大なベッドが置かれていた。更に隅に扉があるので開けてみたら洗面所だった。しかも洗濯機と乾燥機付き。中々便利な寝室のようだ。


 二つ目。開けてすぐにそこが何の場所なのか理解した。トイレだ。しかもウォシュレットのようだ。ちゃんとトイレットペーパーや芳香剤の予備が多数ある。当分困ることはなさそうだ。


 三つ目。大浴場と言って良い程の広さを誇る風呂だった。何人が一斉に入れるのか試してみたいくらいだ。シャワーや電気風呂、サウナも完備。温度も壁についているモニターで簡単に管理できる便利性。問題は広すぎるために掃除が億劫になりそうだという事と、脱衣所がなかったことだ。


 四つ目、自分が料理人だったらどれほど喜んだのだろう、と思えるほど器具を備えたキッチンだった。包丁や鍋など様々な種類があるのはもちろんレンジやオーブン、冷蔵庫に冷凍庫、燻製器なども置かれ料理を作るのに困ることはないという万全な具合。ただどこを探しても食材は無かった。


 五つ目、遊具室、もしくは私室と呼ぶべきだろう。巨大なソファに大きなモニターが複数、それぞれに繋がれている家庭用ゲーム機。当然携帯機もあり、ソフトは潤沢。少し探せばオセロや将棋などもあり、何日でもここにいられそうだった。だからあまり探索せず出てきた。長時間いると堕落しそうだ。


 六つ目、ここには何もなかった。ただ広い部屋だった。


 結論、玉座の間は食糧さえどうにかすれば住める。


 まあ別に住めることを確認したかったわけではないが、これは大きな収穫だと判断する。

 何故かここは人が住める環境なのに人が誰もいなかった。それ以前に人がいる痕跡が一切なかった。どの部屋の品も全てが新品同然だった。

 

 何とも言えない恐怖が湧いてくるが行動しないわけにはいかない。俺は最後に残った大きな扉も前に立つ。鉄でできた扉を開けて、そこで俺が見たのは。


 人の手が一切入っていない森だった。


 わけが分からない。何故玉座の間からいきなり森に繋がる。

 というか何だこれは? 何で丘の上に扉だけ設置されてんの? 扉以外何もない、玉座の間のスペースなし。なにこれ、どこで○ドアみたいな感じ。これが直接玉座の間に繋がってんの?


 次々に湧いてくる疑問、俺はそれに対する回答を見つけられずとりあえず扉を閉める。そしてもう一度開ける。

 どうやらどこで○ドアのようにあちこち転移できるわけではないらしい。

 疑問の一つを解き、何とか落ち着きを取り戻す。


 まずは、何だ。俺が最初にすべきことはなんだ? 食糧の確保か? 確かにこの森なら少し探せば食べられそうなものがありそうだが。


 何かめぼしそうなものが無いか、と見渡していると木々の間に動く何かを見つけた。

 薄汚れた緑色の小人。おそらく子供位の大きさでほぼ全裸。動物の皮か、藁で編んだものを腰に巻くだけで、手には棍棒。

 そんな小人が五人程、丸太のような芋虫を袋叩きにしていた。おそらく狩りなのだろう。


 しかしそんな彼らに忍び寄る影。犬、いや狼が迫ってきていた。小人と同じく五匹ほどの群れだが、何故か一匹だけ口に槍を咥えている。

 幼虫を狩り喜んでいる小人たちに狼の群れが強襲。その時驚愕すべきことが起きた。

 狼が二本足で立ったのだ。しかも器用に両手で槍を扱い、次々と小人を串刺しにしていく。

 奇襲に小人たちはなすすべもなく倒れ、かくして狼たちは幼虫と五人の小人と言う食料を手に入れた。


 それを見ていた俺が思ったのはただ一つ。

 絶対にこの森には入らねえ。

 生き残れる自信がない。記憶は一切ないがそれでも筋肉があるわけでなし、足が速いわけでもなし。


 なんとか森に入らず食料を手に入れる方法を考えな――ん?

 そして俺は気が付いてしまった。


 槍持ちの狼がじっとこちらを見ていることを。


 当然こちらから向こうまではかなりの距離がある。もしかしたら向こうはこちらではなく、別の所を見ているのかもしれない。

 しかし俺には目があったように思えた。

 ジッと見返すと向こうもこちらから目を逸らさない。

 その時、槍持ちに他の狼が話しかけ視線が逸れた。その隙に俺はすぐに扉の中へと逃げ込む。


 震える足を必死に動かし、暴走する鼓動を抑えながら真っ直ぐと進み。

 玉座の裏へと逃げ込んだ。それと同時に今まで抑えていた震えが抑えきれなくなった。


 緑色の薄汚い小人が無惨に殺されたことについては特に何にも感じなかった。ああ、弱肉強食なんだな、とどこか達観していた。

 そう思えたのは俺が無関係の傍観者だったからだ。まるで別の国の状況でも見ているような心境だった。

 今は違う。確実にあの槍持ち狼に見つかった。あいつが俺を殺しに来る可能性がある。それもかなり高いと考えられる。


 数は向こうが五匹、こっちが一人。武装も向こうが有利。その上丘の上に扉だけがあるような状況だ。不審に思い探りをいれるだろう。

 唯一事態が好転する可能性。それはあいつらが十分に食料を取ったことだ。これで狩りの成果は十分として帰るかもしれない。しかし彼らがもっと必要だったら、狩りではなく殺すのが目的だったら。それだけで一気に状況が変わる。


 玉座に寄り掛かり、来ないことを必死に祈りながら震える俺の肩に衝撃が走る。


 バタッ!


 心臓が飛び出るかと思った。

 音のした方を見るとそこには豪華に装丁された一冊の本が落ちていた。

 手に取り、そのタイトルを見てみるとそこには。


「ダンジョンを造ろう」と書かれていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ